上 下
83 / 112
第二章 淫紋をぼくめつしたい

弟の訪問【後編】(完)

しおりを挟む
「わーっ、デカい机や! 床もじゅうたん敷いてあるっ」
「こらこら。あんまはしゃいだらあかんぞ」
 
 シゲルは、大学の構内に興味津々でキョロキョロしてる。幾分落ち着いてる晴海くんが、やわらかい声で窘めていた。
 
「だって、大学って初めて来たんやもん。晴海ももっとはしゃいでや」
「十分はしゃいどるて」
「嘘やぁ」
 
 不満そうなシゲルが、晴海くんの腕を掴んでブンブン振る。私だったら「うざい!」って一喝するけど、晴海くんはニコニコとされるがままになっている。度量深いな。
 
「二人は、大学決めてるの?」
「いやぁ、おれはまだ全然です。な、晴海は決めてるよなー」
「お、えらいね。どこ?」
「あー、一応〇〇あたりを――」
 
 てか、普通に八島も会話に混ざってんだけど。こいつ、初対面相手に喋るタイプだったんだ。知らなかった。
 愛想のいい奴を、不気味に思ってるうちに部室についた。しずかちゃんは姿が見えなくて、スマホを見れば「次の授業、代返しとくね!」とのことだ。「ありがとう」って返事を打ってると、八島が寄ってくる。
 
「今井さん、僕行くから」
「えっ? そうなの」
 
 てっきり、このまま居るのかと思ってた。
 そう思ったのが顔に出てたのか、盛大にため息を吐かれる。
 
「遠方から来た家族の水入らずを邪魔するほど、空気読めなくないから。片づけはちゃんとしてね」
「あー、わかった。ありがと」
 
 若干、言い方が癪に障るものの、追い出しちゃう形になったわけだし。素直に頭を下げると、八島は部屋を出て行った。
 と、いつのまにやら隣にいたシゲルが、肩をつついてくる。
 
「姉やん。八島さんって、ええ人やねぇ。……ひょっとして?」
「うざい」
「いだっ」
 
 ニコニコ顔を平手で叩いたら、シゲルは一気に涙目になった。
 ちょっと異性と話した程度で、ラブコメが始まってたまるかってのよ。けっ。
  
 
 
 
 それから、私たちはパンとミカンを食べながら話をした。人払いが済んでるおかげで、「ゲーム」のことを話題に出来るのはありがたい。
 まず、ひとしきり、ここ二週間の健闘をたたえ合った。
 愛野くんがハッピーエンドを迎えたことや、竹っちくんが、その後リア充していること。――エンディングを迎えてからこっち、穏やかな日々が続いているらしい。
 
「へえ、愛野くんと和解できたわけ?!」
「うんっ。なんでかわからんけど、見直してくれたみたいなん」
 
 シゲルは「恋バナもしてんで~」って、のほほんと言う。こないだまで、愛野くん怖いってギャン泣きだったのに、変わり身はやいんだから。
 まあ、良くも悪くも、こだわらない子なのよね。そういうトコを、愛野くんも分かってくれたなら嬉しい。
 
「なんにせよ、「主人公」の愛野くんと友達になったのは、めでたいことだわ」
「あ、そうか。作戦その②っすね」
 
 晴海くんが、ぱちんと指を鳴らす。
 私は頷いて、ハテナマークを飛ばしているシゲルに向き直った。
 
「愛野くんは、良くも悪くも思い込みが激しいの。敵だと思ったら敵だし、友達は何があっても裏切らない。一度友達になれたら、もう敵対することはないはずよ。だから、きっと――あんたの悪役モブの役目は終わりね」 
「ほんまっ!? やったー!」
「よかったなあ、シゲル!」
「うんっ……!」
 
 晴海くんに頭を撫でられて、シゲルはにこにこしている。
 馬鹿みたいに明るい笑顔に、私も胸が熱くなった。
 化学教師に、この子が誘拐されたとき――もう駄目なんだって、絶望したんだもの。
 実際、晴海くんが身を挺して助けてくれなかったら、こいつはこうしては居なかったって。……ゲームをプレイした私は、知ってるから。 
 
「晴海くん、本当にありがとうね。君が居なきゃ、シゲルは助けられなかった。姉として、お礼を言わせて」
 
 目を丸くする彼に、私は深々と頭を下げた。
 
 ――それでも俺は、シゲルを助けたい!
 
 何も知らない――いや、知ったとしても、彼がブレずに居てくれたから、シゲルは助かったんだ。
 私ひとりじゃ、ここまでこれなかったに違いない。
 
「お、お姉さん、頭を上げてください。俺はそんな大したこと――」
「そんなことないっ。晴海、ありがとう。姉やんも、ありがとうなあ。二人のおかげやよ」
 
 謙遜する晴海くんと、私の手も握ってシゲルが言う。
 くしゃくしゃの笑顔に、幾筋も涙が流れていた。
 相変わらず、泣き虫なんだから。
 呆れつつ鼻を啜っていると、晴海くんがシゲルの頬を拭っている。――見るだけで、想いのほどがわかるほど、優しい手つきだった。
 
「ううっ。晴海ぃ~」
「大丈夫や、シゲル。側におるからな」
 
 ゲームは終わったけど、全てが元通りになったわけじゃない。
 シゲルは、これから後遺症と戦っていかなきゃいけないし……起こったことは変えられない。
 だからこそ、本当に良かった。
 シゲルを大切にしてくれる、晴海くんがいてくれて――
 
 

 
 
 
「じゃあな、姉やん!」
「お世話になりました!」
 
 帰りのバスの時間があるので、シゲルと晴海くんは帰っていった。
 校門まで見送ることにして、笑顔で手を振る二人に、私も手を振り返す。
 
「こちらこそ! あれ、ちゃんと送ってね!」
「はい! 任せてください」
 
 はきはきと答える晴海くんと裏腹に、シゲルは顔を真っ赤にしている。
 新しい解毒薬を作るために――二人には「あること」を頼んだんだけど。まあ、私だってお願いしにくかったんだから、無粋も容赦してほしい。
 
「もう、晴海のあほっ! すけべ!」
「おお?! なにがやねん」
 
 じゃれあいながら、二人の影はゆっくり遠ざかる。
 その姿は、どこからどう見ても、普通の高校生で。この間まで、命の危機と戦っていたなんて思えない。
 
 ――それにしても。
 
 最初に除外したはずの「②主人公と友達になって破滅回避する」が、結局叶っちゃうなんてね。
 こんなことなら、最初から狙っておけばよかったのかしら。そうすれば、今も淫紋なんかに苦しめられることも、無かった……?
 そう考えて――すぐに「無い」と思う。 
 
「物語の予定調和を崩すために、意識して起こす不測の事態に意味はないもの」
 
 きっとこれは、シゲルと晴海くんが手探りで行動して、必死に開拓した道筋なのよね。
 あとから結果だけ見て、「ああすれば、こうすれば……」なんて外野が言う事じゃないわ。
 私はそう整理をつけて、自分の考えに納得した。
 
「!」
 
 ふいに、晴海くんが、シゲルの手を握ったのが見えた。
 そうして――真っ赤な頬ではにかんだシゲルに、「あれっ」と思う。
 
 あの子、いつからこんな風に、晴海くんのこと見つめてたんだっけ。
 
 見慣れないようで、「いつか」も見たような……、?
 そう思ったとき、額にズキッと鋭い痛みが走る。
 
 ――あのな、姉やん。おれ、つきあうことになってん……
 
 同時に……照れたような甘い声が、脳裏に過った。こんなこと、いつ聞いたっけ?
 混乱しながら、頭を抑えていると、
 
「今井さん?」
「!」
 
 肩をポンとたたかれる。
 振り向けば、八島が怪訝そうに眉を顰めていた。
 
「弟さん達、帰ったんだね」
「ああ、うん……」
「どうしたの? 顔色悪いよ」
「ああ、うん……」
 
 生返事を返すと、八島は米神をひきつらせた。
 
「まあ、いいけど。具合が悪いなら、無理しないで休みなよ」
「わかった」
 
 頷いて、私は気を取り直そうと息を吐く。
 きっと……さっきのは、夢みたいなもの。今は、解毒剤づくりにせいをだすときよね。
 
「よしっ!」
 
 頬をピシャリと叩いて、気合を入れた。私は校門に背を向けて、先を行く八島に追いつく。
 
「八島くん、パン食べない? あの子達が持ってきたのまだ沢山あるのよ」
「貰う謂れがないんだけど。なんか企んでる?」
「普通に、お茶のお礼ですけど?! 人の好意くらい、素直に受け取りなさいよねっ」
 
 むかつく同輩にやいやい言いながら、校舎に戻ったのだった。
 
 


 弟の訪問(完)
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

男だらけの変態異世界冒険譚

M
BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:247

雲の上にいる君へ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:1,268

人型戦略機パイロットの俺は、復讐されるようです。

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:249

騎士と王子達は少女を溺愛する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:1,243

悪女は愛する人を手放さない。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,952pt お気に入り:2,045

処理中です...