333 / 346
最終章〜唯一の未来Ⅱ〜
三百三十二話【SIDE:宏章】
しおりを挟む
成が、愛しい。
もはや思いすぎて、人生の哲学と化していることを、俺は脳内で呟いた。
「~♪」
朝食の支度をする成が、鼻歌を口ずさんでいる。何年か前に流行したラブソングは、成のお気に入りらしい。いつもちょっと調子の外れた朗らかな歌声に、気持ちが和んだ。
――はぁ~……可愛いなあ。
食卓で新聞を握りつぶし、でれでれしちまう。朝の光の差し込むキッチンには、みそ汁と焼き魚の香ばしい匂いが漂っていた。
「あと少しで出来るから、待っててね」
「ありがとう、成」
くるりと振り返った、成の笑顔が眩しい。
今朝は俺が洗濯をしたので、「朝ごはんは、ぼくがつくります!」と台所を閉め出されてしまったのだ。弾むように軽やかに立ち働く、愛しい妻の背中ほど、男心をくすぐるものはない。
「成ー。なんか手伝おうか」
ぴょこぴょこ弾むエプロンのリボンにつられ、俺はちょっかいをかけに行くことにした。後ろから細い肩に腕を回すと、大きな目が丸くなる。
「えっ、そんな。座っててもええんよ?」
「俺が構ってほしいんだよ」
柔らかな髪に頬を寄せ、口を尖らせる。――知り合いが見たら指をさして笑いそうだが、生憎俺の家なので、気にするのは成の機嫌だけでいい。
みそ汁に青菜を入れている成は、嬉しそうにはにかんだ。
「もう……甘えん坊さんやなあっ。じゃあ、ごはんよそって下さい」
「よし来た」
炊飯器にたんと炊かれた白飯を、茶わんに盛っていく。無精して茶碗を手に持って運ぶと、お盆におかずを乗せた成が、くすくす笑って、追いかけてきた。
二人で手を合わせて、成お手製の朝食にありつく。ほかほかと湯気を立てるみそ汁を啜り、ほうと息を吐く。
「はー、うまいなあ……」
「えへへ。おかわりあるから、たくさん食べてね」
「ああ」
俺は頷いて、焼き鮭を箸でほぐし、白飯に乗せた。ふっくらと焼き上がった鮭と、炊き立ての飯はなぜこんなに合うのか。夢中で頬張るうちに、すぐに茶わんが空になる。
「はい、宏ちゃんっ」
成が、にこにこと手を差し出してくる。
少し照れつつ、空の茶わんを渡すと、すぐにてんこ盛りになって返ってくる。
「悪い、がっついちまって」
「ううん。宏ちゃん、たくさん食べてくれるから嬉しいよ」
成が、満面の笑みを浮かべて言った。いっそう慈愛の籠った眼差しに、胸がくすぐったくなる。
――あったかいなあ。
しみじみと、幸福を噛み締める。
古臭い家の第三子である俺は、両親や後継の兄姉とは同じ食卓につかなかった。特別な集まり以外は、あの離れで一人で飯を食ってきたのだ。
スムーズに後継教育をするための措置だし、幼い頃からそうだったんで、特段寂しいとは思わなかったが――
「宏ちゃん先生、今日のご予定は?」
「あー、昼から打ち合わせが一つかな。あとは普段通りだよ。お前は?」
「そっかあ。あのね、今日はお菓子を作ろうと思って。チョコプリンかタルトかで迷ってて」
やわらかな声に相槌を打ちながら、箸を進める。
俺は、成に誰かと食う飯は美味いのだと、教えてもらったんだ。「美味い」と言えば、返ってくる微笑み。何気ない会話も食事のうちであること……好物はなにか、嫌いなものは何かと、いちいち口にしなくても、解るものだということも。
最後の一口、とっておいた鮭を完食し、俺は箸を置く。
「ごちそう様。美味かったよ」
「おそまつ様です」
美味そうに食べている成を見つめる。
俺は、自分の作ったメシを成に食わせるのが好きだが、成のメシを食うのはもっと好きだ。でも、成と二人でメシを食えるのが、一番好きだ。
本当に、良い朝だ。
もはや思いすぎて、人生の哲学と化していることを、俺は脳内で呟いた。
「~♪」
朝食の支度をする成が、鼻歌を口ずさんでいる。何年か前に流行したラブソングは、成のお気に入りらしい。いつもちょっと調子の外れた朗らかな歌声に、気持ちが和んだ。
――はぁ~……可愛いなあ。
食卓で新聞を握りつぶし、でれでれしちまう。朝の光の差し込むキッチンには、みそ汁と焼き魚の香ばしい匂いが漂っていた。
「あと少しで出来るから、待っててね」
「ありがとう、成」
くるりと振り返った、成の笑顔が眩しい。
今朝は俺が洗濯をしたので、「朝ごはんは、ぼくがつくります!」と台所を閉め出されてしまったのだ。弾むように軽やかに立ち働く、愛しい妻の背中ほど、男心をくすぐるものはない。
「成ー。なんか手伝おうか」
ぴょこぴょこ弾むエプロンのリボンにつられ、俺はちょっかいをかけに行くことにした。後ろから細い肩に腕を回すと、大きな目が丸くなる。
「えっ、そんな。座っててもええんよ?」
「俺が構ってほしいんだよ」
柔らかな髪に頬を寄せ、口を尖らせる。――知り合いが見たら指をさして笑いそうだが、生憎俺の家なので、気にするのは成の機嫌だけでいい。
みそ汁に青菜を入れている成は、嬉しそうにはにかんだ。
「もう……甘えん坊さんやなあっ。じゃあ、ごはんよそって下さい」
「よし来た」
炊飯器にたんと炊かれた白飯を、茶わんに盛っていく。無精して茶碗を手に持って運ぶと、お盆におかずを乗せた成が、くすくす笑って、追いかけてきた。
二人で手を合わせて、成お手製の朝食にありつく。ほかほかと湯気を立てるみそ汁を啜り、ほうと息を吐く。
「はー、うまいなあ……」
「えへへ。おかわりあるから、たくさん食べてね」
「ああ」
俺は頷いて、焼き鮭を箸でほぐし、白飯に乗せた。ふっくらと焼き上がった鮭と、炊き立ての飯はなぜこんなに合うのか。夢中で頬張るうちに、すぐに茶わんが空になる。
「はい、宏ちゃんっ」
成が、にこにこと手を差し出してくる。
少し照れつつ、空の茶わんを渡すと、すぐにてんこ盛りになって返ってくる。
「悪い、がっついちまって」
「ううん。宏ちゃん、たくさん食べてくれるから嬉しいよ」
成が、満面の笑みを浮かべて言った。いっそう慈愛の籠った眼差しに、胸がくすぐったくなる。
――あったかいなあ。
しみじみと、幸福を噛み締める。
古臭い家の第三子である俺は、両親や後継の兄姉とは同じ食卓につかなかった。特別な集まり以外は、あの離れで一人で飯を食ってきたのだ。
スムーズに後継教育をするための措置だし、幼い頃からそうだったんで、特段寂しいとは思わなかったが――
「宏ちゃん先生、今日のご予定は?」
「あー、昼から打ち合わせが一つかな。あとは普段通りだよ。お前は?」
「そっかあ。あのね、今日はお菓子を作ろうと思って。チョコプリンかタルトかで迷ってて」
やわらかな声に相槌を打ちながら、箸を進める。
俺は、成に誰かと食う飯は美味いのだと、教えてもらったんだ。「美味い」と言えば、返ってくる微笑み。何気ない会話も食事のうちであること……好物はなにか、嫌いなものは何かと、いちいち口にしなくても、解るものだということも。
最後の一口、とっておいた鮭を完食し、俺は箸を置く。
「ごちそう様。美味かったよ」
「おそまつ様です」
美味そうに食べている成を見つめる。
俺は、自分の作ったメシを成に食わせるのが好きだが、成のメシを食うのはもっと好きだ。でも、成と二人でメシを食えるのが、一番好きだ。
本当に、良い朝だ。
501
お気に入りに追加
1,401
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
Tally marks
あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。
カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。
「関心が無くなりました。別れます。さよなら」
✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。
✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。
✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。
✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。
✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません)
🔺ATTENTION🔺
このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。
そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。
そこだけ本当、ご留意ください。
また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい)
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。
➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
これを加筆修正しながら更新していきます。
ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる