いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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最終章〜唯一の未来〜

二百九十四話

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「あ、あのっ、どこへ向かってるんでしょう?」
 
 高級車の広いシートに、溺れるように座りながら、ぼくはお義母さんに問う。
 
「どこって言うでもないかな。ぶらっと遊びに行くの」
「ぶらっと」
 
 お義母さんは、のんびりした様子で答えはった。
 
「僕、ノープランで動きたいんだよねえ。成くんもないかい? ぶらっと、気の赴くままに出かけたいとか」
「あっ。あるかもです」
 
 ふらっと、気の向くときに本屋さんに行ったりしたい。それに、献立の足らずまいの為に、仕事中の宏ちゃんの手を止めずに済んだら、どれほどいいか。
 そう言うと、お義母さんは「だよねえ」と眉を下げる。
 
「成くんも、護衛がついたら自由に動けるよ。いま、宏が良い人を探してるらしいから、あとちょっとの辛抱さ」
「宏ちゃんが、護衛を?」
 
 まったく初耳で、ぼくは目を丸くする。
 
「昨夜訊いたらね、暁子きょうこちゃん……宏のお姉ちゃんに、護衛の派遣を依頼してるんだって。お姉ちゃん、アメリカでセキュリティ部門を請け負ってるんだ」
 
 お義母さんのやわらかな声に、誇らしげな響きが混じる。
 ぼくは、宏ちゃんの気持ちに胸を打たれていた。
 
 ――宏ちゃん、ぼくの為にそんなことまで……
 
「嬉しい。ぼく、知りませんでした……!」
「宏も言えばいいのに、かっこつけなんだよね」
 
 お義母さんはエムアンドエムズの袋を開け、ひっきりなしにぽりぽりと噛んではる。甘いチョコレートの匂いのする笑顔が、くるんとこっちを向いた。
 
「ってわけでさ、今日はまだいないから、成くんの護衛。僕と一緒に、ショッピングとしゃれこもうじゃない」 
「はいっ。お買い物、嬉しいです」
 
 ぼくが、ぺこりと頭を下げると、「固い固い!」とお義母さんがツッコんだ。
 
 
 
 
 三時間後――ぼくとお義母さんは、百貨店の喫茶室で向かい合っていました。
 
「いやー、歩いた歩いた。脚がパンパンだよ~」
「わかりますー。でも、色々見れて、楽しかったですっ」
「さすが若いなあ」
 
 お義母さんのご友人のね、経営するデパートに遊びに来たん。
 
 ――ほんとに、沢山のお店まわったなあ……!
 
 お義母さんね、すっごくパワフルなん!
 着いてすぐ、お義母さんのお気に入りのお店で、香り止めのクリームを合わせてもらってね。次に地下へ降りて、お世話になった人への贈り物に、果物とお煎餅を買ったん。それで、ファッションフロアをぐるりと回って――
 
「うーん、そろそろくたびれたねえ」
 
 って、同じフロアの洋菓子屋さんで一休みってなったん。
 お義母さんとショッピングって、実はドキドキしてたんやけど。盛りだくさんで、緊張する暇もないくらいやったよ。
 ぼくは、たっぷりの荷物に布をかけ、きちんと坐り直す。
 
「あのっ、お義母さん、この度はありがとうございました。素敵なスカーフ、頂いて……」
「ん? いいんだよぉ、政くんのシャツ選ぶの、手伝ってもらったしね。むしろ、一枚っきりで良かったの?」
「はいっ! すっごく満足です」
 
 小首をかしげて言われ、笑顔で力強く頷いた。
 
 ――だって一枚で、ぼくが付けてるのが六十枚買えちゃうんだもの……!
 
 こめかみに冷や汗が伝う。
 実は宏ちゃんも、同じの買ってくれようとして、「家計~!」って泣いて止めた品物なん。そんな高いもの、お義母さんから頂いてええんやろか……
 
「成くん、遠慮し過ぎだよ。ってか宏のやつ、そんなにケチなのかい?」
「いえいいえ! むしろ、ぼくがケチなので……!」
 
 ぎょっとして弁明する。なんか、変な宣言になっちゃった。
 
「そう? 宏章は昔からのんびりしてるから、親としちゃ心配でねえ。不自由してない?」
「いつも優しくしてもらってますっ。ぼくの方が、宏章さんのことを頼りにしてばっかりで……」
「ほんと~? 気を遣わなくていいよ?」
「ほ、本当です!」
 
 お義母さんは、疑わしそうにぼくを見つめる。
 
 ――あかーん! ぼくのせいで宏ちゃんの名誉が……どうしてそんなに疑うん!?
 
 困り切って話を変えようとしたとき、お給仕さんがやってきはった。
 
「お待たせいたしました」
「あ、ありがとうございます……!」
 
 しずしずと品物を並べ、一礼すると去っていかはる。その背に、感謝の気持ちをこめて会釈をした。
 テーブルの上には、ケーキのお皿と紅茶が二人分ずつ。お義母さんがケーキを選んでくれはった、ガトーアナナス。
 
「終わってなくて良かった。夏のケーキだけど、ここはこれが美味しいから食べて欲しかったの」
「嬉しいです。ぼく、パイナップル好きです」
 
 さっそく一口食べると、甘酸っぱく煮込んだパイナップルと、濃厚なバターケーキの味わいが最高です。
 
「すごく美味しいです~」
「でしょう。宏もね、大好物で。昔からこればかり食べるんだよね」
「……えっ!」
 
 ぼくは、思わず目を瞬いた。
 
 ――宏ちゃんが、パイナップルのケーキを……?
 
 
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