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第一部 決闘大会編

百四十三話

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 氷室さんは、「失礼」と言って、バインダーに目を通し始める。
 俺は、なんとなく落ち着かずに、室内をキョロキョロ見回した。
 と、紙の山に埋もれる二見と目があった。二見は、紙をビリビリ破くジェスチャーをする。思わず、噴き出しそうになった。

「吉村くん、いいかな」
「あっ、すみません」

 氷室さんに呼ばれ、慌てて姿勢を正す。氷室さんは、バインダーを膝に開いたまま、話し出した。

「昨晩も含め、この一週間の巡回記録を見てみたんだが。特に、何も報告に上がってはいなかったよ」
「えっ」

 どういうことだ? 首を捻ると、説明してくれる。

「どのようにパトロールしているかは、極秘だから言えないが――かなり緻密に目を光らせている。不審な人物がいれば見逃すことはない、と断言できる」

 氷室さんは、力強く請け負ってくれた。
 そういえば、二見の部屋に行った時。白井さんが「パトロールだ」って言ってたな。そんなに厳重に、巡回してくれているんだなあ。
 しみじみ感じ入っていると、爆弾を落とされる。

「だから、吉村くん。昨晩も君の部屋に不審な人物は、入っていないよ」
「えっ……!」

 俺はぎょっとする。

「でも、これ、痣とか……」
「思うに、夢を見たんじゃないかな?」
「ゆめ?」

 いい募ろうとすると、氷室さんが言った。

「不安が多いと、神経過敏になるものさ。ただの木を、幽霊と見間違えたりするようにね。……だが、安心してほしい。ちゃんと安全は守られているよ」
「君も色々と大変だと思うけど、あまり思い詰めないで。ストレス発散したりするのも良いと思うよ?」

 氷室さんと書記の人が、温かい声で言う。周りで見ていたらしい委員の人達も集まってきて、口々に励ましてくれた。
 ありがたい、ありがたいんだけれど。
 俺は、途方に暮れる。
 確かに、俺も「夢かもしれないしなー」とは思ってた。
 でも、いざ「それは夢だ」と人に言われると、猛烈に不安になってくる。
 手のざらっとした感じも、まざまざ思い出せるのに……本当に「夢」で終わらせて大丈夫なのか、って。
 でも、これこそ、神経カビンって奴なんかなあ……。
 俯いて、膝小僧をぎゅっと握る。

「ちょっと、待ってくださーい」

 と、場違いなほど、明るい声が割って入る。
 二見だった。

「その子、"要注意生徒"じゃないですか。夢で終わらせない方が、良いと思いますケド?」
「おい、真帆」

 たしなめる様な声に、二見は半眼になって言う。

「もうこれ以上、何か起こったら困りますしー。ただでさえ、生徒会の奴らに幅きかされて、やりにくいんですから」

 二見がそう言った途端、空気がぎしっと固くなる。俺は、「うぐ」と固唾を飲んだ。
 委員の一人が、尖った声で言う。

「じゃあ、どうするんだよ?」
「それは――」
「彼の部屋に、今晩警備を足しましょう」

 二見を遮って、出し抜けに白井さんが言う。 

「真帆の言うとおり、彼の身辺は注意すべきだと思います。「問題なし」と判断するのは、もう少し様子を見てからでも良いのではないでしょうか?」
「早瀬……」

 白井さんの言葉に、氷室さんは目を軽く見開いた。目頭を揉んで、「ふう」とため息をつく。

「お前がそう言うなら、そうしよう。今晩、吉村くんの部屋を見張り、不審な人物が居れば捕まえる。勿論、犯人が気づいて逃げるような警備はしない。……吉村くん、それでいいね?」
「ありがとうございます」

 白井さんは、ばっと頭を下げる。
 俺も慌てて立ち上がって、頭を下げた。

「ありがとうございますっ、よろしくお願いします!」

 四方に頭をさげて、顔を上げると白井さんと目があった。「まかせろ」と言うように頷かれ、胸がじんとする。
 二見は、「俺が言ったのに……」と口を尖らせてて。
 あとで、味方してくれてマジ助かったって、こっそり伝えたら、得意そうに胸を張っていた。
 風紀室に、来てみて良かった!きっと、今晩でなんとかなるよな。
 俺は心から安堵して、風紀室を出たのだった。

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