313 / 360
最終章〜唯一の未来〜
三百十ニ話【SIDE:陽平】
しおりを挟む
日が暮れると、晩飯を作った。
「……っし。こんなもんか」
今晩のメニューは、いわしハンバーグだ。成己のレシピで食事を作ることが、もはや習慣になっている。
料理も慣れてくるとなかなか楽しいし、何より身体にいい。
「いただきます」
手を合わせて、もくもくと食う。
――一人で食っても、買い飯よりも空しくならねぇのも良いところだな……
TVのワイドショーが、芸能人の不倫だの、アザラシが川に出ただの、つまんねえニュースを垂れ流す。
「チッ……うるせえな」
うだうだと話すコメンテーターに、苛立つ。いっそ「切ってやろうか」と思うが、チャンネルを切り替えるに留めた。
……つまんねえTVでも、つけていないと静かすぎるんだ。
――『陽平、おいしい?』
正面で、世話を焼くやつがいねえせいで。
「……っ」
やわらかい鰯の身を、奥歯で噛みしめる。苦々しい思いと裏腹に、成己のメシはどうしたって、優しい味だった。
ニュースを聞き流しながら、無心でおかずを食い、白飯を一杯つぎ足して、食事を終える。
「……ごちそう様でした」
皿を洗い、リビングに戻ってくると――TVの話題が切り替わっている。「桜庭宏樹」の名に、心がドキリと跳ねる。
「ああ……そうか。そういう時期だったな……」
軌跡社で開催される、生原稿展――今年も行こうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
――去年は、成己と行ったっけ。
朝早くから並んだのに、桜庭のサイン本が手に入らなかったんだよな。
『嘘だろ……俺らの推し作家が人気すぎる』
『う~、悲しいけど嬉しいなぁ』
それでも、何だかんだ楽しくて。「来年は手に入れようね」と笑い合ったんだ。
ぎゅ、と胸が痛む。
「……原稿展、か……」
行ってみるのも、悪くないかもしれない。
「げ。すげぇ混んでんな……」
翌日、さっそく軌跡社に向かった俺は、長い待機列に唖然とした。
――だりぃ……すでに帰りてぇ……
だが、桜庭の為なら仕方がない。
入り口で入場券を貰い、つづら折りの列の最後尾に並ぶ。
休暇中のせいか、家族連れが目立った。わあわあ話す声に聞き耳を立てれば、やはり殆どが桜庭目当てらしい。
――こんなに並んでて、サイン本は行き渡んのか……?
企画サイトに「桜庭先生、流血のサイン本追加!」と書いてあったが、不安になってきたじゃねえか。
今日の目当ては、何と言ってもサイン本だからな。
自分のと……できれば、保存用にもう一冊は手に入れたい。
――……成己の奴は、もう買ったかな……
野江の奴が、桜庭を嗜んでいるとは聞いたことがない。興味が無ければ、こんな暑い思いをしてまで、列に並ぶかは怪しいと思った。
「……あいつの分も」
ふと、呟いた自分に驚く。
――買って、どうする。わざわざ、野江の家に渡しに行くなんざ御免だろ?
鼻で笑おうとしたが、
『ありがとう、陽平』
サイン本を受け取って、目を輝かせるあいつの幻がちらついて仕方ない。
「……チッ」
暑いせいだ。あんまり暑いから、馬鹿げたことを思いつく。
俺はバッグからタオルを取り出し、頭からバサリとかぶった。
――……順番が来るまで、なんか読むか。
スマホでリーダーを開き、読みかけの本を開く。――愛する人を奪われた男が、恋敵を完全犯罪で殺し、後釜におさまろうとするドロドロのサスペンスだ。
桜庭の長編読切だが、かなり胸糞の悪い話のせいか評価は分かれている。
俺も四年前……刊行された直後に読んだときは「無し」と判じた。
――『ぐすっ……悲しいお話やねえ……』
けど、成己は違ったんだよな。
さんざんにこき下ろす俺に、むきになって反論していたっけ――
『桜庭にしちゃ、トリックしか見るとこがねえ。全編通して、負け犬の遠吠えじゃねえか。ラストでヒロインにバレるのもダサいし、何がしたかったんだよ』
『そんなことないよ。怖いけど、切ないラブストーリーやんっ。二人がもっと話してれば、運命は違ったかも、って……!』
『成己は恋愛脳すぎ。もっとさ、物語ってもんを読めよなぁ』
『もー! ええやろ、ぼくは好きなの!』
成己は頬を膨れさせ、大事そうに本を抱えていた。
婚約者になって、すでに半年は経った頃だったけど。俺達はそうやって、くだらない話ばかりしていた。
ポタリ。
スマホの液晶に、雫が落ちる。
ずっと俯いていたせいで、汗が頬を伝い落ちてきたらしい。俺は乱暴にタオルで頬を拭い、深く息を吸い込んだ。
「……はぁ」
この本は――成己の部屋にあったのを見て、久しぶりに読み返そうと思ったんだ。
たまには、駄作を読むのも悪くねえってさ。
それがどうして……今は主人公の気持ちに、共感できるところがあるんだよな。
――この俺が、負け犬ってか?
そう思うとムカつくが、前と同じに「駄作」と切り捨てられそうにない。
この手のひら返しを、成己なら何ていうだろうか。「そうでしょう」って、得意そうに笑うんじゃないか……そう思うと、衝動的にメッセージのアプリを開いていた。
――四年前の、桜庭の長編のことなんだけど……お前は、
「まだ好きか」、と打とうとしたときだった。
やわらかな笑い声が、聞こえてきたのは。
――成己?
俺は弾かれたように、振り返った。
「……!」
あわい茶色の髪が揺れて、一瞬ドキリとしたが――すぐに、違うと分かる。後姿が、あいつよりふくよかだし、俺の父親くらいの男と、腕を組んでいたから。
「……んだよ」
安堵したような、ガッカリしたような。
ため息を吐いて、スマホに目を落とせば……間抜けなメッセージが躍っている。
――何やってんだ、俺は! ストーカーじゃあるまいし!
急激に我に返り、顔面が燃え上がった。
画面ごと文章を消すと、スマホをバッグに投げ入れる。
「大変お待たせいたしました。どうぞ、お入りください!」
「……あ」
ちょうど、にこやかな係員に声をかけられた。
没頭して読んでいるうちに、列がかなり進んでいたようだ。
俺は羞恥を振り切るように、入場した。
「……っし。こんなもんか」
今晩のメニューは、いわしハンバーグだ。成己のレシピで食事を作ることが、もはや習慣になっている。
料理も慣れてくるとなかなか楽しいし、何より身体にいい。
「いただきます」
手を合わせて、もくもくと食う。
――一人で食っても、買い飯よりも空しくならねぇのも良いところだな……
TVのワイドショーが、芸能人の不倫だの、アザラシが川に出ただの、つまんねえニュースを垂れ流す。
「チッ……うるせえな」
うだうだと話すコメンテーターに、苛立つ。いっそ「切ってやろうか」と思うが、チャンネルを切り替えるに留めた。
……つまんねえTVでも、つけていないと静かすぎるんだ。
――『陽平、おいしい?』
正面で、世話を焼くやつがいねえせいで。
「……っ」
やわらかい鰯の身を、奥歯で噛みしめる。苦々しい思いと裏腹に、成己のメシはどうしたって、優しい味だった。
ニュースを聞き流しながら、無心でおかずを食い、白飯を一杯つぎ足して、食事を終える。
「……ごちそう様でした」
皿を洗い、リビングに戻ってくると――TVの話題が切り替わっている。「桜庭宏樹」の名に、心がドキリと跳ねる。
「ああ……そうか。そういう時期だったな……」
軌跡社で開催される、生原稿展――今年も行こうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
――去年は、成己と行ったっけ。
朝早くから並んだのに、桜庭のサイン本が手に入らなかったんだよな。
『嘘だろ……俺らの推し作家が人気すぎる』
『う~、悲しいけど嬉しいなぁ』
それでも、何だかんだ楽しくて。「来年は手に入れようね」と笑い合ったんだ。
ぎゅ、と胸が痛む。
「……原稿展、か……」
行ってみるのも、悪くないかもしれない。
「げ。すげぇ混んでんな……」
翌日、さっそく軌跡社に向かった俺は、長い待機列に唖然とした。
――だりぃ……すでに帰りてぇ……
だが、桜庭の為なら仕方がない。
入り口で入場券を貰い、つづら折りの列の最後尾に並ぶ。
休暇中のせいか、家族連れが目立った。わあわあ話す声に聞き耳を立てれば、やはり殆どが桜庭目当てらしい。
――こんなに並んでて、サイン本は行き渡んのか……?
企画サイトに「桜庭先生、流血のサイン本追加!」と書いてあったが、不安になってきたじゃねえか。
今日の目当ては、何と言ってもサイン本だからな。
自分のと……できれば、保存用にもう一冊は手に入れたい。
――……成己の奴は、もう買ったかな……
野江の奴が、桜庭を嗜んでいるとは聞いたことがない。興味が無ければ、こんな暑い思いをしてまで、列に並ぶかは怪しいと思った。
「……あいつの分も」
ふと、呟いた自分に驚く。
――買って、どうする。わざわざ、野江の家に渡しに行くなんざ御免だろ?
鼻で笑おうとしたが、
『ありがとう、陽平』
サイン本を受け取って、目を輝かせるあいつの幻がちらついて仕方ない。
「……チッ」
暑いせいだ。あんまり暑いから、馬鹿げたことを思いつく。
俺はバッグからタオルを取り出し、頭からバサリとかぶった。
――……順番が来るまで、なんか読むか。
スマホでリーダーを開き、読みかけの本を開く。――愛する人を奪われた男が、恋敵を完全犯罪で殺し、後釜におさまろうとするドロドロのサスペンスだ。
桜庭の長編読切だが、かなり胸糞の悪い話のせいか評価は分かれている。
俺も四年前……刊行された直後に読んだときは「無し」と判じた。
――『ぐすっ……悲しいお話やねえ……』
けど、成己は違ったんだよな。
さんざんにこき下ろす俺に、むきになって反論していたっけ――
『桜庭にしちゃ、トリックしか見るとこがねえ。全編通して、負け犬の遠吠えじゃねえか。ラストでヒロインにバレるのもダサいし、何がしたかったんだよ』
『そんなことないよ。怖いけど、切ないラブストーリーやんっ。二人がもっと話してれば、運命は違ったかも、って……!』
『成己は恋愛脳すぎ。もっとさ、物語ってもんを読めよなぁ』
『もー! ええやろ、ぼくは好きなの!』
成己は頬を膨れさせ、大事そうに本を抱えていた。
婚約者になって、すでに半年は経った頃だったけど。俺達はそうやって、くだらない話ばかりしていた。
ポタリ。
スマホの液晶に、雫が落ちる。
ずっと俯いていたせいで、汗が頬を伝い落ちてきたらしい。俺は乱暴にタオルで頬を拭い、深く息を吸い込んだ。
「……はぁ」
この本は――成己の部屋にあったのを見て、久しぶりに読み返そうと思ったんだ。
たまには、駄作を読むのも悪くねえってさ。
それがどうして……今は主人公の気持ちに、共感できるところがあるんだよな。
――この俺が、負け犬ってか?
そう思うとムカつくが、前と同じに「駄作」と切り捨てられそうにない。
この手のひら返しを、成己なら何ていうだろうか。「そうでしょう」って、得意そうに笑うんじゃないか……そう思うと、衝動的にメッセージのアプリを開いていた。
――四年前の、桜庭の長編のことなんだけど……お前は、
「まだ好きか」、と打とうとしたときだった。
やわらかな笑い声が、聞こえてきたのは。
――成己?
俺は弾かれたように、振り返った。
「……!」
あわい茶色の髪が揺れて、一瞬ドキリとしたが――すぐに、違うと分かる。後姿が、あいつよりふくよかだし、俺の父親くらいの男と、腕を組んでいたから。
「……んだよ」
安堵したような、ガッカリしたような。
ため息を吐いて、スマホに目を落とせば……間抜けなメッセージが躍っている。
――何やってんだ、俺は! ストーカーじゃあるまいし!
急激に我に返り、顔面が燃え上がった。
画面ごと文章を消すと、スマホをバッグに投げ入れる。
「大変お待たせいたしました。どうぞ、お入りください!」
「……あ」
ちょうど、にこやかな係員に声をかけられた。
没頭して読んでいるうちに、列がかなり進んでいたようだ。
俺は羞恥を振り切るように、入場した。
332
お気に入りに追加
1,428
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる