110 / 239
第一部 決闘大会編
百十話
しおりを挟む
ガラス張りの小屋の中は、所狭しと植木鉢が置かれてて、ちょっとしたジャングルだった。意外と涼しくて、土と花の匂いがする。
「そこに座ってね」
「あ、どもっす」
勧められるまま、小さな木製のベンチに腰掛ける。
備え付けのテーブルに、三年の教科書とマグカップが置いてあった。ここは、姫岡先輩のくつろぎスペースってやつかもしれない。
と、ジャングルをガサガサかき分けて、見慣れた顔が現れた。
いつもと違って、ジャケットを脱いだ軽装で、片手に草花の入った籠を下げた格好で。
「鳶尾?」
「……! 何でお前が」
鳶尾は、すぐにギンと睨み付けてきて。いつもながらの喧嘩腰で、捲し立てた。
「ここはお前の来ていい場所じゃないんだよ。とっとと失せろ」
「なっ」
頭ごなしにヤイヤイ言われて、ちょっとムッとする。言い返そうと思ったら、
「吉村くんは、僕が招いたんだよ」
救急セットを片手に、姫岡先輩が言う。鳶尾は目を見開いて、くしゃっと顔を歪めた。
「何故ですか? 黒なんかを先輩の大切な温室に呼ぶなんて、ありえませんよ」
「僕のお客さんにケチをつけるの?」
「……っ」
「そんな真似、佑樹はしないよね。――いつものハーブティ入れてあげて」
「……それは」
鳶尾は、悔しそうに唇を噛みしめる。
なんか、ピリピリした空気が居たたまれねえ。俺は、ハイと手を宙高く上げた。
「あの! 本当にお構いなくっ」
「え?」
「測定で、もうすぐ呼ばれると思うんで……」
「そう。……残念だなぁ」
「すんません。えっと、また機会がありましたら!」
残念そうな姫岡先輩に、ぺこぺこと頭を下げた。
と、鳶尾は「次なんてねえよ」って顔で睨んでくる。わかってるわい、もう!
ふいに、姫岡先輩が俺の右手をとった。
「じゃあ、手当てぐらいはさせて。さっき、すりむいたでしょう?」
「いや、そんな。これくらい大丈夫で――」
「だめ。化膿してしまうよ」
有無を言わさず、ミネラルウォーターをどばどばかけられる。
砂を洗い落とした傷をタオルで押さえて、仕上げにマキロンをひと噴きされた。
あっという間に、手当て完了。すげえ早わざだ。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ」
マキロンを救急箱にしまうと、姫岡先輩は対面に腰かけた。
「佑樹は、その花を僕の部屋に持って行って」
「……はい」
テーブルの横に立っていた鳶尾に、先輩は指示する。鳶尾は、渋々って感じに頷いて出て行った。
さっきから思ってたんだけど――姫岡先輩って、けっこう上下厳しそうだよな。
迂闊なことせんようにしよ、と決めて、腹に力を入れて座る。
「時間もないことだし、単刀直入に言うね。吉村くん、僕たちのクラブに遊びにこない?」
「えっ、クラブって?」
「何てことない、お勉強クラブだよ。この学校、勉強がけっこう大変でしょう。だから、学年を越えて課題を助け合おうって集まってるんだ。月に何度か、お菓子やお茶を持ち寄ってさ」
「へえー、楽しそうっすね!」
「楽しいよ。僕は、人の課題を見る代わりに、自家製ハーブティの試飲をして貰ってるんだけど。出来る限り、色んな人のサンプルが欲しくてね。君には、ぜひ参加してほしい。こう言うと失礼かも知れないけど、君みたいな人は僕の周りにいないから」
「はあ……」
先輩は俺の手を握って、熱心に誘ってくれた。それは、ちょっと戸惑うくらいの勢いで。きっと、よっぽどハーブティが好きなんだな。
しかし、勉強会かぁ。
勉強にはいつもヒーヒーだから、行ってみたい気持ちはあるんだけど。さっきの様子から言って絶対、鳶尾がいるよな。
それはちょっと気まずいよな。絶対、ギスギスしちまうもん。
……よし、断ろう。
「あの、せっかくなんすけど」
「それにね。教科書の譲渡や、ノートの貸し借りもできるから。君が今困ってることも、解決できるんじゃないかな?」
先輩はそう言って、椅子の下に置いた俺の教科書たちをチラ見した。思わず、ギクッとする。
教科書とノート。目下一番の悩みを仄めかされて、決意がぐらぐら揺れる。
もし、借りることができたら、どんだけいいか。でも、借りるためにだけ参加とかって、ずるくねえ?
逡巡していると、先輩は菩薩のような顔で微笑んだ。
「そこは、僕の趣味にも貢献してもらえればいいから。――ウィンウィンだよ、違う?」
「うぬぬ」
結局、今度の勉強会に参加させてもらうことになった。意志薄弱とは、俺のこと。
――いやもう、何も言うまい。こうなりゃ、腹が砕けてもハーブティを飲みまくろうと、俺は心に決めた。
「遅いぞ、吉村!」
「すんません!」
検査室の前では、葛城先生が仁王立ちで待っていた。
平謝りすると、「座れ」と顎で促される。
俺以外の五人の生徒は、壁沿いのベンチに座ってた。「吉村」の俺は、一番最後だから、最後尾に腰かけた。
「持木、入れ」
「は、はい」
葛城先生に声をかけられ、持木が不安そうに入って行った。
両開きの扉が、バタンと音を立てて閉まる。
しばらくして、持木が出てきた。次に本原。その次に飯田がって、次々と入って行って、検査を終えてくる。
「吉村。入れ」
「はいっ」
ついに、俺の番が来た。
銀の取手を掴んで、えいやっと中に入った。
「そこに座ってね」
「あ、どもっす」
勧められるまま、小さな木製のベンチに腰掛ける。
備え付けのテーブルに、三年の教科書とマグカップが置いてあった。ここは、姫岡先輩のくつろぎスペースってやつかもしれない。
と、ジャングルをガサガサかき分けて、見慣れた顔が現れた。
いつもと違って、ジャケットを脱いだ軽装で、片手に草花の入った籠を下げた格好で。
「鳶尾?」
「……! 何でお前が」
鳶尾は、すぐにギンと睨み付けてきて。いつもながらの喧嘩腰で、捲し立てた。
「ここはお前の来ていい場所じゃないんだよ。とっとと失せろ」
「なっ」
頭ごなしにヤイヤイ言われて、ちょっとムッとする。言い返そうと思ったら、
「吉村くんは、僕が招いたんだよ」
救急セットを片手に、姫岡先輩が言う。鳶尾は目を見開いて、くしゃっと顔を歪めた。
「何故ですか? 黒なんかを先輩の大切な温室に呼ぶなんて、ありえませんよ」
「僕のお客さんにケチをつけるの?」
「……っ」
「そんな真似、佑樹はしないよね。――いつものハーブティ入れてあげて」
「……それは」
鳶尾は、悔しそうに唇を噛みしめる。
なんか、ピリピリした空気が居たたまれねえ。俺は、ハイと手を宙高く上げた。
「あの! 本当にお構いなくっ」
「え?」
「測定で、もうすぐ呼ばれると思うんで……」
「そう。……残念だなぁ」
「すんません。えっと、また機会がありましたら!」
残念そうな姫岡先輩に、ぺこぺこと頭を下げた。
と、鳶尾は「次なんてねえよ」って顔で睨んでくる。わかってるわい、もう!
ふいに、姫岡先輩が俺の右手をとった。
「じゃあ、手当てぐらいはさせて。さっき、すりむいたでしょう?」
「いや、そんな。これくらい大丈夫で――」
「だめ。化膿してしまうよ」
有無を言わさず、ミネラルウォーターをどばどばかけられる。
砂を洗い落とした傷をタオルで押さえて、仕上げにマキロンをひと噴きされた。
あっという間に、手当て完了。すげえ早わざだ。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ」
マキロンを救急箱にしまうと、姫岡先輩は対面に腰かけた。
「佑樹は、その花を僕の部屋に持って行って」
「……はい」
テーブルの横に立っていた鳶尾に、先輩は指示する。鳶尾は、渋々って感じに頷いて出て行った。
さっきから思ってたんだけど――姫岡先輩って、けっこう上下厳しそうだよな。
迂闊なことせんようにしよ、と決めて、腹に力を入れて座る。
「時間もないことだし、単刀直入に言うね。吉村くん、僕たちのクラブに遊びにこない?」
「えっ、クラブって?」
「何てことない、お勉強クラブだよ。この学校、勉強がけっこう大変でしょう。だから、学年を越えて課題を助け合おうって集まってるんだ。月に何度か、お菓子やお茶を持ち寄ってさ」
「へえー、楽しそうっすね!」
「楽しいよ。僕は、人の課題を見る代わりに、自家製ハーブティの試飲をして貰ってるんだけど。出来る限り、色んな人のサンプルが欲しくてね。君には、ぜひ参加してほしい。こう言うと失礼かも知れないけど、君みたいな人は僕の周りにいないから」
「はあ……」
先輩は俺の手を握って、熱心に誘ってくれた。それは、ちょっと戸惑うくらいの勢いで。きっと、よっぽどハーブティが好きなんだな。
しかし、勉強会かぁ。
勉強にはいつもヒーヒーだから、行ってみたい気持ちはあるんだけど。さっきの様子から言って絶対、鳶尾がいるよな。
それはちょっと気まずいよな。絶対、ギスギスしちまうもん。
……よし、断ろう。
「あの、せっかくなんすけど」
「それにね。教科書の譲渡や、ノートの貸し借りもできるから。君が今困ってることも、解決できるんじゃないかな?」
先輩はそう言って、椅子の下に置いた俺の教科書たちをチラ見した。思わず、ギクッとする。
教科書とノート。目下一番の悩みを仄めかされて、決意がぐらぐら揺れる。
もし、借りることができたら、どんだけいいか。でも、借りるためにだけ参加とかって、ずるくねえ?
逡巡していると、先輩は菩薩のような顔で微笑んだ。
「そこは、僕の趣味にも貢献してもらえればいいから。――ウィンウィンだよ、違う?」
「うぬぬ」
結局、今度の勉強会に参加させてもらうことになった。意志薄弱とは、俺のこと。
――いやもう、何も言うまい。こうなりゃ、腹が砕けてもハーブティを飲みまくろうと、俺は心に決めた。
「遅いぞ、吉村!」
「すんません!」
検査室の前では、葛城先生が仁王立ちで待っていた。
平謝りすると、「座れ」と顎で促される。
俺以外の五人の生徒は、壁沿いのベンチに座ってた。「吉村」の俺は、一番最後だから、最後尾に腰かけた。
「持木、入れ」
「は、はい」
葛城先生に声をかけられ、持木が不安そうに入って行った。
両開きの扉が、バタンと音を立てて閉まる。
しばらくして、持木が出てきた。次に本原。その次に飯田がって、次々と入って行って、検査を終えてくる。
「吉村。入れ」
「はいっ」
ついに、俺の番が来た。
銀の取手を掴んで、えいやっと中に入った。
20
お気に入りに追加
503
あなたにおすすめの小説
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
最弱伝説俺
京香
BL
元柔道家の父と元モデルの母から生まれた葵は、四兄弟の一番下。三人の兄からは「最弱」だと物理的愛のムチでしごかれる日々。その上、高校は寮に住めと一人放り込まれてしまった!
有名柔道道場の実家で鍛えられ、その辺のやんちゃな連中なんぞ片手で潰せる強さなのに、最弱だと思い込んでいる葵。兄作成のマニュアルにより高校で不良認定されるは不良のトップには求婚されるはで、はたして無事高校を卒業出来るのか!?
「俺は魔法使いの息子らしい。」シリーズ短編集
高穂もか
BL
「俺は魔法使いの息子らしい。」シリーズの小話集です!
番外編の、短くてわしゃわしゃしたお話です。
タイトルの横の()の中は、作品の時間軸となっております。
※長いので、作品名は略称で表記していきます!
「俺は魔法使いの息子らしい。」→「俺は〜」
「お前なんか好きじゃない」→「お前〜」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる