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第一部 決闘大会編
百四十五話
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なにごともなく、放課後が来た。
自主練をした後、でかい風呂に入って部屋に戻る。
佐賀先輩は、もう帰ってた。
机を寄せて、トレーニングしてたっぽい。Tシャツの背中が、汗でべったり張り付いている。
「お疲れさまっす!」
「おう」
先輩、ぜんぜん普通だ。
すぐ怒るけど、引きずらない人なんだよな。謝ったら「はあ?」って意味わかんなそうな顔されたくらいだし。
そんな人が、ずうっと怒ってんのが、怖かったりすんだけどさ。
先輩はのっそり立ち上がって、着替え始める。ムキムキの筋肉から機関車みたいに湯気が立っていた。
「メシ行って、先輩に挨拶行ってくる」
「あっ、うす」
「寝とけよ。泊まるかもしれねえから」
「うす!」
ジャージでスポーツバッグを携えて、先輩は部屋を出て行った。へらへら見送って、「あっ」と気づく。
「今日、風紀の見張りがあるって言うの忘れた……」
うっかりだぜ。額をぴしゃりと叩く。しかし、すぐに「まあいいか」と思い直した。
佐賀先輩と西浦先輩が同室だって、風紀の人たちも知ってたし。
変な奴のことだって捕まえてもらえるし、むしろ、今晩先輩たちが留守で良かったよな。
「よし、魔力コントロールの修業でもすっか!」
意気揚々と、座禅を組んだ。
もう完全に、心配事は解決できるって、そういう風に思ってたからさ。のんびりテス勉して、メシ食って。
ちょっと緊張しながらも、ベッドに潜り込んだんだ。
翌朝。
俺は、風紀室に呼び出されていた。
「吉村くん。昨晩、君の部屋を見張った結果を伝えたいと思う」
「はい」
対面に座る氷室さんが、静かに切り出した。
今日の書記は、白井さんだ。氷室さんに、紙の束を渡している。
氷室さんは、すでに内容を知っていたんだと思う。上下を確認したみたいにチラっと目を通して、膝に置いた。
「消灯前の午後十時から、寮の玄関解錠の午前四時までの間、厳重に見張りを立てた。結果から述べると――やはり、部屋に侵入した者はいなかった」
「えっ」
思わず声を上げると、氷室さんは怪訝そうな目を向けた。
「どうしたんだい?」
「いや、その……」
俺は、左袖を捲る。
「っ! これは」
「……昨夜も、来たんです」
氷室さんと白井さんは、目を瞠る。
左肘の内側には、もう一つ紫の痣が増えていた。
昨夜、布団に潜り込んだ俺だったが、寝るつもりはなかったんだ。
見張りをして貰うんだし、俺もちゃんと変な奴がこないか、見ないとじゃん。眠気対策にミントのタブレットを噛んで、枕を抱えてあぐらをかいてた。
そのはずが、気づいたら眠ってて。
前夜と同じように、俺の腕には、変な針が突き立てられていたんだ。
「まさか……どうやって入ったって言うんだ?」
白井さんが「信じられない」と言うように、首を振った。周囲で様子を窺っていた委員の人が声を上げる。
「君、何時くらいだったかわかるか?」
「すみません。寝ちまってて、時間分からなくて……」
「そうか……それではハッキリしたことは分からないな」
残念そうに唸っている。
俺は、胸にじわっと汗がしみ出した。アホすぎる。なんで寝ちゃったんだろう。
すると、じっと俺の痣を改めていた氷室さんが、口を開いた。
「吉村くん。昨晩もまた、眠っている間に来たんだね?」
「は、はい。そうです」
「そうか。……俺は、「警備に穴がなかった」と断言できる。どうしてこのようなことが起こるのか……」
「すんません……」
目頭を揉んでいる氷室さんに、俺は肩をすぼめた。
でも、マジで不思議だ。
風紀の人たちに警備して貰ってるのに、なんであの「腕」のやつは入ってこれたんだ?
