「いつでも僕の帰る場所」短編集

高穂もか

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♡宏ちゃん、お背中流します!【中編】

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「さあ、どうぞっ」
 
 風呂椅子をお湯で流して、笑顔で宏ちゃんを促す。
 
 ――背中を流して、リラックスしてもらう作戦やで!
 
 さっき、ふと思い出したんよ。
 センターの家庭教育で、学んだことがあったん。――恋人が疲れている時は、お風呂で背中を流してあげるとか、マッサージすると癒しをあげられるって。
 それが、家庭円満の秘訣やとか!
 
「サンキュ、成」
 
 ちょっとびっくりしてた宏ちゃんは、ざぶりとお湯を波立てて、洗い場に出てきてくれる。堂々たる裸身がさらされ、ぼくは「わあ!」と目を覆った。
 
「ひ、宏ちゃん、タオル巻いてっ」
「ん? 別に寒くないぞ」
「目のやり場に困るの~!」
 
 明るいところで見るのは、恥ずかしいんやもん。
 かっかする頬を伏せて、タオルを押し付ける。「あはは」と大らかな笑い声を立てて、大らかな夫は椅子に座る。
 
「じゃあ、頼もうかな?」
「はいっ」
 
 気を取り直して、仕切り直し。
 タオルにたっぷりと泡を立て、ぼくはにこにこと宏ちゃんの後ろに回る。――なめし皮のように滑らかな肌の上に、そっとタオルを乗せた。
 みるみるうちに、背がもこもこの泡で覆われて行く。
 
「……どう? 強くないですか?」
「ああ……気持ちいいよ」
「良かったぁ」
 
 ほっとして、広い背を擦った。逞しい筋肉に覆われた、綺麗な背中をせっせと洗う。
 
 ――張ってるなあ……いつもお疲れさまです。
 
 ぼくは、背中のコリがほぐれるよう念じ、優しく撫でてあげる。がっしりした首や、広い肩……頑丈そうな腰など、デスクワークの肝とも呼べるところを、重点的にマッサージした。
 宏ちゃんは、ふうと満足そうな息を吐く。
 
「上手だなあ。気持ちいいよ」
「ほんとう? 嬉しい」
 
 褒められて、ぱっと嬉しくなる。
 
 ――よしっ。もっと、リラックスさせてあげるんだ!
 
 やる気が燃え上がったぼくは、もこもこのタオルを前にも向かわせた。くすぐったかったのか、がっしりした肩がぴくんと跳ねた。
 
「あっ、動かんといてっ」
 
 ぎゅっと抱きついて大きな体を抑え込む。デコルテを脇に向かって、優しく流す。
 
「成っ?」 
「ちょっと辛抱してね? ここが、大事な所なん」
 
 すぐそばにある耳に囁いて、マッサージを続ける。けど、背中にくっついてるせいか、前が良く見えへん。苦肉の策で、でこぼこの腹筋を手で辿りながら洗ってくと、宏ちゃんは呻いた。
 
「……くっ」 
「宏ちゃん、気持ちいい?」 
「ああ……なんつうか、極楽だよ……」
「えへへ。いつもありがとうね」
「ん。俺の方こそ……」
 
 頷く宏ちゃんの声は太くて、ちょっぴり熱っぽい。――リラックスの証かな。ぼくは、額に滲む汗を拭い、にっこりした。
 
「よいしょっ……」
 
 懸命にやるうちに、Tシャツが汗と湿気で濡れて来ちゃった。腕で、頬に滴る汗を拭っていると、宏ちゃんが言う。
 
「成、のぼせてないか?」
 
 鏡越しに、心配そうな目と合って、にこっと笑い返す。優しいなあ。
 
「うん、平気やで! じゃあ、前を洗うね」
「え!?」
 
 宏ちゃんは、びっくりしたみたいに振り返る。
  
「ここまで来たら、ちゃんと前も洗いたいんよ。後ろからじゃ、わかりにくかったし」
 
 ぼくは膝でいざって、素早く宏ちゃんの前に移動する。
 
「……へえっ?」
 
 思わず、固まった。
 宏ちゃんの其処は――あの時のように、変化していたん。
 
「どど、どうして」 
「……まあ、そりゃなあ」
 
 少し恥ずかしそうに、宏ちゃんが目を逸らす。
 その顔を見て――ぼくは、ぼふん! と頭が噴火したような気がした。
 
 
 □□
 
 
 ……参ったなあ。
 目の前に跪いたっきり、かちんと固まった成を見て、頭を掻いた。
 
 ――つってもなあ、勃つに決まってるよ。かわいい成が、一生懸命に触れてくれるんだから……
 
『宏ちゃん、気持ちいい?』
 
 良い匂いさせて、健気にぴったりと身を寄せてさ。
 あの小っさい手で、甘いソフトタッチを延々とされてんだぞ? 寧ろ、男ならこうなって当然だってんだ。
 と、半ば開き直って、ふわふわの髪を見下ろした。
 
「あぅ……」
 
 成は、項まで真っ赤になっている。
 大きな目は潤んで、俺の股間を見ては、おろおろと伏せるを繰り返している。ぴったりと背に張り付いたTシャツが、匂い立たんばかりに色っぽい。
 思わず、乾いた唇を舐める。
 
「なーる」
「は……はいっ!」
 
 呼ぶと、真っ赤な困り顔が俺を見上げた。
 助けを求めるような目に、ゾクゾクと興奮が背を走る。
 
 ――あー駄目だぞ、成。そんな可愛い顔されると、苛めたくなっちまう。
 
 俺は獣の内心を押し隠し、ひょいと可愛い妻を抱き上げる。華奢な体躯は、俺の足の間におさまり、膝立ちになった。
 
「宏ちゃんっ……?」
「どした。前、洗ってくれるんだろ?」
「あ……う、うん」
 
 成が、これ以上ないほど顔を赤らめ、頷く。
 
 ――ヤダって言ってもいいのにな。可愛いよなあ。
 
 笑みを堪える俺に気づかず、成は平然を装い、タオルを泡立てている。……たぶん、腹のあたりに触れる俺のが、気になるんだろうな。ふうふうと、押し隠すような深呼吸が、耳に楽しい。
 
「じゃあ……洗いますねっ」
 
 と、意を決したように――成は泡立てたタオルを、俺の胸に押し当てた。
 さっきより、幾分たどたどしい手つきだ。やわやわとしたタオルの感触に、ふうと息を漏らす。
 
「……っど、どうですか?」
「ん。気持ちいいよ」
「良、かった……」
 
 目を伏せたまま、成は言う。
 さっきと同じやり取りなのに、どことなく声が甘い。それでも、真面目な成は役目を全うしようとしているようだ。
 
「あ、あのね。胸の筋肉をほぐすと、呼吸が深くなるん。リラックスできるんやって……!」
「そうなのか。成は物知りだなぁ」
「えへ、本で読んだん」
 
 盛り上がった胸筋を、やわらかな手つきで撫でられる。恥じらいつつも……俺の反応をじっと見て、気持ち良くしようと頑張っている。
 
 ――いじらしいなぁ。お前は……
 
 いつでも一生懸命に、俺に尽くそうとして。
 そんなに気を張らなくていいって気持ちと、構われて嬉しいって気持ちが、いつも天秤の上でせめぎ合う。
 
「……っ」
 
 せっせと俺を洗う妻の、つむじを見つめる。と――瑞々しい桃のような頬に、淡い髪が落ちかかった。
 髪をすくい、耳にかけてやると……うすピンクの唇がほころんだ。
 
「ありがとうな……」
「宏ちゃん……!」
 
 汗に濡れた頬を撫でる。
 その瞬間――ふわ、と上気した肌の匂いが変わった。瑞々しい花の香りが……甘く蜜の滴るような、果実の匂いへと。
 
 ――甘い、欲情の香り。
 
 そっと下を見れば、もじもじと膝を擦り合わせている。
 下腹が熱く、重くなる。涎が溢れ出し、牙が疼くのを感じながら――俺は、つとめて穏やかにほほ笑んだ。
 
「……すごい汗だな。暑いんじゃないか?」
「んっ……平気」
 
 汗に濡れた頬を包んだ手を、するすると滑らせ――Tシャツの首に指をひっかけた。突っ張った布が、胸の上に張り付いて――つん、と小さな粒を浮き上がらせる。
 
「ほら、こんなに汗だくで、透けてるぞ……」 
「……やぁ……見ちゃダメ」
 
 可愛い粒を、ツンツンとつついてやると、成は震えた。タオルをきつく握りしめた手が、胸に力なく縋ってくる。いじらしい恋人を抱き上げて、膝に乗っけた。
 
「ぁんっ」
 
 胸に顔を埋め、布の上から粒を吸う。舌で潰し、形を浮き上がらせるよう、周りを舐めると――いっそう透けた布に、可憐な桃色がうつった。
 
「だめぇ……ああっ」
 
 成は、ふるふると頭を振った。言葉の通りじゃないのは、首に縋ってくる両腕が教えてくれる。
 俺は喉の奥で笑い、Tシャツをぺろんとまくりあげた。すべらかな肌と、愛らしい桃色の突起が露わになる。
 
「わあっ」
 
 身を竦めた成を、抱き寄せる。
 
「なあ、お前も脱いじまえ。一緒に風呂に入って……続きをしよう」
「……あ」
 
 そう耳元で囁くと――はしばみ色の目が、とろんと蕩けた。
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