俺は魔法使いの息子らしい。

高穂もか

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第一部 決闘大会編

四十話 

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 俺は、須々木先輩に全部打ち明けた。
 イノリに魔力に触ってもらったこと、それが、普通じゃないって知らされたこと。イノリに触られるのが、怖くて避けてしまったこと――。
 正直恥ずかしい部分もある。でも、もうどうしていいかわかんなくてさ。
 先輩は、俺が話しているあいだ、頻りに頷いて真剣に聞いてくれた。

「そうかぁ。それで、気まずなってしもたんやな」
「はい……」

 先輩が神妙に呟くのに、俺も頷いた。

「すんません、こんな話聞いてもらって……」
「いや、話してくれてありがとう。――せやけど、そうかぁ~」

 先輩はふいに「あ~」と呻いて、頭を抱え込んでしまった。「桜沢、なんで説明せえへんかってん~」とぐるぐる呟いて、ぱっと俺に向き直る。

「吉村くん、ごめん!」
「へっ」
「きみの気持ち、全然考えてへんかった。申し訳ない。この通りです」
「ええっ?!」

 そう言うなり、ガバリと頭を下げられて、俺はぎょっとする。

「ちょっ、頭上げてください!」
「いや、あかん。――ぼく、ほんまはな。桜沢があんまり荒れとるもんで、見かねてしもてな。きみに仲直りしたってって、頼むつもりやってん」
「えっ、そうだったんすか?」
「うん。でも、桜沢に先輩甲斐出しとる場合ちゃうかったわ。魔力中枢に触られてどう感じるかは、めっちゃナイーブな問題やから。きみに我慢させんのは違う」

 先輩は顔をあげると、申し訳なさそうに眉を下げた。こんな反応をされるのは予想外で、俺はおろおろしてしまう。俺が勝手にぐだぐだしてるだけなのに――。
 先輩は、きりっと顔を引き締めて話をどんどん進めだす。

「そう言うことやから、きみは無理せんでええんやで。桜沢のことは、こっちでどうにかする。ぼくも散々、面白がって煽った責任もあることやし……魔力かて、桜沢に義理立てせんでも、アレクちゃんに起こしてもろたらええ!」
「えっ。俺、無理してなんか」

 握り拳をつくり熱く喋る先輩に、なんとか口をはさむ。
 すると、ポンと肩に手を置かれ、慈しむような目を向けられる。

「大丈夫やで。魔力中枢に触られて「なんか違うなー」思うことは、よくあることやねん。それは、仲の良さには関係無いからな。薄情とかやないねん。かくいうぼくも、親友とアレクちゃん以外には触らせへんし」
「そうなんですか?」
「そうそう。その上、桜沢は何の説明もせんと、きみに触ったんやろ? きみは怒って当然なんやから」

 先輩は、眉間に皺を寄せ力強く言う。俺は、慌てた。

「待ってください! 俺、イノリに怒ってなんかいません!」

 思わず叫ぶと、先輩は目を丸くした。

「え、怒ってへんの?」
「だって、あいつは俺が困ってたから、してくれただけで」
「いやいや、善意であっても嫌なもんは嫌やん。ほら、勝手にパンツ洗われたり、寝てる間に胃カメラされたらキモイやろ? そこは自分の気持ちに嘘つかんと、桜沢に怒ってええんよ」
「そ、そりゃ胃カメラは嫌かもっすけど! でも俺っ、本当にイノリに触られたのは、ちっとも嫌じゃないんです」
「んん?」

 俺の弁明に、先輩は心から不思議そうに首を傾げる。

「せやけど、桜沢に触られんの怖なってしもたんやろ? 勝手に触られて嫌やったからとちゃうの?」
「俺にもわかんなくて……けど、本当なんです! そりゃ、普通しないことだって言われて、驚いたけど。でも、あいつは俺を傷つけたりしないの、わかってるし。だから、俺のために一肌脱いでくれただけだって……なのに俺」

 自分でもあんまりウダウダで、口を噤んだ。俺、女々しい。自分もわかんねえことにこだわって。
 すると、先輩は「ちょっと待って」と身を乗り出した。

「きみは、桜沢に触られたんは嫌やない。桜沢のことが信用できひんと言うわけでもない。やったら、なにが怖いん?」
「うっ。そ、それが、わか」
「あかん、よう考えて! それ大事な事やと思うねん。吉村くん、嫌やないのに、怖いって思たんは何で?」
「……っ」

