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第二章 淫紋をぼくめつしたい
弟の訪問【後編】(完)
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「わーっ、デカい机や! 床もじゅうたん敷いてあるっ」
「こらこら。あんまはしゃいだらあかんぞ」
シゲルは、大学の構内に興味津々でキョロキョロしてる。幾分落ち着いてる晴海くんが、やわらかい声で窘めていた。
「だって、大学って初めて来たんやもん。晴海ももっとはしゃいでや」
「十分はしゃいどるて」
「嘘やぁ」
不満そうなシゲルが、晴海くんの腕を掴んでブンブン振る。私だったら「うざい!」って一喝するけど、晴海くんはニコニコとされるがままになっている。度量深いな。
「二人は、大学決めてるの?」
「いやぁ、おれはまだ全然です。な、晴海は決めてるよなー」
「お、えらいね。どこ?」
「あー、一応〇〇あたりを――」
てか、普通に八島も会話に混ざってんだけど。こいつ、初対面相手に喋るタイプだったんだ。知らなかった。
愛想のいい奴を、不気味に思ってるうちに部室についた。しずかちゃんは姿が見えなくて、スマホを見れば「次の授業、代返しとくね!」とのことだ。「ありがとう」って返事を打ってると、八島が寄ってくる。
「今井さん、僕行くから」
「えっ? そうなの」
てっきり、このまま居るのかと思ってた。
そう思ったのが顔に出てたのか、盛大にため息を吐かれる。
「遠方から来た家族の水入らずを邪魔するほど、空気読めなくないから。片づけはちゃんとしてね」
「あー、わかった。ありがと」
若干、言い方が癪に障るものの、追い出しちゃう形になったわけだし。素直に頭を下げると、八島は部屋を出て行った。
と、いつのまにやら隣にいたシゲルが、肩をつついてくる。
「姉やん。八島さんって、ええ人やねぇ。……ひょっとして?」
「うざい」
「いだっ」
ニコニコ顔を平手で叩いたら、シゲルは一気に涙目になった。
ちょっと異性と話した程度で、ラブコメが始まってたまるかってのよ。けっ。
それから、私たちはパンとミカンを食べながら話をした。人払いが済んでるおかげで、「ゲーム」のことを話題に出来るのはありがたい。
まず、ひとしきり、ここ二週間の健闘をたたえ合った。
愛野くんがハッピーエンドを迎えたことや、竹っちくんが、その後リア充していること。――エンディングを迎えてからこっち、穏やかな日々が続いているらしい。
「へえ、愛野くんと和解できたわけ?!」
「うんっ。なんでかわからんけど、見直してくれたみたいなん」
シゲルは「恋バナもしてんで~」って、のほほんと言う。こないだまで、愛野くん怖いってギャン泣きだったのに、変わり身はやいんだから。
まあ、良くも悪くも、こだわらない子なのよね。そういうトコを、愛野くんも分かってくれたなら嬉しい。
「なんにせよ、「主人公」の愛野くんと友達になったのは、めでたいことだわ」
「あ、そうか。作戦その②っすね」
晴海くんが、ぱちんと指を鳴らす。
私は頷いて、ハテナマークを飛ばしているシゲルに向き直った。
「愛野くんは、良くも悪くも思い込みが激しいの。敵だと思ったら敵だし、友達は何があっても裏切らない。一度友達になれたら、もう敵対することはないはずよ。だから、きっと――あんたの悪役モブの役目は終わりね」
「ほんまっ!? やったー!」
「よかったなあ、シゲル!」
「うんっ……!」
晴海くんに頭を撫でられて、シゲルはにこにこしている。
馬鹿みたいに明るい笑顔に、私も胸が熱くなった。
化学教師に、この子が誘拐されたとき――もう駄目なんだって、絶望したんだもの。
実際、晴海くんが身を挺して助けてくれなかったら、こいつはこうしては居なかったって。……ゲームをプレイした私は、知ってるから。
「晴海くん、本当にありがとうね。君が居なきゃ、シゲルは助けられなかった。姉として、お礼を言わせて」
目を丸くする彼に、私は深々と頭を下げた。
――それでも俺は、シゲルを助けたい!
何も知らない――いや、知ったとしても、彼がブレずに居てくれたから、シゲルは助かったんだ。
私ひとりじゃ、ここまでこれなかったに違いない。
「お、お姉さん、頭を上げてください。俺はそんな大したこと――」
「そんなことないっ。晴海、ありがとう。姉やんも、ありがとうなあ。二人のおかげやよ」
謙遜する晴海くんと、私の手も握ってシゲルが言う。
くしゃくしゃの笑顔に、幾筋も涙が流れていた。
相変わらず、泣き虫なんだから。
呆れつつ鼻を啜っていると、晴海くんがシゲルの頬を拭っている。――見るだけで、想いのほどがわかるほど、優しい手つきだった。
「ううっ。晴海ぃ~」
「大丈夫や、シゲル。側におるからな」
ゲームは終わったけど、全てが元通りになったわけじゃない。
シゲルは、これから後遺症と戦っていかなきゃいけないし……起こったことは変えられない。
だからこそ、本当に良かった。
シゲルを大切にしてくれる、晴海くんがいてくれて――
「じゃあな、姉やん!」
「お世話になりました!」
帰りのバスの時間があるので、シゲルと晴海くんは帰っていった。
校門まで見送ることにして、笑顔で手を振る二人に、私も手を振り返す。
「こちらこそ! あれ、ちゃんと送ってね!」
「はい! 任せてください」
はきはきと答える晴海くんと裏腹に、シゲルは顔を真っ赤にしている。
新しい解毒薬を作るために――二人には「あること」を頼んだんだけど。まあ、私だってお願いしにくかったんだから、無粋も容赦してほしい。
「もう、晴海のあほっ! すけべ!」
「おお?! なにがやねん」
じゃれあいながら、二人の影はゆっくり遠ざかる。
その姿は、どこからどう見ても、普通の高校生で。この間まで、命の危機と戦っていたなんて思えない。
――それにしても。
最初に除外したはずの「②主人公と友達になって破滅回避する」が、結局叶っちゃうなんてね。
こんなことなら、最初から狙っておけばよかったのかしら。そうすれば、今も淫紋なんかに苦しめられることも、無かった……?
そう考えて――すぐに「無い」と思う。
「物語の予定調和を崩すために、意識して起こす不測の事態に意味はないもの」
きっとこれは、シゲルと晴海くんが手探りで行動して、必死に開拓した道筋なのよね。
あとから結果だけ見て、「ああすれば、こうすれば……」なんて外野が言う事じゃないわ。
私はそう整理をつけて、自分の考えに納得した。
「!」
ふいに、晴海くんが、シゲルの手を握ったのが見えた。
そうして――真っ赤な頬ではにかんだシゲルに、「あれっ」と思う。
あの子、いつからこんな風に、晴海くんのこと見つめてたんだっけ。
見慣れないようで、「いつか」も見たような……、?
そう思ったとき、額にズキッと鋭い痛みが走る。
――あのな、姉やん。おれ、つきあうことになってん……
同時に……照れたような甘い声が、脳裏に過った。こんなこと、いつ聞いたっけ?
混乱しながら、頭を抑えていると、
「今井さん?」
「!」
肩をポンとたたかれる。
振り向けば、八島が怪訝そうに眉を顰めていた。
「弟さん達、帰ったんだね」
「ああ、うん……」
「どうしたの? 顔色悪いよ」
「ああ、うん……」
生返事を返すと、八島は米神をひきつらせた。
「まあ、いいけど。具合が悪いなら、無理しないで休みなよ」
「わかった」
頷いて、私は気を取り直そうと息を吐く。
きっと……さっきのは、夢みたいなもの。今は、解毒剤づくりにせいをだすときよね。
「よしっ!」
頬をピシャリと叩いて、気合を入れた。私は校門に背を向けて、先を行く八島に追いつく。
「八島くん、パン食べない? あの子達が持ってきたのまだ沢山あるのよ」
「貰う謂れがないんだけど。なんか企んでる?」
「普通に、お茶のお礼ですけど?! 人の好意くらい、素直に受け取りなさいよねっ」
むかつく同輩にやいやい言いながら、校舎に戻ったのだった。
弟の訪問(完)
「こらこら。あんまはしゃいだらあかんぞ」
シゲルは、大学の構内に興味津々でキョロキョロしてる。幾分落ち着いてる晴海くんが、やわらかい声で窘めていた。
「だって、大学って初めて来たんやもん。晴海ももっとはしゃいでや」
「十分はしゃいどるて」
「嘘やぁ」
不満そうなシゲルが、晴海くんの腕を掴んでブンブン振る。私だったら「うざい!」って一喝するけど、晴海くんはニコニコとされるがままになっている。度量深いな。
「二人は、大学決めてるの?」
「いやぁ、おれはまだ全然です。な、晴海は決めてるよなー」
「お、えらいね。どこ?」
「あー、一応〇〇あたりを――」
てか、普通に八島も会話に混ざってんだけど。こいつ、初対面相手に喋るタイプだったんだ。知らなかった。
愛想のいい奴を、不気味に思ってるうちに部室についた。しずかちゃんは姿が見えなくて、スマホを見れば「次の授業、代返しとくね!」とのことだ。「ありがとう」って返事を打ってると、八島が寄ってくる。
「今井さん、僕行くから」
「えっ? そうなの」
てっきり、このまま居るのかと思ってた。
そう思ったのが顔に出てたのか、盛大にため息を吐かれる。
「遠方から来た家族の水入らずを邪魔するほど、空気読めなくないから。片づけはちゃんとしてね」
「あー、わかった。ありがと」
若干、言い方が癪に障るものの、追い出しちゃう形になったわけだし。素直に頭を下げると、八島は部屋を出て行った。
と、いつのまにやら隣にいたシゲルが、肩をつついてくる。
「姉やん。八島さんって、ええ人やねぇ。……ひょっとして?」
「うざい」
「いだっ」
ニコニコ顔を平手で叩いたら、シゲルは一気に涙目になった。
ちょっと異性と話した程度で、ラブコメが始まってたまるかってのよ。けっ。
それから、私たちはパンとミカンを食べながら話をした。人払いが済んでるおかげで、「ゲーム」のことを話題に出来るのはありがたい。
まず、ひとしきり、ここ二週間の健闘をたたえ合った。
愛野くんがハッピーエンドを迎えたことや、竹っちくんが、その後リア充していること。――エンディングを迎えてからこっち、穏やかな日々が続いているらしい。
「へえ、愛野くんと和解できたわけ?!」
「うんっ。なんでかわからんけど、見直してくれたみたいなん」
シゲルは「恋バナもしてんで~」って、のほほんと言う。こないだまで、愛野くん怖いってギャン泣きだったのに、変わり身はやいんだから。
まあ、良くも悪くも、こだわらない子なのよね。そういうトコを、愛野くんも分かってくれたなら嬉しい。
「なんにせよ、「主人公」の愛野くんと友達になったのは、めでたいことだわ」
「あ、そうか。作戦その②っすね」
晴海くんが、ぱちんと指を鳴らす。
私は頷いて、ハテナマークを飛ばしているシゲルに向き直った。
「愛野くんは、良くも悪くも思い込みが激しいの。敵だと思ったら敵だし、友達は何があっても裏切らない。一度友達になれたら、もう敵対することはないはずよ。だから、きっと――あんたの悪役モブの役目は終わりね」
「ほんまっ!? やったー!」
「よかったなあ、シゲル!」
「うんっ……!」
晴海くんに頭を撫でられて、シゲルはにこにこしている。
馬鹿みたいに明るい笑顔に、私も胸が熱くなった。
化学教師に、この子が誘拐されたとき――もう駄目なんだって、絶望したんだもの。
実際、晴海くんが身を挺して助けてくれなかったら、こいつはこうしては居なかったって。……ゲームをプレイした私は、知ってるから。
「晴海くん、本当にありがとうね。君が居なきゃ、シゲルは助けられなかった。姉として、お礼を言わせて」
目を丸くする彼に、私は深々と頭を下げた。
――それでも俺は、シゲルを助けたい!
何も知らない――いや、知ったとしても、彼がブレずに居てくれたから、シゲルは助かったんだ。
私ひとりじゃ、ここまでこれなかったに違いない。
「お、お姉さん、頭を上げてください。俺はそんな大したこと――」
「そんなことないっ。晴海、ありがとう。姉やんも、ありがとうなあ。二人のおかげやよ」
謙遜する晴海くんと、私の手も握ってシゲルが言う。
くしゃくしゃの笑顔に、幾筋も涙が流れていた。
相変わらず、泣き虫なんだから。
呆れつつ鼻を啜っていると、晴海くんがシゲルの頬を拭っている。――見るだけで、想いのほどがわかるほど、優しい手つきだった。
「ううっ。晴海ぃ~」
「大丈夫や、シゲル。側におるからな」
ゲームは終わったけど、全てが元通りになったわけじゃない。
シゲルは、これから後遺症と戦っていかなきゃいけないし……起こったことは変えられない。
だからこそ、本当に良かった。
シゲルを大切にしてくれる、晴海くんがいてくれて――
「じゃあな、姉やん!」
「お世話になりました!」
帰りのバスの時間があるので、シゲルと晴海くんは帰っていった。
校門まで見送ることにして、笑顔で手を振る二人に、私も手を振り返す。
「こちらこそ! あれ、ちゃんと送ってね!」
「はい! 任せてください」
はきはきと答える晴海くんと裏腹に、シゲルは顔を真っ赤にしている。
新しい解毒薬を作るために――二人には「あること」を頼んだんだけど。まあ、私だってお願いしにくかったんだから、無粋も容赦してほしい。
「もう、晴海のあほっ! すけべ!」
「おお?! なにがやねん」
じゃれあいながら、二人の影はゆっくり遠ざかる。
その姿は、どこからどう見ても、普通の高校生で。この間まで、命の危機と戦っていたなんて思えない。
――それにしても。
最初に除外したはずの「②主人公と友達になって破滅回避する」が、結局叶っちゃうなんてね。
こんなことなら、最初から狙っておけばよかったのかしら。そうすれば、今も淫紋なんかに苦しめられることも、無かった……?
そう考えて――すぐに「無い」と思う。
「物語の予定調和を崩すために、意識して起こす不測の事態に意味はないもの」
きっとこれは、シゲルと晴海くんが手探りで行動して、必死に開拓した道筋なのよね。
あとから結果だけ見て、「ああすれば、こうすれば……」なんて外野が言う事じゃないわ。
私はそう整理をつけて、自分の考えに納得した。
「!」
ふいに、晴海くんが、シゲルの手を握ったのが見えた。
そうして――真っ赤な頬ではにかんだシゲルに、「あれっ」と思う。
あの子、いつからこんな風に、晴海くんのこと見つめてたんだっけ。
見慣れないようで、「いつか」も見たような……、?
そう思ったとき、額にズキッと鋭い痛みが走る。
――あのな、姉やん。おれ、つきあうことになってん……
同時に……照れたような甘い声が、脳裏に過った。こんなこと、いつ聞いたっけ?
混乱しながら、頭を抑えていると、
「今井さん?」
「!」
肩をポンとたたかれる。
振り向けば、八島が怪訝そうに眉を顰めていた。
「弟さん達、帰ったんだね」
「ああ、うん……」
「どうしたの? 顔色悪いよ」
「ああ、うん……」
生返事を返すと、八島は米神をひきつらせた。
「まあ、いいけど。具合が悪いなら、無理しないで休みなよ」
「わかった」
頷いて、私は気を取り直そうと息を吐く。
きっと……さっきのは、夢みたいなもの。今は、解毒剤づくりにせいをだすときよね。
「よしっ!」
頬をピシャリと叩いて、気合を入れた。私は校門に背を向けて、先を行く八島に追いつく。
「八島くん、パン食べない? あの子達が持ってきたのまだ沢山あるのよ」
「貰う謂れがないんだけど。なんか企んでる?」
「普通に、お茶のお礼ですけど?! 人の好意くらい、素直に受け取りなさいよねっ」
むかつく同輩にやいやい言いながら、校舎に戻ったのだった。
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