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第一部 決闘大会編
百七十二話
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廊下は、昼メシを求める生徒達でごった返していた。
提出用のノートを職員室に持って行ってたら、そこそこの時間が過ぎちまった。俺は大慌てで購買へ駆け込んで、一つ残った助六をひっつかみ、会計を済ませた。
「やべー! 二見のやつ、待ってるだろうな」
昼に様子を見に来てくれるって、昨日言ってたんだよな。
大慌てで階段を駆け下りて、勢いよく踊り場に着地したとき、バン! と誰かにぶつかった。
「あだっ!」
「うわ」
慌て過ぎたか、前方の注意がおろそかになっていた。床に打ち付けた尻を押さえつつ、俺はぶつかった人にぺコペコ謝る。
「す、すんません! 大丈夫ですか?」
「おい、気をつけ……ん?」
不機嫌な声は、中途半端に言葉を止めた。不思議に思って目線を上げたら、着崩した制服と、じゃらじゃらついたピアスが目に入る。
「なんだ、吉村じゃん」
「泰我先輩」
ぶつかったのは、泰我先輩だったらしい。よく見ると、その後ろには利登先輩もいる。
「すみませんでした、前見てなくて」
「ふーん……」
改めて、ぺこりと頭を下げる。と、泰我先輩はじろじろと俺を見下ろして、顎を撫でていた。と、無言で一歩近づいてきた利登先輩が、俺の肩をトン、と押す。
「へ?」
背中を壁に押し付けられて、俺は目を白黒させる。利登先輩は、すげぇ冷たい声で言った。
「吉村さぁ、玲人くんに喧嘩売ってんだって?」
「えっ」
出し抜けに言われて、ポカンとしてしまう。
「ありえなくね? 何やってんだよ」
「そうそう。世話んなっといて訴えるとか、頭おかしいわ」
見上げた利登先輩と泰我先輩は、めちゃくちゃ不愉快そうだった。
考えてみりゃ、当然のことだよな。慕ってる先輩が疑われたら、誰だっていい気しない。
「お前、訴え取り下げろよ。玲人くんに、教科書とか世話になったろ?」
「それで、お前の非礼が償えるわけじゃねぇけどな。まあ、人として、最低限のことはしとこうや」
口々に、訴えを散り下げるように勧められる。
たしかに、姫岡先輩にはお世話になった。後輩のクラスメイトってだけで、親切に教科書を貸してくれて。不人情なことをしていると思う。
けど――俺は、先輩たちの目を真っすぐに見上げた。
「お世話になったのに、すみません。でも俺、取り下げるつもりはありません」
途中で撤回するくらいの、半端な気持ちで訴え出たつもりはない。一度始めた以上、俺には最後までやる責任があるはずだ。
と、辺りの空気が一層、冷え込んだ気がした。
「は?」
「マジで言ってんの?」
泰我先輩の米神に、青筋が立っている。胸に手を置かれて、壁に強く押さえつけられた。そんなに力が入ってるように思わないのに、ビクともしない。
「うぐっ」
なんとか腕を引き剥がそうと、ジタバタ暴れた。でも、何でもないみてえに笑いながら、押さえ込まれる。
ぬおお、ちょっと、まずい気がしてきた!
