いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
343 / 390
最終章〜唯一の未来Ⅱ〜

三百四十二話【SIDE:玻璃】

しおりを挟む
「ついに……ついにやったぞ!」
 
 私は、送迎の車の中で雄たけびを上げた。優勝カップのごとく、桜庭宏樹のサイン本を掲げては、にやにやと笑み崩れる。ごろごろと後部座席を転がって、勝利の陶酔を口にした。
 
「ずっと、通い詰めた甲斐があった! 原稿展の最終日にして、この戦果……最高!」
 
 対向車線のライトが、スポットライトに感じるくらいだ。
 大盛況だったという、今年の原稿展。この超絶倍率のなか、サイン本を手に取ることが出来るとは……普段の自分の頑張りを、神は見ていてくださったに違いない。
 
「やっぱり、信じる者は救われるってやつだね」
 
 八月の終わりごろから通い始め、いまは九月初旬。長期休暇が終わり、客足が落ちついたのも、良かったのだろう。
 終盤で、海外の団体客に総ざらいされたときは、ぶっ倒れそうになったけど。最終日までに、もう一度補充がないかと、通い詰めておいてよかった……!
 私は、本をぎゅっと胸に抱き、ふふふと笑った。
 
「若様、ようございましたね。念願の本を手に入れられて、宍倉も嬉しゅうございます」
 
 運転席の宍倉さんが、にこにこと穏やかに祝ってくれる。――原稿展の会場から、塾の送迎の間まで、ずーっと同じ話をしているのに、同じトーンで相槌を打ってくれているのだった。プロフェッショナルだよね。
 私は、バネ仕掛けのように身を起こし、助手席のヘッドレストに手をかけて、話しかける。
 
「ありがとうございます、宍倉さん! 宍倉さんが、スケジュール管理してくれたおかげですよ」
「なんの。私は当然のことをしたまでです」
 
 謙虚な態度を崩さない宍倉さんに、私は苦笑してしまう。
 宍倉さんのサポートが無ければ、原稿展に行くなんて無理だったのに。――物理的にも、精神的にも、家族にぎゅうぎゅうに締めあげられていたわけだからさ。
 大事な本を抱え、頭を下げる。
 
「宍倉さんが居て、本当に良かったです。でないと私、今も兄貴のケツを追っかけまわして、大事な血管も一本や二本、ちぎりそうになってたと思うんで……」
「はは。そんな事はないと思いますが」
「いえ、本当に!」
 
 この感謝をわかって貰わずにはいられまいと、ぐっと拳を握り、熱弁した。
 
「私、当主になったら宍倉さんに報いますよ、絶対。楽しみにしててくださいね」
「若様……光栄です」
 
 宍倉さんの声に、少し面映ゆそうな響きが乗ったので、満足する。この蓑崎玻璃は、若輩とはいえ生粋のアルファだ。あほ親父やお母様……兄貴とは違う。報恩謝徳の名家・蓑崎の理念を受け継いでるのだから。
 後部座席に、ぼすんと背を預けると――前髪をかき上げる。
 
 ――とーはーいーえ。私は、やっと十三歳だから。当主になるまで、あと何年かかるかわかんないんだよなぁ。
 
 それまでに、どれだけあの家族に振り回されることやら――と思えば、ため息しか出ない。
 それでも、宍倉さんをはじめ、私について行くって言ってくれる人はいる。その人達と頑張っていく未来を思えば……まあ、必要な試練として、受け入れることは出来ると思う。
 通学鞄にサイン本を大切に仕舞い、変わりにタブレットを取り出す。
 
「……お。お兄様は、もう御帰宅ですかね。お早いおかえりですこと」
 
 兄の「位置」を確認し、嘆息する。ホテル街から――家に向かって、GPSが移動していた。
 大学も始まったろうに、相も変わらずフラフラしているらしい。履修登録くらいは、さすがに済ませてあるんだろうけど、そんなんで大丈夫かと思ってしまう。
 
 ――椹木さんと話しもしないで……逃げてなんになるんだか。
 
 私も、追いかけては逆切れされるのに飽きたので、最近は無理に連れ戻そうとは考えてない。タブレットで位置を確認し、ヤバそうな相手じゃないか、相手の身元と映像の管理だけしてる。
 それで十分じゃない。
 いきがっても、お坊ちゃん育ちな兄貴は、ヤクザとつるんだり出来ないだろうし。
 正直、今回の城山さんとのことだって、ちょっと驚いたからね。あの小心者が、よくも他人の家庭を壊すなんて、大それた真似できたなって。
 
 ――それで今さら、事の重大性にビビったって遅いんだけど。
 
 せめて、関係者には謝れよと思う。
 城山さんは――あの人も悪いから、どうでもいいか(婚約していたオメガを捨てるなんて、同じアルファとしてガッカリだ)。
 婚約者の椹木さんと、危うくセンター送りになるとこだった春日さんに、くらいはさ。
 夜の街を心細そうに彷徨っていた華奢な青年を、思い浮かべる。

――『助けて下さって、ありがとうございました』

 オメガとはすぐに知れたけど、艶よりもやさしげな雰囲気が際立つ人だった。
 てっきり年下かと思ったのに、彼がくだんの春日成己さんだったとは。
 
「……はあ」

 憂鬱。
 あんな可愛らしくて幼気そうな人を、よくひどい目に遭わせたもんだ。
 私も責任の一端を負わされている気がして、よけいに胸糞が悪い。

――兄貴が城山さんちに入り浸ってるの、知ってたからな……

 城山さんだし、他の学生より安全だと、高をくくっていたんだ。ちょっと、ラク出来ると思っていたくらい。
 まさか痴情のもつれに発展し、春日さんが追い出されることになるなんて。
 野江さんが保護して下さらなかったら、何としても私が彼を請け出して、責任を取るところだった。
 野江さんと寄り添う姿を、瞼の裏に浮かべる。
 
 ――お幸せそうなのが、せめてもの救いだけどさ……兄貴には詫びさせないと。
 
 やるせなく、タブレットを放るように鞄に仕舞う。
 車窓に家が近づくのが見えて、だらけた姿勢を直した。
 
「ただいま帰りました」
「若様、おかえりなさいませ」
 
 玄関に足を踏み入れると――なんだか、家の様子がおかしい。ざわついていて、落ち着きがない。
 
「何かあったんですか」
 
 出迎えてくれた使用人の奈央さんに尋ねると、彼女は表情を曇らせた。
 
「それが……」
 
 彼女からもたらされた情報に、目を見開く。
 
「え……お兄様が……!?」
 
 兄が、ホテル街でトラブルを起こしたらしい。今から「帰宅する」と、連絡があったらしい。使用人達は、心配で狂騒としていたのだ。
 すると……家の奥から、父親が凄まじい剣幕で、飛び出してくるのが見えた。

「貴様、何をしていた!」

 父は、手を振りかぶった。頬を打たれ、遅れて痛みが来る。――思いきりぶったらしく、鼓膜がきんとする。

「若様!」

 歯で切ったのか、唇の端から血が零れた。
 真っ青になる奈央さんを、目で押しとどめる。――危険だった。父の目は瞳孔が縦に切れており、どう見たってブチ切れている。

「役立たずめ……晶の身に何かあったら、勘当してやる!」

 
しおりを挟む
感想 211

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話

雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。 一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

処理中です...