295 / 390
最終章〜唯一の未来〜
二百九十四話
しおりを挟む
「あ、あのっ、どこへ向かってるんでしょう?」
高級車の広いシートに、溺れるように座りながら、ぼくはお義母さんに問う。
「どこって言うでもないかな。ぶらっと遊びに行くの」
「ぶらっと」
お義母さんは、のんびりした様子で答えはった。
「僕、ノープランで動きたいんだよねえ。成くんもないかい? ぶらっと、気の赴くままに出かけたいとか」
「あっ。あるかもです」
ふらっと、気の向くときに本屋さんに行ったりしたい。それに、献立の足らずまいの為に、仕事中の宏ちゃんの手を止めずに済んだら、どれほどいいか。
そう言うと、お義母さんは「だよねえ」と眉を下げる。
「成くんも、護衛がついたら自由に動けるよ。いま、宏が良い人を探してるらしいから、あとちょっとの辛抱さ」
「宏ちゃんが、護衛を?」
まったく初耳で、ぼくは目を丸くする。
「昨夜訊いたらね、暁子ちゃん……宏のお姉ちゃんに、護衛の派遣を依頼してるんだって。お姉ちゃん、アメリカでセキュリティ部門を請け負ってるんだ」
お義母さんのやわらかな声に、誇らしげな響きが混じる。
ぼくは、宏ちゃんの気持ちに胸を打たれていた。
――宏ちゃん、ぼくの為にそんなことまで……
「嬉しい。ぼく、知りませんでした……!」
「宏も言えばいいのに、かっこつけなんだよね」
お義母さんはエムアンドエムズの袋を開け、ひっきりなしにぽりぽりと噛んではる。甘いチョコレートの匂いのする笑顔が、くるんとこっちを向いた。
「ってわけでさ、今日はまだいないから、成くんの護衛。僕と一緒に、ショッピングとしゃれこもうじゃない」
「はいっ。お買い物、嬉しいです」
ぼくが、ぺこりと頭を下げると、「固い固い!」とお義母さんがツッコんだ。
三時間後――ぼくとお義母さんは、百貨店の喫茶室で向かい合っていました。
「いやー、歩いた歩いた。脚がパンパンだよ~」
「わかりますー。でも、色々見れて、楽しかったですっ」
「さすが若いなあ」
お義母さんのご友人のね、経営するデパートに遊びに来たん。
――ほんとに、沢山のお店まわったなあ……!
お義母さんね、すっごくパワフルなん!
着いてすぐ、お義母さんのお気に入りのお店で、香り止めのクリームを合わせてもらってね。次に地下へ降りて、お世話になった人への贈り物に、果物とお煎餅を買ったん。それで、ファッションフロアをぐるりと回って――
「うーん、そろそろくたびれたねえ」
って、同じフロアの洋菓子屋さんで一休みってなったん。
お義母さんとショッピングって、実はドキドキしてたんやけど。盛りだくさんで、緊張する暇もないくらいやったよ。
ぼくは、たっぷりの荷物に布をかけ、きちんと坐り直す。
「あのっ、お義母さん、この度はありがとうございました。素敵なスカーフ、頂いて……」
「ん? いいんだよぉ、政くんのシャツ選ぶの、手伝ってもらったしね。むしろ、一枚っきりで良かったの?」
「はいっ! すっごく満足です」
小首をかしげて言われ、笑顔で力強く頷いた。
――だって一枚で、ぼくが付けてるのが六十枚買えちゃうんだもの……!
こめかみに冷や汗が伝う。
実は宏ちゃんも、同じの買ってくれようとして、「家計~!」って泣いて止めた品物なん。そんな高いもの、お義母さんから頂いてええんやろか……
「成くん、遠慮し過ぎだよ。ってか宏のやつ、そんなにケチなのかい?」
「いえいいえ! むしろ、ぼくがケチなので……!」
ぎょっとして弁明する。なんか、変な宣言になっちゃった。
「そう? 宏章は昔からのんびりしてるから、親としちゃ心配でねえ。不自由してない?」
「いつも優しくしてもらってますっ。ぼくの方が、宏章さんのことを頼りにしてばっかりで……」
「ほんと~? 気を遣わなくていいよ?」
「ほ、本当です!」
お義母さんは、疑わしそうにぼくを見つめる。
――あかーん! ぼくのせいで宏ちゃんの名誉が……どうしてそんなに疑うん!?
困り切って話を変えようとしたとき、お給仕さんがやってきはった。
「お待たせいたしました」
「あ、ありがとうございます……!」
しずしずと品物を並べ、一礼すると去っていかはる。その背に、感謝の気持ちをこめて会釈をした。
テーブルの上には、ケーキのお皿と紅茶が二人分ずつ。お義母さんがケーキを選んでくれはった、ガトーアナナス。
「終わってなくて良かった。夏のケーキだけど、ここはこれが美味しいから食べて欲しかったの」
「嬉しいです。ぼく、パイナップル好きです」
さっそく一口食べると、甘酸っぱく煮込んだパイナップルと、濃厚なバターケーキの味わいが最高です。
「すごく美味しいです~」
「でしょう。宏もね、大好物で。昔からこればかり食べるんだよね」
「……えっ!」
ぼくは、思わず目を瞬いた。
――宏ちゃんが、パイナップルのケーキを……?
