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第一部 決闘大会編

百十話 

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 ガラス張りの小屋の中は、所狭しと植木鉢が置かれてて、ちょっとしたジャングルだった。意外と涼しくて、土と花の匂いがする。

「そこに座ってね」
「あ、どもっす」

 勧められるまま、小さな木製のベンチに腰掛ける。
 備え付けのテーブルに、三年の教科書とマグカップが置いてあった。ここは、姫岡先輩のくつろぎスペースってやつかもしれない。
 と、ジャングルをガサガサかき分けて、見慣れた顔が現れた。
 いつもと違って、ジャケットを脱いだ軽装で、片手に草花の入った籠を下げた格好で。

「鳶尾?」
「……! 何でお前が」

 鳶尾は、すぐにギンと睨み付けてきて。いつもながらの喧嘩腰で、捲し立てた。

「ここはお前の来ていい場所じゃないんだよ。とっとと失せろ」
「なっ」

 頭ごなしにヤイヤイ言われて、ちょっとムッとする。言い返そうと思ったら、

「吉村くんは、僕が招いたんだよ」

 救急セットを片手に、姫岡先輩が言う。鳶尾は目を見開いて、くしゃっと顔を歪めた。

「何故ですか? 黒なんかを先輩の大切な温室に呼ぶなんて、ありえませんよ」
「僕のお客さんにケチをつけるの?」
「……っ」
「そんな真似、佑樹はしないよね。――いつものハーブティ入れてあげて」
「……それは」

 鳶尾は、悔しそうに唇を噛みしめる。
 なんか、ピリピリした空気が居たたまれねえ。俺は、ハイと手を宙高く上げた。

「あの! 本当にお構いなくっ」
「え?」
「測定で、もうすぐ呼ばれると思うんで……」
「そう。……残念だなぁ」
「すんません。えっと、また機会がありましたら!」

 残念そうな姫岡先輩に、ぺこぺこと頭を下げた。
 と、鳶尾は「次なんてねえよ」って顔で睨んでくる。わかってるわい、もう!
 ふいに、姫岡先輩が俺の右手をとった。

「じゃあ、手当てぐらいはさせて。さっき、すりむいたでしょう?」
「いや、そんな。これくらい大丈夫で――」
「だめ。化膿してしまうよ」

 有無を言わさず、ミネラルウォーターをどばどばかけられる。
 砂を洗い落とした傷をタオルで押さえて、仕上げにマキロンをひと噴きされた。
 あっという間に、手当て完了。すげえ早わざだ。

「あ、ありがとうございます」
「いいえ」

 マキロンを救急箱にしまうと、姫岡先輩は対面に腰かけた。

「佑樹は、その花を僕の部屋に持って行って」
「……はい」

 テーブルの横に立っていた鳶尾に、先輩は指示する。鳶尾は、渋々って感じに頷いて出て行った。
 さっきから思ってたんだけど――姫岡先輩って、けっこう上下厳しそうだよな。
 迂闊なことせんようにしよ、と決めて、腹に力を入れて座る。

「時間もないことだし、単刀直入に言うね。吉村くん、僕たちのクラブに遊びにこない?」
「えっ、クラブって?」
「何てことない、お勉強クラブだよ。この学校、勉強がけっこう大変でしょう。だから、学年を越えて課題を助け合おうって集まってるんだ。月に何度か、お菓子やお茶を持ち寄ってさ」
「へえー、楽しそうっすね!」
「楽しいよ。僕は、人の課題を見る代わりに、自家製ハーブティの試飲をして貰ってるんだけど。出来る限り、色んな人のサンプルが欲しくてね。君には、ぜひ参加してほしい。こう言うと失礼かも知れないけど、君みたいな人は僕の周りにいないから」
「はあ……」

 先輩は俺の手を握って、熱心に誘ってくれた。それは、ちょっと戸惑うくらいの勢いで。きっと、よっぽどハーブティが好きなんだな。
 しかし、勉強会かぁ。
 勉強にはいつもヒーヒーだから、行ってみたい気持ちはあるんだけど。さっきの様子から言って絶対、鳶尾がいるよな。
 それはちょっと気まずいよな。絶対、ギスギスしちまうもん。
……よし、断ろう。
 
「あの、せっかくなんすけど」
「それにね。教科書の譲渡や、ノートの貸し借りもできるから。君が今困ってることも、解決できるんじゃないかな?」

 先輩はそう言って、椅子の下に置いた俺の教科書たちをチラ見した。思わず、ギクッとする。
 教科書とノート。目下一番の悩みを仄めかされて、決意がぐらぐら揺れる。
 もし、借りることができたら、どんだけいいか。でも、借りるためにだけ参加とかって、ずるくねえ?
 逡巡していると、先輩は菩薩のような顔で微笑んだ。

「そこは、僕の趣味にも貢献してもらえればいいから。――ウィンウィンだよ、違う?」
「うぬぬ」

 結局、今度の勉強会に参加させてもらうことになった。意志薄弱とは、俺のこと。
――いやもう、何も言うまい。こうなりゃ、腹が砕けてもハーブティを飲みまくろうと、俺は心に決めた。








「遅いぞ、吉村!」
「すんません!」

 検査室の前では、葛城先生が仁王立ちで待っていた。
 平謝りすると、「座れ」と顎で促される。
 俺以外の五人の生徒は、壁沿いのベンチに座ってた。「吉村」の俺は、一番最後だから、最後尾に腰かけた。

「持木、入れ」
「は、はい」

 葛城先生に声をかけられ、持木が不安そうに入って行った。
 両開きの扉が、バタンと音を立てて閉まる。
 しばらくして、持木が出てきた。次に本原。その次に飯田がって、次々と入って行って、検査を終えてくる。

「吉村。入れ」
「はいっ」

 ついに、俺の番が来た。
 銀の取手を掴んで、えいやっと中に入った。


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