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♡宏ちゃん、お背中流します!【前編】(四章開始直後/成己・宏章両視点)
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「宏章先生、休憩しましょ……って、あれ?」
ある日の昼下がり。
おやつのスモモを携え、書斎のドアを開けたぼくは、もぬけの殻の部屋に目を丸くした。
「宏ちゃん、どこ……?」
お仕事に精を出しているはずの、宏ちゃんがいない。きょろきょろとお部屋を見回すと――あるところから、水音が聞こえてきた。
「あーっ、お風呂かぁ」
納得して、それから心配になる。
――お昼からお風呂に入るなんて……ひょっとして、執筆行き詰ってるんやろうか。
宏ちゃんと結婚して、一緒に暮らしてから分かったことなんやけどね。
執筆が行き詰まったときの、行動パターンがあるんよ。例えば、お風呂に入ったり、走りに行ったり、煮込み料理を始めたり……頭を空っぽにしたいんやって。
そのおかげか、宏ちゃんはどれだけ悩んでも、本当に原稿を落としたことがないんやけど。
「……ぼくにも出来ることがあればいいのに」
ぼくは、ふうとため息を吐く。
一緒に住んでいてもね。宏ちゃんに、ただの一度も不機嫌をぶつけられたことがないん。大変なお仕事なんやし、色々と思いもあると思うんやけど……優しい宏ちゃんは一人で解決しちゃう。
――もっと、妻として何か……支えになれることがあればいいんやけど……
ともかく、スモモを冷やし直そう。
お盆を持って、とぼとぼ廊下に出た時――ぼくは、パッと閃いた。
「そうや!」
□□
昼間の浴室には、湯気が充満していた。
俺は湯船のヘリに頬杖をつき、思索に耽る。
「うーん、つまらん。なんか違うな……」
湿気で撓ったノートに、気まぐれで鉛筆で文字を書き付けては、塗りつぶし……ぽい、と出窓に放り出した。
「ふう……」
湯船に悠々と伸びて、俺は息を吐いた。
――久々だと、全ッ然ピンとこねえな……。
今回は、桜庭名義ではなく、過去に持っていた名義での仕事だった。
とかく金が欲しく、書けるものは何でも書いていたときのことだ。俺は、軌跡社に縁のある官能レーベルに世話になっていたことがある。――あの時のSM・監禁もののおかげで、バイトを辞めることが出来た。有難いことに桜庭でヒットし、他に割く時間が無くなったから、もう書いてはいないのだが。
今度、レーベルが三十周年と言うので、新作を書いてくれないかとオファーがあったのだ。
「ずい分、お世話になったからなあ……とはいえ、どうしたもんかね」
透明の湯を掬い、顔面にバシャバシャとぶちかける。
両手で目をなすり、冴えた考えでも出ないものか……と息を吐いたときだった。
とんとん。
風呂場の戸を、控えめに叩く音がした。
「宏ちゃん? のぼせてませんか」
やわらかな声が聞こえてくる。戸の磨りガラスに、華奢な体躯が淡い影をつくっていた。
「成?」
とくん、と心臓が弾む。
――珍しい。どうしたんだ?
俺は、好きな相手に道端で出くわした学生のような気分で頷いた。
「ああ、平気だぞ」
「良かったぁ。あのっ、入っていいですか?」
「ん?」
朗らかに放たれた言葉に、耳を疑う。
そのうちに、衣擦れの音が響き始め――かっと顔が火照った。
――えっ、マジか?
夜だって、明かりを消さないと恥ずかしがる成が、こんなに明るいうちから?
湯船の湯が、ちゃぷんと音を立てる――
『昼間からしたいなんて、いけない奥さんだな』
俺は、湯船に入ってきた成を膝に乗せて可愛がる。成は真っ白い裸身をくねらせ、恥ずかしそうに悶えた。
『あっ……いじわる。夫婦やから、いつしても良いって言うたのに……』
『そうだな……けど、驚くだろ。うぶなお前が、こんなにエッチになるなんて』
『いやぁ……言わんといて』
いじらしく抱きついてくる成が、潤んだ目を伏せたところで……我に返る。
――って、アホな妄想してる場合か!!!
しかも、官能ネタに引きずられ過ぎだし。
熱気にうだる頭を振れば、「お邪魔しまーす」と明るい声がかかり、戸が開く。
「……成……?!」
すると、そこには裸……ではなく、動きやすそうな半袖と短パンに身を包んだ、かわいい妻が立っていた。
「宏ちゃん、いつもお疲れさま。お背中流しますっ」
やわらかそうなタオルを手に持って、にっこりしている。可愛い。
しかし、無邪気極まりない様子に、俺はがくりと湯船のヘリに凭れた、
――さ……さすが成だ……
男心が大泣きに泣いているのを感じつつ、俺は「サンキュ」と頷いた。
ある日の昼下がり。
おやつのスモモを携え、書斎のドアを開けたぼくは、もぬけの殻の部屋に目を丸くした。
「宏ちゃん、どこ……?」
お仕事に精を出しているはずの、宏ちゃんがいない。きょろきょろとお部屋を見回すと――あるところから、水音が聞こえてきた。
「あーっ、お風呂かぁ」
納得して、それから心配になる。
――お昼からお風呂に入るなんて……ひょっとして、執筆行き詰ってるんやろうか。
宏ちゃんと結婚して、一緒に暮らしてから分かったことなんやけどね。
執筆が行き詰まったときの、行動パターンがあるんよ。例えば、お風呂に入ったり、走りに行ったり、煮込み料理を始めたり……頭を空っぽにしたいんやって。
そのおかげか、宏ちゃんはどれだけ悩んでも、本当に原稿を落としたことがないんやけど。
「……ぼくにも出来ることがあればいいのに」
ぼくは、ふうとため息を吐く。
一緒に住んでいてもね。宏ちゃんに、ただの一度も不機嫌をぶつけられたことがないん。大変なお仕事なんやし、色々と思いもあると思うんやけど……優しい宏ちゃんは一人で解決しちゃう。
――もっと、妻として何か……支えになれることがあればいいんやけど……
ともかく、スモモを冷やし直そう。
お盆を持って、とぼとぼ廊下に出た時――ぼくは、パッと閃いた。
「そうや!」
□□
昼間の浴室には、湯気が充満していた。
俺は湯船のヘリに頬杖をつき、思索に耽る。
「うーん、つまらん。なんか違うな……」
湿気で撓ったノートに、気まぐれで鉛筆で文字を書き付けては、塗りつぶし……ぽい、と出窓に放り出した。
「ふう……」
湯船に悠々と伸びて、俺は息を吐いた。
――久々だと、全ッ然ピンとこねえな……。
今回は、桜庭名義ではなく、過去に持っていた名義での仕事だった。
とかく金が欲しく、書けるものは何でも書いていたときのことだ。俺は、軌跡社に縁のある官能レーベルに世話になっていたことがある。――あの時のSM・監禁もののおかげで、バイトを辞めることが出来た。有難いことに桜庭でヒットし、他に割く時間が無くなったから、もう書いてはいないのだが。
今度、レーベルが三十周年と言うので、新作を書いてくれないかとオファーがあったのだ。
「ずい分、お世話になったからなあ……とはいえ、どうしたもんかね」
透明の湯を掬い、顔面にバシャバシャとぶちかける。
両手で目をなすり、冴えた考えでも出ないものか……と息を吐いたときだった。
とんとん。
風呂場の戸を、控えめに叩く音がした。
「宏ちゃん? のぼせてませんか」
やわらかな声が聞こえてくる。戸の磨りガラスに、華奢な体躯が淡い影をつくっていた。
「成?」
とくん、と心臓が弾む。
――珍しい。どうしたんだ?
俺は、好きな相手に道端で出くわした学生のような気分で頷いた。
「ああ、平気だぞ」
「良かったぁ。あのっ、入っていいですか?」
「ん?」
朗らかに放たれた言葉に、耳を疑う。
そのうちに、衣擦れの音が響き始め――かっと顔が火照った。
――えっ、マジか?
夜だって、明かりを消さないと恥ずかしがる成が、こんなに明るいうちから?
湯船の湯が、ちゃぷんと音を立てる――
『昼間からしたいなんて、いけない奥さんだな』
俺は、湯船に入ってきた成を膝に乗せて可愛がる。成は真っ白い裸身をくねらせ、恥ずかしそうに悶えた。
『あっ……いじわる。夫婦やから、いつしても良いって言うたのに……』
『そうだな……けど、驚くだろ。うぶなお前が、こんなにエッチになるなんて』
『いやぁ……言わんといて』
いじらしく抱きついてくる成が、潤んだ目を伏せたところで……我に返る。
――って、アホな妄想してる場合か!!!
しかも、官能ネタに引きずられ過ぎだし。
熱気にうだる頭を振れば、「お邪魔しまーす」と明るい声がかかり、戸が開く。
「……成……?!」
すると、そこには裸……ではなく、動きやすそうな半袖と短パンに身を包んだ、かわいい妻が立っていた。
「宏ちゃん、いつもお疲れさま。お背中流しますっ」
やわらかそうなタオルを手に持って、にっこりしている。可愛い。
しかし、無邪気極まりない様子に、俺はがくりと湯船のヘリに凭れた、
――さ……さすが成だ……
男心が大泣きに泣いているのを感じつつ、俺は「サンキュ」と頷いた。
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