342 / 360
最終章〜唯一の未来Ⅱ〜
三百四十一話【SIDE:宏章】
しおりを挟む
「――そうか、良かった……ありがとう……うん、わかった。それじゃ」
母さんとの通話を終え、俺はふうと息を吐く。
世の母親ってのは、どうして電話が長いものなのか。晩メシの片づけをして、風呂に入ったあと、かかって来た電話に、何の気なしに出たのは良いが。
――まさか、一時間近くも盆栽の話を聞かされるとは、思わなかったぞ……
まあ、聞きたかったことも聞けたし、いいのだが。
居間に戻ると、成はソファに横たわっていた。電話に出る前は、楽しみにしている海外ドラマを観て、笑っていたのだが……俺を待っている間に、眠ってしまったようだ。
「成」
「すー……」
横向きに丸くなって、ふうふうと小さな寝息を立てている。重ねた両手を口元に寄せる姿は、幼い頃と変わらない。いとけない寝姿に笑みがこぼれる。
俺は突拍子もないジョークを飛ばすTVを消し、ソファの傍らに膝をつくと、声をかける。
「成、お待たせ」
「んん」
やわらかい頬に指でちょんと触れると、細い眉をきゅうと寄せている。
俺の手を避けるよう、ますます丸くなる姿は、子猫みたいだ。
――かわいい……
愛おしさに、胸がぎゅッと締め付けられる。安心したように無防備な姿を見せられると、たまらなかった。
成は、実は眠りが浅い。
センターでは四六時中、監視カメラに見張られる生活をしていたせいか――本人も知らないうちに気を張る癖がある。「ぼくね、目覚ましが無くても、狙った時間に起きられるんよ」と、成は笑っていたが……本当は、上手く眠れていないだけなのだ。
「……」
やわらかな髪を撫でる。
成の来し方を思えば、無理もなかった。
にこにこ笑っているからって、不安がないはずがない。
まして、センターのオメガに生まれて、アルファに「落籍」される子は、二割程度と聞く。不眠や、極度の冷え性などの形で、成の「体」は不安を訴えていたんだろう。
「すう」
穏やかな寝息に、うっとりと耳をそばだてる。
そんなこの子が……俺の側では、深く眠れるのだと知ったときの喜びは、言い表せられない。
――……もう、寝るだけだしな。無理に起こさなくてもいいか。
出来る限り、寝かせてやりたい。
起こさないように、そっと抱き上げる。軽く、華奢な体は俺の腕にすっぽりとおさまった。愛おしい重みを確かめて、ゆっくりと寝室に歩み出す。
寝室のドアを足で開け、かわいい妻をベッドに横たえる。
布団を肩までかけてやると、成はむにゃりと唇を動かした。
「……ひろちゃん」
名を呼ばれ、起きたのかと思ったが……まだ、眠りの中にいるらしい。ふにふにとむずかるような寝息を立てる様子に、寝言で俺を呼んだのだとわかり、相好が崩れる。
「なんだ、成」
問うた声が、我ながらデレデレしていて、背筋が寒くなった。まあ、俺と成の家なので、問題はないのだが――と、ひとり咳払いをし、ベッドに腕を乗せる。
「……」
夫の特権として……もう少し、寝顔を眺めていたい気分だった。
閉じられた瞼を、じっと見つめる。――ほんの少し、赤みがさしているように見えた。抱き合ったとき、しきりに涙を流していたせいだろうか。
――『宏ちゃん……』
いつになく、大胆に振舞っていた、気がする。
初めての体位への戸惑いに反し……ぎゅっとしがみついてきた、腕の強さを思う。
まるで、「離すな」と訴えられているかのようだった。
「どうしたんだ……?」
夢の中にいる成に、そっと問う。
当然、応えが返るはずもないと気付き、苦笑いをする。
――てっきり、今日何かあったのかと思ったんだけどな……母さんに聞いたところ、何も変わったことは無いってことだが……
ただの、杞憂であればいいのだが。
俺は、そっと滑らかな頬を撫でる。
「夢になんか、させないからな」
夢みたいだ、と幸福そうに笑うお前を、俺が守ってやる。
幼い頃からの決意を誓うよう――小さな唇に、くちづけた。
母さんとの通話を終え、俺はふうと息を吐く。
世の母親ってのは、どうして電話が長いものなのか。晩メシの片づけをして、風呂に入ったあと、かかって来た電話に、何の気なしに出たのは良いが。
――まさか、一時間近くも盆栽の話を聞かされるとは、思わなかったぞ……
まあ、聞きたかったことも聞けたし、いいのだが。
居間に戻ると、成はソファに横たわっていた。電話に出る前は、楽しみにしている海外ドラマを観て、笑っていたのだが……俺を待っている間に、眠ってしまったようだ。
「成」
「すー……」
横向きに丸くなって、ふうふうと小さな寝息を立てている。重ねた両手を口元に寄せる姿は、幼い頃と変わらない。いとけない寝姿に笑みがこぼれる。
俺は突拍子もないジョークを飛ばすTVを消し、ソファの傍らに膝をつくと、声をかける。
「成、お待たせ」
「んん」
やわらかい頬に指でちょんと触れると、細い眉をきゅうと寄せている。
俺の手を避けるよう、ますます丸くなる姿は、子猫みたいだ。
――かわいい……
愛おしさに、胸がぎゅッと締め付けられる。安心したように無防備な姿を見せられると、たまらなかった。
成は、実は眠りが浅い。
センターでは四六時中、監視カメラに見張られる生活をしていたせいか――本人も知らないうちに気を張る癖がある。「ぼくね、目覚ましが無くても、狙った時間に起きられるんよ」と、成は笑っていたが……本当は、上手く眠れていないだけなのだ。
「……」
やわらかな髪を撫でる。
成の来し方を思えば、無理もなかった。
にこにこ笑っているからって、不安がないはずがない。
まして、センターのオメガに生まれて、アルファに「落籍」される子は、二割程度と聞く。不眠や、極度の冷え性などの形で、成の「体」は不安を訴えていたんだろう。
「すう」
穏やかな寝息に、うっとりと耳をそばだてる。
そんなこの子が……俺の側では、深く眠れるのだと知ったときの喜びは、言い表せられない。
――……もう、寝るだけだしな。無理に起こさなくてもいいか。
出来る限り、寝かせてやりたい。
起こさないように、そっと抱き上げる。軽く、華奢な体は俺の腕にすっぽりとおさまった。愛おしい重みを確かめて、ゆっくりと寝室に歩み出す。
寝室のドアを足で開け、かわいい妻をベッドに横たえる。
布団を肩までかけてやると、成はむにゃりと唇を動かした。
「……ひろちゃん」
名を呼ばれ、起きたのかと思ったが……まだ、眠りの中にいるらしい。ふにふにとむずかるような寝息を立てる様子に、寝言で俺を呼んだのだとわかり、相好が崩れる。
「なんだ、成」
問うた声が、我ながらデレデレしていて、背筋が寒くなった。まあ、俺と成の家なので、問題はないのだが――と、ひとり咳払いをし、ベッドに腕を乗せる。
「……」
夫の特権として……もう少し、寝顔を眺めていたい気分だった。
閉じられた瞼を、じっと見つめる。――ほんの少し、赤みがさしているように見えた。抱き合ったとき、しきりに涙を流していたせいだろうか。
――『宏ちゃん……』
いつになく、大胆に振舞っていた、気がする。
初めての体位への戸惑いに反し……ぎゅっとしがみついてきた、腕の強さを思う。
まるで、「離すな」と訴えられているかのようだった。
「どうしたんだ……?」
夢の中にいる成に、そっと問う。
当然、応えが返るはずもないと気付き、苦笑いをする。
――てっきり、今日何かあったのかと思ったんだけどな……母さんに聞いたところ、何も変わったことは無いってことだが……
ただの、杞憂であればいいのだが。
俺は、そっと滑らかな頬を撫でる。
「夢になんか、させないからな」
夢みたいだ、と幸福そうに笑うお前を、俺が守ってやる。
幼い頃からの決意を誓うよう――小さな唇に、くちづけた。
392
お気に入りに追加
1,428
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる