いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
299 / 346
最終章〜唯一の未来〜

二百九十八話

しおりを挟む
――知らないままって、いったい……?

 お兄さんは、言葉を続ける。

「宏章は、あなたに話すなと言った」
「……!」
「あなたは当事者で、知る義務と責任がある。それなのに「自分が解決するから言うな」の一点張りだ。だから、俺はあなたに伝えに来た」
「そうだったんですか……」

 ぼくは、ずきりと胸が痛んだ。

――宏ちゃんに抱え込ませるところだったなんて……

 陽平とのことは、ぼくが原因だから。宏ちゃんは傷つけまいとしてくれたんやと思う。
 ぼくが、薔薇の香りに気づいたように宏ちゃんも気づいていたなら……

――『犯人が誰であれ、俺はお前を悲しませたりしない』

 あの時から、ぼくの為に、一人で抱えてくれるつもりやったんやろうか。

「ごめんなさい……宏ちゃんはぼくの為に、ひとりで抱え込んで」
「成くん、気にしなくていいよ。宏はかっこつけだから」

 頭を下げると、お義母さんが慌てたように声を上げはった。
 お兄さんは、ため息をつく。

「そういう問題じゃない」
「……え?」
「あなたはそれで良いのか。あいつは、あなたに言わないことばかりだぞ。今回のこと以外にもだ」
「それは……宏章さんだって、ぼくに言えないことはあると思います。お仕事のこともありますし……」

 ぼくは、狼狽しつつも言う。

――陽平のことを、ぼくが知らないのはダメだと思う。でも、宏ちゃんが隠そうとしたなら……ぼくの為だ。

 たとえ、何か言わないことがあっても、宏ちゃんは気遣ってくれているだけや。
 家族のことや――あの、ケーキのことだって。

「優しいから、言えないこともあると思うんです」

 そう言うと、お兄さんは冷笑する。

「優しいか……それは、綾人を排除することも、あなたにとっては「優しさ」の範疇内になるのか?」
「……え」

 思わず、目を見開く。

「どうして、綾人になにかあったんですか?」
「綾人は、宏章にあなたと近づくなと言われたんだ。それで、店もクビにされた」
「なっ……! そんなはずありませんっ」

 とんでもない誤解にぎょっとして、叫んだ。

「宏章さんは、綾人を辞めさせたりしていません……!」

 たしかに、お兄さんとうさぎやに訪ねてきてくれてから、ずっと会えてないけど。
 理由だって、聞いているんやから――

 

 
『朝匡と仲直りしたから、バイト辞めようと思って。成己、いろいろありがとうな!』
 
 そんなメッセージが届いたのは、あれからすぐのことやった。
 まさに青天の霹靂で、スマホに向かって「ええっ」って叫んでしまったっけ。
 
『綾人! えと……仲直りおめでとうやけど、やめちゃうの!?』
『いやー、誕プレも買えたしさ? ここらでいっちょ、マジで受験に専念しようかなって思って!』
 
 びっくりして電話をかければ、電波の向こうの綾人はハイテンションに応えた。てっきり、これからも一緒に働けると思ってたから、少ししょげてしまった。
 
『そ、そっかあ。さびしいけど、受験は仕方ないね……』 
『……ごめんな! それと、なんつうか……しばらく、あんま遊んだりもできんかも』
『えっ』
『忙しくなるし! で、空いた時間……朝匡と一緒にいてやろうかなって』
『……あっ、そっか。そうやね、仲直りしたばっかやもん』
 
 申し訳なさそうな綾人に、我に返った。
 せっかく仲直り出来て、嬉しい時なのに気遣わせてしまうなんて、ぼくは馬鹿やなって。――慌てて、再度お祝いの気持ちを伝えたん。
 
『おめでとう、綾人。お兄さんと仲直り出来て、本当に良かったね』
 
 つい「寂しい」が先行してしまったけれど、二人が上手く行ったのは、心から嬉しかった。ここで過ごしていたころ、綾人は笑っていても、ふとした瞬間に寂しそうにしていたから。
 
 ――もう、寂しくないね。良かったね、綾人……
 
 感激して、目尻を拭う。
 
『ありがとう、成己』
 
 頷いた綾人の声も、ちょっと滲んでいる気がした。
 
 

 
 それから、「また連絡する」って綾人とバイバイしてん。
 お兄さんは、きっと誤解してはる。

「綾人は、受験に専念するために辞めたんですよ……!」

 とんでもない誤解を正そうと、訴える。けれど、お兄さんは眉根を寄せ、苛立たし気に頭を振った。
 
「それは違う。綾人は、望んで辞めたんじゃない。大方、あなたにはそう説明しろと、宏章に強制されたんだろう」
「……そんなことっ。どうして、そんな風に言うんですか? いくらお兄さんでも、酷いです」

 あまりのことに、申し訳なさを忘れて憤慨してしまう。

 ――宏ちゃんが、そんな事するはずないのに……。

 お兄さんは綾人の事が好きで、心配しているのやと思う。  
 けれど……弟に対して、あんまりひどい誤解じゃないか。

「な、成くん。落ち着いて」


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...