341 / 406
最終章〜唯一の未来Ⅱ〜
三百四十話
しおりを挟む
数時間後――居間には、やわらかな湯気が立ち上っていた。
「成。あーん」
クリームスープを掬った小さな匙が、口元にやってくる。ぼくは、ぱくりと食いついて、頬をふにゃかせた。
「おいしぃ~」
ふんわりした鮭と、たっぷり入ったきのこが香ばしくって、とっても秋です。催促するように口を開けると、宏ちゃんが嬉しそうにもうひとさじ、口に入れてくれる。ほくほくのおいもは、餌付けのプロによって適温に保たれて、「あちち」って驚かされもしない。
子どもになった気分で、口に運ばれるまま食いついていると、宏ちゃんが喉の奥で笑う。
「可愛いなあ。おかわりあるから、たくさん食ってくれな」
「わあい」
歓声を上げると、切れ長の目が優しく細まった。
居間のテーブルで隣り合って、かいがいしくお世話を焼いてくれる宏ちゃんは、世界一愛情深い旦那さまやと思う。
あの後、ベッドでもうちょっといちゃいちゃして……少し眠ってね。お夕飯も食べんとエッチをしたから、目が覚めた途端に二人してお腹がグーッて鳴っちゃったん。
『なんか食うか』
『賛成ですっ』
というわけで、宏ちゃんが作っていてくれた、秋鮭ときのこのスープを頂くことになったん。
美味しいスープを頂くと、おなかがじんわりと温もって、ほうと息が漏れる。
「ごめんね、ずっと食べさせて貰ってて……」
「なに言ってんだ。俺がしたくて、してるんだよ」
低い声が、朗らかに囁いてくれる。頬が、ぽっと赤らむのを感じながら――ぼくは、ちょっぴりはにかんだ。
――やさしいなあ……
行為のあと、宏ちゃんはますます優しい。
腰がだるくって、居間のテーブルに上体を凭れさせるというお行儀悪をしても、咎めないでいてくれるし。それどころか、ごはんまで食べさせて貰ってるし。
でも、今日は優しいより、もっと心配されている気がするん。
「ありがとうね、宏ちゃん」
「なんの」
甘えたい放題のぼくに、宏ちゃんは眩しい笑顔を向けてくれる。スープで濡れた唇を、親指で拭われて、ますます顔が火照ってしまった。スープをおかわりし、パンをひと切れ貰うと、お腹がいっぱいになった。
宏ちゃんも、大きなスープ皿でさっさと二杯たいらげてしまうと、ぼくを抱きかかえた。
「えっ」
「ソファに運ぶだけだよ」
あれよあれよと、ソファに運ばれてしまう。背もたれに身を預けると、宏ちゃんは慈しむように頬を撫でてくれた。
「……平気か?」
「うん」
頬を撫でて、もつれた髪をそっと耳にかけてくれる。
温かい指先にすり寄って、じっと灰色がかった瞳を見上げた。
「ねえ、宏ちゃん……そんなに心配しないで? ぼく、せめて後片付けくらいは……」
「駄目だよ。俺はね、やった後は、お前に何もさせたくないの」
「……もうっ」
悪戯っぽい声で言われ、ぼくは恥ずかしくなる。
「宏ちゃんは、ぼくに甘すぎです」
「そうでもないよ」
頬を包む大きな手に、手を重ねる。とてもあたたかい。宏ちゃんは傍らに膝をついて、好きにさせてくれていた。ギュって抱きついてみると、背中に腕がまわる。
「宏ちゃん……」
「ん?」
すぐに応えが返り、胸がきゅうと痛む。
当たり前みたいに甘やかされていると、ときどき夢なんじゃないかと思っちゃう。この温もりも幸せも、小さいぼくが見ている夢なんじゃないかって……
唐突に、そんな突拍子もないことを口にしたぼくに、宏ちゃんは苦笑した。
「大丈夫だよ」
ぎゅっと抱きしめられる。穏やかな森の香りに包まれて、ほうと息が漏れた。
「お前はここに居るし。俺だって、お前の側に居る」
「……宏ちゃん」
こつん、と額が合わさる。――間近に、灰色の目がほほ笑んでいた。
ぼくは、幸福に胸がいっぱいになる。
「ありがとう」
互いに、自然と目をつぶる。やわらかな感触を唇に受けながら……ぼくは、ほほ笑んだ。
「成。あーん」
クリームスープを掬った小さな匙が、口元にやってくる。ぼくは、ぱくりと食いついて、頬をふにゃかせた。
「おいしぃ~」
ふんわりした鮭と、たっぷり入ったきのこが香ばしくって、とっても秋です。催促するように口を開けると、宏ちゃんが嬉しそうにもうひとさじ、口に入れてくれる。ほくほくのおいもは、餌付けのプロによって適温に保たれて、「あちち」って驚かされもしない。
子どもになった気分で、口に運ばれるまま食いついていると、宏ちゃんが喉の奥で笑う。
「可愛いなあ。おかわりあるから、たくさん食ってくれな」
「わあい」
歓声を上げると、切れ長の目が優しく細まった。
居間のテーブルで隣り合って、かいがいしくお世話を焼いてくれる宏ちゃんは、世界一愛情深い旦那さまやと思う。
あの後、ベッドでもうちょっといちゃいちゃして……少し眠ってね。お夕飯も食べんとエッチをしたから、目が覚めた途端に二人してお腹がグーッて鳴っちゃったん。
『なんか食うか』
『賛成ですっ』
というわけで、宏ちゃんが作っていてくれた、秋鮭ときのこのスープを頂くことになったん。
美味しいスープを頂くと、おなかがじんわりと温もって、ほうと息が漏れる。
「ごめんね、ずっと食べさせて貰ってて……」
「なに言ってんだ。俺がしたくて、してるんだよ」
低い声が、朗らかに囁いてくれる。頬が、ぽっと赤らむのを感じながら――ぼくは、ちょっぴりはにかんだ。
――やさしいなあ……
行為のあと、宏ちゃんはますます優しい。
腰がだるくって、居間のテーブルに上体を凭れさせるというお行儀悪をしても、咎めないでいてくれるし。それどころか、ごはんまで食べさせて貰ってるし。
でも、今日は優しいより、もっと心配されている気がするん。
「ありがとうね、宏ちゃん」
「なんの」
甘えたい放題のぼくに、宏ちゃんは眩しい笑顔を向けてくれる。スープで濡れた唇を、親指で拭われて、ますます顔が火照ってしまった。スープをおかわりし、パンをひと切れ貰うと、お腹がいっぱいになった。
宏ちゃんも、大きなスープ皿でさっさと二杯たいらげてしまうと、ぼくを抱きかかえた。
「えっ」
「ソファに運ぶだけだよ」
あれよあれよと、ソファに運ばれてしまう。背もたれに身を預けると、宏ちゃんは慈しむように頬を撫でてくれた。
「……平気か?」
「うん」
頬を撫でて、もつれた髪をそっと耳にかけてくれる。
温かい指先にすり寄って、じっと灰色がかった瞳を見上げた。
「ねえ、宏ちゃん……そんなに心配しないで? ぼく、せめて後片付けくらいは……」
「駄目だよ。俺はね、やった後は、お前に何もさせたくないの」
「……もうっ」
悪戯っぽい声で言われ、ぼくは恥ずかしくなる。
「宏ちゃんは、ぼくに甘すぎです」
「そうでもないよ」
頬を包む大きな手に、手を重ねる。とてもあたたかい。宏ちゃんは傍らに膝をついて、好きにさせてくれていた。ギュって抱きついてみると、背中に腕がまわる。
「宏ちゃん……」
「ん?」
すぐに応えが返り、胸がきゅうと痛む。
当たり前みたいに甘やかされていると、ときどき夢なんじゃないかと思っちゃう。この温もりも幸せも、小さいぼくが見ている夢なんじゃないかって……
唐突に、そんな突拍子もないことを口にしたぼくに、宏ちゃんは苦笑した。
「大丈夫だよ」
ぎゅっと抱きしめられる。穏やかな森の香りに包まれて、ほうと息が漏れた。
「お前はここに居るし。俺だって、お前の側に居る」
「……宏ちゃん」
こつん、と額が合わさる。――間近に、灰色の目がほほ笑んでいた。
ぼくは、幸福に胸がいっぱいになる。
「ありがとう」
互いに、自然と目をつぶる。やわらかな感触を唇に受けながら……ぼくは、ほほ笑んだ。
363
お気に入りに追加
1,506
あなたにおすすめの小説


【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました
迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」
大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。
毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。
幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。
そして、ある日突然、私は全てを奪われた。
幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?
サクッと終わる短編を目指しました。
内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

運命の番なのに別れちゃったんですか?
雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。
途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。
最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる