俺は魔法使いの息子らしい。

高穂もか

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第一部 決闘大会編

二百十五話

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 走る、走る!
 俺は、風の魔法でビュンビュンと廊下を疾走した。
 
「そこの君、止まりなさい!」
「わひー!」
 
 行きがかりに、追手の委員の数が増えてくる。
 今、捕まったら間に合わねえよっ。
 後から、聴取でも何でもするから、どうか見逃してくれ!
 増えるあかがね色の腕章を避けて、廊下を曲がり、階段を降りて。
 俺は、とにかくひた走った。
 
『吉村、時生くん。――大至急、第五決闘場へ……』
 
 そうこうする間にも、アナウンスは、鳴り響く。窓の外から、パン! と時折花火の上がる音も聞こえた。
 急げ!
 背後に、複数の足音が迫る。――階段からも、「こっちだ!」と声が聞こえてきた。
 
「うう、どこか!」
 
 キョロキョロと、突破口を探す。――どこか、外へ出られるところは無いか。
 と、廊下の突き当りに、「非常口」の看板を発見する。
 
「よし、あそこから――!」
 
 猛ダッシュで、非常口に取りついた。俺は、勢いよくノブを捻って、ドアをあけ放つ。
 
「あっ――!」
 
 俺は、たたらを踏んで立ち止まった。
 どっ、と冷や汗が溢れる。
 そこは、非常階段じゃなかった。狭いベランダになっていて、梯子さえついていない。
 
「――引っかかったな! そこは、ダミーの非常口だ」
 
 追っての委員から、残酷な事実が突きつけられた。
 
「……うそおっ」
 
 振り返ると、廊下をみっちりと風紀委員が詰め寄せていた。もしかして――逃げてるつもりで、追い込まれてたのか?
 
「大人しくしなさい。君は、完全に包囲されている」
「うぐぐ……」
 
 刑事ドラマみてえなこと、言うなし!
 じりじりと迫ってくる包囲網に、慌ててベランダへ出た。
 
 ――ビュオオオ。
 
 途端、強い風が吹きあがってきた。
 ここ、めっちゃ高い! ふつうに屋上くらい、あるんじゃねえか?
 でも、魔法を使えば、あるいは――?
 下を、恐々とのぞき込む。
 うわ、人が豆粒みてえ。落ちたら、きっとタダじゃすまない……。
 
「……っ!?」
 
 俺は、手すりに必死に捕まる。でないと、足がブルブル震えて、立ってられない。
 なんでか、降りようと思ったら、足が……!
 
『吉村、時生くん――』
 
 アナウンスが、また響く。
 どうしよう、早く行かないとなのに。
 
「……吉村くん、こっちへ来るんだ」
 
 穏やかな声が、俺を止める。振り向けば、人をかき分けて、白井さんが近くへやって来るとこだった。
 
「……いやです」
「そこから飛ぶのは、君の魔法の練度じゃ無理だ。悪いことは言わない――戻りなさい」
 
 差し出された手に、頭を振る。
 
「嫌です! いま行ったら、決闘に出れねえ。退学になる!」
「…………そんな危険を冒すほど。君にとって、この学園は良い場所か?」
「えっ?」
 
 白井さんは、訴えかけるような目をして言う。後ろの風紀の人達も、白井さんの言葉にざわついている。
 
「たった一か月で、どれほど危険な目にあった? 嫌なことにばかり、巻き込まれて。君はここに来るまで、そんな事件とは無縁だったはずだ」
「……」
 
 たしかに、四階から落ちたり。嫌がらせされたり、今までの人生には無かったことだ。
 イノリと、離れ離れになったのも、初めてで。
 戸惑うことも、辛いことも、無かったとは言えない。
 でも。
 
「いいことも、沢山ありました!」 
 
 俺は、手すりをギュッと握って、背筋を伸ばした。
 白井さんの目を、真っすぐに見て叫ぶ。
 
「こんな俺の側にいてくれた――優しい人達とも、出会えた! だから、俺はぜってえ逃げたりしねえっ!」
 
 優しくしてくれた西浦先輩と、佐賀先輩。俺たちを守ってくれた、須々木先輩。厳しく支えてくれた葛城先生。ちょっとずつ仲良くなれた、森脇と片倉先輩。マイペースだけど、助けてくれた二見――
 ほかにも、たくさんの――優しい人に助けられて、今の俺がある。
 なあ。
 そうだよな、イノリ。
 
「……残念だよ」
 
 白井さんの目から、ふっと光が消える。手を伸ばして、近づいてきた。
 じりじりと距離が詰まり、俺の背に手すりが当たる。
 ――万事休す。
 唇を噛み締めた。――そのときだった。
 
 ――ビュオオオ!
 
 背中から、押し上げるような風が吹きあがってきた。
 凄まじい突風は、白井さんを一瞬怯ませる。
 手すりに縋って、下を見た俺は目を見開いた。
 
――トキちゃん! ……きて!
 
 何も、考えなかった。
 ただ、俺は手すりから大きく身を乗り出して――空中に身を投げた。
 
「なっ――」
 
 目を見開いた白井さんが、俺に手を伸ばす。
 俺は、その手を掠めて、落ちていく。
 
 ゴォォ……!
 
 青空が遠くなる。
 耳元で、風が唸った。
 激しい風に煽られて、背が押し上げられる。
 まるで、風に抱えられるように。
 
 ――ふわり。
 
 突然、落下が止まる。
 俺は、空中でしっかりと抱き留められていた。
 金色の瞳が、間近にキラキラと輝いている――
 
「――トキちゃん、トキちゃん……! 良かった……!」
 
 ぎゅっ、と力一杯抱きしめられる。甘い香りに包まれて、胸が詰まった。
 
「イノリ……!」
 
 会いたかった!
 俺も、イノリの背にしがみ付いた。
 
 
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