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第一章 おけつの危機を回避したい

五十一話

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 そして、翌日の夕方―― 
 
「みんな、お疲れさま! トリックアート喫茶、今日の分で準備完了しました! 俺一人じゃ絶対無理だったけど、みんなの頑張りでなんとかなったと思う。マジありがとう!」
 
 教卓に手をついた愛野くんは、ペコリと頭を下げた。再び顔を上げたとき、おっきい目には涙がきらきら光っとる。割れんばかりの拍手が、教室中から巻き起こる。藤崎が潤んだ声で「天使、ありがとう!」と叫ぶと、「ありがとう!」「よくやった!」と声が次々と上がった。
 
「お前らぁ。ありがとう!」
「こちらこそありがとう、天使くん」
「まあ、頑張ったんじゃねえの」
「弘樹。一登もサンキュ!」
 
 しゃくりあげ始めた愛野くんの背を、桃園が擦る。その後ろで大橋がそっぽを向きながら、ねぎらいの言葉をかけている。教室中が、めちゃくちゃいい雰囲気にあふれとった。
 
「んー……これで良かったんかな?」
「さーなあ。上手くまとまったんなら、いーんじゃん」
 
 上杉が、首を傾げて言うのに、山田が肩を竦めて笑った。鈴木が半笑いで「だな」とこぼす。
 晴海が「はは」と鷹揚な笑い声をあげた。
 
「まあ、「お疲れさん」ちゅうことで。これで後は楽しむだけやな!」
 
 場を和まそうとする気持ちがわかって、おれも笑顔で手を上げる。
 
「そうやね。みんなさ、回る店決めた?」
「おうよ。俺、飲食系制覇~」 
「俺は、ライブ。ダチが軽音部だから応援で」
「いいなー、俺も見に行っていい?」
「モチ、来てやって。喜ぶわー」
 
 キャッキャと盛り上がっとるなか、竹っちがひとりボウッとしとる。心ここにあらず、って感じや。
 寄ってって、ちょんとほっぺをつつくと、竹っちは肩をはねさせた。
 
「のわぁ!?」
「竹っち、どしたん?」
「いい今井か……いや、ちょっとあの人のことでさあ」
「ほうほう」
 
 竹っちと教室の隅に移動してこそこそ話をする。
 告白すると決めた竹っちやけど、あれからとんと会えてへんのやって。お部屋訪ねても空振り、ライン送ってもなかなか既読がつかんことも多いらしい。
 
「この時期だし、あの人も忙しいんだと思うんだけどさ。なんつーか、こう。気が弱ってくるとダメだな。避けられてる? とか思っちまったりして……」
「竹っち……そんなことないよ。面倒見いい人なんやろ? きっと忙しいんやて」
「だよなあ。あー! 告ると決めたらこんなに会えねえって、ついてねえや。でも、ラインで告りたくねーんだよ」
「わかるよ」
 
 大事なことを、顔見んと済ませたないねんかな。真面目な竹っちらしい。
 うんうん頷いて感じ入っとったら、竹っちがじろっとおれを見る。
 
「お前の方はどうよ? 有村、誘えたか?」
「うぐっ……じ、じつは、まだ~……」
「何ィ!?」
 
 指をもじもじさせて答えたら、竹っちが羅刹みたいな顔になった。
 
「なんでだよ! 有村と花火見たくねーのか?」
「み、見たないことないけどっ。でも、タイミングって言うか~」
「同室にタイミングも何もねーだろがい!」
 
 びす! とオデコを指で突かれて、「あうう」と肩を竦める。
 たしかに、竹っちの言う通り。花火、いつでも誘うタイミングはあったはずやねん。学祭準備の休憩中とか。ご飯食べてまったりしとるときとか、晴海が筋トレしとるときとか……
 でもな。
 
――晴海、花火二人で見にいかへん?
 
 たったこんだけが、何故かよう言わんねん。
 フラグ回避のこともあるし、浮かれたこといったらあかんかなとか……そう言うのもあるけど。
 
「用事やったとしても。なんか純粋に、断られたらいややなあって……」
 
 おかしいよな。
 今まで、晴海と予定が合わへんくらい、何べんもあったのに。
 そう言うて、肩を落とすと竹っちは呆れ顔になる。
 
「そら、お前。有村を好きだからだろ」
「え!?」
「花火のジンクスでさ、「一生幸せになる」てやつ。断られたら、嘘になりそうで怖いんじゃね」
「……!」
 
 おれは、ハッと目を見開く。竹っちは、にかっと笑った。
 
「有村、絶対いやなんて言わねえよ。そもそもアイツ、ジンクスとか知らねえかもだし。だから、誘え今夜。なっ?」
「竹っち……」
 
 あったかい励ましに、逆に心がうろついてまう。――ちゃうねん、竹っち。おれと晴海はフリやから。そんなロマンチックな理由ではないはずなんや!
 
「おーい、お前ら。記念写真撮るらしいぜっ」
 
 明るい声で呼ばれて、我に返る。
 上杉が、おれと竹っちを手招きしとった。見れば、クラスメイトが黒板の前にばらばらと列を作りだしとった。おれらは、慌てて皆の輪の中に戻った。
 
「なに喋っとったんや?」
 
 晴海の隣に並ぶと、不思議そうに聞かれる。
 
「な。ないしょ」
「何やねん、教えろや」
「やめえ、頭掴まんといてっ」
 
 いつもの調子でじゃれてくる晴海の笑顔に、胸がどきっとして。
 おれは手を避けるふりをして、ふかぶかと俯いた。ほっぺが熱い。
 
――有村のことが、好きだから。
 
 ちゃう。絶っ対ちゃうもん……!
 
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