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最終章〜唯一の未来〜
三百二十話【SIDE:陽平】
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成己は控えめな奴で、共有スペースに私物を置かなかった。例外だったサボテンは、「日当たりのよいところに置いてやりたい」と、わざわざ頼んできたほどだった。
幼馴染の野江は、そういう性格を知っているから、真っすぐ部屋に行ったのだろう。
――野江は、あのブランケットに、気づいていない? なら……
あれだけは、助かる。
胸に希望が甦り、ドクンドクンと心臓が激しく脈打ちだす。
俺は、床に項垂れるふりをしながら、野江が荷物を運び出すのを注視した。
――はやく。早く出て行ってくれ。
先ほどまで、止めたくて仕方なかった野江に、出来る限り早く出て行けと念じる。一分一秒が、永遠のように感じた。
「うん、こんなところですね」
やがて……がらんどうになった部屋を見回し、野江が頷く。使用人が一人歩み出て、その気を窺うように、尋ねた。
「では……これで、陽平様の事を、許して頂けるのでしょうか」
「ええ。そうですね……」
野江は、勿体ぶるように顎を撫でた。固唾を飲んでいる俺達の前で、すんと鼻を鳴らし、目を細める。
「いいでしょう。条件通りにして貰いましたから」
野江の言葉に、使用人達がホッとしたように顔を見合わせる。本来なら、主の頭上で交わされる会話に苛立つところだが、それどころじゃない。
――帰れ、野江。早く……!
息を殺して、野江を睨み続けていると……奴は、にっこりと笑う。
「じゃあな、城山くん。邪魔したね」
そう言い置いて、部屋を出ていった。俺は、奴の足音に耳を澄ませた。……のんびりとした足音が遠ざかり、玄関の扉の開く音が、確かに聞こえた。
――よしッ!
俺は、泣きたいほどの安堵にさらされ、床の上で拳を握った。
助かった。助かったんだ……俺の成己が、ただひとつだけでも。
「陽平様!?」
使用人の驚愕もよそに、俺は部屋を飛び出した。
居てもたってもいられなかった。俺だけの成己を確認しなければ、どうかなりそうで。
「成己……!」
寝室の戸を叩き開ける。ベッドに突進し、俺は上掛けの中にしまっておいた、ブランケットを抱きしめようとして――
「え」
まっさらのシーツが、眼前に広がっていた。
無い。
頭の毛が、ぶわりと太るような心地がした。慌てて、枕と、布団を跳ねのける。――白い埃が舞うばかりで、何もない。バサリ、バサリ、と布団を振り回し、俺は叫ぶ。
「なんで! なんで……!?」
「――探しているのは、これかな?」
背後から、穏やかな声が聞こえた。
弾かれたように振り返ると、寝室の戸に凭れるように、野江が立っている。
その手にあるものに、ひゅっと息を飲んだ。
――成己のブランケット!!!
野江はにやりと笑い、袋に入ったブランケットを揺らして見せた。
「帰ったと思ったのに、残念だったね。さっきの足音は、君んところの見送りだよ。――ちょっと、忘れ物があったと気付いたもんでね」
「お前、なんで……それっ!!」
血を吐きそうな思いで叫ぶと、野江は飄々と言ってのける。
「荷物を仕舞っている時にね、ブランケットの空袋しかなくておかしいなと思ったんだよ。ひょっとしたら、寂しん坊が使ってるんじゃないかとな」
「……っ返せ!!」
「おっと」
飛び掛かると、ひらりと身を躱される。
「返せも何も、これは成のものだろ。あの子が仲良くしてた職員さんが、寿退社したときの餞別でね。大切なものなんだと、知らなかった?」
そんな話は知らなかった。
何気なく、振りまかれていた成己の優しさに気づいたのは、あいつが居なくなってからだった。
言葉に詰まる俺に、野江はふっと笑う。
「じゃあな、城山くん」
成己のブランケットを大事そうに抱え、廊下を歩み去って行く。――成己の甘い香りが遠ざかり……俺は、目の前が真っ白になった。
「……待ってくれ!!」
どたばたと奴の後を追い、目の前に回り込んだ。両腕を広げ、通せんぼをするように立ちふさがると、野江は眉を上げる。
「おい、何だよ」
「……それだけは。それだけは、置いてってくれ!」
「は?」
俺は、野江の足元に跪く。床に手をついて、頼んだ。
「お願いだから……俺にはそれが必要なんだ。それだけは、許してくれ……!」
城山のアルファが、憎い男に土下座。恥も外聞もない――だが、このまま見送るなんて、とてもできそうになかった。
俺の手元に残った、成己のよすが。優しさ……それが無くなるなんて、たまらない。
「お願いだ……」
床に、額をつける。
ガチガチと歯を鳴らす俺に、野江はほうと息を吐き、言う。
「いやだ」
無慈悲な一言に、目を見開く。
「成の荷物を引き取ることが、君を許す条件だ。これも当然、例外じゃないな」
「う……あ……」
「じゃあな、城山くん」
野江は、俺の横を通り抜ける。
床につけた額が痛み、自分の筋の浮いた手の甲が、ぶるぶる震えるのが見えた。ぶつん、とこめかみで、何かが切れる。
「……うあああああ!!!」
野江に飛び掛かり、でかい背に体当たりをする。床に突き倒した野江に馬乗りになり、めちゃくちゃに拳を振り回し、わめいた。
「ふざけるなあッ……! お前は、成己がいるだろうが! なんで、それさえも奪う! なんで、ここまですんだよ!!!?」
使用人達も威嚇のフェロモンにやられ、誰も近寄っては来ない。よしんば近寄れても、止める気は無かった。喉が火を噴くように、呪いの言葉を叫び続ける。
「……」
野江は両腕で身を庇い、手を出しては来ない。――腕の隙間から、冷めた目が俺を見ているのに気づき、ますます逆上する。
冷血野郎だ。
こんな奴の元に、成己は――悔しさに、わめいた。
「このクソ野郎……あいつを、成己を返せ!! 成己を、俺に返せよぉッ!!!!」
「――ふざけるな!!!」
天井までも震わせるような、大音声だった。
胸倉を掴まれ、床に突き倒される。――凄まじい威圧のフェロモンを喰らい、目の前が暗くなった。
「が……ゲホッ……!」
野江は酸欠に咽ぶ俺を掴み、情け容赦なく揺さぶった。
「何が”返せ”だ。お前だろうが! 成から、全てを奪ったのは――!」
「……っ?」
凄まじい怒声に鼓膜を揺らされる。
――俺が、奪った?
要領の得ない俺に苛立ったのか、野江は舌打ちをする。食いしばった歯から絞り出すように、憎々し気に言う。
「解らないのか? あの子が、どれほどお前との未来を望んでいたか……側に居て、少しも解らなかったのか?!」
俺は、息を飲む。――やわらかな笑顔が浮かび、言葉を失う。
「それを、お前は! よそのオメガに浮かれ、あの子を邪魔にし続けた。挙句の果てには、荷物の一つも持たせずに、お前の家から追い出したんだろうが……!」
野江の声は、俺への憎悪に荒み切っていた。黒鉄のような瞳孔が断ち割る灰の目が、俺を射すくめる。
「……ぁ」
「あんな雨の日に……成は、どこにも行けずに、うずくまっていたんだぞ。わかるのか、その痛みがお前に……」
「……」
胸倉を掴む手が震えていることに、気づく。
野江は……成己を想う男としての怒りを、俺にぶつけていた。愛しいものを傷つけた者を、許さないと伝わってきて、動けなくなる。
「城山陽平……俺は、君を許さない。もう奪わせない……思い出の中でさえ、あの子に縋る真似を、許すものか!」
野江は俺を振り落とし、ゆらりと立ち上がる。
刃のような目が、俺を見下ろした。
「いいか? 成には俺が全て与える。――お前の家は、もう必要ない」
だから一生、孤独でいろ。
呪いの言葉が、心臓に突き刺さった。
幼馴染の野江は、そういう性格を知っているから、真っすぐ部屋に行ったのだろう。
――野江は、あのブランケットに、気づいていない? なら……
あれだけは、助かる。
胸に希望が甦り、ドクンドクンと心臓が激しく脈打ちだす。
俺は、床に項垂れるふりをしながら、野江が荷物を運び出すのを注視した。
――はやく。早く出て行ってくれ。
先ほどまで、止めたくて仕方なかった野江に、出来る限り早く出て行けと念じる。一分一秒が、永遠のように感じた。
「うん、こんなところですね」
やがて……がらんどうになった部屋を見回し、野江が頷く。使用人が一人歩み出て、その気を窺うように、尋ねた。
「では……これで、陽平様の事を、許して頂けるのでしょうか」
「ええ。そうですね……」
野江は、勿体ぶるように顎を撫でた。固唾を飲んでいる俺達の前で、すんと鼻を鳴らし、目を細める。
「いいでしょう。条件通りにして貰いましたから」
野江の言葉に、使用人達がホッとしたように顔を見合わせる。本来なら、主の頭上で交わされる会話に苛立つところだが、それどころじゃない。
――帰れ、野江。早く……!
息を殺して、野江を睨み続けていると……奴は、にっこりと笑う。
「じゃあな、城山くん。邪魔したね」
そう言い置いて、部屋を出ていった。俺は、奴の足音に耳を澄ませた。……のんびりとした足音が遠ざかり、玄関の扉の開く音が、確かに聞こえた。
――よしッ!
俺は、泣きたいほどの安堵にさらされ、床の上で拳を握った。
助かった。助かったんだ……俺の成己が、ただひとつだけでも。
「陽平様!?」
使用人の驚愕もよそに、俺は部屋を飛び出した。
居てもたってもいられなかった。俺だけの成己を確認しなければ、どうかなりそうで。
「成己……!」
寝室の戸を叩き開ける。ベッドに突進し、俺は上掛けの中にしまっておいた、ブランケットを抱きしめようとして――
「え」
まっさらのシーツが、眼前に広がっていた。
無い。
頭の毛が、ぶわりと太るような心地がした。慌てて、枕と、布団を跳ねのける。――白い埃が舞うばかりで、何もない。バサリ、バサリ、と布団を振り回し、俺は叫ぶ。
「なんで! なんで……!?」
「――探しているのは、これかな?」
背後から、穏やかな声が聞こえた。
弾かれたように振り返ると、寝室の戸に凭れるように、野江が立っている。
その手にあるものに、ひゅっと息を飲んだ。
――成己のブランケット!!!
野江はにやりと笑い、袋に入ったブランケットを揺らして見せた。
「帰ったと思ったのに、残念だったね。さっきの足音は、君んところの見送りだよ。――ちょっと、忘れ物があったと気付いたもんでね」
「お前、なんで……それっ!!」
血を吐きそうな思いで叫ぶと、野江は飄々と言ってのける。
「荷物を仕舞っている時にね、ブランケットの空袋しかなくておかしいなと思ったんだよ。ひょっとしたら、寂しん坊が使ってるんじゃないかとな」
「……っ返せ!!」
「おっと」
飛び掛かると、ひらりと身を躱される。
「返せも何も、これは成のものだろ。あの子が仲良くしてた職員さんが、寿退社したときの餞別でね。大切なものなんだと、知らなかった?」
そんな話は知らなかった。
何気なく、振りまかれていた成己の優しさに気づいたのは、あいつが居なくなってからだった。
言葉に詰まる俺に、野江はふっと笑う。
「じゃあな、城山くん」
成己のブランケットを大事そうに抱え、廊下を歩み去って行く。――成己の甘い香りが遠ざかり……俺は、目の前が真っ白になった。
「……待ってくれ!!」
どたばたと奴の後を追い、目の前に回り込んだ。両腕を広げ、通せんぼをするように立ちふさがると、野江は眉を上げる。
「おい、何だよ」
「……それだけは。それだけは、置いてってくれ!」
「は?」
俺は、野江の足元に跪く。床に手をついて、頼んだ。
「お願いだから……俺にはそれが必要なんだ。それだけは、許してくれ……!」
城山のアルファが、憎い男に土下座。恥も外聞もない――だが、このまま見送るなんて、とてもできそうになかった。
俺の手元に残った、成己のよすが。優しさ……それが無くなるなんて、たまらない。
「お願いだ……」
床に、額をつける。
ガチガチと歯を鳴らす俺に、野江はほうと息を吐き、言う。
「いやだ」
無慈悲な一言に、目を見開く。
「成の荷物を引き取ることが、君を許す条件だ。これも当然、例外じゃないな」
「う……あ……」
「じゃあな、城山くん」
野江は、俺の横を通り抜ける。
床につけた額が痛み、自分の筋の浮いた手の甲が、ぶるぶる震えるのが見えた。ぶつん、とこめかみで、何かが切れる。
「……うあああああ!!!」
野江に飛び掛かり、でかい背に体当たりをする。床に突き倒した野江に馬乗りになり、めちゃくちゃに拳を振り回し、わめいた。
「ふざけるなあッ……! お前は、成己がいるだろうが! なんで、それさえも奪う! なんで、ここまですんだよ!!!?」
使用人達も威嚇のフェロモンにやられ、誰も近寄っては来ない。よしんば近寄れても、止める気は無かった。喉が火を噴くように、呪いの言葉を叫び続ける。
「……」
野江は両腕で身を庇い、手を出しては来ない。――腕の隙間から、冷めた目が俺を見ているのに気づき、ますます逆上する。
冷血野郎だ。
こんな奴の元に、成己は――悔しさに、わめいた。
「このクソ野郎……あいつを、成己を返せ!! 成己を、俺に返せよぉッ!!!!」
「――ふざけるな!!!」
天井までも震わせるような、大音声だった。
胸倉を掴まれ、床に突き倒される。――凄まじい威圧のフェロモンを喰らい、目の前が暗くなった。
「が……ゲホッ……!」
野江は酸欠に咽ぶ俺を掴み、情け容赦なく揺さぶった。
「何が”返せ”だ。お前だろうが! 成から、全てを奪ったのは――!」
「……っ?」
凄まじい怒声に鼓膜を揺らされる。
――俺が、奪った?
要領の得ない俺に苛立ったのか、野江は舌打ちをする。食いしばった歯から絞り出すように、憎々し気に言う。
「解らないのか? あの子が、どれほどお前との未来を望んでいたか……側に居て、少しも解らなかったのか?!」
俺は、息を飲む。――やわらかな笑顔が浮かび、言葉を失う。
「それを、お前は! よそのオメガに浮かれ、あの子を邪魔にし続けた。挙句の果てには、荷物の一つも持たせずに、お前の家から追い出したんだろうが……!」
野江の声は、俺への憎悪に荒み切っていた。黒鉄のような瞳孔が断ち割る灰の目が、俺を射すくめる。
「……ぁ」
「あんな雨の日に……成は、どこにも行けずに、うずくまっていたんだぞ。わかるのか、その痛みがお前に……」
「……」
胸倉を掴む手が震えていることに、気づく。
野江は……成己を想う男としての怒りを、俺にぶつけていた。愛しいものを傷つけた者を、許さないと伝わってきて、動けなくなる。
「城山陽平……俺は、君を許さない。もう奪わせない……思い出の中でさえ、あの子に縋る真似を、許すものか!」
野江は俺を振り落とし、ゆらりと立ち上がる。
刃のような目が、俺を見下ろした。
「いいか? 成には俺が全て与える。――お前の家は、もう必要ない」
だから一生、孤独でいろ。
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