「俺は魔法使いの息子らしい。」シリーズ短編集

高穂もか

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生徒会とバレンタイン【後編】

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 渡す機会を掴めないまま、あっという間に、放課後になってしまった。
 西日の差し込んで、赤みのさすアスファルトを闊歩する。校庭には、二人で連れ立つ生徒達の姿が散見している。恐らく、バレンタインの勝者だと思えば――腹の底に苛立ちが湧いた。 
 
「ちっ……」
 
 流石に、焦りを覚えてくる。
 一度、微妙なエンカウントをしてしまったのが、良くなかったのか。恐らく、徹底的に距離を取られているようだ。
 
「……寮の部屋を訪ねればいい。なんなら、食事に誘って、その時にでも渡そう」
 
 なんとか気を取り直して、肩から落ちかけた鞄をかけ直す。
 
 ――ピリリリ。
 
 そのとき、ポケットの端末が高い音でなる。
 生徒会役員だけが持つ、緊急の連絡手段。――俺は、気を引き締めて受話器を上げる。
 
「はい」
『海棠、まだ校内にいるよな?』
 
 通話の相手は、八千草先輩のようだ。常に愉快気な声に、真剣さが混じっている。
 
「今は、P校舎付近の校庭にいます」
『了解。その近辺で風紀の警備が薄い場所を、至急見回ってくれ。「要注意監視」の生徒が、ふっつりと消息を絶ったらしい』
「――すぐに!」
 
 俺は通話を切りながら、「疾風」の魔法を発動させていた。
「要注意監視」の生徒には、風紀委員が護衛についているはずなのに、見失うとは。風紀と言うものは、肝心な時に役に立たない組織だ。
 強く地面を蹴り、心当たりを探す。
 ――あの人も、要注意監視の生徒だ。巻き込まれていたらと思うと、気が逸るのを止められない。
 
「……!」
 
 近くの棟で、魔力が動く気配を感知する。俺は、蜘蛛のように壁を駆け上がり、該当の窓を蹴り破った。
 
 ――ガシャン!
 
 窓枠ごと、派手に窓が粉砕した。
 ぎらぎらと魚の鱗のようにはじけ飛ぶ硝子片と共に、室内に着地する。
 
「――なんだ!?」
 
 怒号が上がる。誰何を無視し、ぐるりと室内を見回せば――どうやら空き教室のようだ。
 中にいた生徒達は、悪だくみの最中であったらしい。奴らの中心に、押さえ込まれた人影が見えた。
 
「げっ……海棠……!」
「下衆の行いですね」
 
 眼鏡をおさえ、侮蔑の視線をくれる。
 下衆な生徒達は青ざめ震えているもの、気色ばむものと、様々な反応だ。
 
「痛い目にあいたくなければ、大人しく自首することですね」
「……ちっきしょう! 一年坊主に、なめられてたまるかよ! いくぞお前ら!」
「おお!」
 
 リーダー格であろう青のネクタイの生徒の号令で、一斉に飛びかかってきた。瞬時に魔法を発動させたのか、眼にも止まらぬスピードだ。
 
「ふん」
「がほぁ!?」
 
 まあ、だから何だという話だが。
 急速旋回させた俺の爪先が、リーダー格の米神を抉る。彼は仲間数人を巻き込みながら、黒板にめり込んだ。
 続いて、懐に飛び込んできた生徒の腕を掴むと、窓の外へ背負い投げる。「うおおお……」と悲鳴が落下していくのをしり目に、近くの椅子を掴み振り上げた。
 
 ――カーン!
 
 鐘のような音を立て、背後でナイフを振り上げていた生徒が天井に撃ちあがった。
 
「うぎゃあああ!」
 
 天井に大穴を開け、姿を消す。
 
「口ほどにもない。魔法を使うまでもありませんね」
 
 残りは数人だが、皆勢いが削がれたようで、たじたじとしている。全く、大した実力も度胸も無いから、くだらぬ悪事を働くのか?
 嘆息すると、「やい!」と声が聞こえた。
 
「大人しくしろ! でなければ、こいつの頭を焼く!」
 
 男の一人が、被害生徒を羽交い絞めにし喚いた。人質は頭にブレザーを被せられ、顎と思しき部分を固く掴まれている。
 男の手は「火」の魔力を纏っており、ジュ……と、布が焦げる臭いが充満した。

「うぐー!」

 ジャージを着た小柄な生徒は、必死に藻掻いている。――その姿に、「あの時」の光景が甦る。
 
「……!」
 
 息を飲んだ俺に気をよくしたのか、小男は血走った目をぎらつかせた。汚らしい口から、つわぶきを飛ばし叫ぶ。
 
「脅しじゃねえぞ! 大人しくつくばって……」
「黙れ」
 
 男は脅し文句の半ば、吹っ飛んだ。「風」を纏わせた俺の鞄の投擲を顔面に受けたのだ。鼻血を噴き、ぶっ倒れた。
 人質が自由になったのを見計らい、指を鳴らす。

――パチン。

 緑の魔法陣が現れ、無数の蔦が湧き出す。蛇のようにうねり、下手人の四肢に絡みついた。

「うわああ!?」

 ぐんぐん成長する蔦は、奴らを天井に固定する。愚か者共は、逆さ吊りにされ、真っ赤な顔で喚いていた。

「下ろせ!」
「誰が。馬鹿じゃないですか?」

 ふんと鼻を鳴らす。
 絞め落としても良いが、生殺しにしてやったほうが人の痛みもわかるだろう。

「そこの貴方。大丈夫ですか」

 俺は、床に丸まっている被害生徒に近づいた。顔に巻き付いたブレザーを取ろうと、必死になっているらしい。

「ちょっと落ち着いて下さい……ほら、取れましたよ」
「うぐぐ……おおお! ありがとうございます!」

 その生徒が顔を上げた瞬間、俺は盛大に引きつった。

「あっ、海棠さん! すんません、助かりました」
「吉村さん……」

 なんと、被害生徒は吉村時生だった。
 能天気な笑顔を浮かべ、鹿威しのように頭を下げる吉村に、苛立ちが沸き起こる。

「なぜ、一人でフラフラしているんです? 貴方は自分の立場を理解していますか」
「す、すんません。バレンタインのチョコが、どっかいっちまって……探してるうちに、つい夢中になって」

 申し訳無さそうに、頬をかく吉村。
 何がバレンタインだ。他人に迷惑ばかりかけておいて、人並みの楽しみを求められる立場か。苛立ちのまま、言葉をぶつけてやろうとして――ふと思い至る。

 バレンタイン。

「!」
「海棠さん、どうしたんすか?」

 駆け出した俺に、吉村が素っ頓狂な声をあげる。黙れと言いたいが、それどころではなかった。
 さっき、俺は何を投げた?
 床に落ちていた鞄を拾い上げ、中を覗き――血の気が引いていく。

「……なんてことだ」

 強い風の魔力を纏わせたせいか、打撃のせいか……バレンタインのチョコは滅茶苦茶にへしゃげていた。







 ひゅうう……と木枯らしが吹いていく。

――終わった。

 その気持ちでいっぱいだった。
 あの後――俺の様子から、何かを察したらしい吉村が、しきりに謝ってきたが……怒鳴りつける元気もなかった。
 駆けつけた八千草先輩の労いも遠く、ただ呆然と帰路についている。

「……」

 なぜ、鞄を投げたのか。――いや、何故もっとはやく、渡しておかなかったのか。
 後悔はつきない。
……特別な日だったのに。
 今日は、好意を伝える日だから――俺が彼に感謝や愛情を伝えても、変には思われないはずだった。

「だが、もうかなわない……」

 選びぬいたチョコは、全く駄目になった。
 悄然と肩を落とし、歩いていれば――寮の玄関で、すれ違った生徒とぶつかってしまう。

「あ、すみません!」

 申し訳無さそうに生徒は頭を下げ、去っていく。
 しかし俺は、その生徒の手にある、コンビニの袋に気を取られていた。

「そうだ……もしかしたら。あれがあるかもしれない」

 俺は一縷の望みをかけ、寮内のコンビニに駆け込んだ。そして、目当ての菓子を見つけ、ありったけをかごに詰めていく。

「すみません、プレゼント用に包んでください」

 会計をすませ、品物を手にあの人の部屋へ急いだ。
 今の時間なら、帰っているはず。部屋の前に立つと、人の気配がした。

「……っ」

 ノックしようとして……手が止まる。

――これで正しいのか?

 俺の依頼に、困惑げに店員が頷いていたのを思い出す。それはそうだ。こんな駄菓子を、ラッピングなど頼むものはいないだろう。
 

――ブランドでも、名店のものでもない。もし、彼が覚えていなければ、馬鹿にしたと思うかも……

 そう思うと、身がすくんだ。
 しかしその時、

――ほら、俺のも食え。遠慮すんな、こういうもんは分けて食って、なんぼなんだから。

 そう言って、俺に自分の菓子を分けてくれた――優しい声が蘇る。

「あの人は……きっと笑うまい」

 それに、今日はバレンタインだ。
 今日に限り、チョコレートには、特別な気持ちが宿る。
 だから、きっと――この想いはあの人に届く。
 俺は覚悟を決め、インターホンを押した。


 




……生徒会とバレンタイン(完)





□□□

おまけ



「あ、片倉先輩。懐かしいっすね!」
「なななんですか? おお金の、かかたちのチョコ……?」
「……吉村、朝から声でけえ。森脇てめぇ、五円チョコも知らねーのかよ」
「すんません。しかし、すげえ量っすね。マフラーに出来そう」
「ガキか。……昨日、部屋のドアにかかってたんだけどよ。食い切れねぇから、お前ら持ってってくんね」
「えーっ、いいんすか? ありがとうございます!」
「えええ、いいんですか? そそそ、それ、あ、危なくないですかっ?」
「森脇……まあ、誰がくれたかはわかってんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。……お前ら、昨日チョコ渡してきたろ。……だから、やる。こういうもんは、わけてなんぼだし」
「うおー、やったー!」
「じじ、じゃあ、ありがとうございます……」
「いーえ。……ったく。あいつ……まさか、こんなん覚えてたとはなぁ……」
「あっ片倉先輩、笑ってる!」
「ほ、ほほんとだ!」
「はぁ?!」
「バレンタインのチョコって嬉しいっすよね!」
「そそそうだよ、ね!」
「ち……ちっげーし! これは……ピンポンダッシュ野郎に、思い出しウケしてただけだっつーの!」



おわり
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感想 1

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みんなの感想(1件)

なつみ
2022.12.02 なつみ
ネタバレ含む
2022.12.03 高穂もか

なつみさん、読んで下さり、ありがとうございます〜!
わわ、作品のこと大好きと言って頂いて、本当に大感激です( ;▽;)✨
「俺は〜」の第二部にむけて、更新していきたいと思っております!
楽しんで読んで頂けるよう、頑張りますっ🦾
あたたかなお気遣い、心にしみます……(*^^*)!
感想、ありがとうございました!

解除

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