147 / 239
第一部 決闘大会編
百四十七話
しおりを挟む
あっという間に、たどり着いた風紀室。
ノックしようと拳を丸めると、かすかに中から声が聞こえてくる。
「――吉村くん、――だろ――」
ん? と思ったとき、すでに拳が戸を叩いていた。
コン、と高い音が鳴る。中のおしゃべりが、ピタリと止まった。続けて二回打つと、「――どうぞ」と、声が聞こえた。
「失礼します」
「ああ、吉村くん。何かあったのかな?」
中に入ると、風紀の人たちは笑顔で応対してくれた。お昼時だからなのか、室内には沢山の人が居る。
奥の席で、しらけたように頬杖をついている二見と目が合った。小さく手を振られて、振り返す。
俺は、声をかけてくれた委員さんに、相田さんのことを伝えた。
「ああ、そうだった! ありがとう。真帆、すぐに行ってきてくれ」
「ハーイ」
ひょっこり席を立った二見は、すれ違いざまに俺のポケットに手を突っ込んだ。
「えい、追剥ー」
「うわっ?!」
ぎょっとして、けらけら笑う二見を見上げる。かち合った青い目が思いがけずに真剣で、俺はちょっと面食らった。
え。どうした?
「ふた――」
「そうだ。吉村くん、田野先生の所には行ってみたかい?」
「あ、ハイ」
と、氷室さんに聞かれて、ほぼ反射で返事をする。
「どうだった?」
「はい――ええと」
風紀室を出て行く二見の背中が、気になったけど。
俺は、氷室さんに田野先生の診立てを話した。
「――ということだそうです」
「なるほど。悪夢、か……」
氷室さんは、顎を指でこすりながら呟いた。周りの委員さんたちも、目を合わせて、頷き合っている。
たくさん気をもんでもらったのに「勘違いかもしれない」って言うのは、ちょっと恥ずかしい。喋ってるうちに、変な汗かいてきちまった。
すると氷室さんは、にこやかな笑みを浮かべて言う。
「そういうことなら、良かったじゃないか!」
「えっ」
「夢だったなら、変質者等いなかったってことだろう? 君の安全はこの上なく保証されるし」
「そ、そうですか?」
「ああ、もちろん」
ポン、と肩に手を置かれる。
氷室さんは、晴れやかな笑顔を浮かべていた。俺を囲む委員さんも、くちぐちに「よかったね」と言ってくれる。
あっけにとられていると、氷室さんが言う。
「あれ、どうかした?」
「あっいや。その、やっぱり、夢なんすかね?」
「納得がいかないかい」
「すんません。ちょっと、不安で……」
おずおずと切り出すと、氷室さんは「わかるよ」と頷いた。
「大丈夫。君の痛みを軽んじるわけではないが、それは杞憂と言うものさ。田野先生は、立派な先生だから。信頼できる」
あちこちで、「そうだぞ」「大丈夫」と賛同の声が上がった。
きょろきょろと見回すかぎり、皆があったかい目で俺を見てくれている。
俺は、弱った。
正直さ、「悪夢」って言いきれるかというと、よくわかんねえ。あの「腕」には心底ビビったし、二度と来てほしくねえもん。
けど……「夢じゃない」とも、言いきれなくなってる自分もいて。
やけに喉が突っかかって、「あうあう」と狼狽えちまう。
と、白井さんが助け舟を出してくれた。
「まあ、そう簡単には割り切れないよな。でも、安心してくれ。俺たちは、ちゃんと毎日巡回しているから」
「あ、ありがとうございますっ」
思わず拝むと、白井さんは苦笑いした。
というわけで。
俺の「腕」事件は、いったん解決ってことになったみてえ。
「また何かあったら、気軽に風紀を頼ってくれ」
「はい。ありがとうございました」
お礼を言って、風紀室を出る。
昼休みは、まだ始まったばかりだ。廊下は、昼メシを携えた生徒達で、溢れかえっている。
人波をくぐって、305に向かった。
「おはよー」
言いながら、戸をくぐって中へ入る。
イノリがいないのわかってるけど、習慣ってやつ。カーテンを開けて、いつもの席に行く。
よいしょ、と椅子に腰かけて。――カサッと音がした。
ポケットからだ。
「ん?」
中を探ると、なんかの紙くずが出てきた。
こんなん、入れっぱなしにしてたっけ? 首を傾げてから、「あっ」と思う。
――えい、追剥ー。
もしかして、二見?