「放してください!」
「何やってるん?」
突如、澄んだ声が割って入った。
振り返ると、予想通りの青い髪。人懐っこい笑みを浮かべた、可愛い顔が小首を傾げている。
泰我先輩は、目を丸くした。
「生徒会……」
「そう、校内巡回中のな。自分らは、そこで何してたん? おはなし? グリコ? もしかして、リンチとか言わへんよなあ」
ニコニコ笑顔を浮かべながら、須々木先輩は歩み寄ってくる。でも、笑ってんのは表面だけで、本当はめっちゃ怒ってるのがビリビリ伝わってきた。
それを感じたのは、当然俺だけじゃないらしく。
泰我先輩は、俺からパッと手を離すと、一歩退いた。息が楽になって、拳で胸をごしごしとさする。
「別に。ちょっとふざけただけなんで」
「気いつけてな。――きみ、大丈夫?」
「あっ、はい!」
須々木先輩は、俺の背をトントンと叩いてくれた。心配そうな目とかち合って、俺も慌てて笑い返す。
「一応、医務室いこか。ぼく、連れてったげるわ」
優しい声音で、促される。押さえつけられただけで、どこも怪我なんてしていないけど。なんとなく、有無を言わさない響きがあって、頷いてしまった。
「ほな、行こ。二年の泰我くんと利登くんやっけ? きみらも、もう行ってええでー」
「わわ」
先輩はそう言って、さっさと俺の背を押し始めた。わたわたと足を前に動かしてると、背後から乱暴な言葉が投げかけられる。
ぎょっとして振り返ると、利登先輩がいやな感じの笑みを浮かべていた。
「吉村、お前さぁ。紫が好きかと思ったら、生徒会のファンだったわけ?」
「へえ?」
何言ってんだろう? わけわかんなくて眉をしかめると、須々木先輩に「ほっとき」と背中を押される。
すると、泰我先輩の声が、追っかけてくる。
「てか、趣味悪くねぇ?――お前、そいつに殺されかけてんだぜ」
――は?
思わず、須々木先輩を振り返る。
先輩の顔は、真っ青になっていた。いや、青い通り越して、真っ白だ。肩に置かれた手が、服越しにわかるほど冷たい。
どう見ても、ただごとじゃねえ。
「せ、先輩!」
なんか怖くなって、声を上げた。
そのとき、
「ちょっと、もめ事ですかー」
場違いなくらい、明るい声が割って入った。
登場にデジャブを感じつつ、がばぁ、とそっちを振り向くと。
片耳に小指を突っ込んで、半目になっている二見が立っていた。
「ん? 何だよ、生徒会もいるんじゃんか」
生徒会、と二見が言った瞬間、須々木先輩の目がはっきりする。
――ふ、二見~! 助かった!
二見の金髪が、五割増しに輝いて見えた。
提出用のノートを職員室に持って行ってたら、そこそこの時間が過ぎちまった。俺は大慌てで購買へ駆け込んで、一つ残った助六をひっつかみ、会計を済ませた。
「やべー! 二見のやつ、待ってるだろうな」
昼に様子を見に来てくれるって、昨日言ってたんだよな。
大慌てで階段を駆け下りて、勢いよく踊り場に着地したとき、バン! と誰かにぶつかった。
「あだっ!」
「うわ」
慌て過ぎたか、前方の注意がおろそかになっていた。床に打ち付けた尻を押さえつつ、俺はぶつかった人にぺコペコ謝る。
「す、すんません! 大丈夫ですか?」
「おい、気をつけ……ん?」
不機嫌な声は、中途半端に言葉を止めた。不思議に思って目線を上げたら、着崩した制服と、じゃらじゃらついたピアスが目に入る。
「なんだ、吉村じゃん」
「泰我先輩」
ぶつかったのは、泰我先輩だったらしい。よく見ると、その後ろには利登先輩もいる。
「すみませんでした、前見てなくて」
「ふーん……」
改めて、ぺこりと頭を下げる。と、泰我先輩はじろじろと俺を見下ろして、顎を撫でていた。と、無言で一歩近づいてきた利登先輩が、俺の肩をトン、と押す。
「へ?」
背中を壁に押し付けられて、俺は目を白黒させる。利登先輩は、すげぇ冷たい声で言った。
「吉村さぁ、玲人くんに喧嘩売ってんだって?」
「えっ」
出し抜けに言われて、ポカンとしてしまう。
「ありえなくね? 何やってんだよ」
「そうそう。世話んなっといて訴えるとか、頭おかしいわ」
見上げた利登先輩と泰我先輩は、めちゃくちゃ不愉快そうだった。
考えてみりゃ、当然のことだよな。慕ってる先輩が疑われたら、誰だっていい気しない。
「お前、訴え取り下げろよ。玲人くんに、教科書とか世話になったろ?」
「それで、お前の非礼が償えるわけじゃねぇけどな。まあ、人として、最低限のことはしとこうや」
口々に、訴えを散り下げるように勧められる。
たしかに、姫岡先輩にはお世話になった。後輩のクラスメイトってだけで、親切に教科書を貸してくれて。不人情なことをしていると思う。
けど――俺は、先輩たちの目を真っすぐに見上げた。
「お世話になったのに、すみません。でも俺、取り下げるつもりはありません」
途中で撤回するくらいの、半端な気持ちで訴え出たつもりはない。一度始めた以上、俺には最後までやる責任があるはずだ。
と、辺りの空気が一層、冷え込んだ気がした。
「は?」
「マジで言ってんの?」
泰我先輩の米神に、青筋が立っている。胸に手を置かれて、壁に強く押さえつけられた。そんなに力が入ってるように思わないのに、ビクともしない。
「うぐっ」
なんとか腕を引き剥がそうと、ジタバタ暴れた。でも、何でもないみてえに笑いながら、押さえ込まれる。
ぬおお、ちょっと、まずい気がしてきた!
「放してください!」
「何やってるん?」
突如、澄んだ声が割って入った。
振り返ると、予想通りの青い髪。人懐っこい笑みを浮かべた、可愛い顔が小首を傾げている。
泰我先輩は、目を丸くした。
「生徒会……」
「そう、校内巡回中のな。自分らは、そこで何してたん? おはなし? グリコ? もしかして、リンチとか言わへんよなあ」
ニコニコ笑顔を浮かべながら、須々木先輩は歩み寄ってくる。でも、笑ってんのは表面だけで、本当はめっちゃ怒ってるのがビリビリ伝わってきた。
それを感じたのは、当然俺だけじゃないらしく。
泰我先輩は、俺からパッと手を離すと、一歩退いた。息が楽になって、拳で胸をごしごしとさする。
「別に。ちょっとふざけただけなんで」
「気いつけてな。――きみ、大丈夫?」
「あっ、はい!」
須々木先輩は、俺の背をトントンと叩いてくれた。心配そうな目とかち合って、俺も慌てて笑い返す。
「一応、医務室いこか。ぼく、連れてったげるわ」
優しい声音で、促される。押さえつけられただけで、どこも怪我なんてしていないけど。なんとなく、有無を言わさない響きがあって、頷いてしまった。
「ほな、行こ。二年の泰我くんと利登くんやっけ? きみらも、もう行ってええでー」
「わわ」
先輩はそう言って、さっさと俺の背を押し始めた。わたわたと足を前に動かしてると、背後から乱暴な言葉が投げかけられる。
ぎょっとして振り返ると、利登先輩がいやな感じの笑みを浮かべていた。
「吉村、お前さぁ。紫が好きかと思ったら、生徒会のファンだったわけ?」
「へえ?」
何言ってんだろう? わけわかんなくて眉をしかめると、須々木先輩に「ほっとき」と背中を押される。
すると、泰我先輩の声が、追っかけてくる。
「てか、趣味悪くねぇ?――お前、そいつに殺されかけてんだぜ」
――は?
思わず、須々木先輩を振り返る。
先輩の顔は、真っ青になっていた。いや、青い通り越して、真っ白だ。肩に置かれた手が、服越しにわかるほど冷たい。
どう見ても、ただごとじゃねえ。
「せ、先輩!」
なんか怖くなって、声を上げた。
そのとき、
「ちょっと、もめ事ですかー」
場違いなくらい、明るい声が割って入った。
登場にデジャブを感じつつ、がばぁ、とそっちを振り向くと。
片耳に小指を突っ込んで、半目になっている二見が立っていた。
「ん? 何だよ、生徒会もいるんじゃんか」
生徒会、と二見が言った瞬間、須々木先輩の目がはっきりする。
――ふ、二見~! 助かった!
二見の金髪が、五割増しに輝いて見えた。
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