いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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最終章〜唯一の未来Ⅱ〜

三百四十三話【SIDE:晶】

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 ――なんで、こんなことになったんだろ……?
 
 俺は、後部座席で身を強張らせていた。高級車のシートはやわらかく、品質が良い。それなのに、ちっとも気が休まらない。
 
「……っ」
 
 俺は、上着をかきあわせた。――まるでサイズの違うそれは、温かいけれど、すぐに肩から滑り落ちそうになる。
 あの人そのもの。
 そう思うと、胸が痛くなり、俺は唇を噛み締めた。
 
「……っ」
 
 車窓に叩きつける雨が、歪な音を立てる。無数の水滴に閉じ込められた夜の光が、嫌味なほどに眩しくて、不安を煽った。
 
 ――家に帰りたくない。
 
 帰ったら、もう終わりなんだ。
 
 
 

 
 
 
 ――ときは、数時間前に遡る。
 
 安いラブホテルの一室に、俺は居た。
 ギシギシと、ベッドが激しく軋んでいる。粘着質な水音と、獣のような吐息で、室内は淫靡な空気に満ちていた。
 二人の男が、俺の体を弄ぶ。 
 
「すげぇエロいなあ」 
「ああ。こんなんさせてくれる子、初めてだよ」
 
 男達は、興奮に上ずった声で言う。執拗に、腹の奥を先端で捏ねられて、くぐもった声が漏れた。口内にも含まされたもののせいで、声を発することも出来ない。
 
 ――何やってんだろ、俺……
 
 二人の男とは、会ったばかりだった。
 帰りたくなくて入ったバーで、声をかけてきたんだ。大学生らしいけど、いかにも頭悪そうだったし、見たことない顔だったから、大学は違うと見当がついた。
 
――『静かなとこに行こうよ』
 
 あからさまな誘いにも、今夜の宿になるなら、と抵抗しなかった。――投げやりになってる。自分でもまずいと思うけど、もう何も考えたくなくて。
 
 ――……汚い。
 
 口内と、後ろに男を咥えさせられて、もみくちゃになっている俺を、冷静な自分が俯瞰する。
 みっともないオメガそのものの姿に、自己嫌悪が募る。口内の汚いものごと、舌を噛みちぎりたい……。
 
「ぁんっ……!」
 
 なのに、体は簡単に俺を裏切った。
 喉の奥と後ろを満たす熱に、恍惚として……淫らに体がくねってしまう。雄の奉仕を喜ぶ、雌の動き……案の定、煽られた男たちは、動きを激しくした。
 
「んぁあ……っ!」
 
 前と後ろから深く串刺しにされた途端、触れられもせず前が弾けた。ぽたぽたと壊れたように白濁を零すものを、後ろを穿つ男に、戯れに弄られる。
 
「ゃめ……」 
「すげぇなあ、さすがオメガ。勝手に出てくるよ」
「ははは。ばかな蛇口みてえだな」
 
 快楽に弱い体を揶揄され、怒りに目の前が赤くなる。睨みつけてやると、男達は笑いながら、激しく腰を打ち付け始めた。
 
「んぐっ!」
「ごめんね、焦らしちゃって」
「あー、気持ちいい……」
 
 がくがくと揺さぶられて、前後から激しく出し入れされる。死ぬほど苦しいはずなのに、口からは獣のような呻き声が漏れ続けた。
 やがて、男たちが動きを止めて、口内と腹の奥に熱い液体が広がる。
 どこの誰ともしれない、行きずりの男達の体液が染みこんでしまう……汚される嫌悪に総毛立ち、背がわななく。
 
「うううっ!」
 
 なのに、体は絶頂していた。汚辱に慄える心と裏腹に、男の欲望を喜んでしまっている。
 
 ――汚い、汚い……!
 
 憎いオメガの性に、涙が溢れ出す。
 
「うわっ、すげえ」
「うう~っ!」
 
 男共は面白がるように、俺を道具のように揺さぶり続けた。絶頂から降りられず、俺は何度ものけ反り、吐精する。
 やがて満足したのか、解放される。支えを失って、俺はベッドにくず折れた。
 
「はぁん……」
 
 快楽で体に力が入らない。尻を高く捧げたままの姿で、精液で粘った唇で息を吐く。
 乱暴にされたのに、じくじくと体内が燃え盛っていた。雄を欲しがるように、無意識に腰が揺れてしまう。
 男達が、獣のように息を荒らげる気配を感じた。
 
「……ひっ!」
 
 熱を吐き出して、少し冷めた頭が怯えだす。シーツを這って、逃げようとすると押さえ込まれた。
 
「やめろ!」
 
 男たちは笑いながら、俺の後ろにものを宛がう。固い肉がどんどん深くに沈んできて、俺は悲鳴を上げた。
 
「はああんっ!」
 
 後ろを満たされる快感に、前から勢いよく吐精する。
 興奮して伸し掛かってきた男たちに、もみくちゃにされた。シーツに体を押さえつけられ、激しく犯しぬかれる。
 
「あんっ、あんっ……!」
「すげえ、嬉しそう」
「オメガは淫乱ってマジだなー」
 
 好きなんかじゃない。セックスなんて、気持ち悪い。
 欲望に塗れた豚みたいなやつらに、誰が身を任せたいもんか。
 悔しいのに、体は止まらない。快楽に弱いオメガの肉体は、この頃の乱れた生活で、ますます堕ちている。
 
「もう、嫌……ああっ!」
 
 絶望しながらも、絶頂を極める。
 こんなの嫌だ。助けを求めるも……誰も助けてくれないとすぐに気づく。
 
 ――大ッ嫌いだ……!
 
 父さんも陽平も、あの人も……誰も、俺を助けてくれない。
 
 ――『俺がお前を守る』
 
 嘘つき。
 
――『君の力になりたいんです』
 
 嘘つき!
 俺は頑張って来たのに。
 何も、悪いこともしてないのに……どうして、俺からは汚い蛆のように不幸が湧いてくるんだ。
 
 ――オメガだから?
 
 けれど、真っ白いベールをかぶり、幸福そうにアルファに寄り添う姿を幻視する。陽平と野江を両天秤にかけていた強かなオメガ。本能丸出しの獣のくせに……お綺麗ぶって泣いて、笑いやがって。
 なんであんなやつが!
 
「わああっ!」
 
 また極めて、目の前が白くなる。
 敏感な粘膜を刺激されて、理性がぐずぐずに崩れていく。感情なんて手放したほうが楽だと、悪魔が囁いた。
 どうせ、俺のことなんか誰も見てない。
 俺は、男の体に縋る。
 死ぬほど後悔するとわかっていながら――快楽を欲し、四肢を雄に絡める。
 男達は俺の態度に気をよくし、ますます群がってくる。
 
「もっと……!」
 
 圧し掛かる男にしがみつき、腰を揺すった。腹の奥で男が膨れ上がり、中に熱が溢れる。絶頂に押し上げられ、叫ぶと……またすぐに、熱いものがねじ込まれる。
 
「あーっ!」
 
 体の中心を穿つ熱に、頭の芯が溶けそうだ。――心の痛みも、嫌なことも遠ざかっていく。朦朧としながら、声を上げ続けた。
 すると、男たちがスマホで誰かに連絡をしている。
 
 ――人を呼ばれるのかもしれない。
 
 けど、もうどうでもいい。
 投げやりに目を閉じた時……にわかに、ドアが激しくノックされる音が聞こえた。
 男達が、様子を見に向かう。なにか揉めているような、言い争う声が聞こえだす。そして――唐突に静けさが戻った。
 
「……?」
 
 重い足音が近づいてくる。――さっきの奴らとは違う気がし、うっすらと目を開ける。
 そして、ひゅっと鋭く息を飲んだ。
 
「……晶君」
「……な、なんで……」
 
 穏やかな声に、がたがたと体が震える。――うそ、どうして。
 会いたくなかった人……椹木さんが、俺を見下ろしていた。
 
 
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