いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
315 / 360
最終章〜唯一の未来〜

三百十四話【SIDE:陽平】

しおりを挟む
 俺は、さぼてん堂の絵を眺め、高校の頃に思いを馳せる。
 
 そうだ――成己の奴と話すのは、楽しかった。
 あいつはオメガだが、俺に色目を使ってはこなかった。
 
 ――『城山くん! 桜庭先生の新刊、読んだ?』
 
 ただ純粋に、桜庭が好きで。好きなものを共有できる友達が出来て嬉しい……そんな感じだった。
 それは、俺も同じだった。
 
『読んだに決まってんだろ! 今回は、オチが泣けたよな』
『ねっ。最後の友達とのやりとり、じんと来ちゃった』
 
 好きなものを、思い切り話せる相手がいることが、これほど毎日を楽しくさせるとは。
 成己は、桜庭の全てを読んでいた。地方の同人誌に寄稿した掌編や、雑誌のコラムに至るまで――それも、ただマニア的な収集欲でなく、ひとつひとつを大切に心に仕舞っていた。
 
 ――『こいつは、話しが解る!』
 
 好きなものへの向き合い方は、人となりに通じると、父は言う。その言葉の意味を、成己を見て実感した気がした。
 あいつのいる準備室に訪ねて行くのが、日課になっていた。
 
『城山くん、また明日』
『ああ……』
 
 放課後には、翌朝の登校が楽しみだった。――学校なんて、社交の一環でしかないと思っていたのに。
 
『うう、また犯人当て負けた~』
『はは。一昨日こいよ』
 
 成己は喜怒哀楽が、子どもっぽい。そんなあいつの前じゃ、俺も普通のガキみたいになってしまう。
 
 ――『でも、悪い気はしねえな……』
 
 俺にとって、成己は小さな革命だった。
 
『春日、他には何を読んでる?』
 
 そう尋ねるのは、それほど時間はかからなかった。
 桜庭を好きな成己の、桜庭以外の部分も知りたくなったんだ。 趣味の仲間――それ以外に、俺達に名がつけられるのかと、試してみたくなったのかもしれない。
 成己は、なんの気負いもなく笑い、答えを寄こした。
 
『ぼく、ローリングとウッドハウスが好きかなあ。あとね、恋愛小説も好きやで』
『ふうん。意外っつうか……春日っぽいか』
『えへへ。城山くんは、何が好き?』
 
 やわらかな声が、俺に質問を返す。
 それからだ――俺達は何気ないことも話す、友達になったんだ。
 
 
 
 
 
「……すみません、後ろ良いでしょうか?」
 
 遠慮がちに声を掛けられ、我に返る。
 子供を連れた女性が、俺の後ろに立っていた。
 
 ――そんなに考え込んでたのか……?
 
 俺は会釈して、その場を離れた。足を絨毯から引き剥がすように歩いていると、きゃあきゃあ、と幼児の無邪気な声を背中越しに聞いた。
「綺麗な絵だね」と和やかに話しかける母親の声も。
 本来なら、優しい絵なのだと思い知る。だが、俺にとっては――あまりにも苦い。
 
「……っ」
 
 唐突に――どうして、ここに来てしまったんだろう、と思う。
 桜庭のことは、今でも好きだ。
 ただ……成己に近すぎるんだ。桜庭は――俺と成己の楽しい時期を、共有し過ぎてる。
 
 ――別れた相手には、花の名前を教えろ、だったか。ざまあねえな……
 
 大昔の大作家の言葉を想い、自嘲したときだった。
 
「……なんだ?」
 
 にわかに、周囲が騒がしくなる。訝しく思い、振り返ったときだった。
 
 ふわり。
 
 えも言われない瑞々しい甘さが、鼻腔をくすぐった。懐かしく、甘い――花のような香り。
 
「……!」
 
 身体が、カッと燃える。
 喉が、カラカラになった。――砂漠のオアシスのように、胸を惹きつけてやまない。
 
「この匂いは……」
 
 面影が浮かんだとき、足音が近づいてきた。
 聳えるような体躯の男に抱かれ、淡い茶髪の華奢な少年が、姿を見せた。
 
 ――成己!
 
 俺は、その場に凍り付く。
 
「……宏ちゃん、ぼく大丈夫やから……」
「駄目だ。危ないんだから」
 
 ちょうど柱の陰になって、向こうから俺の姿は見えないらしい。
 通りすがりに、弱弱しい声で訴える成己を、野江が窘めているのが聞こえてきた。我が物顔に、華奢な体を抱きしめ、歩き去って行く。
 俺に、気づきもせず。
 
「……クソッ、なんだってんだよ!」
 
 屈辱で、頭に血が上り――俺は、柱を蹴りつける。
 鼻先を掠めていったご馳走が、憎くてならなかった。
 
しおりを挟む
感想 203

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

溺愛されたのは私の親友

hana
恋愛
結婚二年。 私と夫の仲は冷え切っていた。 頻発に外出する夫の後をつけてみると、そこには親友の姿があった。

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...