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第二章 淫紋をぼくめつしたい
お隣さんとの攻防②
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「ん……」
かすかに身じろぐと、背中で布がクシャッて潰れる感触。
はっと気づけば、お布団の上に全裸で寝そべっとった。部屋中に、生々しい匂いが立ち込めてて、頬が熱くなる。
部屋はまだ暗くって、洗面所の戸から一筋、光が漏れてきとる。ここにおらん晴海がなんかしとるんか、ジャバジャバって水音が聞こえてきた。
――あ……いつの間に寝てたんやろっ……
確かあの後、一回いって。そのまま、もう一回って、繰り返して……。おれがぐずぐずになって、肩も噛めへんくなったから、布団にうつ伏せに押し付けられて、それから……
「うわわ……!」
あられもない出来事を回想して、ぼんっと頭から火を噴きそうになる。布団の上をゴロゴロと転がっとったら、キイッと洗面所の戸が開いた。
晴海が、湯気の立つ洗面器を持って出てきて、ぱっと笑った。
「おう、目え覚めたんか?」
「晴海……」
「もう遅いさかい。体さっと拭いて、シャワーは朝にしよな」
パンツ一丁で傍に座り込んだ晴海は、ご機嫌におれのオデコに触る。お湯、使っとったからやろうか。しっとりと熱い手のひらに優しく撫でられて、眠気がぶり返してくる。
「……寝ててもええぞ? 綺麗にしといたるから」
「んん……あかんっ」
魅力的な誘いやったけど、おれは慌てて頭をふる。
わしっと晴海の手を握って、きょとんとする黒い目を見上げた。
「なあっ、おれ大丈夫やった?」
「ほ。何がよ」
「やから、その。……声とか……我慢出来てた?」
うう、何を聞いてんねやろ。
後半、ちょっと我に返ったせいで、消え入りそうな声になってもた。けど、晴海はちゃんと聞こえたみたいで、「ああ」と目を丸くした。
「大丈夫やで。最後、ちょっと可愛い声出てたけど」
「うわーっ!? 全然、大丈夫ちゃうやんけ!」
「ぶほ?!」
まさかの答えに動転して、晴海をばちーんと平手打ちする。
ほっぺを押さえて、晴海は「しーっ」と指を立てた。
「こらっ。近所迷惑やから叫んだらアカン」
「な、何を、今更まっとうなこと言うてんねんっ……! うわああん」
「お、おい?」
布団に突っ伏して、しくしくと泣き出したおれに、晴海はうろたえとる。
でも、知らん! 撫でようとする手をよけると、晴海はますます慌てて、覆いかぶさってきた。
「なぁ、泣かんといてや。大丈夫やて、大きい声やなかったし。俺しか聞けへんよ」
真上にある大焦りの顔を、きっと睨む。
「あほっ……慰めにならんわい! 晴海のせいやっ。晴海が、気持ちいいとこばっかするからっ……」
「うぐっ! そ、それはスマン……」
しゃくり上げながら詰ると、晴海が真っ赤になって項垂れた。
しょんぼり下った肩に、胸がずきっと痛む。
――わかっとる、ほんまは晴海が悪いんやないて。こんなん八つ当たりやって。でもっ……
お隣さんに聞かれたかと思うと、恥ずかしくて涙が止まらへん。ポロポロ零れる涙を、晴海が拭ってくれる。
「ごめん。お前の声、好きやねん。感じてくれてるんやなって、嬉しくてつい……」
「……っ!」
正面切って、恥ずかしいことを言われて、息が止まる。
晴海は、おれを抱きしめてきた。きゅうってする胸の甘い苦しさに耐えかねて、広い背中にしがみつく。
「は、晴海のあほ……すけべのおたんこなすっ……」
「何とでも言うてくれ」
小さく鼻を啜ると、晴海の手が優しく背を叩く。とん、とんってされるごとに、お腹に温かな安堵がしみてきた。
「調子乗ってすまんかった。次は気をつける。それに、お前のこと絶対守るから。なっ……」
「はるみぃ……」
晴海の声も、おれを見つめる真っ黒い目も、誠実そのもので。
おれは、ようやっと安心して、泣き止むことができた。
ほんでな。
体をさっと拭って、おれらは並んでベッドに寝転んどった。
「ごめんな、晴海……肩だいじょうぶ?」
おれは、スエットの襟から覗く、晴海の肩の噛み痕に恐る恐る触れる。
けっこう時間経ってんのに、ぼこって歯型にへこんどるし、鬱血しとるみたい。
おれが思いっきり噛んだせいに違いなかった。
「めっちゃ痛そう……」
「なあに。何でもあらへん」
晴海は、ホンマになんのことでもないように笑う。絶対痛いのに、おれを気づかってるんや。
胸がきゅうって痛くなった。
――晴海は、おれの為にこらえてくれたのに。おれという奴は……
さんざん八つ当たりしたことが、めちゃくちゃ恥ずかしくなってくる。しおしおと項垂れとったら、晴海が急に肘をついて身を起こした。
にまっと、やらしい笑みを浮かべる。
「シゲルはあほやなあ。こういうのんは、男の勲章いうねんで」
「はっ? もう……すぐふざけるんやからっ」
「ははは」
かまぼこみたいな目ぇにして、何言うてんねん!
おれはかっかする頬を押さえて、そっぽを向いた。すると、ごつごつした指に、髪を優しく梳かれる。
「なあ、ところでシゲル」
「ん?」
「今後は俺も気ぃつけるさかい。お隣に遠慮して、発情したん隠さんといてな」
「……うっ」
最初、晴海にも言わんとやり過ごそうとしたことを言われとるらしい。
晴海は、「心底心配です」って顔に書いて、とうとうとおれを諭してきた。
おれのためを思ってくれてるんは明確やから、素直に頷いた。
「それに、どうしたんや。今まで、お隣のことなんて気にしたことなかったやん。竹っちら呼んで騒いだこともあるし……セックスかて……」
不思議そうに言われて、おれは言葉に詰まる。そしたら、晴海がぐっと眉根を寄せた。
「もしかして、なんか言われたんか?」
「違う! えっと……実はな……」
おれは、しぶしぶ白状した。
「三日前な、お隣さんと会ってんけど。これからは、隣に居るからよろしくって」
「へ? どういうことや」
ところで、おれらの部屋って角部屋なんやねん。やからお隣というと、一軒しかないねんけど。
「お隣さんと、最初に挨拶行ってから合ったことなかったやん? なんでかっちゅうと、友達の部屋に殆ど住んではったんやて。でも、最近になって、その友達が恋人できたらしくて」
「ははあ……で、部屋に戻ってきたというわけか。たしかに今まで、ほとんど気配ない人やったよなあ」
晴海が、得心の言ったように顎をさする。
「せやろ? やから、おれら騒いでも平気やったんと思うねん! でも、これからは違うやん……」
「なるほど。それで気にしてたんやな」
俯くおれの頭を、晴海が優しく撫でてくれる。
「わかった。俺も細心の注意をするさかい。安心しい」
「晴海、ありがとう……!」
晴海の言葉が頼もしい。
もっと早く言うといたらよかった、と思いつつ……おれは晴海に笑い返した。
――という決意も、簡単に崩れるような状況が、姉やんからまもなく齎されることを……おれはしらんかった。
かすかに身じろぐと、背中で布がクシャッて潰れる感触。
はっと気づけば、お布団の上に全裸で寝そべっとった。部屋中に、生々しい匂いが立ち込めてて、頬が熱くなる。
部屋はまだ暗くって、洗面所の戸から一筋、光が漏れてきとる。ここにおらん晴海がなんかしとるんか、ジャバジャバって水音が聞こえてきた。
――あ……いつの間に寝てたんやろっ……
確かあの後、一回いって。そのまま、もう一回って、繰り返して……。おれがぐずぐずになって、肩も噛めへんくなったから、布団にうつ伏せに押し付けられて、それから……
「うわわ……!」
あられもない出来事を回想して、ぼんっと頭から火を噴きそうになる。布団の上をゴロゴロと転がっとったら、キイッと洗面所の戸が開いた。
晴海が、湯気の立つ洗面器を持って出てきて、ぱっと笑った。
「おう、目え覚めたんか?」
「晴海……」
「もう遅いさかい。体さっと拭いて、シャワーは朝にしよな」
パンツ一丁で傍に座り込んだ晴海は、ご機嫌におれのオデコに触る。お湯、使っとったからやろうか。しっとりと熱い手のひらに優しく撫でられて、眠気がぶり返してくる。
「……寝ててもええぞ? 綺麗にしといたるから」
「んん……あかんっ」
魅力的な誘いやったけど、おれは慌てて頭をふる。
わしっと晴海の手を握って、きょとんとする黒い目を見上げた。
「なあっ、おれ大丈夫やった?」
「ほ。何がよ」
「やから、その。……声とか……我慢出来てた?」
うう、何を聞いてんねやろ。
後半、ちょっと我に返ったせいで、消え入りそうな声になってもた。けど、晴海はちゃんと聞こえたみたいで、「ああ」と目を丸くした。
「大丈夫やで。最後、ちょっと可愛い声出てたけど」
「うわーっ!? 全然、大丈夫ちゃうやんけ!」
「ぶほ?!」
まさかの答えに動転して、晴海をばちーんと平手打ちする。
ほっぺを押さえて、晴海は「しーっ」と指を立てた。
「こらっ。近所迷惑やから叫んだらアカン」
「な、何を、今更まっとうなこと言うてんねんっ……! うわああん」
「お、おい?」
布団に突っ伏して、しくしくと泣き出したおれに、晴海はうろたえとる。
でも、知らん! 撫でようとする手をよけると、晴海はますます慌てて、覆いかぶさってきた。
「なぁ、泣かんといてや。大丈夫やて、大きい声やなかったし。俺しか聞けへんよ」
真上にある大焦りの顔を、きっと睨む。
「あほっ……慰めにならんわい! 晴海のせいやっ。晴海が、気持ちいいとこばっかするからっ……」
「うぐっ! そ、それはスマン……」
しゃくり上げながら詰ると、晴海が真っ赤になって項垂れた。
しょんぼり下った肩に、胸がずきっと痛む。
――わかっとる、ほんまは晴海が悪いんやないて。こんなん八つ当たりやって。でもっ……
お隣さんに聞かれたかと思うと、恥ずかしくて涙が止まらへん。ポロポロ零れる涙を、晴海が拭ってくれる。
「ごめん。お前の声、好きやねん。感じてくれてるんやなって、嬉しくてつい……」
「……っ!」
正面切って、恥ずかしいことを言われて、息が止まる。
晴海は、おれを抱きしめてきた。きゅうってする胸の甘い苦しさに耐えかねて、広い背中にしがみつく。
「は、晴海のあほ……すけべのおたんこなすっ……」
「何とでも言うてくれ」
小さく鼻を啜ると、晴海の手が優しく背を叩く。とん、とんってされるごとに、お腹に温かな安堵がしみてきた。
「調子乗ってすまんかった。次は気をつける。それに、お前のこと絶対守るから。なっ……」
「はるみぃ……」
晴海の声も、おれを見つめる真っ黒い目も、誠実そのもので。
おれは、ようやっと安心して、泣き止むことができた。
ほんでな。
体をさっと拭って、おれらは並んでベッドに寝転んどった。
「ごめんな、晴海……肩だいじょうぶ?」
おれは、スエットの襟から覗く、晴海の肩の噛み痕に恐る恐る触れる。
けっこう時間経ってんのに、ぼこって歯型にへこんどるし、鬱血しとるみたい。
おれが思いっきり噛んだせいに違いなかった。
「めっちゃ痛そう……」
「なあに。何でもあらへん」
晴海は、ホンマになんのことでもないように笑う。絶対痛いのに、おれを気づかってるんや。
胸がきゅうって痛くなった。
――晴海は、おれの為にこらえてくれたのに。おれという奴は……
さんざん八つ当たりしたことが、めちゃくちゃ恥ずかしくなってくる。しおしおと項垂れとったら、晴海が急に肘をついて身を起こした。
にまっと、やらしい笑みを浮かべる。
「シゲルはあほやなあ。こういうのんは、男の勲章いうねんで」
「はっ? もう……すぐふざけるんやからっ」
「ははは」
かまぼこみたいな目ぇにして、何言うてんねん!
おれはかっかする頬を押さえて、そっぽを向いた。すると、ごつごつした指に、髪を優しく梳かれる。
「なあ、ところでシゲル」
「ん?」
「今後は俺も気ぃつけるさかい。お隣に遠慮して、発情したん隠さんといてな」
「……うっ」
最初、晴海にも言わんとやり過ごそうとしたことを言われとるらしい。
晴海は、「心底心配です」って顔に書いて、とうとうとおれを諭してきた。
おれのためを思ってくれてるんは明確やから、素直に頷いた。
「それに、どうしたんや。今まで、お隣のことなんて気にしたことなかったやん。竹っちら呼んで騒いだこともあるし……セックスかて……」
不思議そうに言われて、おれは言葉に詰まる。そしたら、晴海がぐっと眉根を寄せた。
「もしかして、なんか言われたんか?」
「違う! えっと……実はな……」
おれは、しぶしぶ白状した。
「三日前な、お隣さんと会ってんけど。これからは、隣に居るからよろしくって」
「へ? どういうことや」
ところで、おれらの部屋って角部屋なんやねん。やからお隣というと、一軒しかないねんけど。
「お隣さんと、最初に挨拶行ってから合ったことなかったやん? なんでかっちゅうと、友達の部屋に殆ど住んではったんやて。でも、最近になって、その友達が恋人できたらしくて」
「ははあ……で、部屋に戻ってきたというわけか。たしかに今まで、ほとんど気配ない人やったよなあ」
晴海が、得心の言ったように顎をさする。
「せやろ? やから、おれら騒いでも平気やったんと思うねん! でも、これからは違うやん……」
「なるほど。それで気にしてたんやな」
俯くおれの頭を、晴海が優しく撫でてくれる。
「わかった。俺も細心の注意をするさかい。安心しい」
「晴海、ありがとう……!」
晴海の言葉が頼もしい。
もっと早く言うといたらよかった、と思いつつ……おれは晴海に笑い返した。
――という決意も、簡単に崩れるような状況が、姉やんからまもなく齎されることを……おれはしらんかった。
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