エンドロール〜BLゲームの悪役モブに設定された俺の好きな子の話〜

高穂もか

文字の大きさ
上 下
111 / 112
第二章 淫紋をぼくめつしたい

お隣さんとの攻防⑮ (完)

しおりを挟む
 ――はい、いえ……どうも……
 
 ぬくぬくとお布団に包まっとったら、少し遠いとこから晴海の声が聞こえてきた。微睡をゆらゆら揺さぶるように、ちょっとずつ意識が浮上する。おれは、ぱちりと目を開いた。
 
「んん……?」
 
 あら、お部屋の電気が点いとる。カーテンも引かれてて、すっかり夜みたい。
 ――あれから、晴海と一緒にお風呂に入って。精も根も尽きて、ふたりでベッドに潜り込んで。長い間、寝ちゃってたんやなあ。
 もぞもぞと寝返りを打ったら、ベッドの隣が空っぽで「あれっ」と思う。
 
「はるみー?」
 
 布団から目を出して、晴海を探す。
 と、ぴっちり閉まった部屋のドアの向こうから、話し声が聞こえてきとった。
 
「――はい、どうもすんません。お気遣いいただいて……」
 
 晴海、えらい畏まってしゃべっとるな。……誰か来とるんやろか? 気にはなるけど、体がおもくって、よう起きられん。お布団をギュッと握って、晴海のにおいを吸い込んだとき――ぱたん、と玄関が締まる音。
 ちょっともせんと、晴海がひょっこりと戻ってきた。
 
「おっ。シゲル、大丈夫か?」
「うん。どうしたん、それ?」
 
 笑顔で近づいてきた晴海の手には、何故か手ごろなサイズの両手鍋。晴海は「おう」と笑って、軽く持ち上げた。
 
「これは、頂きもんや。さっき、お隣さんが持ってきてくれてなあ」
「ええっ!?」
 
 おれは、びっくりしてガバリと身を起こした。――なんで、お隣さんがお鍋くれるん? きょとんとしとったら、晴海が説明してくれる。
 
「シゲルへの見舞いやて。あの人、お前が倒れたとき、傍に居たやんか。それで心配してはったみたいで――ほら、これ」
「わあっ」
 
 晴海が、ぱかっと鍋の蓋を取る。ふわん、とスパイシーで温かい匂いが辺りに広がった。野菜とほろほろの鶏肉がたっぷりのスープが、ほかほかの湯気を立てとる。
 きゅーっ、と空っぽのお腹が切なげに鳴った。
 
「なにこれ、めっちゃ美味しそうやん!」
「チキンスープ言うんやて。お祖母ちゃん直伝で、風邪のときに飲むとええからって、作ってくれはったんよ」
「ほんま? 嬉しい……」
 
 そない心配してくれてはって、親切やなあ。怖いと思っててすんません。
 感動しとったら、鍋をテーブルに置いた晴海が言う。
 
「そんでな、シゲル。さっきちょっと、お隣さんと話してんけどさ……あの人、普段ずっとイヤホンで音楽聞いとるから、うるさいと思ったことはないって」
「えっ」
 
 驚きに息を飲むと、そっと手を握られる。お鍋持ってたせいか、晴海の指は熱かった。
 
「軽音楽部で、パソコンで作曲する人らしくてな。むしろ、自分のほうが音漏れしてたらごめんって、謝られたわ」
「えっ、待って……じゃあ、怒ってへんの?」
「おう」
「……おれの声、聞いてへん?」
「……ああ、大丈夫。俺だけや」
 
 恐る恐る聞くと、晴海は目元を赤らめて、「うん」と力強く頷いた。おれは、ぱあっと目の前が明るくなる。
 
「晴海っ」
「おわっ!」
 
 おれはベッドから転がり出て、晴海に飛びついた。晴海はびっくりしつつ――慌てて腕を開いて、しっかりと抱き留めてくれる。
 
「シゲル。落っこちたら、危ないやんけ」
「へへへ」
 
 優しい声じゃ、叱っても怖くないもんな。スエットの首にほっぺをすり寄せると、晴海がくすぐったそうに笑う。おれも、笑った。

「晴海、お隣さんええ人やね。おれも、また喋ってみたいっ」
「おう、それはええ。スープのお礼もしたいしなあ」

 晴海が、優しくおれのほっぺを撫でる。おれも、硬い手の甲に手を重ねた。
 温かい手のひらに身を寄せて、うっとりと目を閉じる。

――良かった……晴海だけなんや。

 今回のことで、わかった。
 お隣さんに迷惑かけたのも辛かったけど……声、聞かれたんかなあって、すごいしんどかった。
 おれ、晴海やから大丈夫なんやね。
 晴海やなかったら、恥ずかしくて死にそうやもん。

「晴海っ……」

 嬉しさと安堵で、胸がいっぱいになる。
 この気持ちを伝えるのに、どうしたらええんやろ? おれは、もどかしい気持ちで晴海を見つめた。

「シゲル……」

 その答えを持ってるのか、晴海の顔が近づく。
 ドキドキしながら、おれは目を閉じた。


 


お隣さんとの攻防……(完) 
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

千変万化の最強王〜底辺探索者だった俺は自宅にできたダンジョンで世界最強になって無双する〜

星影 迅
ファンタジー
およそ30年前、地球にはダンジョンが出現した。それは人々に希望や憧れを与え、そして同時に、絶望と恐怖も与えた──。 最弱探索者高校の底辺である宝晶千縁は今日もスライムのみを狩る生活をしていた。夏休みが迫る中、千縁はこのままじゃ“目的”を達成できる日は来ない、と命をかける覚悟をする。 千縁が心から強くなりたいと、そう願った時──自宅のリビングにダンジョンが出現していた! そこでスキルに目覚めた千縁は、自らの目標のため、我が道を歩き出す……! 7つの人格を宿し、7つの性格を操る主人公の1読で7回楽しめる現代ファンタジー、開幕! コメントでキャラを呼ぶと返事をくれるかも!(,,> <,,) カクヨムにて先行連載中!

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け 《あらすじ》 4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。 そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。 平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...