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第一章 おけつの危機を回避したい
七十三話 (完)
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「ひっく、うえぇ」
人気のない廊下に、おれの情けない泣き声が響いとる。
外からは、歓声が。みんな、後夜祭で盛り上がっとんのやろな……うう。
「シゲル、大丈夫か?」
晴海の肩にしがみ付いて、首をぶんぶん振る。うう、おれの涙で襟がべちょべちょや。ごめん。
足腰が立たへんから、晴海が負ぶってくれてんねん。背中でずっと泣かれたら困るよなって、理性ではわかんねんけど。
――でも、こんなんあんまりや~!
ぶわって涙が溢れる。
「ハッピーエンドやと思ったのにぃ……! なんなん、淫紋って! とんだエロハプニングやんか!」
「さすが18禁の世界観やなあ……」
晴海が、しみじみと呟いた。
ほんまに、どうしよう。ムラムラする発作が起きるたび、おけつでエッチせなあかんのやろ。
そしたら、また。今日みたいに晴海にお願いして、抱いてもらうん……?
「あうう」
ボン! と全身が燃え上がる。
そんなん絶対、おかしいて! もだもだしとったら、晴海がくるりと振り返る。
「シゲル、大丈夫や。お姉さんが、また薬を開発する言うてくれてるし」
「晴海……っ」
「絶対、治るから。一緒に頑張ろう」
優しい声で言われて、感激で涙が滲む。
おれのために、童貞切ってくれたのに……お前ってやつは……!
「うん……!」
おれは何度も頷いて、首に抱きついた。
項にぐりぐりとほっぺをすり寄せたら、晴海がくすぐったそうにする。
「甘えんぼやなぁ」
「へへ……」
安心したら、ほかほかして眠くなってきた。
「ん? ……シゲル、お前なんか熱ない?」
「う~……」
晴海が、なんか言うてくれてるけど、眠すぎる。
あかん、もう意識が――
「おい、シゲル!? おーい!?」
めっちゃ心配そうな声を最後に――おれの意識は、暗転した。
「おはよ~!」
週明けの月曜――
晴海と教室に入ってったら、いつもの皆が笑って手を上げた。
「おっ! 久しぶり~。今井、有村」
「すまんかったなぁ。学祭の片づけ出れんくて」
「何言ってんだよ、水くさい」
ははは、と大らかに許されて、おれと晴海は顔を見合わせる。ほんまに、優しい奴らやで。
おれ、学祭の夜から、三日間寝込んでしまっててん。
寮監さんいわく、「単なる疲労」ってことらしいから、大丈夫やで。
でも、晴海が、えらい心配してくれてな。
「薬の後遺症のこともあるし。――いろいろ無理させたから、心配なんや」
真剣な顔でお腹を撫でられて、思わず真っ赤になってしもた。
そんで、仲間にも話し通して、付きっきりで看病してくれたんよ。……晴海の優しさが青天井で、どうしよう。
上杉が、眉をハの字にして言う。
「しかし、週末も起きれなかったんだろ。マジでもう大丈夫なん?」
「あっ、うん! 大丈夫やよ。ごめんな、お見舞い来てくれたのに」
ピースサインを作りつつ、ギクッとする。
罪悪感!
みんな、お見舞いに来てくれたのに、いっぺんも会えんかったん。
最初の二日くらいは、マジでしんどかってんけど……元気になった三日目から、その……初めての「発情」がきてしもて……。
週末のアレコレを思い出して、かああっと全身が熱くなる。
「どうした?」
「な、なんでもないっ」
ふいっと顔を背けると、晴海は不思議そうにしとる。……もうっ、平気な顔するんやから!
「何にせよ、良かったな。もうすぐ試験期間だし」
「だなー。学生の身分は世知がれぇや」
山田の言葉に、鈴木がしみじみと頷いた。
たしかに――
週明けの教室は、学祭ムードから一転、試験ムードに様変わりしとる。ホンマに学祭終わったんやなあって、ちょっと寂しい。
「ははは。でも俺、テストも結構好きだぜ!」
竹っちが、やたら大人びた顔で笑う。おれらは、きょとんと顔を見合わせた。
「どうしたん、竹っち?」
「熱でもあんのか?」
「違っげーわ!」
すると、教室の入口のほうで、「竹中くん」と澄んだ声がした。
「斉藤先輩!」
竹っちは、白熱灯より眩しい笑顔で、優姫くんに駆け寄っていく。
おろ!?
「今日の勉強会なんだけど、外でやらない? とってもいい天気だし」
「最高っす! 俺、レジャーシート持ってきますね」
「バカだなぁ。ベンチがあるでしょ」
楽しそうにおしゃべりする二人。
晴海が、ぽんと手を打った。
「そうか。竹っち、良かったなあ」
「うんうん!」
竹っちと優姫くん、めっちゃいい感じ。
真っ赤なほっぺがはち切れそうな笑顔に、胸が温かくなった。
と、上杉が「くーっ」と叫んで、身を捩る。
「いいなあ、竹っち。俺も青春してーよ! 有村と今井も付き合ってるし。後夜祭もカップルばっかだしー!」
「ならさ、今度『百合学』の生徒と合コンでもしねぇ? ダチの姉ちゃんが通ってるから」
「マジ?! 山田様ー!」
「俺も行く!」
三人はわいわいと盛り上がっとる。
クラスメイトも「なんだなんだ?」「合コン?!」て寄ってきて、一気に賑やかになった。
平和な光景に、おれと晴海は笑い合う。
ほしたら、「恋人アリの余裕か!」って囃されたので、廊下に退散した。
「おーい、シゲル~!」
明るい声に呼び止められて、おれはびっくりして振り返った。
「愛野くん!?」
「へへっ」
愛野くんは、ニコニコと駆け寄ってくる。
「具合、良くなったんだな!」
「うん。愛野くんは、大丈夫?」
「俺? 元気ハツラツだぜ!」
愛野くんは、力こぶをつくる。
良かった。
晴海から、会計が助けに行ったて聞いてたけど――元気そうなん見ると、ホッとするね。
「これ、快気祝い! 晴海と一緒に食ってくれよ」
「えっ、ありがとう! ええの? こんなたくさん」
渡された紙袋には、たっぷりのパンやお菓子が入っとる。戸惑っとったら、愛野くんはニカッと笑う。
「お礼! シゲル、俺のこと助けてくれただろ? 自分だってハアハアしてしんどかったろうに、お前って良い奴だなっ」
「あ、愛野くん……! おれこそ、ありがとう」
おれも、ぺこりと頭を下げる。あの時、折れへん愛野くんに、どんだけ励まされたか。
「晴海も。助けてくれたって、レンから聞いた。サンキューな。……お前らとは、色々あったけどさ。その分、本当のダチになれたと思ってるぜ!」
「そうか……ありがとうな」
晴海も、しみじみと笑う。
おれらは、かわるがわる握手をかわした。
「じゃあ、俺、レンと待ち合わせしてっから行くわ! シゲル、また恋バナでもしよーぜ!」
「うん!」
愛野くんは、手を振って走り去っていく。
廊下の向こうから現れた会計に、勢いよく飛びついたのを見て、笑みがこぼれた。
「愛野くん、よかったね」
悪役モブとして、主人公の愛野くんとは色々あったけど……これからは、きっと変わっていけるよね。
あわい期待で、胸が膨らむ。
ふいに、晴海が呟いた。
「――これで、ゲームも終わりなんやな」
「!」
「ひとまず、お疲れさん。……シゲル、ほんまによう頑張ったなあ」
温かい目で見つめられ、おれは涙ぐんだ。
「晴海がいてくれたから、頑張れたんよ。ほんまにありがとう……!」
俯いて、下っ腹に手を当てる。
「まだ、この問題はあるけど」
「大丈夫や。俺も、一緒におるからな」
晴海はそう言って、おれの手に手を重ねてくれた。あったかい。
ゲームが終わっても……淫紋の問題は残っとる。ハッピーエンドは、まだ遠いのかもしれんけど――
「うん……!」
おれは、心から頷いた。
「週末、お姉さんとこ行くやろ。お土産はミカンでええんか?」
「うん! あと、購買のパンがええって」
「そうか。ほな、早起きして並ばななぁ」
「おれ起こしたるっ」
おれらは微笑み合い、手を繋いで歩き出した。
週末の予定を話しながら、手をギュッと握る。すぐに握りかえされて、ほっぺが熱くなった。
この手がある限り、大丈夫。
晴海がいれば――おれは、ハッピーエンドを信じられるから。
(完)
人気のない廊下に、おれの情けない泣き声が響いとる。
外からは、歓声が。みんな、後夜祭で盛り上がっとんのやろな……うう。
「シゲル、大丈夫か?」
晴海の肩にしがみ付いて、首をぶんぶん振る。うう、おれの涙で襟がべちょべちょや。ごめん。
足腰が立たへんから、晴海が負ぶってくれてんねん。背中でずっと泣かれたら困るよなって、理性ではわかんねんけど。
――でも、こんなんあんまりや~!
ぶわって涙が溢れる。
「ハッピーエンドやと思ったのにぃ……! なんなん、淫紋って! とんだエロハプニングやんか!」
「さすが18禁の世界観やなあ……」
晴海が、しみじみと呟いた。
ほんまに、どうしよう。ムラムラする発作が起きるたび、おけつでエッチせなあかんのやろ。
そしたら、また。今日みたいに晴海にお願いして、抱いてもらうん……?
「あうう」
ボン! と全身が燃え上がる。
そんなん絶対、おかしいて! もだもだしとったら、晴海がくるりと振り返る。
「シゲル、大丈夫や。お姉さんが、また薬を開発する言うてくれてるし」
「晴海……っ」
「絶対、治るから。一緒に頑張ろう」
優しい声で言われて、感激で涙が滲む。
おれのために、童貞切ってくれたのに……お前ってやつは……!
「うん……!」
おれは何度も頷いて、首に抱きついた。
項にぐりぐりとほっぺをすり寄せたら、晴海がくすぐったそうにする。
「甘えんぼやなぁ」
「へへ……」
安心したら、ほかほかして眠くなってきた。
「ん? ……シゲル、お前なんか熱ない?」
「う~……」
晴海が、なんか言うてくれてるけど、眠すぎる。
あかん、もう意識が――
「おい、シゲル!? おーい!?」
めっちゃ心配そうな声を最後に――おれの意識は、暗転した。
「おはよ~!」
週明けの月曜――
晴海と教室に入ってったら、いつもの皆が笑って手を上げた。
「おっ! 久しぶり~。今井、有村」
「すまんかったなぁ。学祭の片づけ出れんくて」
「何言ってんだよ、水くさい」
ははは、と大らかに許されて、おれと晴海は顔を見合わせる。ほんまに、優しい奴らやで。
おれ、学祭の夜から、三日間寝込んでしまっててん。
寮監さんいわく、「単なる疲労」ってことらしいから、大丈夫やで。
でも、晴海が、えらい心配してくれてな。
「薬の後遺症のこともあるし。――いろいろ無理させたから、心配なんや」
真剣な顔でお腹を撫でられて、思わず真っ赤になってしもた。
そんで、仲間にも話し通して、付きっきりで看病してくれたんよ。……晴海の優しさが青天井で、どうしよう。
上杉が、眉をハの字にして言う。
「しかし、週末も起きれなかったんだろ。マジでもう大丈夫なん?」
「あっ、うん! 大丈夫やよ。ごめんな、お見舞い来てくれたのに」
ピースサインを作りつつ、ギクッとする。
罪悪感!
みんな、お見舞いに来てくれたのに、いっぺんも会えんかったん。
最初の二日くらいは、マジでしんどかってんけど……元気になった三日目から、その……初めての「発情」がきてしもて……。
週末のアレコレを思い出して、かああっと全身が熱くなる。
「どうした?」
「な、なんでもないっ」
ふいっと顔を背けると、晴海は不思議そうにしとる。……もうっ、平気な顔するんやから!
「何にせよ、良かったな。もうすぐ試験期間だし」
「だなー。学生の身分は世知がれぇや」
山田の言葉に、鈴木がしみじみと頷いた。
たしかに――
週明けの教室は、学祭ムードから一転、試験ムードに様変わりしとる。ホンマに学祭終わったんやなあって、ちょっと寂しい。
「ははは。でも俺、テストも結構好きだぜ!」
竹っちが、やたら大人びた顔で笑う。おれらは、きょとんと顔を見合わせた。
「どうしたん、竹っち?」
「熱でもあんのか?」
「違っげーわ!」
すると、教室の入口のほうで、「竹中くん」と澄んだ声がした。
「斉藤先輩!」
竹っちは、白熱灯より眩しい笑顔で、優姫くんに駆け寄っていく。
おろ!?
「今日の勉強会なんだけど、外でやらない? とってもいい天気だし」
「最高っす! 俺、レジャーシート持ってきますね」
「バカだなぁ。ベンチがあるでしょ」
楽しそうにおしゃべりする二人。
晴海が、ぽんと手を打った。
「そうか。竹っち、良かったなあ」
「うんうん!」
竹っちと優姫くん、めっちゃいい感じ。
真っ赤なほっぺがはち切れそうな笑顔に、胸が温かくなった。
と、上杉が「くーっ」と叫んで、身を捩る。
「いいなあ、竹っち。俺も青春してーよ! 有村と今井も付き合ってるし。後夜祭もカップルばっかだしー!」
「ならさ、今度『百合学』の生徒と合コンでもしねぇ? ダチの姉ちゃんが通ってるから」
「マジ?! 山田様ー!」
「俺も行く!」
三人はわいわいと盛り上がっとる。
クラスメイトも「なんだなんだ?」「合コン?!」て寄ってきて、一気に賑やかになった。
平和な光景に、おれと晴海は笑い合う。
ほしたら、「恋人アリの余裕か!」って囃されたので、廊下に退散した。
「おーい、シゲル~!」
明るい声に呼び止められて、おれはびっくりして振り返った。
「愛野くん!?」
「へへっ」
愛野くんは、ニコニコと駆け寄ってくる。
「具合、良くなったんだな!」
「うん。愛野くんは、大丈夫?」
「俺? 元気ハツラツだぜ!」
愛野くんは、力こぶをつくる。
良かった。
晴海から、会計が助けに行ったて聞いてたけど――元気そうなん見ると、ホッとするね。
「これ、快気祝い! 晴海と一緒に食ってくれよ」
「えっ、ありがとう! ええの? こんなたくさん」
渡された紙袋には、たっぷりのパンやお菓子が入っとる。戸惑っとったら、愛野くんはニカッと笑う。
「お礼! シゲル、俺のこと助けてくれただろ? 自分だってハアハアしてしんどかったろうに、お前って良い奴だなっ」
「あ、愛野くん……! おれこそ、ありがとう」
おれも、ぺこりと頭を下げる。あの時、折れへん愛野くんに、どんだけ励まされたか。
「晴海も。助けてくれたって、レンから聞いた。サンキューな。……お前らとは、色々あったけどさ。その分、本当のダチになれたと思ってるぜ!」
「そうか……ありがとうな」
晴海も、しみじみと笑う。
おれらは、かわるがわる握手をかわした。
「じゃあ、俺、レンと待ち合わせしてっから行くわ! シゲル、また恋バナでもしよーぜ!」
「うん!」
愛野くんは、手を振って走り去っていく。
廊下の向こうから現れた会計に、勢いよく飛びついたのを見て、笑みがこぼれた。
「愛野くん、よかったね」
悪役モブとして、主人公の愛野くんとは色々あったけど……これからは、きっと変わっていけるよね。
あわい期待で、胸が膨らむ。
ふいに、晴海が呟いた。
「――これで、ゲームも終わりなんやな」
「!」
「ひとまず、お疲れさん。……シゲル、ほんまによう頑張ったなあ」
温かい目で見つめられ、おれは涙ぐんだ。
「晴海がいてくれたから、頑張れたんよ。ほんまにありがとう……!」
俯いて、下っ腹に手を当てる。
「まだ、この問題はあるけど」
「大丈夫や。俺も、一緒におるからな」
晴海はそう言って、おれの手に手を重ねてくれた。あったかい。
ゲームが終わっても……淫紋の問題は残っとる。ハッピーエンドは、まだ遠いのかもしれんけど――
「うん……!」
おれは、心から頷いた。
「週末、お姉さんとこ行くやろ。お土産はミカンでええんか?」
「うん! あと、購買のパンがええって」
「そうか。ほな、早起きして並ばななぁ」
「おれ起こしたるっ」
おれらは微笑み合い、手を繋いで歩き出した。
週末の予定を話しながら、手をギュッと握る。すぐに握りかえされて、ほっぺが熱くなった。
この手がある限り、大丈夫。
晴海がいれば――おれは、ハッピーエンドを信じられるから。
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