俺は、まじまじと紙くずを見る。くちゃくちゃに丸まってたけど、広げてみたら、二つ折りのメモ用紙だった。
「何か書いてあるぞ」
そこには、細い整った文字で、こう書かれてた。
「 inside 」。
ノックしようと拳を丸めると、かすかに中から声が聞こえてくる。
「――吉村くん、――だろ――」
ん? と思ったとき、すでに拳が戸を叩いていた。
コン、と高い音が鳴る。中のおしゃべりが、ピタリと止まった。続けて二回打つと、「――どうぞ」と、声が聞こえた。
「失礼します」
「ああ、吉村くん。何かあったのかな?」
中に入ると、風紀の人たちは笑顔で応対してくれた。お昼時だからなのか、室内には沢山の人が居る。
奥の席で、しらけたように頬杖をついている二見と目が合った。小さく手を振られて、振り返す。
俺は、声をかけてくれた委員さんに、相田さんのことを伝えた。
「ああ、そうだった! ありがとう。真帆、すぐに行ってきてくれ」
「ハーイ」
ひょっこり席を立った二見は、すれ違いざまに俺のポケットに手を突っ込んだ。
「えい、追剥ー」
「うわっ?!」
ぎょっとして、けらけら笑う二見を見上げる。かち合った青い目が思いがけずに真剣で、俺はちょっと面食らった。
え。どうした?
「ふた――」
「そうだ。吉村くん、田野先生の所には行ってみたかい?」
「あ、ハイ」
と、氷室さんに聞かれて、ほぼ反射で返事をする。
「どうだった?」
「はい――ええと」
風紀室を出て行く二見の背中が、気になったけど。
俺は、氷室さんに田野先生の診立てを話した。
「――ということだそうです」
「なるほど。悪夢、か……」
氷室さんは、顎を指でこすりながら呟いた。周りの委員さんたちも、目を合わせて、頷き合っている。
たくさん気をもんでもらったのに「勘違いかもしれない」って言うのは、ちょっと恥ずかしい。喋ってるうちに、変な汗かいてきちまった。
すると氷室さんは、にこやかな笑みを浮かべて言う。
「そういうことなら、良かったじゃないか!」
「えっ」
「夢だったなら、変質者等いなかったってことだろう? 君の安全はこの上なく保証されるし」
「そ、そうですか?」
「ああ、もちろん」
ポン、と肩に手を置かれる。
氷室さんは、晴れやかな笑顔を浮かべていた。俺を囲む委員さんも、くちぐちに「よかったね」と言ってくれる。
あっけにとられていると、氷室さんが言う。
「あれ、どうかした?」
「あっいや。その、やっぱり、夢なんすかね?」
「納得がいかないかい」
「すんません。ちょっと、不安で……」
おずおずと切り出すと、氷室さんは「わかるよ」と頷いた。
「大丈夫。君の痛みを軽んじるわけではないが、それは杞憂と言うものさ。田野先生は、立派な先生だから。信頼できる」
あちこちで、「そうだぞ」「大丈夫」と賛同の声が上がった。
きょろきょろと見回すかぎり、皆があったかい目で俺を見てくれている。
俺は、弱った。
正直さ、「悪夢」って言いきれるかというと、よくわかんねえ。あの「腕」には心底ビビったし、二度と来てほしくねえもん。
けど……「夢じゃない」とも、言いきれなくなってる自分もいて。
やけに喉が突っかかって、「あうあう」と狼狽えちまう。
と、白井さんが助け舟を出してくれた。
「まあ、そう簡単には割り切れないよな。でも、安心してくれ。俺たちは、ちゃんと毎日巡回しているから」
「あ、ありがとうございますっ」
思わず拝むと、白井さんは苦笑いした。
というわけで。
俺の「腕」事件は、いったん解決ってことになったみてえ。
「また何かあったら、気軽に風紀を頼ってくれ」
「はい。ありがとうございました」
お礼を言って、風紀室を出る。
昼休みは、まだ始まったばかりだ。廊下は、昼メシを携えた生徒達で、溢れかえっている。
人波をくぐって、305に向かった。
「おはよー」
言いながら、戸をくぐって中へ入る。
イノリがいないのわかってるけど、習慣ってやつ。カーテンを開けて、いつもの席に行く。
よいしょ、と椅子に腰かけて。――カサッと音がした。
ポケットからだ。
「ん?」
中を探ると、なんかの紙くずが出てきた。
こんなん、入れっぱなしにしてたっけ? 首を傾げてから、「あっ」と思う。
――えい、追剥ー。
もしかして、二見?
俺は、まじまじと紙くずを見る。くちゃくちゃに丸まってたけど、広げてみたら、二つ折りのメモ用紙だった。
「何か書いてあるぞ」
そこには、細い整った文字で、こう書かれてた。
「 inside 」。
31
お気に入りに追加
519
あなたにおすすめの小説
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。
水鳴諒
BL
目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

俺の親友がモテ過ぎて困る
くるむ
BL
☆完結済みです☆
番外編として短い話を追加しました。
男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ)
中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。
一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ)
……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。
て、お前何考えてんの?
何しようとしてんの?
……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。
美形策士×純情平凡♪
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる