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第一部 決闘大会編
百五話
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失せものの届け出をするために、俺は風紀室の戸を叩いた。
「はい、どうぞー」
「失礼します」
中に入ると、二見が出迎えてくれた。
二見は、回転いすに高々脚を組んで、マグカップとサンドイッチをそれぞれの手に持っている。わかりやすく寛いでいるムードだ。
「あれー吉村くんじゃん。どうかしたの?」
「ちょっと相談があって。二見、朝メシ食ってたん?」
「そうそう。先輩達いないから、今のうちに食っちゃおってね」
「そっか。あ、こないだは荷物ありがとう。助かった」
「あはは。いいよ、仕事だし」
二見は紙にサンドを包みなおすと、引き出しにポンと放りこむ。朝メシ中に、悪いことしちまったな。
勧められるまま、向かい合ってソファに腰を下ろす。
「それで?」
「あ、これ」
さっそく、俺は葛城先生に貰ったプリントを机に置いた。二見はプリントに目を落とし、組んだ脚の上に肘をつく。
「ふうん、遺失物届出ね。なんか失くしちゃったわけ?」
「うん、それがさあ――」
俺は、事情を説明した。
昨日の放課後、ちょっと席を離れた間に鞄の中身と、机の中の教科書ノートが全部なくなっちまったってこと。でも、財布とか金目のものは残ってたってこと――。
メモを取りながら聞いていた二見は、目をすがめた。
「それって、普通に嫌がらせじゃん?」
「えっ」
聞き返すと、二見は呆れ顔で言う。
「だってさあ。教科書やノートみたいな、本人にしか価値の無いようなもん、持ってく理由なんてそれしかないっしょ」
びす、と長い指でネクタイを突かれた。
「そうか? でも、今までこんなことなかったんだぜ」
「いやいや。意地悪にタイミングとか、関係ないんじゃない。……っていうか、キミ初めてじゃないじゃん、物とられるの」
「へ? まさか」
思わず、ポカンと大口を開けてしまう。
物をとられたって、俺が? そんな覚えないぞ。――いや、そういえば。さっき葛城先生にプリントを貰ったとき、なんかやり取りにデジャブを感じたような……。
と、でかい端末を操作していた二見が、俺にひょいと画面を見せる。
「ほら。十月に、吉村くんから遺失物の届け出があるでしょ。このときは、――靴と衣服だね。まだ、どっちも見つかってはないみたい」
「……本当だ」
電子化された書類に、たしかに俺の字でサインもしてある。
じゃあ、やっぱり俺は以前にも何かなくしたことがあるんだ……。
でも、こうやって証拠を見ても、ちっとも実感がわかないんだけど。まじまじと端末の画面を拡大したりして、考えた。
「大丈夫?」
ハッと顔を上げると、二見が心配そうに眉を顰めていた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「……ならいいけど。また、トラウマスイッチ押したのかと思っちゃったじゃん」
「トラウマ、って。それさ、この前も言ってたよな。何のこと?」
「えっ」
今度は、二見が目を丸くする。
「そりゃ、あれでしょ。キミは”あの事件”の被害者だから。トラウマになってたっておかしくないって、そーいう意味だけど」
「”あの事件”?」
要領をえない俺に焦れたように、二見が言った。
「キミが、桜沢祈のシンパにリンチにあった事件だよ。あれがあったから、キミたち離れてるんでしょう。違う?」
「え……」
リンチにあったって、俺が?
そんなまさか! って反射的に言おうとして。
ふっと、久しぶりに会えた日のイノリの様子を思い出した。
――もう二度とあんな目にあわせないから。
そう言って、俺を抱きしめたイノリは、何でかすごく辛そうだった。
じゃあ、本当に?
呆然としていると、二見は難しい顔をして言葉を続ける。
「しっかし、もう鎮静化したと思ってたんだけどね。今回の嫌がらせが、前の事件と同じ動機のやつらなら、厄介だなあ」
「ち、ちょっと待ってくれ! ……俺、覚えてないんだ。なんか、ここに転入してすぐの頃の、記憶がとんでるっていうか……」
「ええ?!」
二見は、ぎょっと目を見開いた。それから、「やべー」「言っちゃダメだったかも」と、もごもごと呟いている。
俺は、バッと頭を下げた。
「たのむ! 二見、俺に何があったのか教えてほしい」
「えっ、でも」
「自分のことだから、知っておきたいんだ。教えてくれ!」
二見の戸惑う気配が伝わってくる。でも、ここを逃したらいけない気がした。
俺が忘れていたから、イノリは言わないでいてくれた。きっと、俺が嫌なこと思いださないように、気を使ってくれたんだ。
でも、それじゃイノリがずっと辛いじゃん。
俺だけ何も知らないで、のんきにしてたくない。
じっと頭を下げてると、頭上で深いため息が聞こえた。
「……わかった。ぽろっと漏らしたオレにも責任があるよね」
「本当?!」
「うん。でも、ここじゃ無理だから。今晩、オレの部屋に来れる? そこでオレの知ってること、全部話すよ」
二見は、静かな笑みを浮かべて、そういった。
手元の紙をちぎって、何か書きつけると俺の手に握らせる。見てみると、部屋番号だった。
「ありがとう、二見」
俺はもう一度、頭を下げた。
「はい、どうぞー」
「失礼します」
中に入ると、二見が出迎えてくれた。
二見は、回転いすに高々脚を組んで、マグカップとサンドイッチをそれぞれの手に持っている。わかりやすく寛いでいるムードだ。
「あれー吉村くんじゃん。どうかしたの?」
「ちょっと相談があって。二見、朝メシ食ってたん?」
「そうそう。先輩達いないから、今のうちに食っちゃおってね」
「そっか。あ、こないだは荷物ありがとう。助かった」
「あはは。いいよ、仕事だし」
二見は紙にサンドを包みなおすと、引き出しにポンと放りこむ。朝メシ中に、悪いことしちまったな。
勧められるまま、向かい合ってソファに腰を下ろす。
「それで?」
「あ、これ」
さっそく、俺は葛城先生に貰ったプリントを机に置いた。二見はプリントに目を落とし、組んだ脚の上に肘をつく。
「ふうん、遺失物届出ね。なんか失くしちゃったわけ?」
「うん、それがさあ――」
俺は、事情を説明した。
昨日の放課後、ちょっと席を離れた間に鞄の中身と、机の中の教科書ノートが全部なくなっちまったってこと。でも、財布とか金目のものは残ってたってこと――。
メモを取りながら聞いていた二見は、目をすがめた。
「それって、普通に嫌がらせじゃん?」
「えっ」
聞き返すと、二見は呆れ顔で言う。
「だってさあ。教科書やノートみたいな、本人にしか価値の無いようなもん、持ってく理由なんてそれしかないっしょ」
びす、と長い指でネクタイを突かれた。
「そうか? でも、今までこんなことなかったんだぜ」
「いやいや。意地悪にタイミングとか、関係ないんじゃない。……っていうか、キミ初めてじゃないじゃん、物とられるの」
「へ? まさか」
思わず、ポカンと大口を開けてしまう。
物をとられたって、俺が? そんな覚えないぞ。――いや、そういえば。さっき葛城先生にプリントを貰ったとき、なんかやり取りにデジャブを感じたような……。
と、でかい端末を操作していた二見が、俺にひょいと画面を見せる。
「ほら。十月に、吉村くんから遺失物の届け出があるでしょ。このときは、――靴と衣服だね。まだ、どっちも見つかってはないみたい」
「……本当だ」
電子化された書類に、たしかに俺の字でサインもしてある。
じゃあ、やっぱり俺は以前にも何かなくしたことがあるんだ……。
でも、こうやって証拠を見ても、ちっとも実感がわかないんだけど。まじまじと端末の画面を拡大したりして、考えた。
「大丈夫?」
ハッと顔を上げると、二見が心配そうに眉を顰めていた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「……ならいいけど。また、トラウマスイッチ押したのかと思っちゃったじゃん」
「トラウマ、って。それさ、この前も言ってたよな。何のこと?」
「えっ」
今度は、二見が目を丸くする。
「そりゃ、あれでしょ。キミは”あの事件”の被害者だから。トラウマになってたっておかしくないって、そーいう意味だけど」
「”あの事件”?」
要領をえない俺に焦れたように、二見が言った。
「キミが、桜沢祈のシンパにリンチにあった事件だよ。あれがあったから、キミたち離れてるんでしょう。違う?」
「え……」
リンチにあったって、俺が?
そんなまさか! って反射的に言おうとして。
ふっと、久しぶりに会えた日のイノリの様子を思い出した。
――もう二度とあんな目にあわせないから。
そう言って、俺を抱きしめたイノリは、何でかすごく辛そうだった。
じゃあ、本当に?
呆然としていると、二見は難しい顔をして言葉を続ける。
「しっかし、もう鎮静化したと思ってたんだけどね。今回の嫌がらせが、前の事件と同じ動機のやつらなら、厄介だなあ」
「ち、ちょっと待ってくれ! ……俺、覚えてないんだ。なんか、ここに転入してすぐの頃の、記憶がとんでるっていうか……」
「ええ?!」
二見は、ぎょっと目を見開いた。それから、「やべー」「言っちゃダメだったかも」と、もごもごと呟いている。
俺は、バッと頭を下げた。
「たのむ! 二見、俺に何があったのか教えてほしい」
「えっ、でも」
「自分のことだから、知っておきたいんだ。教えてくれ!」
二見の戸惑う気配が伝わってくる。でも、ここを逃したらいけない気がした。
俺が忘れていたから、イノリは言わないでいてくれた。きっと、俺が嫌なこと思いださないように、気を使ってくれたんだ。
でも、それじゃイノリがずっと辛いじゃん。
俺だけ何も知らないで、のんきにしてたくない。
じっと頭を下げてると、頭上で深いため息が聞こえた。
「……わかった。ぽろっと漏らしたオレにも責任があるよね」
「本当?!」
「うん。でも、ここじゃ無理だから。今晩、オレの部屋に来れる? そこでオレの知ってること、全部話すよ」
二見は、静かな笑みを浮かべて、そういった。
手元の紙をちぎって、何か書きつけると俺の手に握らせる。見てみると、部屋番号だった。
「ありがとう、二見」
俺はもう一度、頭を下げた。
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