俺は魔法使いの息子らしい。

高穂もか

文字の大きさ
上 下
64 / 239
第一部 決闘大会編

六十四話

しおりを挟む
 傍らのローテーブルに道具を広げて、イノリは振り向いた。

「トキちゃん、こっち来てー」
「お、おう」

 ひらひら手招かれ、脱いだジャージの上とTシャツを腕に抱えて、俺はおずおずと近づいた。
 イノリの前に敷かれた座布団に、膝を抱えて座り込む。なんか落ち着かなくて、背中を丸めていると、ぺたっと背中に手のひらが触れた。

「わっ」
「これ、剥がすね?」

 爪先で、熱さまシートの端をかかれて肩がビクッとする。恥ずかしい。
 イノリは何も言わずに、手早く二枚とも剥がしてしまう。ヒンヤリのもとがなくなって、打ち身がじんじんと熱くなった。

「赤くなってる。だいぶ痛いでしょう?」
「んん。そんなに」
「……我慢強いなぁ」

 胸に染み入るような声で、イノリが呟く。
 それから、あったかい濡れタオルで背中を拭ってもらった。程よい力加減で拭われて、ほうと息がもれる。
 暖房の温度を上げてくれてたから、上が裸でもぬくぬくだった。むしろ、イノリは暑いんじゃねえかってくらい。
 ちょっとウトウトしながら、湿布のテープをはがす音を聞いていると、

「ねえ、トキちゃん。――何があったの?」
「えっ?」

 ド直球に聞かれて、一気に目が覚める。
 イノリは湿布をもくもくと貼ってくれていて。でも、俺の話すのを待っているのが、ありありと伝わってくる。
 どうしよう。正直に言うべきなのか? けど……。

「今日は、格闘実技の授業もなかったよね」
「うぐ」

 逃げ道を塞がれて、うっと言葉に詰まる。しどろもどろになっていると、イノリは落ち着いた声で「話して?」って言った。
 俺は、観念して口を開く。

「うう。……大したことじゃ、ねんだけど」
「うん」
「今日、ちょっと変な奴らに絡まれちまってさー」
「……うん」
「押されて、ちっと背中を打っちまったって言うか。でも俺、ちゃんとやり返したんだぜ!」
「そうなの?」
「おうよ! 土の魔法使って、超ビビらしてやった! あいつら、「覚えてやがれ!」って捨て台詞吐いてったよ。すげーだろ?」

 俺は、喋りまくった。ぺらぺらと、できるだけ軽く聞こえるように。
 でもさ。
 実際、俺は奴らをやっつけたと思うんだ。イノリが魔力を起こしてくれたおかげで、やられっぱなしじゃなかったぜ。
 だから、心配いらないぞ。
 
「そっかぁ」
「おう!」

 俺の話に、イノリは静かに相槌を打ってた。
 元気よく頷くと、そっと湿布の上から打ち身に手を当てられる。
 あったかい手のひらに、胸がつまって。腕の中のジャージをくしゃくしゃに揉んで、膝を抱え直した。

「まあ、そういうわけなんだわ。だから、その」

 と、その時。
 イノリの両腕が伸びてきて、背中から抱きしめられる。怪我が痛まないように、優しく腕の中に包まれて、はっと息を飲んだ。
 米神に、さらりとイノリの髪が零れかかる。

「頑張ったね、トキちゃん」
「あ……」
「ほんと、すごいや」
「……!」

 イノリの体温を感じて、胸がぎゅうっと苦しくなった。俯くと、頭を優しく撫でられる。
 まずい。
 優しくされると、胸の中にあったつかえがゴロゴロ震えだす。
……氷室さんに言われたこと、実はけっこうむかついた。
 なんじゃこの人、ってビビったし。すげえモヤモヤして、でも、ずっと気にしてるなんて悔しかったから。なかったことにしようとしたんだけど……。
 ぎゅっと、イノリの腕に瞼を押し付ける。鼻の頭がつんと痛くなったけど、ぐっと堪えた。
 イノリは何も言わないで、ずっと頭を撫でてくれている。
 痛む背中ごとすっぽり包まれて、あったかい。
 じわじわって、ゆっくりと染みてくみたいだった。



 強張りがほどけてきて、深く息を吐いた。
 顔を上げると、イノリがそっと離れた。急に背中が寒くなって、ブルっと震える。
「冷えちゃうね」って服を被せられて、促されるまま袖を通す。
 逆立った髪を手櫛で整えていると、イノリは目尻をやわらかく下げた。

「お疲れ、トキちゃん」
「あ。いや、ありがとう……」
「ううん。――ねえ。今日は、魔力起こすのやめとこっか」
「えっ!?」

 目を丸くすると、イノリは心配そうに見つめてくる。

「今日、色々あって疲れてるでしょ? 起こしたら、負担になるかもしれない」
「いや、でも」
「怪我のこともあるし。今日はもう、ゆっくりお喋りとかしとこうよ。ねっ」

 と、優しく手を握られて。
 狼狽えているうちに、イノリは決めてしまったようだ。パッと身を翻してしまう。

「あっ」
「トキちゃん、クロスワードやんない? 俺、本持ってきたんだよー。お茶でもゆっくり飲みながらさー」

 イノリは明るく話しながら、机の上を片付けていて。
 でっかい背中を見てたら、もどかしいような気持になってしまう。
 ……離れてほしくない。だってまだ、「足りない」のに。

「ん?」

 気づいたら、イノリのシャツを引っ張っていた。
 不思議そうに振り返られて、ぎょっとして本当のことを言ってしまう。

「あ、あのさ! 俺、やっぱり魔力起こしてほしい」
「え?」
「し、心配してくれてんのはわかってんだけど。その、決闘大会まで、間もないし!」
「気持ちはわかるけど、トキちゃん。無理はよくないよー」
「わかってるんだけど……! その、――そうだ。悔しいから! どうしても強くなって、勝ちてえからさ。だから、――今日がいい。イノリ、たのむ」
「……」

 その気になって欲しくて、必死に言葉を並べる。
 イノリは、心配そうに眉を下げていたけど、ふいに天を仰いだ。でっかいため息をつく。

「んもー……ずるいなぁ」
「イノリ?」
「わかった。しよう」
「マジで?!」
「あーあ。トキちゃんの負けん気にゃ、負けます。――でも、辛そうだなと思ったら止めるからね? それでいいー?」
「うん!」

 元気に頷くと、イノリは俺の頬を両手に包んだ。つらいような、まぶしいような目をして笑う。

「トキちゃんの、頑張り屋さん」

 ぎゅっと抱きしめられる。
 俺は嬉しくて、そのぶん罪悪感が湧いた。
 俺、負けん気強いとか頑張り屋とかじゃない。さっきのは、して欲しくて理由付けただけで。
 魔力に触られると、いつもよりお前を近く感じるから。
 今日はもうちょっとだけ――お前に甘やかされたかったんだ。
 ごめんな、イノリ。
 心配してくれてるのに、とんだわがまま言って。




「……ぅ」
「――トキちゃん?」

 髪を撫でられる気配がして、うっすら目を開ける。
 正面からイノリの胸に寄り掛かっている。怪我に腕があたらないように、そっと抱きしめられていた。
 あったかい。うとうとと額をすり寄せると、イノリは笑ったみてえだった。

「寝てていいよ。魔力起こして、疲れてるんだから……」
「うん」

 言われた通り、体がじんじん痺れたみたいになってて。すっげえ眠くって、全然力が入んねえ。
 イノリの魔力にひたひたにされて、満腹感に似た安堵で全身がくったりしてる。
 ゆっくり、頭を撫でられて口がゆるむ。ああ、眠い。てか、寝る……。

「ねえ、トキちゃん」
「ん……?」

 落ちる寸前に、イノリが内緒話みたいに、耳に囁いた。

「変な奴らにあったのって、いつ?」
「……んと、六限、おわって。かえっとき」

 聞かれるまま、口にする。イノリは、「そっか」と小さく呟いて、俺の頬に頬を押し当てた。

「大丈夫。――もう、なにも心配しなくていいからね」

 その優しい声を最後に、俺の意識はおちた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

俺の親友がモテ過ぎて困る

くるむ
BL
☆完結済みです☆ 番外編として短い話を追加しました。 男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ) 中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。 一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ) ……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。 て、お前何考えてんの? 何しようとしてんの? ……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。 美形策士×純情平凡♪

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...