そんでもって、どうやって部屋から出られた? 絶対捕まると思ったのに――。
「吉村くん、謝ることは無い。こちらこそ、ちゃんと結果が出せなくてすまないね」
「いえっ、そんなことないです!」
首をブンブン振ると、氷室さんは眉を下げる。
「この件は、精査が必要なようだ。そうだ、聞きたいんだが――その傷、田野先生に診てもらったかい?」
「えっ? いや、まだです」
「だったら、一度診てもらったほうが良い。そんな得体のしれない物を刺されて、どんな影響があるか、わかった物じゃないだろう?」
「あっ。確かに……」
「やっぱり。具合の悪いところがないか、しっかり診てもらいなさい」
「はい! わかりました。ありがとうございます!」
気遣いの言葉が、胸にしみた。
俺は、氷室さんや白井さん、他の皆さんに頭を深く下げた。
自主練をした後、でかい風呂に入って部屋に戻る。
佐賀先輩は、もう帰ってた。
机を寄せて、トレーニングしてたっぽい。Tシャツの背中が、汗でべったり張り付いている。
「お疲れさまっす!」
「おう」
先輩、ぜんぜん普通だ。
すぐ怒るけど、引きずらない人なんだよな。謝ったら「はあ?」って意味わかんなそうな顔されたくらいだし。
そんな人が、ずうっと怒ってんのが、怖かったりすんだけどさ。
先輩はのっそり立ち上がって、着替え始める。ムキムキの筋肉から機関車みたいに湯気が立っていた。
「メシ行って、先輩に挨拶行ってくる」
「あっ、うす」
「寝とけよ。泊まるかもしれねえから」
「うす!」
ジャージでスポーツバッグを携えて、先輩は部屋を出て行った。へらへら見送って、「あっ」と気づく。
「今日、風紀の見張りがあるって言うの忘れた……」
うっかりだぜ。額をぴしゃりと叩く。しかし、すぐに「まあいいか」と思い直した。
佐賀先輩と西浦先輩が同室だって、風紀の人たちも知ってたし。
変な奴のことだって捕まえてもらえるし、むしろ、今晩先輩たちが留守で良かったよな。
「よし、魔力コントロールの修業でもすっか!」
意気揚々と、座禅を組んだ。
もう完全に、心配事は解決できるって、そういう風に思ってたからさ。のんびりテス勉して、メシ食って。
ちょっと緊張しながらも、ベッドに潜り込んだんだ。
翌朝。
俺は、風紀室に呼び出されていた。
「吉村くん。昨晩、君の部屋を見張った結果を伝えたいと思う」
「はい」
対面に座る氷室さんが、静かに切り出した。
今日の書記は、白井さんだ。氷室さんに、紙の束を渡している。
氷室さんは、すでに内容を知っていたんだと思う。上下を確認したみたいにチラっと目を通して、膝に置いた。
「消灯前の午後十時から、寮の玄関解錠の午前四時までの間、厳重に見張りを立てた。結果から述べると――やはり、部屋に侵入した者はいなかった」
「えっ」
思わず声を上げると、氷室さんは怪訝そうな目を向けた。
「どうしたんだい?」
「いや、その……」
俺は、左袖を捲る。
「っ! これは」
「……昨夜も、来たんです」
氷室さんと白井さんは、目を瞠る。
左肘の内側には、もう一つ紫の痣が増えていた。
昨夜、布団に潜り込んだ俺だったが、寝るつもりはなかったんだ。
見張りをして貰うんだし、俺もちゃんと変な奴がこないか、見ないとじゃん。眠気対策にミントのタブレットを噛んで、枕を抱えてあぐらをかいてた。
そのはずが、気づいたら眠ってて。
前夜と同じように、俺の腕には、変な針が突き立てられていたんだ。
「まさか……どうやって入ったって言うんだ?」
白井さんが「信じられない」と言うように、首を振った。周囲で様子を窺っていた委員の人が声を上げる。
「君、何時くらいだったかわかるか?」
「すみません。寝ちまってて、時間分からなくて……」
「そうか……それではハッキリしたことは分からないな」
残念そうに唸っている。
俺は、胸にじわっと汗がしみ出した。アホすぎる。なんで寝ちゃったんだろう。
すると、じっと俺の痣を改めていた氷室さんが、口を開いた。
「吉村くん。昨晩もまた、眠っている間に来たんだね?」
「は、はい。そうです」
「そうか。……俺は、「警備に穴がなかった」と断言できる。どうしてこのようなことが起こるのか……」
「すんません……」
目頭を揉んでいる氷室さんに、俺は肩をすぼめた。
でも、マジで不思議だ。
風紀の人たちに警備して貰ってるのに、なんであの「腕」のやつは入ってこれたんだ?
そんでもって、どうやって部屋から出られた? 絶対捕まると思ったのに――。
「吉村くん、謝ることは無い。こちらこそ、ちゃんと結果が出せなくてすまないね」
「いえっ、そんなことないです!」
首をブンブン振ると、氷室さんは眉を下げる。
「この件は、精査が必要なようだ。そうだ、聞きたいんだが――その傷、田野先生に診てもらったかい?」
「えっ? いや、まだです」
「だったら、一度診てもらったほうが良い。そんな得体のしれない物を刺されて、どんな影響があるか、わかった物じゃないだろう?」
「あっ。確かに……」
「やっぱり。具合の悪いところがないか、しっかり診てもらいなさい」
「はい! わかりました。ありがとうございます!」
気遣いの言葉が、胸にしみた。
俺は、氷室さんや白井さん、他の皆さんに頭を深く下げた。
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