俺は魔法使いの息子らしい。

高穂もか

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第一部 決闘大会編

八十九話 

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 いやぁ、びっくりした。
 鳶尾に先輩がいたこともだけど、あの姫岡先輩って、変わった感じのひとだったよな。冷たい手の感触が残ってて、なんか手のひらが落ち着かないぜ。
 俺は教科書を広げて、もくもくと勉強をする。
 イノリはまだ帰って来ていない。出てってから、とっくに二時間は経ってるはずなんだけど。

「イノリ、こんな遅くまで大変だなぁ……」

 問題にとりくみながら、つい時間が気になって、何度も時計を見上げた。



 日にちを丁度またぐころ、401号室のドアノブが回った。

「ただいまぁ」

 小声で言って、イノリが中に入ってくる。
 帰ってきた!
 俺はノートの上にシャーペンを放り出して、駆け寄った。

「おかえりっ」
「お待たせ、トキちゃん。遅くなってごめんねぇ」
「何言ってんだよー。お疲れさん!」

 上着とバッグを奪い取り、それぞれ片づけた。イノリは頬を赤くして「ありがとー」って、なぜか照れている。

「大丈夫だったか? 怒られなかった?」
「全然、へいきだよー。まだ先生とかも来てなかったしね」
「そっか! 焼きそば食う?」
「食べるっ」

 俺は、さっそくやかんを火にかける。
 イノリが近づいてきて、俺の頭にぽふと顎を乗っけた。服に外気が残ってたのか、ひんやりする。

「トキちゃん、あったかい」
「お前が冷えてんの!」

 とは言いつつ、腹に回ってきたイノリの手はあったかかった。そういや、元素調節ってのしてるんだったっけ。
 服は冷たいのに、体はあったかいなんて不思議だ。俺は、イノリの手をぎゅっと握った。


「トキちゃんも、大丈夫だった? ここ、だれも来たりしなかった?」

 そう聞かれて、ギクッとする。つとめて平静に、俺は言った。

「うん、来なかったぞ」
「良かったぁ」

 安心したように息を吐くイノリに、罪悪感がわく。
 たしかに部屋には来てないから、嘘じゃないけど。こっそり抜け出したこと、言うべきだったかな……?
 いやでも、そんじゃ何買いに行ったかも言わなきゃだよな。それは困る。明日の朝、サプライズすんだから。
……やっぱ、内緒にしとこ。
 何もなかったし、大丈夫だよな?
 
 

 
 カップ焼きそばを半分こして。熱いお茶を飲みながら、俺たちは話す。

「今日も会議だったん?」
「うん。週明けから本格的に警備が始まるから、そのことでね」
「警備」

 ものものしい響きに、ごくりと唾を飲む。

「やっぱ、お前も参加する。……んだよな」

 おそるおそる聞くと、「うん」と事も無げにイノリは頷いた。まっすぐな目には、怖気も気負いもみられない。

「あのさ、今さらかもしれんけど。警備って危なくねえ? 大丈夫なん?」
「大丈夫だよー。警備って言っても、ほぼパトロールみたいなものだから。殴り合いになるのって、稀だと思うし」
「でもよう。なんか、書記の人とか血まみれだったぞ……」
「あれは、松代さんがやりすぎなだけ! 本来は、俺たちがぐるぐる巡回するってことで、事件を未然に防ぐのが目的って感じらしいよぉ」
「ほんとか?」
「うん。だから、安心してね」

 そう言って、イノリはやわらかく目じりを下げた。
 たしかに、殴り合いになったりしないなら、安心できるんだけど。
 大丈夫なんかなあ。

「わかった。でも、無理しないでくれな」
「ありがとう、トキちゃん。ちゃんと、安全第一ってするよ。でもね」

 イノリは、ぎゅっと俺の手を握った。

「安心して過ごせる学校にしたいから。俺、がんばる」

 じっと熱い瞳で見つめられて、息を飲む。
 気圧されそうなくらい真剣なかおに、俺はどぎまぎと頷いた。

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