いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
292 / 398
最終章〜唯一の未来〜

二百九十一話

しおりを挟む
「宏章様、成己様。失礼いたします」 
 
 探索を終えたとき、見計らっていたように東さんが訪ねて来はったん。
 お部屋にしずしずと歩み入り、莞爾とする。
 
「宏章様、成己様。お部屋はお気に召して頂けましたでしょうか?」
「はい、とっても!」
「ありがとう、じいちゃん。昔のまんまで驚いたよ」
 
 声を揃えてお礼を言うと、東さんは嬉し気に胸を張った。
 
「ほほ。野江家の使用人として、当然のことにございます。この東の目が黒いうちは、ご滞在の間中、お二人に不便な思いなどさせません! ご入用のものは何でも、二十四時間お申し付けくださいまし」
「ありがとう。でも、夜は寝てくれよな」
 
 大らかな笑みを浮かべ、宏ちゃんが東さんの肩を叩いた。
 
「じきに夕食の時間ですが、どうなさいますか」
「あー。成、何が食べたい?」
「えっ!? えと、ぼくは、お義母さんの食べたいものを」
 
 いちばん年少のぼくに、それは荷が重いですっ。冷や汗を垂らし、頭をぶんぶん振った。すると、二人は顔を見合わせて、「ああ」と拳を打った。
 
「気にしなくていいぞ、うちはメシは一緒に食わないから。なあ?」
「ええ。奥様は会食続きでしたので、お粥を召し上がるそうです。成己様は、お好きなものをお選びください」
 
 当たり前のように微笑まれて、ぼくはびっくりした。
 てっきり一緒に食べるものやと思ってたから、ご家庭によって、いろいろな食卓のかたちがあるんやねえ。
 
「えと。それじゃ――」
 
 
 
 
 サンドイッチを頬張ると、ローストビーフの美味しいお汁が、口いっぱいに溢れた。すごく豪華な味わいに、ぼくは目をかっと瞠る。
 
「うぅ。美味しい……!」
「口にあって良かった」
 
 夕ご飯に、サンドイッチをリクエストさせてもらってん。そうしたら、東さんが母屋へ頼みに行ってくれはってね。すぐに、あったかいお茶と、サンドイッチを離れに持ってきてくれたんよ。
 
 ――『内線電話から、なんでもお申し付けください』
 
 そう言って、東さんは風のように去っていかはったん。
 やから、今は離れの居間で、宏ちゃんと二人向かい合って夕ご飯、なんやけど……
 
「……もぐ」
「どした、成?」
 
 宏ちゃんは例にもよって、すでに食べ終わってる。
 のんびりと食後のコーヒーを啜りつつ、ぼくの一挙手一投足を見守っていた彼は、目ざとくぼくの様子に気づいてしまう。
 
「ううん。なんもないよっ」
「いや、無くはないだろ? 状況が、状況だし」
「う……」
 
 心配そうな宏ちゃんの眼差しから、逃れられそうになくて――ぼくは、観念した。サンドイッチをお皿に置くと、おずおずと切り出す。
 
「あの……何でもないの。ただ、すごく気を遣ってもらっちゃってるなあって」
「ん? どういうことだ」
 
 宏ちゃんが、不思議そうに目を瞠る。
 
「こうして、ずっと二人きりにさせてくれてて……朝ごはんも、ここに持ってきてくれはるって、東さん仰ってたし」
 
 ひょっとして、ぼくの為に気遣ってくれてるんじゃないかなって、思ったん。確かに、宏ちゃんと二人でいると、うちに居るみたいでとっても落ち着く。
 とはいえ――夫の実家なんやもの。
 
 ――お世話になるのは、ぼくの方やと言うのに。このまま、甘えてていいのかな……?
 
 そう言って、口を結ぶと――宏ちゃんが息を吐く。
 
「まったく、お前は……」
「わあっ」
 
 大きな手に、頭をわしわしと撫でられる。
 
「お前の方が、気を遣いすぎだよ。――嫌な目にあって大変なときくらい、自分のことだけ考えときなさい」
「ひ、宏ちゃん……」
 
 言葉こそ窘めているけれど、とても温かい声音だった。知らず、詰めていた息を吐き――ゆるゆると胸が緩んでいく。
 
 ――確かに。親切にしてもらって、不安になるなんて贅沢やんね。
 
「ありがとう、宏ちゃん」
 
 ほほ笑むと、髪を優しく梳かれた。
 子犬になった気分で、目を閉じていると……宏ちゃんは零れるように呟く。
 
「心配するな。うちの家族は変わってるし……俺のメシと言ったら、ここで食うもんだったから」
「え?」
 
 思わず顔を上げると、宏ちゃんは眩しげに目を細めていた。
 
「俺はお前と二人で嬉しかったよ」
 
 
しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...