俺は魔法使いの息子らしい。

高穂もか

文字の大きさ
上 下
40 / 239
第一部 決闘大会編

四十話 

しおりを挟む
 俺は、須々木先輩に全部打ち明けた。
 イノリに魔力に触ってもらったこと、それが、普通じゃないって知らされたこと。イノリに触られるのが、怖くて避けてしまったこと――。
 正直恥ずかしい部分もある。でも、もうどうしていいかわかんなくてさ。
 先輩は、俺が話しているあいだ、頻りに頷いて真剣に聞いてくれた。

「そうかぁ。それで、気まずなってしもたんやな」
「はい……」

 先輩が神妙に呟くのに、俺も頷いた。

「すんません、こんな話聞いてもらって……」
「いや、話してくれてありがとう。――せやけど、そうかぁ~」

 先輩はふいに「あ~」と呻いて、頭を抱え込んでしまった。「桜沢、なんで説明せえへんかってん~」とぐるぐる呟いて、ぱっと俺に向き直る。

「吉村くん、ごめん!」
「へっ」
「きみの気持ち、全然考えてへんかった。申し訳ない。この通りです」
「ええっ?!」

 そう言うなり、ガバリと頭を下げられて、俺はぎょっとする。

「ちょっ、頭上げてください!」
「いや、あかん。――ぼく、ほんまはな。桜沢があんまり荒れとるもんで、見かねてしもてな。きみに仲直りしたってって、頼むつもりやってん」
「えっ、そうだったんすか?」
「うん。でも、桜沢に先輩甲斐出しとる場合ちゃうかったわ。魔力中枢に触られてどう感じるかは、めっちゃナイーブな問題やから。きみに我慢させんのは違う」

 先輩は顔をあげると、申し訳なさそうに眉を下げた。こんな反応をされるのは予想外で、俺はおろおろしてしまう。俺が勝手にぐだぐだしてるだけなのに――。
 先輩は、きりっと顔を引き締めて話をどんどん進めだす。

「そう言うことやから、きみは無理せんでええんやで。桜沢のことは、こっちでどうにかする。ぼくも散々、面白がって煽った責任もあることやし……魔力かて、桜沢に義理立てせんでも、アレクちゃんに起こしてもろたらええ!」
「えっ。俺、無理してなんか」

 握り拳をつくり熱く喋る先輩に、なんとか口をはさむ。
 すると、ポンと肩に手を置かれ、慈しむような目を向けられる。

「大丈夫やで。魔力中枢に触られて「なんか違うなー」思うことは、よくあることやねん。それは、仲の良さには関係無いからな。薄情とかやないねん。かくいうぼくも、親友とアレクちゃん以外には触らせへんし」
「そうなんですか?」
「そうそう。その上、桜沢は何の説明もせんと、きみに触ったんやろ? きみは怒って当然なんやから」

 先輩は、眉間に皺を寄せ力強く言う。俺は、慌てた。

「待ってください! 俺、イノリに怒ってなんかいません!」

 思わず叫ぶと、先輩は目を丸くした。

「え、怒ってへんの?」
「だって、あいつは俺が困ってたから、してくれただけで」
「いやいや、善意であっても嫌なもんは嫌やん。ほら、勝手にパンツ洗われたり、寝てる間に胃カメラされたらキモイやろ? そこは自分の気持ちに嘘つかんと、桜沢に怒ってええんよ」
「そ、そりゃ胃カメラは嫌かもっすけど! でも俺っ、本当にイノリに触られたのは、ちっとも嫌じゃないんです」
「んん?」

 俺の弁明に、先輩は心から不思議そうに首を傾げる。

「せやけど、桜沢に触られんの怖なってしもたんやろ? 勝手に触られて嫌やったからとちゃうの?」
「俺にもわかんなくて……けど、本当なんです! そりゃ、普通しないことだって言われて、驚いたけど。でも、あいつは俺を傷つけたりしないの、わかってるし。だから、俺のために一肌脱いでくれただけだって……なのに俺」

 自分でもあんまりウダウダで、口を噤んだ。俺、女々しい。自分もわかんねえことにこだわって。
 すると、先輩は「ちょっと待って」と身を乗り出した。

「きみは、桜沢に触られたんは嫌やない。桜沢のことが信用できひんと言うわけでもない。やったら、なにが怖いん?」
「うっ。そ、それが、わか」
「あかん、よう考えて! それ大事な事やと思うねん。吉村くん、嫌やないのに、怖いって思たんは何で?」
「……っ」

 わかんねえ、と言いそうになって、慌てて飲み込んだ。
 先輩は、真剣な顔で俺の両腕を強く掴んだ。答えるまで放さねえ、って感じだった。
 俺は圧に飲まれ、「うう」と呻く。
 ええと――イノリに、魔力に触られたのは嫌じゃない。普通はしないって言われても、それは変わらない。
 イノリに触れなくなったのは、あいつが怖いからじゃない。
 それに俺、触られなくなって辛かった。嫌なら、こんなこと思わないよな。
 そもそも、普通しないことしたから、気まずくなったんでもない。
 変になったのは、二回目のときからで。

『トキちゃんさえ良かったら、俺がしたいんだけど』

 あのとき、なんで躊躇ったんだっけ。
――イノリに申し訳なくて。
 なんで?
 わかんねえ。
 いや、わかんねえじゃなくて!
 俺は、つい止まりそうになる脳みそにギュっと力を入れる。
 躊躇ったのは――たぶん、なんか怖くて。
 でも、イノリがじゃない。

「俺?」

 ぽろっと、口から転がり出た。
 先輩の目にぐっと力が籠る。「続き」と訴える目に圧され、へどもど口にする。

「その……あんときの俺、ちょっと変で。なんか、イノリに悪いって思って」
「なんで悪いん?」
「だって。イノリは、優しいから。俺が困ってたから……普通しないことも、してくれて」

 手のひらに、イノリの魔力に触れたときのゾクゾクした感じが甦る。
 かあっと耳が熱くなる。

「俺――恥ずかしくて。あの時。なんか、イノリに悪いことしたみたいだった。ダチなのに」

 そうだ。
 怖いのは、俺だ。
 イノリの魔力に触ったとき、変になって。恥ずかしくて、居たたまれなかった。
 そんなの初めてで、わけわかんなくて。
 普通しないって言われて、ぎょっとした。やっぱ、しちゃいけないことだったのかって。
 でも、俺がショックだったのは――。

「イノリは、絶対そんなつもりじゃない。あいつは、ダチだから親切心でしてくれて。悪いことになるなんて、思ってなかったんだ。なのに、俺は変に意識して……」

 俺、わかりたくなくて逃げてた。
 きもち悪い。ダチのイノリに、こんなことグダグダ考えてさ。
 そんで、イノリを傷つけて、いろんな人に心配かけて。

「最悪だ……」

 膝を抱えて、丸くなる。
 うなじに冷たい空気が触れて、やたら寂しい。もうぐちゃぐちゃだ。
……こんな時でも、イノリに手を握って欲しいって思ってる。
 と、ポンと背中をやわらかく叩かれる。顔を上げると、須々木先輩がニッコリ笑っていた。

「吉村くん、ありがとうな。話してくれて」
「いや、その……」
「おかげで、色々わかった――心配せんでも、大丈夫そうってこととかな」
「え?」

 終りの方が、声が小さくて聞き取れなかった。聞き返すと、それはスルーされる。

「吉村くん、桜沢に話してみ? 正直に、全部」
「えっ!? 無理です」
「無理ちゃうよ。あいつ、きみのこと大好きやんか」
「でもっ」

 いくらイノリでも、俺のこと嫌になるかも。こんなことぐだぐだ考えて、自分勝手に避けてたなんて。
 俯く俺に、先輩は「仕方ない」と言うように、眉を下げる。

「大丈夫なんやけどなぁ。まあ青春っちゅーのは、そういうもんか。もうちょいお節介やいとこ――あんな、吉村くん」

 須々木先輩は、俺の耳元に屈んでこそこそと囁いた。
 俺は、告げられた事に、目を見開いてしまう。
 先輩は、くすっと悪戯っぽい笑顔を見せた。
 
「――そういうことなんです。さて、話したいことも話したし。そろそろ戻ろか――ふふ、言わんとこ思ってたけど、やっぱ言お。吉村くん、明日は桜沢と仲直りしたってな?」


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

俺の親友がモテ過ぎて困る

くるむ
BL
☆完結済みです☆ 番外編として短い話を追加しました。 男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ) 中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。 一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ) ……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。 て、お前何考えてんの? 何しようとしてんの? ……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。 美形策士×純情平凡♪

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...