いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
344 / 406
最終章〜唯一の未来Ⅱ〜

三百四十三話【SIDE:晶】

しおりを挟む
 ――なんで、こんなことになったんだろ……?
 
 俺は、後部座席で身を強張らせていた。高級車のシートはやわらかく、品質が良い。それなのに、ちっとも気が休まらない。
 
「……っ」
 
 俺は、上着をかきあわせた。――まるでサイズの違うそれは、温かいけれど、すぐに肩から滑り落ちそうになる。
 あの人そのもの。
 そう思うと、胸が痛くなり、俺は唇を噛み締めた。
 
「……っ」
 
 車窓に叩きつける雨が、歪な音を立てる。無数の水滴に閉じ込められた夜の光が、嫌味なほどに眩しくて、不安を煽った。
 
 ――家に帰りたくない。
 
 帰ったら、もう終わりなんだ。
 
 
 

 
 
 
 ――ときは、数時間前に遡る。
 
 安いラブホテルの一室に、俺は居た。
 ギシギシと、ベッドが激しく軋んでいる。粘着質な水音と、獣のような吐息で、室内は淫靡な空気に満ちていた。
 二人の男が、俺の体を弄ぶ。 
 
「すげぇエロいなあ」 
「ああ。こんなんさせてくれる子、初めてだよ」
 
 男達は、興奮に上ずった声で言う。執拗に、腹の奥を先端で捏ねられて、くぐもった声が漏れた。口内にも含まされたもののせいで、声を発することも出来ない。
 
 ――何やってんだろ、俺……
 
 二人の男とは、会ったばかりだった。
 帰りたくなくて入ったバーで、声をかけてきたんだ。大学生らしいけど、いかにも頭悪そうだったし、見たことない顔だったから、大学は違うと見当がついた。
 
――『静かなとこに行こうよ』
 
 あからさまな誘いにも、今夜の宿になるなら、と抵抗しなかった。――投げやりになってる。自分でもまずいと思うけど、もう何も考えたくなくて。
 
 ――……汚い。
 
 口内と、後ろに男を咥えさせられて、もみくちゃになっている俺を、冷静な自分が俯瞰する。
 みっともないオメガそのものの姿に、自己嫌悪が募る。口内の汚いものごと、舌を噛みちぎりたい……。
 
「ぁんっ……!」
 
 なのに、体は簡単に俺を裏切った。
 喉の奥と後ろを満たす熱に、恍惚として……淫らに体がくねってしまう。雄の奉仕を喜ぶ、雌の動き……案の定、煽られた男たちは、動きを激しくした。
 
「んぁあ……っ!」
 
 前と後ろから深く串刺しにされた途端、触れられもせず前が弾けた。ぽたぽたと壊れたように白濁を零すものを、後ろを穿つ男に、戯れに弄られる。
 
「ゃめ……」 
「すげぇなあ、さすがオメガ。勝手に出てくるよ」
「ははは。ばかな蛇口みてえだな」
 
 快楽に弱い体を揶揄され、怒りに目の前が赤くなる。睨みつけてやると、男達は笑いながら、激しく腰を打ち付け始めた。
 
「んぐっ!」
「ごめんね、焦らしちゃって」
「あー、気持ちいい……」
 
 がくがくと揺さぶられて、前後から激しく出し入れされる。死ぬほど苦しいはずなのに、口からは獣のような呻き声が漏れ続けた。
 やがて、男たちが動きを止めて、口内と腹の奥に熱い液体が広がる。
 どこの誰ともしれない、行きずりの男達の体液が染みこんでしまう……汚される嫌悪に総毛立ち、背がわななく。
 
「うううっ!」
 
 なのに、体は絶頂していた。汚辱に慄える心と裏腹に、男の欲望を喜んでしまっている。
 
 ――汚い、汚い……!
 
 憎いオメガの性に、涙が溢れ出す。
 
「うわっ、すげえ」
「うう~っ!」
 
 男共は面白がるように、俺を道具のように揺さぶり続けた。絶頂から降りられず、俺は何度ものけ反り、吐精する。
 やがて満足したのか、解放される。支えを失って、俺はベッドにくず折れた。
 
「はぁん……」
 
 快楽で体に力が入らない。尻を高く捧げたままの姿で、精液で粘った唇で息を吐く。
 乱暴にされたのに、じくじくと体内が燃え盛っていた。雄を欲しがるように、無意識に腰が揺れてしまう。
 男達が、獣のように息を荒らげる気配を感じた。
 
「……ひっ!」
 
 熱を吐き出して、少し冷めた頭が怯えだす。シーツを這って、逃げようとすると押さえ込まれた。
 
「やめろ!」
 
 男たちは笑いながら、俺の後ろにものを宛がう。固い肉がどんどん深くに沈んできて、俺は悲鳴を上げた。
 
「はああんっ!」
 
 後ろを満たされる快感に、前から勢いよく吐精する。
 興奮して伸し掛かってきた男たちに、もみくちゃにされた。シーツに体を押さえつけられ、激しく犯しぬかれる。
 
「あんっ、あんっ……!」
「すげえ、嬉しそう」
「オメガは淫乱ってマジだなー」
 
 好きなんかじゃない。セックスなんて、気持ち悪い。
 欲望に塗れた豚みたいなやつらに、誰が身を任せたいもんか。
 悔しいのに、体は止まらない。快楽に弱いオメガの肉体は、この頃の乱れた生活で、ますます堕ちている。
 
「もう、嫌……ああっ!」
 
 絶望しながらも、絶頂を極める。
 こんなの嫌だ。助けを求めるも……誰も助けてくれないとすぐに気づく。
 
 ――大ッ嫌いだ……!
 
 父さんも陽平も、あの人も……誰も、俺を助けてくれない。
 
 ――『俺がお前を守る』
 
 嘘つき。
 
――『君の力になりたいんです』
 
 嘘つき!
 俺は頑張って来たのに。
 何も、悪いこともしてないのに……どうして、俺からは汚い蛆のように不幸が湧いてくるんだ。
 
 ――オメガだから?
 
 けれど、真っ白いベールをかぶり、幸福そうにアルファに寄り添う姿を幻視する。陽平と野江を両天秤にかけていた強かなオメガ。本能丸出しの獣のくせに……お綺麗ぶって泣いて、笑いやがって。
 なんであんなやつが!
 
「わああっ!」
 
 また極めて、目の前が白くなる。
 敏感な粘膜を刺激されて、理性がぐずぐずに崩れていく。感情なんて手放したほうが楽だと、悪魔が囁いた。
 どうせ、俺のことなんか誰も見てない。
 俺は、男の体に縋る。
 死ぬほど後悔するとわかっていながら――快楽を欲し、四肢を雄に絡める。
 男達は俺の態度に気をよくし、ますます群がってくる。
 
「もっと……!」
 
 圧し掛かる男にしがみつき、腰を揺すった。腹の奥で男が膨れ上がり、中に熱が溢れる。絶頂に押し上げられ、叫ぶと……またすぐに、熱いものがねじ込まれる。
 
「あーっ!」
 
 体の中心を穿つ熱に、頭の芯が溶けそうだ。――心の痛みも、嫌なことも遠ざかっていく。朦朧としながら、声を上げ続けた。
 すると、男たちがスマホで誰かに連絡をしている。
 
 ――人を呼ばれるのかもしれない。
 
 けど、もうどうでもいい。
 投げやりに目を閉じた時……にわかに、ドアが激しくノックされる音が聞こえた。
 男達が、様子を見に向かう。なにか揉めているような、言い争う声が聞こえだす。そして――唐突に静けさが戻った。
 
「……?」
 
 重い足音が近づいてくる。――さっきの奴らとは違う気がし、うっすらと目を開ける。
 そして、ひゅっと鋭く息を飲んだ。
 
「……晶君」
「……な、なんで……」
 
 穏やかな声に、がたがたと体が震える。――うそ、どうして。
 会いたくなかった人……椹木さんが、俺を見下ろしていた。
 
 
しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

幸せになりたかった話

幡谷ナツキ
BL
 このまま幸せでいたかった。  このまま幸せになりたかった。  このまま幸せにしたかった。  けれど、まあ、それと全部置いておいて。 「苦労もいつかは笑い話になるかもね」  そんな未来を想像して、一歩踏み出そうじゃないか。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

愛する息子のために夫に愛される努力をしようと思います

井之口みくに
BL
愛を知らずに生きてきた不遇オメガが、我が子を幸せにするため、死に返って夫との関係を一から再構築するお話です。 〈本編あらすじ〉 不義の子として家族全員から疎まれ、屋根裏部屋に押し込められて育ったアメル。いつか家を出て自由の身になることを夢見ていたが、救国の英雄と名高いグリフィン卿から求婚されたことで、政略結婚の道具にされてしまう。 夫に運命の番が現れたことで、全てを捨てて逃げ出したアメル。数年後、病魔に冒されたアメルの元を訪ねてきた息子に「どうして私を捨てたのですか」と非難され、己の選択を激しく後悔する。 次に目覚めると、アメルは夫と出会った日に死に返っていて── ※オメガバース設定ですが、一部独自解釈を含む部分などがあります。 ※一部、受けが差別されたり虐げられたりする描写を含みます。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

処理中です...