いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
315 / 346
最終章〜唯一の未来〜

三百十四話【SIDE:陽平】

しおりを挟む
 俺は、さぼてん堂の絵を眺め、高校の頃に思いを馳せる。
 
 そうだ――成己の奴と話すのは、楽しかった。
 あいつはオメガだが、俺に色目を使ってはこなかった。
 
 ――『城山くん! 桜庭先生の新刊、読んだ?』
 
 ただ純粋に、桜庭が好きで。好きなものを共有できる友達が出来て嬉しい……そんな感じだった。
 それは、俺も同じだった。
 
『読んだに決まってんだろ! 今回は、オチが泣けたよな』
『ねっ。最後の友達とのやりとり、じんと来ちゃった』
 
 好きなものを、思い切り話せる相手がいることが、これほど毎日を楽しくさせるとは。
 成己は、桜庭の全てを読んでいた。地方の同人誌に寄稿した掌編や、雑誌のコラムに至るまで――それも、ただマニア的な収集欲でなく、ひとつひとつを大切に心に仕舞っていた。
 
 ――『こいつは、話しが解る!』
 
 好きなものへの向き合い方は、人となりに通じると、父は言う。その言葉の意味を、成己を見て実感した気がした。
 あいつのいる準備室に訪ねて行くのが、日課になっていた。
 
『城山くん、また明日』
『ああ……』
 
 放課後には、翌朝の登校が楽しみだった。――学校なんて、社交の一環でしかないと思っていたのに。
 
『うう、また犯人当て負けた~』
『はは。一昨日こいよ』
 
 成己は喜怒哀楽が、子どもっぽい。そんなあいつの前じゃ、俺も普通のガキみたいになってしまう。
 
 ――『でも、悪い気はしねえな……』
 
 俺にとって、成己は小さな革命だった。
 
『春日、他には何を読んでる?』
 
 そう尋ねるのは、それほど時間はかからなかった。
 桜庭を好きな成己の、桜庭以外の部分も知りたくなったんだ。 趣味の仲間――それ以外に、俺達に名がつけられるのかと、試してみたくなったのかもしれない。
 成己は、なんの気負いもなく笑い、答えを寄こした。
 
『ぼく、ローリングとウッドハウスが好きかなあ。あとね、恋愛小説も好きやで』
『ふうん。意外っつうか……春日っぽいか』
『えへへ。城山くんは、何が好き?』
 
 やわらかな声が、俺に質問を返す。
 それからだ――俺達は何気ないことも話す、友達になったんだ。
 
 
 
 
 
「……すみません、後ろ良いでしょうか?」
 
 遠慮がちに声を掛けられ、我に返る。
 子供を連れた女性が、俺の後ろに立っていた。
 
 ――そんなに考え込んでたのか……?
 
 俺は会釈して、その場を離れた。足を絨毯から引き剥がすように歩いていると、きゃあきゃあ、と幼児の無邪気な声を背中越しに聞いた。
「綺麗な絵だね」と和やかに話しかける母親の声も。
 本来なら、優しい絵なのだと思い知る。だが、俺にとっては――あまりにも苦い。
 
「……っ」
 
 唐突に――どうして、ここに来てしまったんだろう、と思う。
 桜庭のことは、今でも好きだ。
 ただ……成己に近すぎるんだ。桜庭は――俺と成己の楽しい時期を、共有し過ぎてる。
 
 ――別れた相手には、花の名前を教えろ、だったか。ざまあねえな……
 
 大昔の大作家の言葉を想い、自嘲したときだった。
 
「……なんだ?」
 
 にわかに、周囲が騒がしくなる。訝しく思い、振り返ったときだった。
 
 ふわり。
 
 えも言われない瑞々しい甘さが、鼻腔をくすぐった。懐かしく、甘い――花のような香り。
 
「……!」
 
 身体が、カッと燃える。
 喉が、カラカラになった。――砂漠のオアシスのように、胸を惹きつけてやまない。
 
「この匂いは……」
 
 面影が浮かんだとき、足音が近づいてきた。
 聳えるような体躯の男に抱かれ、淡い茶髪の華奢な少年が、姿を見せた。
 
 ――成己!
 
 俺は、その場に凍り付く。
 
「……宏ちゃん、ぼく大丈夫やから……」
「駄目だ。危ないんだから」
 
 ちょうど柱の陰になって、向こうから俺の姿は見えないらしい。
 通りすがりに、弱弱しい声で訴える成己を、野江が窘めているのが聞こえてきた。我が物顔に、華奢な体を抱きしめ、歩き去って行く。
 俺に、気づきもせず。
 
「……クソッ、なんだってんだよ!」
 
 屈辱で、頭に血が上り――俺は、柱を蹴りつける。
 鼻先を掠めていったご馳走が、憎くてならなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...