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お膝にのせて(本編前・最終章付近/成己視点)
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「ひろにいちゃーん」
セキュリティゲートを抜けて、ロビーに入ってきたひろ兄ちゃんに、ぼくは駆け寄った。
「成!」
ひろ兄ちゃんは、ぱっと長い両腕を広げ、ぼくを抱きとめてくれる。そのまま、くるくると回って、振り回してくれた。
「わーっ」
ぼくは、肩にしがみついてきゃっきゃと燥ぐ。
まだ新しい学生服の襟に頬を埋めると、瑞々しい森の香りがする。
「出迎えありがとな。いい子にしてたか?」
「うんっ。ひろ兄ちゃん、会いたかったぁ」
顔いっぱいの笑顔に、ぼくもにっこりと笑い返す。
「俺もだよ。ごめんな、最近あまり来れなくて」
「なに言うてるん。いっぱい来てくれてるよっ」
ひろ兄ちゃんは中等部に上がってから、とても忙しい。それでも、平日は毎日会いに来てくれるもの。
ぎゅっと抱きつくと、ひろ兄ちゃんはくすぐったそうに笑う。「甘えん坊だな」ってからかう声が、優しい。
その言葉に、ハッとする。
――あまえんぼ……!
ひろ兄ちゃんは、固まったぼくを不思議そうに見ている。
「成? どした……」
と、そのとき。離れたところに立っていた涼子先生が、ぱんと手を打ち鳴らす。
「はいはい、仲良しさんたち。遊ぶんやったら、アクティビティルームに行きなさいよ!」
「はい、先生」
ぼくとひろ兄ちゃんは、いい子に頷く。
「それから、成ちゃん。家庭で習ったん、忘れたらあかんのよ」
「は、はいっ」
先生に釘を刺され、ぼくは眉を下げた。
――抱きついてくるくるしちゃったのは、ダメでしたか……
嬉しくて、うっかり忘れてた。ぼくは、ふんと気合をいれなおした。
「成、おいで」
じゅうたんの上にあぐらをかいて、ひろ兄ちゃんが手を広げる。ちょっぴりはにかんで、いつも通りそっちに行こうとしたぼくやけど……はっとする。
――だから、あかんねんてば!
「成?」
棒立ちになるぼくに、ひろ兄ちゃんは不思議そうに目を瞬く。ぼくは、体の両横でぎゅっと拳を握り、頭を振った。
「ぼく……もう、ひろ兄ちゃんのお膝に座らへん」
「えっ!」
ひろ兄ちゃんは、目をみはる。――物凄い、雷に打たれたみたい、固まってはる。
ぎょっとしてると、ひろ兄ちゃんは低い声でつぶやいた。
「何でだ?」
「えと……だってぼくもう、九つやし。大人やから……」
よろよろと、視線をはぐらかして答える。
実は、小学校で言われたん。
――『春日って、お兄さんの膝にのせてもらってんの? 甘ったれだなー』
すっごい驚かれて、ぼくもすっごい驚いて。ぼくって、遅れてるのかなって気になっちゃった。
ひろ兄ちゃんは眉を上げる。
「なんだそれは。俺なんか十四だけど、ガキだぞ? お前が膝にいないと落ち着かないし」
「ほんと?」
「ああ」
優しい笑顔に、ぱっと心が華やぐ。けど、ぼくはハッとして、やはり頭を振った。
「なる……」
悲しそうなひろ兄ちゃんに、心が揺れる。
ぼくは俯く。
――ぼくも、本当はお膝に乗せてほしい。でも……
クラスメイトに、そう言われたことを涼子先生に話したらね。家庭教育の先生がやってきてくれはって、お勉強が始まったん。
『成己くんも、もう九歳だものね。そろそろ、男性との関わり方を学ぼうか』
いわく、血縁関係のない男性と抱きついたり、お膝に乗ったらいけないって。
そういうことすると、何か怖いことが起きるかも知れへんからって……
『こわいことって?』
『それは、またおいおい勉強しましょう。ともかく、そう言うことだからね。センターに来られるお客様に、お膝においでって言われても、言う事聞かないように』
今までは、「ニコニコしてお膝に乗せてもらいなさい」だったのに……? 不思議に思っていると、周囲の見る目が変わるから、だそう。
よくわからへんけど、ぼくのことを思ってくれてる先生たちだもの。素直に頷いた。
『あ……でも、ひろ兄ちゃんはいいでしょう? ひろ兄ちゃんは、こわいことなんかしないもん』
『宏章さんは……』
先生たちは、顔を見合わせた。
『宏章さんもダメ』
『えーっ』
ひろ兄ちゃんのお膝に乗せてもらえないなんて。がーんとショックを受けていると、先生達は言う。
『彼も、そろそろ大人だよ。だから、成己くんがきちんとして、彼を怖いことからまもってあげなさい』
……ぼくが、ひろ兄ちゃんを怖いことから守らなきゃ。
それなら、寂しいのくらい我慢する!
と言うことを、ひろ兄ちゃんに話すと、彼は真っ赤になって頭を抱えていた。
「ひろ兄ちゃん、大丈夫?」
「うーん、嬉しいやら、悲しいやら……」
ぎょっとして駆け寄ると、ひろ兄ちゃんはうんうん唸っていた。
***
「ってことも、あったねえ」
ぼくは、宏ちゃんのお膝に座って、笑う。
ちなみに、書斎のソファなんやけど。休憩のお茶を持ってきたら……さっと、お膝にさらわれてしまったん。
「ああ、あのときは参ったな」
宏ちゃんは、苦笑する。ぼくは、えへへと頭をかく。
「子どもで……あんまりわかってなかったから。ごめんね、困惑したよね」
あのときは子供すぎて、わかんなかったけど。今にして思うと、なかなか際どい話題をふっていたんだなって思う。
ちょっと恥ずかしくて、俯いていると、大きな手に頭を撫でられた。
顔を上げれば、優しい眼差しが。
「いいや? お前を可愛いって思ってるのがバレたかなぁって焦っただけだよ」
「もうっ」
優しい言葉に、嬉しくなる。夫婦になってから、こういうリップサービスをかかさない夫に、胸がくすぐったい。
「ありがとうね、ひろ兄ちゃん」
ぎゅって、逞しい首に抱きつく。肩に頬を寄せれば、深い森の香りがする。胸いっぱいに吸い込んで、うっとりと目を閉じた。
――あったかい……
寂しさなんて、感じる隙間もないくらい。宏ちゃんも、嬉しそう。
「ぼく、宏ちゃんのお膝好き」
「俺も好きだよ。こうしてると、お前の顔がよく見えるし……」
頬を包まれる。
優しくキスされて、ほうと息を吐いていると……背に回った手が、不穏な動きを始める。
「ひ、宏ちゃんっ?」
「今は夫婦だからな……「怖いこと」が起きてもいいだろ?」
「ひゃっ……」
セクシーな声で囁かれて、頬が赤らむ。ぼくは、腰を撫でるふらちな手を、きゅっとつまんだ。
「もうっ、宏章先生! 三日後、〆切ですよっ」
「大丈夫だって。寝ずに書けばそれくらい……」
「だめっ、体に悪いから」
めっと指を立てると、宏ちゃんは苦笑する。
「厳しいなあ、奥さん」
「えへ。宏ちゃんを守るのが、ぼくの役目です」
ふんすと、大げさに胸をはる。
宏ちゃんは、照れくさそうに笑った。
セキュリティゲートを抜けて、ロビーに入ってきたひろ兄ちゃんに、ぼくは駆け寄った。
「成!」
ひろ兄ちゃんは、ぱっと長い両腕を広げ、ぼくを抱きとめてくれる。そのまま、くるくると回って、振り回してくれた。
「わーっ」
ぼくは、肩にしがみついてきゃっきゃと燥ぐ。
まだ新しい学生服の襟に頬を埋めると、瑞々しい森の香りがする。
「出迎えありがとな。いい子にしてたか?」
「うんっ。ひろ兄ちゃん、会いたかったぁ」
顔いっぱいの笑顔に、ぼくもにっこりと笑い返す。
「俺もだよ。ごめんな、最近あまり来れなくて」
「なに言うてるん。いっぱい来てくれてるよっ」
ひろ兄ちゃんは中等部に上がってから、とても忙しい。それでも、平日は毎日会いに来てくれるもの。
ぎゅっと抱きつくと、ひろ兄ちゃんはくすぐったそうに笑う。「甘えん坊だな」ってからかう声が、優しい。
その言葉に、ハッとする。
――あまえんぼ……!
ひろ兄ちゃんは、固まったぼくを不思議そうに見ている。
「成? どした……」
と、そのとき。離れたところに立っていた涼子先生が、ぱんと手を打ち鳴らす。
「はいはい、仲良しさんたち。遊ぶんやったら、アクティビティルームに行きなさいよ!」
「はい、先生」
ぼくとひろ兄ちゃんは、いい子に頷く。
「それから、成ちゃん。家庭で習ったん、忘れたらあかんのよ」
「は、はいっ」
先生に釘を刺され、ぼくは眉を下げた。
――抱きついてくるくるしちゃったのは、ダメでしたか……
嬉しくて、うっかり忘れてた。ぼくは、ふんと気合をいれなおした。
「成、おいで」
じゅうたんの上にあぐらをかいて、ひろ兄ちゃんが手を広げる。ちょっぴりはにかんで、いつも通りそっちに行こうとしたぼくやけど……はっとする。
――だから、あかんねんてば!
「成?」
棒立ちになるぼくに、ひろ兄ちゃんは不思議そうに目を瞬く。ぼくは、体の両横でぎゅっと拳を握り、頭を振った。
「ぼく……もう、ひろ兄ちゃんのお膝に座らへん」
「えっ!」
ひろ兄ちゃんは、目をみはる。――物凄い、雷に打たれたみたい、固まってはる。
ぎょっとしてると、ひろ兄ちゃんは低い声でつぶやいた。
「何でだ?」
「えと……だってぼくもう、九つやし。大人やから……」
よろよろと、視線をはぐらかして答える。
実は、小学校で言われたん。
――『春日って、お兄さんの膝にのせてもらってんの? 甘ったれだなー』
すっごい驚かれて、ぼくもすっごい驚いて。ぼくって、遅れてるのかなって気になっちゃった。
ひろ兄ちゃんは眉を上げる。
「なんだそれは。俺なんか十四だけど、ガキだぞ? お前が膝にいないと落ち着かないし」
「ほんと?」
「ああ」
優しい笑顔に、ぱっと心が華やぐ。けど、ぼくはハッとして、やはり頭を振った。
「なる……」
悲しそうなひろ兄ちゃんに、心が揺れる。
ぼくは俯く。
――ぼくも、本当はお膝に乗せてほしい。でも……
クラスメイトに、そう言われたことを涼子先生に話したらね。家庭教育の先生がやってきてくれはって、お勉強が始まったん。
『成己くんも、もう九歳だものね。そろそろ、男性との関わり方を学ぼうか』
いわく、血縁関係のない男性と抱きついたり、お膝に乗ったらいけないって。
そういうことすると、何か怖いことが起きるかも知れへんからって……
『こわいことって?』
『それは、またおいおい勉強しましょう。ともかく、そう言うことだからね。センターに来られるお客様に、お膝においでって言われても、言う事聞かないように』
今までは、「ニコニコしてお膝に乗せてもらいなさい」だったのに……? 不思議に思っていると、周囲の見る目が変わるから、だそう。
よくわからへんけど、ぼくのことを思ってくれてる先生たちだもの。素直に頷いた。
『あ……でも、ひろ兄ちゃんはいいでしょう? ひろ兄ちゃんは、こわいことなんかしないもん』
『宏章さんは……』
先生たちは、顔を見合わせた。
『宏章さんもダメ』
『えーっ』
ひろ兄ちゃんのお膝に乗せてもらえないなんて。がーんとショックを受けていると、先生達は言う。
『彼も、そろそろ大人だよ。だから、成己くんがきちんとして、彼を怖いことからまもってあげなさい』
……ぼくが、ひろ兄ちゃんを怖いことから守らなきゃ。
それなら、寂しいのくらい我慢する!
と言うことを、ひろ兄ちゃんに話すと、彼は真っ赤になって頭を抱えていた。
「ひろ兄ちゃん、大丈夫?」
「うーん、嬉しいやら、悲しいやら……」
ぎょっとして駆け寄ると、ひろ兄ちゃんはうんうん唸っていた。
***
「ってことも、あったねえ」
ぼくは、宏ちゃんのお膝に座って、笑う。
ちなみに、書斎のソファなんやけど。休憩のお茶を持ってきたら……さっと、お膝にさらわれてしまったん。
「ああ、あのときは参ったな」
宏ちゃんは、苦笑する。ぼくは、えへへと頭をかく。
「子どもで……あんまりわかってなかったから。ごめんね、困惑したよね」
あのときは子供すぎて、わかんなかったけど。今にして思うと、なかなか際どい話題をふっていたんだなって思う。
ちょっと恥ずかしくて、俯いていると、大きな手に頭を撫でられた。
顔を上げれば、優しい眼差しが。
「いいや? お前を可愛いって思ってるのがバレたかなぁって焦っただけだよ」
「もうっ」
優しい言葉に、嬉しくなる。夫婦になってから、こういうリップサービスをかかさない夫に、胸がくすぐったい。
「ありがとうね、ひろ兄ちゃん」
ぎゅって、逞しい首に抱きつく。肩に頬を寄せれば、深い森の香りがする。胸いっぱいに吸い込んで、うっとりと目を閉じた。
――あったかい……
寂しさなんて、感じる隙間もないくらい。宏ちゃんも、嬉しそう。
「ぼく、宏ちゃんのお膝好き」
「俺も好きだよ。こうしてると、お前の顔がよく見えるし……」
頬を包まれる。
優しくキスされて、ほうと息を吐いていると……背に回った手が、不穏な動きを始める。
「ひ、宏ちゃんっ?」
「今は夫婦だからな……「怖いこと」が起きてもいいだろ?」
「ひゃっ……」
セクシーな声で囁かれて、頬が赤らむ。ぼくは、腰を撫でるふらちな手を、きゅっとつまんだ。
「もうっ、宏章先生! 三日後、〆切ですよっ」
「大丈夫だって。寝ずに書けばそれくらい……」
「だめっ、体に悪いから」
めっと指を立てると、宏ちゃんは苦笑する。
「厳しいなあ、奥さん」
「えへ。宏ちゃんを守るのが、ぼくの役目です」
ふんすと、大げさに胸をはる。
宏ちゃんは、照れくさそうに笑った。
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