303 / 346
最終章〜唯一の未来〜
三百二話
しおりを挟む
「誠に、申し訳ありませんでしたっ!」
女の子は直角に頭を下げ、風のように走り去って行く。
「あっ、せめてお名前を!」
ぼくは慌てて、彼女の背中に呼びかける。「名乗るほどの者ではありません!」と声が返り――少し先の通りで、車に乗り込んだのが見えた。
「行っちゃった……」
あまりの素早さに、ぽかんとしてしまう。――恩人に、きちんとお礼も出来ひんかった。
悔やんでいると、宏ちゃんに頭をぽんと撫でられる。
「大丈夫だ。あの子が何者かはわかってるから」
「ほんとっ?」
「ああ。お前を助けてくれたんだ、俺からもきちんとお礼をしたいし」
「宏ちゃん……」
ぼくを見下ろす宏ちゃんの眼差しは、とても優しい。ぼくは、じんと胸が熱くなった。
――宏ちゃん。
目の前の広い胸に、ぎゅと抱きつく。シャツ越しに、どきどきと鼓動が頬に伝わった。――安心する。何があっても怖くないくらい……
じっと目を閉じていると、大きな手が頭を撫でてくれた。
「成、どうしたんだ。用心深いお前が、家を飛び出すなんて……」
「ごめんなさい、心配かけて。ぼく……」
ぼくは顔を上げて、宏ちゃんの目を見つめた。
「お兄さんに、聞いたん。宏ちゃんの秘密。それで、居てもたってもいられなくて」
宏ちゃんは、ぴくりと眉を上げた。腰を抱く手に力が籠もる。
「俺の秘密?」
「うん――あのね、」
ぼくは、すうと息を吸い込む。
「宏ちゃんが、ぼくを守るためにしてくれたこと。それと……綾人のことも」
「!」
宏ちゃんの目が見開かれた。
「お兄さんは、宏ちゃんが綾人を辞めさせたって、言うたん」
「……」
「宏ちゃん、聞かせて? ぼく、宏ちゃんの言う事を信じるから」
……そう。
ぼくは、宏ちゃんがどれ程優しいか知ってるもの。綾人のことも、ずっと心配してたって……だから、
「何があったか、宏ちゃんの口から知りたいねん」
「成……」
じっと見上げていると、宏ちゃんは息を吐いた。
「……わかった。ともかく、移動しよう」
「うんっ」
ぼくは、力強く頷いた。
宏ちゃんの乗り捨てた車を回収し、ぼく達は帰路についた。
「宏ちゃん、お家に帰るん?」
帰り道が、野江邸へと向かう道や無い気がして、ぼくは尋ねる。
「ああ」
宏ちゃんは頷いた。――どうしてって、聞かなかった。なんとなく、それもお家に帰ってからじゃないと、話してくれない気がしたん。
「……」
やから、黙って外を見てた。
夜の街を行き交う人達や、ビルの明かり。それが流れて――次第に、見慣れた道に変わるまで。
「成、着いたよ」
うさぎやが見えると、ホッとした。宏ちゃんも同じなのか、声がやわらかい。
離れていたのはたった一日なのに、お家を見れば懐かしい気がした。
――灯りもついていないのに、あたたかく思うのはなんでだろう?
「足元、気を付けて」
「ありがとう」
大きな手を取って、門をくぐって驚いた。……お庭は暗かったけれど、荒れ果ててはいなかったん。割れた植木鉢もなくなって、ポストはまっすぐになってた。
「お片付けしてくれたの?」
「昼間に、ちょっとだけな」
「そんな。ひとりで、大変だったでしょう?」
ぼくもしたかった、と肩を落とす。
宏ちゃんは鍵を開けながら、こともなげに言う。
「いや。消毒するまで、お前を近づけたくなかったから」
「……!」
ぼくは、息を飲む。
言われてみれば、辺りに充満していた薔薇の香りは、跡形もなく消えていた。
――『成己……!』
陽平の声を思いだし、俯いたとき――がちゃりと音がして、鍵が開く。
「入ろう。それで……全部話すから」
「……うん」
宏ちゃんに背を抱かれ、ぼくは一日ぶりの敷居をまたいだ。
女の子は直角に頭を下げ、風のように走り去って行く。
「あっ、せめてお名前を!」
ぼくは慌てて、彼女の背中に呼びかける。「名乗るほどの者ではありません!」と声が返り――少し先の通りで、車に乗り込んだのが見えた。
「行っちゃった……」
あまりの素早さに、ぽかんとしてしまう。――恩人に、きちんとお礼も出来ひんかった。
悔やんでいると、宏ちゃんに頭をぽんと撫でられる。
「大丈夫だ。あの子が何者かはわかってるから」
「ほんとっ?」
「ああ。お前を助けてくれたんだ、俺からもきちんとお礼をしたいし」
「宏ちゃん……」
ぼくを見下ろす宏ちゃんの眼差しは、とても優しい。ぼくは、じんと胸が熱くなった。
――宏ちゃん。
目の前の広い胸に、ぎゅと抱きつく。シャツ越しに、どきどきと鼓動が頬に伝わった。――安心する。何があっても怖くないくらい……
じっと目を閉じていると、大きな手が頭を撫でてくれた。
「成、どうしたんだ。用心深いお前が、家を飛び出すなんて……」
「ごめんなさい、心配かけて。ぼく……」
ぼくは顔を上げて、宏ちゃんの目を見つめた。
「お兄さんに、聞いたん。宏ちゃんの秘密。それで、居てもたってもいられなくて」
宏ちゃんは、ぴくりと眉を上げた。腰を抱く手に力が籠もる。
「俺の秘密?」
「うん――あのね、」
ぼくは、すうと息を吸い込む。
「宏ちゃんが、ぼくを守るためにしてくれたこと。それと……綾人のことも」
「!」
宏ちゃんの目が見開かれた。
「お兄さんは、宏ちゃんが綾人を辞めさせたって、言うたん」
「……」
「宏ちゃん、聞かせて? ぼく、宏ちゃんの言う事を信じるから」
……そう。
ぼくは、宏ちゃんがどれ程優しいか知ってるもの。綾人のことも、ずっと心配してたって……だから、
「何があったか、宏ちゃんの口から知りたいねん」
「成……」
じっと見上げていると、宏ちゃんは息を吐いた。
「……わかった。ともかく、移動しよう」
「うんっ」
ぼくは、力強く頷いた。
宏ちゃんの乗り捨てた車を回収し、ぼく達は帰路についた。
「宏ちゃん、お家に帰るん?」
帰り道が、野江邸へと向かう道や無い気がして、ぼくは尋ねる。
「ああ」
宏ちゃんは頷いた。――どうしてって、聞かなかった。なんとなく、それもお家に帰ってからじゃないと、話してくれない気がしたん。
「……」
やから、黙って外を見てた。
夜の街を行き交う人達や、ビルの明かり。それが流れて――次第に、見慣れた道に変わるまで。
「成、着いたよ」
うさぎやが見えると、ホッとした。宏ちゃんも同じなのか、声がやわらかい。
離れていたのはたった一日なのに、お家を見れば懐かしい気がした。
――灯りもついていないのに、あたたかく思うのはなんでだろう?
「足元、気を付けて」
「ありがとう」
大きな手を取って、門をくぐって驚いた。……お庭は暗かったけれど、荒れ果ててはいなかったん。割れた植木鉢もなくなって、ポストはまっすぐになってた。
「お片付けしてくれたの?」
「昼間に、ちょっとだけな」
「そんな。ひとりで、大変だったでしょう?」
ぼくもしたかった、と肩を落とす。
宏ちゃんは鍵を開けながら、こともなげに言う。
「いや。消毒するまで、お前を近づけたくなかったから」
「……!」
ぼくは、息を飲む。
言われてみれば、辺りに充満していた薔薇の香りは、跡形もなく消えていた。
――『成己……!』
陽平の声を思いだし、俯いたとき――がちゃりと音がして、鍵が開く。
「入ろう。それで……全部話すから」
「……うん」
宏ちゃんに背を抱かれ、ぼくは一日ぶりの敷居をまたいだ。
405
お気に入りに追加
1,401
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
Tally marks
あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。
カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。
「関心が無くなりました。別れます。さよなら」
✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。
✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。
✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。
✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。
✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません)
🔺ATTENTION🔺
このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。
そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。
そこだけ本当、ご留意ください。
また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい)
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。
➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
これを加筆修正しながら更新していきます。
ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる