いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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最終章〜唯一の未来〜

三百十六話【SIDE:陽平】

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 目的地につくなり、車が止まり切らないうちから、外に飛び出した。
 シャッターのおりている店舗側はスルーし、迷いなく裏に回る。
 
「成己……!」
 
 チェーンで閉ざされた門扉を掴み、中を覗く。――窓にはレースのカーテンが閉め切られ、中は見えない。駐車スペースはこの奥なのか、奴のワゴンが戻っているかの判断は出来そうもない。
 だが、居るはずだと、勘が訴える。
 ヒートを迎えそうなオメガと寝るなら、自分の根城を選ぶに決まってる。
 
「成己!」
 
 俺は、インターホンに手のひらを叩きつける。
 焦れながら待ったが、返事はない。
 
 ――成己……なんで出てこねえんだ!
 
 まさか、もう……そう思うと、目眩がした。
 マーブル模様の視界に、もどかしげに服を脱ぎ、熱く抱き合わんとする二人の姿を幻視する。
 
「……成己ィ!!」
 
 忌まわしい幻影を、俺は蹴り飛ばした。
 ガツン!
 凄まじい打撃音と共に、チェーンごと門扉が吹き飛ぶ。
 
「……!」
 
 突然、目の前が開けた。俺は呆然とし……ハッと笑った。そうだ、こうすれば良かったんだと、今さらに気づく。
 
 ――盗人相手に、遠慮なんかする必要は無え。
 
 セキュリティのことなど、頭から消し飛んだ。
 俺は壊れた鉄柵を踏みにじり、敷地内に突進する。
 
「成己ーッ! 成己、出て来いよ!」
 
 沈黙する家に向かって、怒鳴りつける。
 応えが無いことに苛立ち、割れた植木鉢を蹴り飛ばす。敷石の上に土が散らばり、黒く汚れる。
 
「出て来いって言ってんだろ!」
 
 だが、構うものかと思った。この家は――気に入らない。どこもかしこも、成己の手を感じる。
 布で磨いたような敷石に、雑草一つ見当たらない庭。花壇の趣味――ベランダで揺れる、二人分の洗濯物。
 間違いなかった。俺の家でしていたことを、ここでも成己は”やっている”。
 
 ――ふざけるな、あいつ……へらへらと、誰にでもいい顔しやがって……!
 
 成己の浅はかさに、はらわたが煮えくり返る。そんなことをするから……あの男がつけあがるんだと、肩を揺すぶって怒鳴りつけてやりたかった。
 
「成己!!!」
 
 バシン! ドアに手のひらを叩きつける。肩にまで痺れが走ったが、見かけ以上に頑丈な造りになっているらしく、びくともしなかった。
 
「くっそ……!」
 
 拳をどんどんと打ち付け、「成己」と呼び続ける。
 無言しか返らないドアに焦りが募る。
 
 ――どうして、なんの反応もしないんだ。俺が、ここまで呼んでいるのに。
 
 今までなら、俺が呼べばすぐに、「陽平」って振り返ったろう。
 そう思い、目線を上げた時だ。
 視界に飛び込んできたものに、俺は目を瞠る。
 
『野江 宏章・成己』
 
 立派な表札がかけられていた。
 野江の名に並ぶ、成己の名……
 
「あ……」
 





 
 実家を出て、すぐのことだった。
 
『陽平、陽平』
 
 部屋の整理をしていたら、成己がぱたぱたと駆け込んできた。
 
『んだよ。成己』
『あのね、こんなん用意してみてん』
 
 成己は少しはにかんで、後ろ手に持っていたものを差し出した。
 それはガラス製の小さな表札だった。俺と成己の名前が、しゃれた英字で掘り込まれている。
 
『何だこれ。いつの間に用意してたんだ』
『えへ。下見に来たとき、表札無かったやろ? お義母さんもそこは、何もおっしゃらへんかったし……折角やから、つけたいなって』
 
 にこにこしながら、成己は言った。
 案外、形式を考えるタイプだった成己に驚きつつ、俺は了承した。
 
『まあ、いいんじゃね』
『やったあ、ありがとう』
 
 成己はぱっと頬を染めた。あんまり嬉しそうで、俺はぎょっとしながら訊いた。
 
『喜びすぎ……たかが板だろ?』
『違うよぉ。ぼく達の家やでって証やん』
『重! 引くわお前』
『えーっ』
 
 ショックを受ける成己の額を小突き、ふたりで表札をかけに出た。ドアにかかった表札を見ても、大した感慨は湧かなかったけれど――嬉しそうに、それを見上げる成己の横顔は、何だか心に残った。
 
 
 


 
 俺は、呆然と表札を見上げた。
 
 野江、成己。
 
 その四文字を見て、俺はふいに悟った。
 ……成己は俺の家を出たのではない。もう、この家にこそ、住んでいるのだと。
 
「ふざけんな……!!」
 
 喉が裂けんばかりに、叫んだ。
 
「俺に、面を見せろってんだよ!!!」
 
 成己に裏切られた。
 あんなに、俺の元に居たくせに。あっさりと、見切りをつけていたのだ。
 許せるはずがなかった。
 
「成己ーーー!!!!」
 
 俺は、集まって来た人垣に羽交い絞めにされて、引き離されるまで、成己を呼び続けていた。



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