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吉村くんともちアイス(「お前〜」一章完結後)
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「あー、さっぱりした」
おれは、さっぱりした気分で、大浴場の暖簾をくぐる。
じろじろ見られるのが嫌で、いつもは内湯を使うけど。でも、大きい浴槽がどうしても恋しくなる時があるよね。
と、後ろから小うるさい声が、かけられた。
「お前な、ちゃんと髪乾かせよ」
げっと思って振り返れば、同室のゴリ――佐賀だ。奴も湯上りで、ジャージ姿で首からタオルをかけていた。
風呂の時間がかぶった時点で、嫌な予感はしてたけど。
「ああ……寒くないし、これくらい平気だよ」
「馬鹿。んなことしてっから、季節の変わり目に風邪ひくンだよ。やってこい」
「……」
不機嫌に舌打ちされて、頬が引き攣る。
同室になってから気づいたけど、佐賀は口うるさい。「お母さんか」なんて言うと、またからかわれるから、絶対口にはしないけど。
仕方なく、タオルをかぶって浴場に逆戻りすると、佐賀もついてくる。いや、帰れよ。
佐賀の監督のもと、共用のドライヤーを使っていると――休憩スペースに見慣れた男の子を発見した。
「吉村くん?」
いつの間に。
休憩スペースの奥に置いてあるベンチに、吉村くんはちんまりと腰かけていた。
首からタオルを下げたまま、ジャージの膝の上に小さなアイスのパックを乗っけている。――ああ、奥の自販機でアイスを買ってたから、会わなかったんだな、と合点が行った。
「あいつ、何してンだ?」
佐賀が怪訝そうに言う。
吉村くんはアイスを膝に乗せたまま、真剣な顔をしていた。
その様子で、彼がここに来たばかりの頃のことを思い出す――
「吉村くん、桜沢くん。おつかれ」
ある夜の湯上りに、ベンチに腰掛ける吉村くんと行き会った。
「あっ、西浦先輩。お疲れさまです!」
「お疲れっす」
吉村くんは、ぱっと明るい笑顔で挨拶してくれる。その隣で、ベンチに凭れるように座っている大柄の青年――桜沢くんも、ゆったりと彼にならった。
二人とも、湯上がりらしく……桜沢くんは、いささか顔が赤すぎるみたいだった。
おれの視線に気づいてか、吉村くんが桜沢くんの肩を叩く。
「イノリのやつ、のぼせちまったんす。そんで、アイスでも食ってこうかって思いまして」
「そうなんだ。桜沢くん、大丈夫?」
「っす」
桜沢くんは、気だるそうに頷いた。彼の様子に、周囲の生徒がそわそわしているのがわかって、割りと気まずい。
吉村くんは、「なはは」と笑いながら言う。
「こいつ、でかい風呂だとのぼせやすいんすよ。だから、俺が隣で浸かってやるって言うのに」
「だめー。余計にのぼせちゃうし」
「んだとっ」
肘でうりうりと突かれ、桜沢くんは気恥ずかしそうにしていた。……なんとなく、のぼせる理由を察してしまったけど、触れないほうがいいだろうな。
「大変だね。ところで、そのアイス……」
「はい、あとちょっとっす!」
「ん?」
膝に置いたままのアイスが溶けないか、心配になって尋ねると不思議な返事が来た。
首を捻っていると、桜沢くんが口を開く。
「トキちゃん、もちアイスの見極めのプロなんす」
「プロ?」
吉村くんは、匠のような渋い顔つきになった。
「うす! アイスが溶けすぎず、もちがモチモチに伸びるベストタイミング……この見極めに三年かかりました」
「トキちゃんて、職人かたぎだよねぇ」
「へへ」
「そっか……」
飴でもアイスでも、すぐに齧るおれとしては、そのロマンはよくわからない。
ただ、楽しそうに語らう二人には、微笑ましい気持ちになったんだ。
――あんなに楽しそうだったのに、いまは吉村くん一人で座っているんだ……。
感傷的な気持ちで眺めていると、吉村くんが動いた。
電光石火の勢いでパックの蓋を外し、付属のクシをもちアイスに突き立てる。
「おお……」
思わず、声が漏れた。
吉村くんのクシは、もちアイスの中央に深く突き立っている、かといって、突き抜けていきそうなやわな感じはない。
――おそらく、完璧に食べごろだ。
感嘆していると、
「……!」
吉村くんが、笑顔で隣を振り返った。
そして――からっぽのそこを見て、しょんぼりと肩を落としてしまう。
おれは、胸がズキリと痛んだ。
桜沢くんが側にいないのは、吉村くんのため。でも、実際に寂しそうな吉村くんを見ていると……自分の無力さを実感せざるをえない。
「!」
ふいに、俯くおれの手が強い力で引かれる。
佐賀だ。
やつはしかめっ面のまま、おれの手をグイグイ引いて、吉村くんに接近する。
「おう」
「あっ。佐賀先輩、西浦先輩! お疲れさまです!」
佐賀がぶっきら棒に声をかけると、吉村くんがぺこりと頭を下げた。
「美味そうなもん食ってるな」
「うすっ。もちアイスっす」
「へえ。よこせや」
「は!?」
おれは瞠目する。
パックに二つしかないもちアイスを寄こせなんて。山賊じゃないのか、こいつ。
「うす。どうぞ!」
吉村くんは目を丸くした後、ぱっと破願してパックごと差し出した。
遠慮なく手を伸ばした佐賀に、おれは慌てる。
「ちょっと。遠慮しろよ……!」
「アホか。山賊じゃあるまいし、全部巻き上げるわけねえだろ」
「いや、でも……」
米神を爆発させそうな佐賀に、もちアイスを口にねじ込まれた。
ちょ、おい。
「齧れ」
「うぐ」
半分口に入った所で、もちをみんみん伸ばしながら、アイスがもぎとられていく。
「美味いかよ」
「……うん。もちが良く伸びて」
「へえ」
それ、仏頂面で聞かなくても良くない?
と、残りをぽん、と口に放り込んだのを見てぎょっとする。
こいつ、よく食べるな。吉村くんならともかく、おれの食い残しだぞ。
呆れていると、「わあ……」と感動の叫びが聞こえた。
「佐賀先輩、西浦先輩……ありがとうございます!」
吉村くんが目をキラキラさせている。
「馬鹿。てめえもさっさと食え」
「うす!」
吉村くんは、にこにこともちアイスを頬張りだした。
明るい笑顔が戻り、ホッとする。
「吉村くん、ありがとう。美味しかったよ」
「いえいえ! やっぱ、みんなで食べた方が美味いすから」
溌溂とした声で返されたことに、はっとする。
佐賀の仏頂面を、まじまじと見た。
――こいつ、もしかして。吉村くんを気遣って……?
意外と、後輩思いなところがあるのか。
そう思ったとき、佐賀が首を傾げながら言う。
「吉村、溶かしすぎじゃね。バキッとしてる方がうまいだろ」
「ガーン!」
吉村くんがベンチからずり落ちる。おれは、怒鳴った。
「佐賀! 貰っといて何だお前!」
うん。
やっぱり、気のせいかな。
(完)
おれは、さっぱりした気分で、大浴場の暖簾をくぐる。
じろじろ見られるのが嫌で、いつもは内湯を使うけど。でも、大きい浴槽がどうしても恋しくなる時があるよね。
と、後ろから小うるさい声が、かけられた。
「お前な、ちゃんと髪乾かせよ」
げっと思って振り返れば、同室のゴリ――佐賀だ。奴も湯上りで、ジャージ姿で首からタオルをかけていた。
風呂の時間がかぶった時点で、嫌な予感はしてたけど。
「ああ……寒くないし、これくらい平気だよ」
「馬鹿。んなことしてっから、季節の変わり目に風邪ひくンだよ。やってこい」
「……」
不機嫌に舌打ちされて、頬が引き攣る。
同室になってから気づいたけど、佐賀は口うるさい。「お母さんか」なんて言うと、またからかわれるから、絶対口にはしないけど。
仕方なく、タオルをかぶって浴場に逆戻りすると、佐賀もついてくる。いや、帰れよ。
佐賀の監督のもと、共用のドライヤーを使っていると――休憩スペースに見慣れた男の子を発見した。
「吉村くん?」
いつの間に。
休憩スペースの奥に置いてあるベンチに、吉村くんはちんまりと腰かけていた。
首からタオルを下げたまま、ジャージの膝の上に小さなアイスのパックを乗っけている。――ああ、奥の自販機でアイスを買ってたから、会わなかったんだな、と合点が行った。
「あいつ、何してンだ?」
佐賀が怪訝そうに言う。
吉村くんはアイスを膝に乗せたまま、真剣な顔をしていた。
その様子で、彼がここに来たばかりの頃のことを思い出す――
「吉村くん、桜沢くん。おつかれ」
ある夜の湯上りに、ベンチに腰掛ける吉村くんと行き会った。
「あっ、西浦先輩。お疲れさまです!」
「お疲れっす」
吉村くんは、ぱっと明るい笑顔で挨拶してくれる。その隣で、ベンチに凭れるように座っている大柄の青年――桜沢くんも、ゆったりと彼にならった。
二人とも、湯上がりらしく……桜沢くんは、いささか顔が赤すぎるみたいだった。
おれの視線に気づいてか、吉村くんが桜沢くんの肩を叩く。
「イノリのやつ、のぼせちまったんす。そんで、アイスでも食ってこうかって思いまして」
「そうなんだ。桜沢くん、大丈夫?」
「っす」
桜沢くんは、気だるそうに頷いた。彼の様子に、周囲の生徒がそわそわしているのがわかって、割りと気まずい。
吉村くんは、「なはは」と笑いながら言う。
「こいつ、でかい風呂だとのぼせやすいんすよ。だから、俺が隣で浸かってやるって言うのに」
「だめー。余計にのぼせちゃうし」
「んだとっ」
肘でうりうりと突かれ、桜沢くんは気恥ずかしそうにしていた。……なんとなく、のぼせる理由を察してしまったけど、触れないほうがいいだろうな。
「大変だね。ところで、そのアイス……」
「はい、あとちょっとっす!」
「ん?」
膝に置いたままのアイスが溶けないか、心配になって尋ねると不思議な返事が来た。
首を捻っていると、桜沢くんが口を開く。
「トキちゃん、もちアイスの見極めのプロなんす」
「プロ?」
吉村くんは、匠のような渋い顔つきになった。
「うす! アイスが溶けすぎず、もちがモチモチに伸びるベストタイミング……この見極めに三年かかりました」
「トキちゃんて、職人かたぎだよねぇ」
「へへ」
「そっか……」
飴でもアイスでも、すぐに齧るおれとしては、そのロマンはよくわからない。
ただ、楽しそうに語らう二人には、微笑ましい気持ちになったんだ。
――あんなに楽しそうだったのに、いまは吉村くん一人で座っているんだ……。
感傷的な気持ちで眺めていると、吉村くんが動いた。
電光石火の勢いでパックの蓋を外し、付属のクシをもちアイスに突き立てる。
「おお……」
思わず、声が漏れた。
吉村くんのクシは、もちアイスの中央に深く突き立っている、かといって、突き抜けていきそうなやわな感じはない。
――おそらく、完璧に食べごろだ。
感嘆していると、
「……!」
吉村くんが、笑顔で隣を振り返った。
そして――からっぽのそこを見て、しょんぼりと肩を落としてしまう。
おれは、胸がズキリと痛んだ。
桜沢くんが側にいないのは、吉村くんのため。でも、実際に寂しそうな吉村くんを見ていると……自分の無力さを実感せざるをえない。
「!」
ふいに、俯くおれの手が強い力で引かれる。
佐賀だ。
やつはしかめっ面のまま、おれの手をグイグイ引いて、吉村くんに接近する。
「おう」
「あっ。佐賀先輩、西浦先輩! お疲れさまです!」
佐賀がぶっきら棒に声をかけると、吉村くんがぺこりと頭を下げた。
「美味そうなもん食ってるな」
「うすっ。もちアイスっす」
「へえ。よこせや」
「は!?」
おれは瞠目する。
パックに二つしかないもちアイスを寄こせなんて。山賊じゃないのか、こいつ。
「うす。どうぞ!」
吉村くんは目を丸くした後、ぱっと破願してパックごと差し出した。
遠慮なく手を伸ばした佐賀に、おれは慌てる。
「ちょっと。遠慮しろよ……!」
「アホか。山賊じゃあるまいし、全部巻き上げるわけねえだろ」
「いや、でも……」
米神を爆発させそうな佐賀に、もちアイスを口にねじ込まれた。
ちょ、おい。
「齧れ」
「うぐ」
半分口に入った所で、もちをみんみん伸ばしながら、アイスがもぎとられていく。
「美味いかよ」
「……うん。もちが良く伸びて」
「へえ」
それ、仏頂面で聞かなくても良くない?
と、残りをぽん、と口に放り込んだのを見てぎょっとする。
こいつ、よく食べるな。吉村くんならともかく、おれの食い残しだぞ。
呆れていると、「わあ……」と感動の叫びが聞こえた。
「佐賀先輩、西浦先輩……ありがとうございます!」
吉村くんが目をキラキラさせている。
「馬鹿。てめえもさっさと食え」
「うす!」
吉村くんは、にこにこともちアイスを頬張りだした。
明るい笑顔が戻り、ホッとする。
「吉村くん、ありがとう。美味しかったよ」
「いえいえ! やっぱ、みんなで食べた方が美味いすから」
溌溂とした声で返されたことに、はっとする。
佐賀の仏頂面を、まじまじと見た。
――こいつ、もしかして。吉村くんを気遣って……?
意外と、後輩思いなところがあるのか。
そう思ったとき、佐賀が首を傾げながら言う。
「吉村、溶かしすぎじゃね。バキッとしてる方がうまいだろ」
「ガーン!」
吉村くんがベンチからずり落ちる。おれは、怒鳴った。
「佐賀! 貰っといて何だお前!」
うん。
やっぱり、気のせいかな。
(完)
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