 わかんねえ、と言いそうになって、慌てて飲み込んだ。
 先輩は、真剣な顔で俺の両腕を強く掴んだ。答えるまで放さねえ、って感じだった。
 俺は圧に飲まれ、「うう」と呻く。
 ええと――イノリに、魔力に触られたのは嫌じゃない。普通はしないって言われても、それは変わらない。
 イノリに触れなくなったのは、あいつが怖いからじゃない。
 それに俺、触られなくなって辛かった。嫌なら、こんなこと思わないよな。
 そもそも、普通しないことしたから、気まずくなったんでもない。
 変になったのは、二回目のときからで。

『トキちゃんさえ良かったら、俺がしたいんだけど』

 あのとき、なんで躊躇ったんだっけ。
――イノリに申し訳なくて。
 なんで?
 わかんねえ。
 いや、わかんねえじゃなくて!
 俺は、つい止まりそうになる脳みそにギュっと力を入れる。
 躊躇ったのは――たぶん、なんか怖くて。
 でも、イノリがじゃない。

「俺?」

 ぽろっと、口から転がり出た。
 先輩の目にぐっと力が籠る。「続き」と訴える目に圧され、へどもど口にする。

「その……あんときの俺、ちょっと変で。なんか、イノリに悪いって思って」
「なんで悪いん?」
「だって。イノリは、優しいから。俺が困ってたから……普通しないことも、してくれて」

 手のひらに、イノリの魔力に触れたときのゾクゾクした感じが甦る。
 かあっと耳が熱くなる。

「俺――恥ずかしくて。あの時。なんか、イノリに悪いことしたみたいだった。ダチなのに」

 そうだ。
 怖いのは、俺だ。
 イノリの魔力に触ったとき、変になって。恥ずかしくて、居たたまれなかった。
 そんなの初めてで、わけわかんなくて。
 普通しないって言われて、ぎょっとした。やっぱ、しちゃいけないことだったのかって。
 でも、俺がショックだったのは――。

「イノリは、絶対そんなつもりじゃない。あいつは、ダチだから親切心でしてくれて。悪いことになるなんて、思ってなかったんだ。なのに、俺は変に意識して……」

 俺、わかりたくなくて逃げてた。
 きもち悪い。ダチのイノリに、こんなことグダグダ考えてさ。
 そんで、イノリを傷つけて、いろんな人に心配かけて。

「最悪だ……」

 膝を抱えて、丸くなる。
 うなじに冷たい空気が触れて、やたら寂しい。もうぐちゃぐちゃだ。
……こんな時でも、イノリに手を握って欲しいって思ってる。
 と、ポンと背中をやわらかく叩かれる。顔を上げると、須々木先輩がニッコリ笑っていた。

「吉村くん、ありがとうな。話してくれて」
「いや、その……」
「おかげで、色々わかった――心配せんでも、大丈夫そうってこととかな」
「え?」

 終りの方が、声が小さくて聞き取れなかった。聞き返すと、それはスルーされる。

「吉村くん、桜沢に話してみ? 正直に、全部」
「えっ!? 無理です」
「無理ちゃうよ。あいつ、きみのこと大好きやんか」
「でもっ」

 いくらイノリでも、俺のこと嫌になるかも。こんなことぐだぐだ考えて、自分勝手に避けてたなんて。
 俯く俺に、先輩は「仕方ない」と言うように、眉を下げる。

「大丈夫なんやけどなぁ。まあ青春っちゅーのは、そういうもんか。もうちょいお節介やいとこ――あんな、吉村くん」

 須々木先輩は、俺の耳元に屈んでこそこそと囁いた。
 俺は、告げられた事に、目を見開いてしまう。
 先輩は、くすっと悪戯っぽい笑顔を見せた。
 
「――そういうことなんです。さて、話したいことも話したし。そろそろ戻ろか――ふふ、言わんとこ思ってたけど、やっぱ言お。吉村くん、明日は桜沢と仲直りしたってな?」


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