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最終章〜唯一の未来〜
三百十五話【SIDE:陽平】
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気が付けば、会場を飛び出していた。
じわじわと照り付けるアスファルトに躍り出て、成己の姿を探す。
――どこに行きやがった!
まだ出てから、少しもたっていないはずだ。苛々とあたりを見回すと、遠目にある駐車場に、その姿を発見する。しょぼいワゴン車に、成己が乗り込んでいた。
「……成己!」
すぐに発進した車を、全力疾走で追う。
――逃がすか……!
歩道を突っ切っていく俺を、通行人たちが驚愕の顔で振り返る。自転車にベルを鳴らされたが、無視して走る。風が汗を飛ばし、シャツが背ではためいた。
成己のことしか、頭になかった。
「あの野郎……! ふざけやがって」
野江の腕に、安心しきったように身を預けていた姿に、はらわたが煮えくり返る。やわらかな頬は桃色に染まり、華奢な手は野江のシャツを掴んでいた。
あんなに、甘い香りをさせて……あの男のために。
――ふざけるなよ……お前は、お前は……!
怒りをガソリンに、遮二無二走った。
しかし、所詮は人の脚と車。ワゴンが交差点を右折したところで、千切られてしまう。
「……っ、くそぉ……!」
膝に手を突き、荒い息を吐く。……走り続けた負荷が一気に襲い、ぜいぜいと胸が上下した。滝のような汗が伝い、コンクリートに点を打つ。
寄り添っていた二人が浮かび、拳を握りしめた。
「クソッ!」
がん、と腿を拳で打つ。――鈍い痛みに、頭に上っていた血が引く。
「……落ち着け。あいつら、家に帰るはずだ。なら、車で追いかければいい」
てか、最初からそうすれば良かったんじゃないか。馬鹿正直に走って追いかけて――ドラマじゃあるまいし。
いったい、どれほど我を失っていたのか。気恥ずかしくなる思いで、俺は運転手に連絡を入れた。
城山お抱えの運転手、小川さんは有能さを発揮し、すぐに車を回してくれた。
「うさぎやって、喫茶店があるんだけど。そこまで頼む」
「かしこまりました、坊ちゃん」
野江の家と言えば、反対されるのはわかっていた。
あえてぼかして伝えた行き先に、小川さんは穏やかに頷く。長く使えてくれているこの人を、騙すことに罪悪感はあったが……駆けつけないという選択肢は無かった。
シートに凭れ、思い出すのは成己の様子だ。
――……あんなのは、おかしいじゃねえか。
瑞々しいけれど、甘みを増した花の香り。まるで、光が滲みだすかのように透明度を増し、輝いていた肌。
一緒に居た四年間に、見たことがない成己だった。
この前、野江叶夫の誕生会で、あの男の腕に抱かれていた時でさえ――あんな風じゃ、なかった。
――『宏ちゃん……』
あんな……触れなばおちん、ような。
「……ッ」
ギリ、と唇を噛み締めた。
伸びた牙が口の内部を傷つけ、血なまぐさい味が広がる。苛立ちが余計に本能を駆り立てて、視界が狭くなっていく。
――……成己は、ヒートを迎えるのか。あいつの為に……
俺のもとでは、咲かなかったくせに。
「許さねえ」
今日……あいつらを引き離さなければ、ならない。
でなければ、成己はあの男に全てを捧げるんだ。あいつが、俺に与えなかったものを……与えるはずだったものを、あの男が攫って行く。
――ぽっと出のクソ野郎が……あいつに手を出してみろ。殺してやる……!
暴力的な衝動に、喉の奥が鳴る。――獣の唸る声に似ていた。
じわじわと照り付けるアスファルトに躍り出て、成己の姿を探す。
――どこに行きやがった!
まだ出てから、少しもたっていないはずだ。苛々とあたりを見回すと、遠目にある駐車場に、その姿を発見する。しょぼいワゴン車に、成己が乗り込んでいた。
「……成己!」
すぐに発進した車を、全力疾走で追う。
――逃がすか……!
歩道を突っ切っていく俺を、通行人たちが驚愕の顔で振り返る。自転車にベルを鳴らされたが、無視して走る。風が汗を飛ばし、シャツが背ではためいた。
成己のことしか、頭になかった。
「あの野郎……! ふざけやがって」
野江の腕に、安心しきったように身を預けていた姿に、はらわたが煮えくり返る。やわらかな頬は桃色に染まり、華奢な手は野江のシャツを掴んでいた。
あんなに、甘い香りをさせて……あの男のために。
――ふざけるなよ……お前は、お前は……!
怒りをガソリンに、遮二無二走った。
しかし、所詮は人の脚と車。ワゴンが交差点を右折したところで、千切られてしまう。
「……っ、くそぉ……!」
膝に手を突き、荒い息を吐く。……走り続けた負荷が一気に襲い、ぜいぜいと胸が上下した。滝のような汗が伝い、コンクリートに点を打つ。
寄り添っていた二人が浮かび、拳を握りしめた。
「クソッ!」
がん、と腿を拳で打つ。――鈍い痛みに、頭に上っていた血が引く。
「……落ち着け。あいつら、家に帰るはずだ。なら、車で追いかければいい」
てか、最初からそうすれば良かったんじゃないか。馬鹿正直に走って追いかけて――ドラマじゃあるまいし。
いったい、どれほど我を失っていたのか。気恥ずかしくなる思いで、俺は運転手に連絡を入れた。
城山お抱えの運転手、小川さんは有能さを発揮し、すぐに車を回してくれた。
「うさぎやって、喫茶店があるんだけど。そこまで頼む」
「かしこまりました、坊ちゃん」
野江の家と言えば、反対されるのはわかっていた。
あえてぼかして伝えた行き先に、小川さんは穏やかに頷く。長く使えてくれているこの人を、騙すことに罪悪感はあったが……駆けつけないという選択肢は無かった。
シートに凭れ、思い出すのは成己の様子だ。
――……あんなのは、おかしいじゃねえか。
瑞々しいけれど、甘みを増した花の香り。まるで、光が滲みだすかのように透明度を増し、輝いていた肌。
一緒に居た四年間に、見たことがない成己だった。
この前、野江叶夫の誕生会で、あの男の腕に抱かれていた時でさえ――あんな風じゃ、なかった。
――『宏ちゃん……』
あんな……触れなばおちん、ような。
「……ッ」
ギリ、と唇を噛み締めた。
伸びた牙が口の内部を傷つけ、血なまぐさい味が広がる。苛立ちが余計に本能を駆り立てて、視界が狭くなっていく。
――……成己は、ヒートを迎えるのか。あいつの為に……
俺のもとでは、咲かなかったくせに。
「許さねえ」
今日……あいつらを引き離さなければ、ならない。
でなければ、成己はあの男に全てを捧げるんだ。あいつが、俺に与えなかったものを……与えるはずだったものを、あの男が攫って行く。
――ぽっと出のクソ野郎が……あいつに手を出してみろ。殺してやる……!
暴力的な衝動に、喉の奥が鳴る。――獣の唸る声に似ていた。
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