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第二章 淫紋をぼくめつしたい

はじめての……⑦(完)

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 気がつくと、ほっかりと温かなものに包まれとった。
 
 ――きもちいい……天国?
 
 お猿みたいに抱きついて、ほっぺをすり寄せると、笑い声が聞こえてきた。
 ハッとして、目を開ける。
 
「晴海っ?」
「おっ。起きたか」
 
 真っ黒い優しい目が見下ろしとる。おれは、ぽうっと頷いた。
 
「えと……おれ、寝ちゃってたん?」
「ああ、ちょっとだけ。病み上がりやし、疲れたんやな」
「んっ」
 
 おでこを撫でられて、記憶がわーってよみがえってきた。そういえば最後のほう、気持ちよすぎて、頭がふ~ってなったかも……
 ほわわ、とほっぺが熱くなる。 
 キョロキョロと辺りを見回すと、おれも晴海も洗いたての寝巻きを着て、おれのベッドに二人で寝てた。シーツまで替えてくれたらしく、ぱりっとしとる。
 
「うわぁ、ありがとう! なにからなにまで、綺麗にしてもろて……」
「なんや、水くさい」
 
 こともなげに言う晴海に、眉がしゅんとする。優しすぎるんやってば……。
 
「俺がしたいんやから。――いろいろ、役得もあることやしな?」
「なっ!?」
 
 笑いながらおけつを撫でられて、顔が真っ赤になる。――や、やらしい目して、何言うてんねんっ。ほっぺをつねっても、「ははは」と笑って、ぜんぜん堪えてへん。
 
「もう、すけべ!」
「男の子やもん。それはそうとお前、水飲んどき。声枯れてるわ」
 
 晴海はすんと真面目になって、床からペットボトルを拾い上げる。おれをゆっくり抱き起すと、封を切って渡してくれる。
 
「わ、ありがと~」
 
 口をつけて、水の甘さに驚く。――めっちゃのど乾いてたみたい。ごくごくと喉を鳴らして、一気に半分を干してまう。
 
「ぷはあ、うまー。晴海も飲む?」
「おう」
 
 ヒョイと受け取った晴海も、勢いよく喉を鳴らしとる。なんや、晴海ものど乾いとったんやん。ふふふ、と微笑ましく見守っとるうちに――ペットボトルを空にした晴海が、濡れた唇を拭った。
 どき、っと心臓が跳ねる。
 
「どうした?」
「な、なんもないっ」
 
 不思議そうに見られて、どぎまぎと布団にもぐりこんだ。熱を持った唇を、両手で包む。
 
 ――おれ、晴海とファーストキスしたんやっ。
 
 ほら。
 一回、愛野くんにあおられて、キスしかけたっきりで。それから、ちょっとうやむやになって、先にエッチをしてしもたわけやんか。
 あのとき、キスはせえへんかったから……おれらって、せえへんのが正しいんかなって、思ってた。
 
 ――シゲル、大好きやで。
 
「えへへ」
 
 でも、晴海、おれとキスしてくれたんや!
 感動に浸ってたら――急にがばって抱きしめられる。晴海が、面白そうに見下ろしてきとった。
 
「なんや、シゲル。ご機嫌さんやなあ」
「だ、だって……」
「……なあ、唇痛いん? 触っとるけど」
 
 きょとんと聞かれて、むっとする。――すぐ気づかれるんは、恥ずかしいけど。全然気づかんのも腹立つっ。ぎゅっとスエットの胸元を掴んで、キッと睨み上げた。
 
「もう、違うし……! 初めて、キスしたからっ。それで、浸ってたの!」
「!」
 
 晴海は、かっと目を見開いた。
 
「そ、そうやっけ?」
「そうやんか、もう~!」
 
 ボケた反応がムカついて、ぽかぽかと胸を叩く。
 なによ。おれからしたら、一大事件やったのにっ。晴海はキスしたこと、何とも思ってへんの……?!
 すると、ぎゅって頭を抱え込まれて、顔があげられん。
 
「はるみっ?」
「ごめん、そうやったな。……お前に夢中やったんで、頭から抜けてたわ」
「も、もう……! また茶化すんやから」 
 
 熱々のほっぺを隠すように、胸に埋めた。 
 晴海のスエットをギュって握りしめたら……そうっと、おなかを撫でられて息が漏れる。
 
「……はるみ?」
「ここ、どうや?」
「あっ。もう、すっかりやで」
 
 晴海がいっぱい、中に出してくれたから――あんなにうずうずして苦しかったのに、今は気分スッキリ。
 そう言うたら、晴海は「そうか」て穏やかに頷いた。包み込むように、抱きしめられる。
 
「ふぁ。あったかい……」
 
 ついつい、欠伸をすると、晴海が笑う。
 
「……まだ、深夜やし。ちょっと眠ろか」
「うんっ……ありがと」
 
 あったかい胸に抱きついてるうちに――おれは、すぐに眠ってしもた。
 
 
 
 □□
 
 
「……すう」
「ふ。お休み三秒やなあ」
 
 シゲルは、やっぱり疲れもあったんやろう。目を瞑ると、すぐに寝息を立て始めた。
 ふわふわの髪を撫でてやると、唇がほころんだ。……かわいい。
 
「シゲル……」
 
 俺に引っ付いて、安心しきった顔で寝とるシゲルを見て、苦悶が胸に沸き起こる。
 さっき……はにかんだ笑顔で、「初めてのキス」やって言うてたな。
 咄嗟に反応できんかったのは、俺は今日が「初めて」やないって知っとったからや。
 ここ何日か喋ってて、気づいたんやけど。シゲルは、全然覚えてへんねん。おれらの、ホンマの「はじめて」のこと……
 
 ――たすけて……! いやっ、晴海、たすけてー……!
 
 あのとき――
 俺の腕で、泣き叫んでたシゲルを思う。かわいそうなくらい怯えて、暴れてて……キスをした時だけ、すこし落ち着くみたいやったから。
 俺は、シゲルの了承も得んと、何度もキスした。
 
「ごめんな、シゲル……」
 
 苦しい記憶は、無い方がええとは思う。
 けど、そうすると……俺が勝手にしたこと、お前はもう責める機会がないんやなって。
 なめらかな頬を撫でると、むにゃ、とうわごとを言うた。
 
「ん……はるみ……」
「!」
 
 眠りながら微笑んで、身を寄せてくる。……いとしくて、胸が詰まった。
 
「ありがとうなんて、こっちの台詞なんやで」
 
 今日かて、笑ってキスを返してくれて。俺がどんだけ嬉しかったか……!
 お前は何も知らんと、俺の気持ちを軽くしてくれるんや。
 
「大好きやで、シゲル」
 
 後遺症のこととか……いろいろ不安なことでいっぱいやろう。
 でも、今度こそ守るからな。
 俺は、シゲルをそっと抱きしめる。夢の中も安らかであることを願って――
 
 

 はじめての……(完)
 
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