いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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最終章〜唯一の未来Ⅱ〜

三百三十話【SIDE:朝匡】

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『何? 成己さんが来た?』
 
 その日――帰宅早々、ネクタイも解かないでいるうちに、佐藤に告げられた言葉に目をむいた。
 
『はい。綾人様のお見舞いにいらっしゃったようでした。宏章様は玄関でお待ちになり、中に入ってはおられません』
『なぜ、その時に連絡しない!?』
『本日は、大切な会議がおありだと伺っておりましたので……』
 
 暢気な返答を怒鳴りつければ、佐藤は無表情を曇らせ、反論した。
 俺は、ぐっと言葉に詰まる。
 確かに、滅多なことで連絡をするなと言い含めておいたような気が――だが。
 
『これは、何を置いても知らせるべきだろう! 情報の優先度くらい、自分で判断出来るようになって貰わないと困る』
『申し訳ありません』
『だいたい、家主の留守に人を入れるなど……!』
 
 俺の叱責に、佐藤は粛々と頭を下げていた。つむじを睥睨しながら、「一体、何があったんだ?」と思考を巡らせた。
 まさか、こんなに早くに成己さんが来るなんて、完全に予想外のことだった。
 
――『宏ちゃんは、嘘なんかつかない人です……!』
 
 頑なまでに、宏章のことばかり庇っていたというのに、何故。
 
『ちょっと。オレが会いたいって言ったんだよ。佐藤さんのこと責めないでくれ』
 
 突如として割って入った声に、勢いよく振り返る。
 
『綾人! お前……』
『てか、弟が訪ねてきて怒ることなくね? オレは、成己と久しぶりに会えて嬉しかったんだぞ』
 
 綾人が、リビングのドアに凭れるように立っている。
 小生意気な口ぶりは、このところ鳴りを潜めていたものだ。俺は、少し感極まる思いで傍に寄った。
 
『どういうことだ。詳しく話せ』
 
 それから、綾人から話し合いの顛末を聞き出したんだ。しかし、聞けば聞くほど、目眩を覚える内容だった。
 
『……待て。つまり、成己さんはただ謝りに来たんだな?』
『うん? そうだな。わざわざ、来てくれるなんて成己らしいよな……!』
 
 綾人は、感動した風に声を潤ませていた。こっちの意図をちっとも汲まない、その鈍感さを怒るべきか、純粋だと感嘆するところか、悩むところだったが……
 綾人の話では、成己さんは「前と同じように付き合おう」とは言わなかったそうだ。という事は――ただ、宏章が「交際を断て」とエゴを押し付けた件を謝って、清算しに来ただけで。
 
 ――お前と……付き合いを戻すつもりはねえってことだろう。
 
 あまりに薄情な結論に驚き、呆れ――俺は、ある一定の確信を得たのだ。
 
 
 
 
「ご馳走様でした」
 
 俺と綾人は、ほぼ時を同じくして箸を置いた。野江家のアルファは早食いだが、こいつはそれと張るほど早い。
 二人分の皿をまとめて食洗機にしまい、スイッチをいれる。機械があるのに、わざわざ手で洗う必要性を感じない。――洗わせることもしかりだ。 
 手を洗い、食卓に戻れば、綾人が緑茶を入れて待っていた。
 
「ほい、お茶」
「ああ」 
 
 何気なく茶を啜り、噴き出しそうになる。
 
「ゲホッ……何だこりゃ、渋すぎだろ!」
「へ? 濃い方が美味いじゃん」
 
 ずずず……と茶を啜る綾人を、信じられん思いで見つめる。
 
「どんな舌してんだ、お前は。こないだの握り飯といい、何事も限度ってもんがなあ――」 
「んだよ。成己は美味いって言ってくれたんだぞ!」
 
 思わず、ぐっと喉が詰まる。
 
 ――また、成己さんか……!
 
 暗緑色の水面に浮かぶ、己のしかめっ面を睨んでいれば――ずい、と何かが押しやられてきた。鮮やかなインディゴの包みを、怪訝に思う。
 
「なんだ、これは」
「成己がくれたやつ。もったいねえけど、分けてやるよ」
 
 綾人は、得意げに胸を張る。
 綾人の好きなドライフルーツの入ったヌガーらしい。そっけない市販品の袋をよけ、わざわざ折り紙で包装されているから、気づかなかった。
 
「いつの間に……」
 
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