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第一章 おけつの危機を回避したい
六十七話
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飛び込んだ会計の隠れ家で、俺はひたすらに頭を下げまくっていた。シゲル救出の為――面倒そうにしとる部屋の主を、何としても鳴かすためにやな。
「劒谷先輩、お願いします! どうか俺を、古い地下室に案内して下さい!」
「だから、そんなんする義理ないっつってるよねー?」
会計は冷めた目で一蹴する。
「そこをなんとか……! 聞いてくれたら、あんたの舎弟にでも、パシリにでもなるさかい! どうか頼むッ!」
「いらねーよ! うわっ、足に縋りつくな、気持ち悪いな!」
「うお」
鋭く繰り出された蹴りをよけ、床にバン! と両手をつく。目に気合を溜めて、嫌そうな会計を見上げた。
「ホンマにお願いします。今この時も、シゲルが酷い目に遭ってるかと思ったら、俺は……あんたも愛する人が居るなら、わかってくれるやろ?!」
「てめえの恋人とか知らねーし。忙しいから、無理」
にべもない返答に頬が引き攣る。
「……」
落ち着け晴海……ここでヤケを起こしたら、シゲルはどうなる?
頭ん中で会計をボコボコにしつつ、俺は深く息を吐いた。
気の優しいシゲルは、極悪非道の変態に捕まってどんだけ怖い思いしとることやろうか。一刻も早く、助けに行ってやりたい。
説得は根気や。何が何でも「うん」と言わしたる。
「お願いします。案内してください!」
ゴツン、と叩き付けるように床に額づいた。
「先輩、お願いします!」
「劒谷くん、僕からもお願いします! 榊原から、今井くんを助けたいんです」
俺の隣に、竹っちと斉藤先輩も並んで頭を下げてくれる。――男の土下座は安くない。俺は感謝に胸が震えた。
「しっつこいなぁ、どうでもいいっつーのに……。だいたいお前さあ、なんで地下室の事喋ってんの? 何様なわけ?」
「……っ。申し訳ありません」
ぐっと押し黙った先輩を、竹っちが心配そうに見た。
「斉藤先輩は、俺らの為に言うてくれただけですよ」
「どうでもいいし。もういい? 俺、天ちゃんと待ち合わせしてるから、出てってくんない?」
うるさそうに言うと、会計は高々と足を組み替える。
その言葉に、朝のやり取りを思い出した。たしかに、飾りつけされた部屋も、机の上のご馳走も、逢瀬の準備といやあ納得――そこまで考えて、俺はハッとした。
――いちか八か、ここを突くしかない!
「劒谷先輩、愛野もですよ」
「はあ?」
「榊原が狙っとったんは、シゲルだけやない。あの変態の真の狙いは、あんたの恋人――つまり愛野や!」
気迫を込めて睨み上げると、会計はぴくりと眉を動かした。
「は……お前、苦し紛れにもほどが」
「本当の事や。あの変態は、シゲルと愛野を誘拐して酷い目に遭わすって、言うてたんや! あんたに、男取られた恨みを晴らす……そうも言うてたなあ!」
「ええっ?!」
竹っちが、驚愕の声を上げた。斉藤先輩もハッと目を見開いて、尋ねてくる。
「有村くん、その男って、茅ヶ崎のこと?!」
「ああ……そうです!」
茅ヶ崎とは誰かわからんかったが、俺は重く頷いた。
しかし、出任せというわけや無い。何しろ、最終イベントで愛野は実際に榊原に攫われるわけやからな。
斉藤先輩は納得してくれたらしく、会計に真剣な目を向ける。
「劔谷くん。榊原が、茅ヶ崎の件であなたを恨んでいたら……報復するために、あなたの恋人を狙うのはありえます」
「はあ? そんなん逆恨みじゃん。そもそも、こいつが勝手に言ってるだけだし」
そのとき、着信音が響く。会計がスマホを取り出して、ぱっと破願した。
「天ちゃん! いまどこ――」
嬉しそうに電話に出た会計の顔が、すぐに凍り付く。
「榊原……なんでてめぇが、天ちゃんの電話を。……おい! ざけんな、てめぇ! 天ちゃんに何かしてみろ、ぶっころす!」
会計はスマホに向かって怒鳴ると、悪鬼のような表情で舌打ちをする。どうも、通話を切られたらしい。そのまま、大股で教室を出て行こうとした。
俺は、ぎょっとして叫んだ。
「ちょお、どこ行くねん!」
「天ちゃんを助けに行くに決まってんだろ!」
「待ってください。なら、どうか地下室に。それ以外のめぼしい場所は、僕が皆に指示をして、すでに探させましたから……!」
必死に引き留める先輩の手を、会計は振り払う。
「は? お前なんか、信用できるわけないだろ! 天ちゃんに嫉妬して、傷つけようとしたくせに」
「……っ」
先輩の顔がくしゃりと歪んだ。流石に見過ごせんくて、口を開く。
「あんたなあ――」
「いい加減にしろよ、ばっきゃろう!」
俺を遮り、物凄い大音声が教室に響き渡った。
顔を真っ赤にした竹っちが、ずかずかと二人に歩み寄り――斉藤先輩を背に庇った。
会計は、剣呑に目を眇める。
「なにお前」
「竹中だ! ――あのなあ! 先輩は、あんたが好きなんだぞ。だから、辛くても――ずっと、恋敵の愛野がイジメられねえように親衛隊の仲間を抑えてたんだ! そんな人が、あんたを傷つけることするわけないだろ?! わかれよ、バーカ!」
「……!」
「竹中くん……」
先輩の目から涙があふれた。
竹っちは、会計に立ちはだかっとる。その横顔は、己が傷ついても、愛する人を守るという男の気概に漲っとった。
「ありがとう。それと……ごめんね」
「斉藤先輩?」
涙を拭った先輩は、竹っちの隣に並んだ。
「レン様。正直に言います。僕は、あなたを奪った愛野を憎く思っていました。そして……僕達の愛を食い散らかし、ゴミみたいに捨てた、あなたの事も」
「!」
会計は、バツが悪そうに目を伏せる。先輩は静かな声で話し続ける。
「だから……榊原に愛野を壊させて、ズタズタに傷つけてやるって思ったこともあります。……でも、有村くんと今井くんの二人に出会って――二人の想い合う姿を見るうちに解りました。自分のやろうとしてることが、どれだけ醜くて、不毛なことか。それに……」
先輩は、一瞬竹っちを見て――また前を向く。
「ごめんなさい。今まで何度も、恥ずかしいことをしたと思っています。でも……僕も仲間も、もう二度と、大切な人達に顔向けできないことはしません」
斉藤先輩は凛と顔を上げ、真っすぐに会計を見つめる。会計は、その気迫に飲まれたように、息を飲んだ。
「どうか僕らを信じて下さい」
「……優ちゃん」
二人は、静かに見つめ合う。
俺は竹っちに寄ってって、涙に咽ぶ背中を叩いた。
暫くして、会計がぶっきら棒に訊ねる。
「……本当に、全部探したんだよね?」
「はい」
「なら、わかったし。――おい、そこの黒髪! 俺は地下室に行くけど……お前もついてきたいなら、勝手にすれば?」
「――ああ! ありがとう!」
俺は、深く頭を下げる。
会計は不機嫌そうに口をひん曲げて、教卓に飛び乗った。そして、ポケットから取り出した鍵を、黒板の上の時計に突き立てる。二本の針の交点を抉る鍵を捻ると――ゴゴゴ……と低い機械音を響かせて、黒板が床に向かって下がって行った。
「でえっ!?」
「……ははあ。この部屋に、入り口があったんか」
「そこ?! 何このカラクリ!? ってとこじゃねえの?!」
黒板が下がりきると、壁の真ん中に二畳くらいの空間が口を開けとった。その中には、地下に向かう階段があるのが見える。
「優ちゃん。暫く、この辺りに誰も近づかないように見張っといて。そこのお前も」
「はい。お気をつけて」
「わかったっす。有村、気をつけてな。今井の事、頼むぜ!」
「ああ! ありがとう、竹っち。斉藤先輩」
俺一人では、ここに辿り着けへんかった。感謝を込めて頷くと、階段に向き合う。
――シゲル、今行くで!
俺は、逸る気持ちで階段を駆け下りた。
「劒谷先輩、お願いします! どうか俺を、古い地下室に案内して下さい!」
「だから、そんなんする義理ないっつってるよねー?」
会計は冷めた目で一蹴する。
「そこをなんとか……! 聞いてくれたら、あんたの舎弟にでも、パシリにでもなるさかい! どうか頼むッ!」
「いらねーよ! うわっ、足に縋りつくな、気持ち悪いな!」
「うお」
鋭く繰り出された蹴りをよけ、床にバン! と両手をつく。目に気合を溜めて、嫌そうな会計を見上げた。
「ホンマにお願いします。今この時も、シゲルが酷い目に遭ってるかと思ったら、俺は……あんたも愛する人が居るなら、わかってくれるやろ?!」
「てめえの恋人とか知らねーし。忙しいから、無理」
にべもない返答に頬が引き攣る。
「……」
落ち着け晴海……ここでヤケを起こしたら、シゲルはどうなる?
頭ん中で会計をボコボコにしつつ、俺は深く息を吐いた。
気の優しいシゲルは、極悪非道の変態に捕まってどんだけ怖い思いしとることやろうか。一刻も早く、助けに行ってやりたい。
説得は根気や。何が何でも「うん」と言わしたる。
「お願いします。案内してください!」
ゴツン、と叩き付けるように床に額づいた。
「先輩、お願いします!」
「劒谷くん、僕からもお願いします! 榊原から、今井くんを助けたいんです」
俺の隣に、竹っちと斉藤先輩も並んで頭を下げてくれる。――男の土下座は安くない。俺は感謝に胸が震えた。
「しっつこいなぁ、どうでもいいっつーのに……。だいたいお前さあ、なんで地下室の事喋ってんの? 何様なわけ?」
「……っ。申し訳ありません」
ぐっと押し黙った先輩を、竹っちが心配そうに見た。
「斉藤先輩は、俺らの為に言うてくれただけですよ」
「どうでもいいし。もういい? 俺、天ちゃんと待ち合わせしてるから、出てってくんない?」
うるさそうに言うと、会計は高々と足を組み替える。
その言葉に、朝のやり取りを思い出した。たしかに、飾りつけされた部屋も、机の上のご馳走も、逢瀬の準備といやあ納得――そこまで考えて、俺はハッとした。
――いちか八か、ここを突くしかない!
「劒谷先輩、愛野もですよ」
「はあ?」
「榊原が狙っとったんは、シゲルだけやない。あの変態の真の狙いは、あんたの恋人――つまり愛野や!」
気迫を込めて睨み上げると、会計はぴくりと眉を動かした。
「は……お前、苦し紛れにもほどが」
「本当の事や。あの変態は、シゲルと愛野を誘拐して酷い目に遭わすって、言うてたんや! あんたに、男取られた恨みを晴らす……そうも言うてたなあ!」
「ええっ?!」
竹っちが、驚愕の声を上げた。斉藤先輩もハッと目を見開いて、尋ねてくる。
「有村くん、その男って、茅ヶ崎のこと?!」
「ああ……そうです!」
茅ヶ崎とは誰かわからんかったが、俺は重く頷いた。
しかし、出任せというわけや無い。何しろ、最終イベントで愛野は実際に榊原に攫われるわけやからな。
斉藤先輩は納得してくれたらしく、会計に真剣な目を向ける。
「劔谷くん。榊原が、茅ヶ崎の件であなたを恨んでいたら……報復するために、あなたの恋人を狙うのはありえます」
「はあ? そんなん逆恨みじゃん。そもそも、こいつが勝手に言ってるだけだし」
そのとき、着信音が響く。会計がスマホを取り出して、ぱっと破願した。
「天ちゃん! いまどこ――」
嬉しそうに電話に出た会計の顔が、すぐに凍り付く。
「榊原……なんでてめぇが、天ちゃんの電話を。……おい! ざけんな、てめぇ! 天ちゃんに何かしてみろ、ぶっころす!」
会計はスマホに向かって怒鳴ると、悪鬼のような表情で舌打ちをする。どうも、通話を切られたらしい。そのまま、大股で教室を出て行こうとした。
俺は、ぎょっとして叫んだ。
「ちょお、どこ行くねん!」
「天ちゃんを助けに行くに決まってんだろ!」
「待ってください。なら、どうか地下室に。それ以外のめぼしい場所は、僕が皆に指示をして、すでに探させましたから……!」
必死に引き留める先輩の手を、会計は振り払う。
「は? お前なんか、信用できるわけないだろ! 天ちゃんに嫉妬して、傷つけようとしたくせに」
「……っ」
先輩の顔がくしゃりと歪んだ。流石に見過ごせんくて、口を開く。
「あんたなあ――」
「いい加減にしろよ、ばっきゃろう!」
俺を遮り、物凄い大音声が教室に響き渡った。
顔を真っ赤にした竹っちが、ずかずかと二人に歩み寄り――斉藤先輩を背に庇った。
会計は、剣呑に目を眇める。
「なにお前」
「竹中だ! ――あのなあ! 先輩は、あんたが好きなんだぞ。だから、辛くても――ずっと、恋敵の愛野がイジメられねえように親衛隊の仲間を抑えてたんだ! そんな人が、あんたを傷つけることするわけないだろ?! わかれよ、バーカ!」
「……!」
「竹中くん……」
先輩の目から涙があふれた。
竹っちは、会計に立ちはだかっとる。その横顔は、己が傷ついても、愛する人を守るという男の気概に漲っとった。
「ありがとう。それと……ごめんね」
「斉藤先輩?」
涙を拭った先輩は、竹っちの隣に並んだ。
「レン様。正直に言います。僕は、あなたを奪った愛野を憎く思っていました。そして……僕達の愛を食い散らかし、ゴミみたいに捨てた、あなたの事も」
「!」
会計は、バツが悪そうに目を伏せる。先輩は静かな声で話し続ける。
「だから……榊原に愛野を壊させて、ズタズタに傷つけてやるって思ったこともあります。……でも、有村くんと今井くんの二人に出会って――二人の想い合う姿を見るうちに解りました。自分のやろうとしてることが、どれだけ醜くて、不毛なことか。それに……」
先輩は、一瞬竹っちを見て――また前を向く。
「ごめんなさい。今まで何度も、恥ずかしいことをしたと思っています。でも……僕も仲間も、もう二度と、大切な人達に顔向けできないことはしません」
斉藤先輩は凛と顔を上げ、真っすぐに会計を見つめる。会計は、その気迫に飲まれたように、息を飲んだ。
「どうか僕らを信じて下さい」
「……優ちゃん」
二人は、静かに見つめ合う。
俺は竹っちに寄ってって、涙に咽ぶ背中を叩いた。
暫くして、会計がぶっきら棒に訊ねる。
「……本当に、全部探したんだよね?」
「はい」
「なら、わかったし。――おい、そこの黒髪! 俺は地下室に行くけど……お前もついてきたいなら、勝手にすれば?」
「――ああ! ありがとう!」
俺は、深く頭を下げる。
会計は不機嫌そうに口をひん曲げて、教卓に飛び乗った。そして、ポケットから取り出した鍵を、黒板の上の時計に突き立てる。二本の針の交点を抉る鍵を捻ると――ゴゴゴ……と低い機械音を響かせて、黒板が床に向かって下がって行った。
「でえっ!?」
「……ははあ。この部屋に、入り口があったんか」
「そこ?! 何このカラクリ!? ってとこじゃねえの?!」
黒板が下がりきると、壁の真ん中に二畳くらいの空間が口を開けとった。その中には、地下に向かう階段があるのが見える。
「優ちゃん。暫く、この辺りに誰も近づかないように見張っといて。そこのお前も」
「はい。お気をつけて」
「わかったっす。有村、気をつけてな。今井の事、頼むぜ!」
「ああ! ありがとう、竹っち。斉藤先輩」
俺一人では、ここに辿り着けへんかった。感謝を込めて頷くと、階段に向き合う。
――シゲル、今行くで!
俺は、逸る気持ちで階段を駆け下りた。
応援ありがとうございます!
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