高級車の広いシートに、溺れるように座りながら、ぼくはお義母さんに問う。
「どこって言うでもないかな。ぶらっと遊びに行くの」
「ぶらっと」
お義母さんは、のんびりした様子で答えはった。
「僕、ノープランで動きたいんだよねえ。成くんもないかい? ぶらっと、気の赴くままに出かけたいとか」
「あっ。あるかもです」
ふらっと、気の向くときに本屋さんに行ったりしたい。それに、献立の足らずまいの為に、仕事中の宏ちゃんの手を止めずに済んだら、どれほどいいか。
そう言うと、お義母さんは「だよねえ」と眉を下げる。
「成くんも、護衛がついたら自由に動けるよ。いま、宏が良い人を探してるらしいから、あとちょっとの辛抱さ」
「宏ちゃんが、護衛を?」
まったく初耳で、ぼくは目を丸くする。
「昨夜訊いたらね、暁子ちゃん……宏のお姉ちゃんに、護衛の派遣を依頼してるんだって。お姉ちゃん、アメリカでセキュリティ部門を請け負ってるんだ」
お義母さんのやわらかな声に、誇らしげな響きが混じる。
ぼくは、宏ちゃんの気持ちに胸を打たれていた。
――宏ちゃん、ぼくの為にそんなことまで……
「嬉しい。ぼく、知りませんでした……!」
「宏も言えばいいのに、かっこつけなんだよね」
お義母さんはエムアンドエムズの袋を開け、ひっきりなしにぽりぽりと噛んではる。甘いチョコレートの匂いのする笑顔が、くるんとこっちを向いた。
「ってわけでさ、今日はまだいないから、成くんの護衛。僕と一緒に、ショッピングとしゃれこもうじゃない」
「はいっ。お買い物、嬉しいです」
ぼくが、ぺこりと頭を下げると、「固い固い!」とお義母さんがツッコんだ。
三時間後――ぼくとお義母さんは、百貨店の喫茶室で向かい合っていました。
「いやー、歩いた歩いた。脚がパンパンだよ~」
「わかりますー。でも、色々見れて、楽しかったですっ」
「さすが若いなあ」
お義母さんのご友人のね、経営するデパートに遊びに来たん。
――ほんとに、沢山のお店まわったなあ……!
お義母さんね、すっごくパワフルなん!
着いてすぐ、お義母さんのお気に入りのお店で、香り止めのクリームを合わせてもらってね。次に地下へ降りて、お世話になった人への贈り物に、果物とお煎餅を買ったん。それで、ファッションフロアをぐるりと回って――
「うーん、そろそろくたびれたねえ」
って、同じフロアの洋菓子屋さんで一休みってなったん。
お義母さんとショッピングって、実はドキドキしてたんやけど。盛りだくさんで、緊張する暇もないくらいやったよ。
ぼくは、たっぷりの荷物に布をかけ、きちんと坐り直す。
「あのっ、お義母さん、この度はありがとうございました。素敵なスカーフ、頂いて……」
「ん? いいんだよぉ、政くんのシャツ選ぶの、手伝ってもらったしね。むしろ、一枚っきりで良かったの?」
「はいっ! すっごく満足です」
小首をかしげて言われ、笑顔で力強く頷いた。
――だって一枚で、ぼくが付けてるのが六十枚買えちゃうんだもの……!
こめかみに冷や汗が伝う。
実は宏ちゃんも、同じの買ってくれようとして、「家計~!」って泣いて止めた品物なん。そんな高いもの、お義母さんから頂いてええんやろか……
「成くん、遠慮し過ぎだよ。ってか宏のやつ、そんなにケチなのかい?」
「いえいいえ! むしろ、ぼくがケチなので……!」
ぎょっとして弁明する。なんか、変な宣言になっちゃった。
「そう? 宏章は昔からのんびりしてるから、親としちゃ心配でねえ。不自由してない?」
「いつも優しくしてもらってますっ。ぼくの方が、宏章さんのことを頼りにしてばっかりで……」
「ほんと~? 気を遣わなくていいよ?」
「ほ、本当です!」
お義母さんは、疑わしそうにぼくを見つめる。
――あかーん! ぼくのせいで宏ちゃんの名誉が……どうしてそんなに疑うん!?
困り切って話を変えようとしたとき、お給仕さんがやってきはった。
「お待たせいたしました」
「あ、ありがとうございます……!」
しずしずと品物を並べ、一礼すると去っていかはる。その背に、感謝の気持ちをこめて会釈をした。
テーブルの上には、ケーキのお皿と紅茶が二人分ずつ。お義母さんがケーキを選んでくれはった、ガトーアナナス。
「終わってなくて良かった。夏のケーキだけど、ここはこれが美味しいから食べて欲しかったの」
「嬉しいです。ぼく、パイナップル好きです」
さっそく一口食べると、甘酸っぱく煮込んだパイナップルと、濃厚なバターケーキの味わいが最高です。
「すごく美味しいです~」
「でしょう。宏もね、大好物で。昔からこればかり食べるんだよね」
「……えっ!」
ぼくは、思わず目を瞬いた。
――宏ちゃんが、パイナップルのケーキを……?
358
関連作品
「いつでも僕の帰る場所」短編集
「いつでも僕の帰る場所」短編集
お気に入りに追加
1,475
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。


僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。

【完結】記憶を失くした旦那さま
山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。
目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。
彼は愛しているのはリターナだと言った。
そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる