いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
272 / 406
最終章〜唯一の未来〜

二百七十一話【SIDE:宏章】

しおりを挟む
「な……なんでっすか?」
 
 俺の言葉に、綾人君は動転して問い返した。
 
 ――なんで、か……
 
 重苦しい気持ちを堪えながら、言葉を継ぐ。
 
「端的に言えば、成と距離を置いてほしいんだ。二度と、この前のようなことが起きないように」
「……!」
 
 綾人君はさっと青褪めて、身を縮めた。
 
「あ、あの時のことは、本当にすみませんでした。オレ、本当に反省してます。でも……オレ」
 
 友達をやめたくありません、と項垂れて言う。物怖じしない子なのに、おどおどしているのはそれだけ成と離れたくないからか――俺は、ため息をつきたいのを堪えた。
 
「この前のことは、俺も反省したんだ。成を喜ばせてやりたくて、浮かれていたんだな。君と兄貴の関係が、一筋縄でいかないと知っていて……俺さえしっかりしていれば、大丈夫だろうと」
 
 成は、家族の絆に憧れがある子だ。
 綾人君や兄貴に受け入れて貰えたと、本当に喜んでいて……だから、今回のことも懸命に心を尽くしていた。
 
――『宏ちゃん、ずっと助けてくれてありがとう。綾人とお兄さん、きっと上手く行くよね』
 
 にこにこと笑っていた成を思い出し、胸が締め付けられる。――上手く行くどころか、成は不当に責められた上に、怪我まで負った。自分の見通しの甘さを、責めても責め切れやしない。
 あんな思いは、ごめんだった。
 
「俺は、あの子が何より大切だ。今回のことは、俺が甘かったせいだ。今後は、危険な目に遭う可能性は、なるべく遠ざけておきたい」
「そんな……」
 
 綾人君はよろけて、カウンターに手をついた。うう、と呻き声が漏れる。泣いているのかもしれないと思ったが、言葉を続ける。
 
「だから、君を解雇する。――もともと、兄貴のプレゼントの為の短期バイトの予定だったし、納得してくれるね?」
「……っ」
「その封筒は遠慮なく受け取ってくれ。成が君と過ごせて喜んでいたから、その謝礼だ」
 
 プレゼント代さえなんとかなれば、ここで働く理由も無くなる。店は、俺と成がいれば回るし、手が足りない時は休めばいい。
「うさぎや」は、成の為の居場所だ。――成を脅かすものはいらない。
 
「……すみません」
 
 少しの沈黙の時間の後――綾人君は、呟くように口にした。
 俺は、しらず止めていた息を吐く。
 
「解ってくれたなら、良かった――」
「……けど。どうか、成己と話させてくれませんか」
 
 思いがけない言葉に、俺は一瞬呆気にとられ――深く眉を寄せた。
 
「成と話してどうするんだ」
「ちゃんと謝りたいんです! それに、成己とオレは友達だから。いくら宏章さんに言われたんでも、一方的に友達やめるなんて、そんなん出来ないです」
 
 綾人君は、「とても納得できない」と顔にも声にも表わして、俺を見た。
 胸の奥がざわりと蠢く。
 
「それは無理だ」
「お願いします……! 成己に言われたんなら、オレは諦めます。でも、そうじゃないなら聞けません! 成己はオレとダチになれて嬉しいって言ってくれたから――」
「いい加減にしてくれ」
 
 なお言い募る綾人君を、俺は遮った。
 
「成が、君との絶交を望むかどうかって? そんなもん、成が望むはずないだろう」
 
 成にあれだけ親切にされて、何故解らないんだ。腹立ちまぎれに言うと、綾人くんは目を見開く。
 
「なら……なんで?」
「なんでって、さっきも言ったはずだよ。成を危険な目に遭わせたくないからだ。君と友達でいる限り、成はまた巻き込まれるだろう?」
「……っ!」
 
 成が綾人君と絶交することを望んでないなんて、わかってる。こんなものは、俺の完全なエゴだと。だが……今回のことで、はっきり解ることがある。
 
 ――今回の結末は、兄貴と綾人君が招いたものだ。
 
 そもそも一番悪いのは――出会ってからこっち、ちっとも発展性のない二人の言動じゃないか。普通、家主のことわりなく、来客を家には入れない。そのことに逆上し、何も悪くない者に手を上げたりはしない。
 俺の罪は、二人がそんな性格だと知っていて、成に近づけたことだ。
 
 ――だから、俺が対処する。優しいあの子が傷つかないよう、なにも気づかせないままで。
 
 俺は、胸に滾る感情を逃がすよう、深く息を吐く。
 
「聞き分けてくれるね」
「……っ、オレは……」
「成には、君から辞めたと伝えておく。君も――あの子を悲しませたくないと思ってくれると、願っているよ」
 
 綾人君は、くしゃりと顔を歪めた。
 
 





 
 
 
 
 蛇口をひねり、ボウルにいれた西瓜に冷水を浴びせる。
 勢いよく皮にぶつかった水が、ぴちぴちと跳ねては、顔を濡らした。
 
「……」
 
 深く、重い息を吐く。
 
 ――これで良かった。
 
 ふらふらと、気の抜けたように店を出て行った綾人君を思い浮かべる。
 成の友人を遠ざけたと思うと、気は晴れないが……これで、ひとつの問題は消える。
 
「まずは上々ってことだ」
 
 独り言ち、西瓜の上に布巾をかけると、水量をしぼった。……食べ物に罪はない。
 濡れた手をタオルで拭っていると、とんとん、と微かに足音が聞こえた。
 
「宏ちゃん」
 
 ひょこ、と奥から顔を出したのは、成だった。物凄くばつの悪そうな顔をしていて、思わず頬が緩む。
 
「成、起きたのか」
「ごめんね、宏ちゃん……こんなに遅くまで寝ちゃうなんてっ」
 
 ぱたぱたと小走りに駆け寄ってきて、かわいい。無理させたし、もっと寝ていても構わないのに、成は真面目だ。
 
「気にするな。疲れてるんだから」
 
 指先で髪を梳くと、ふわりと頬が色づく。色が白いから、俯いても照れているのがはっきりとわかるのも、また好ましいな、と思う。
 
「ありがとう、宏ちゃん」
「こちらこそ」
 
 成と居ると、あたたかなものが胸に溢れてくる。
 ふと、成が西瓜に気づき、目を丸くした。
 
「立派な西瓜やねえ。宏ちゃん、誰か来てはったん?」
「ああ、少しね。成の知らない人だよ」
 
 俺は笑って、答えた。
 
 
しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました

迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」  大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。  毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。  幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。  そして、ある日突然、私は全てを奪われた。  幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?    サクッと終わる短編を目指しました。  内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m    

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

運命の番なのに別れちゃったんですか?

雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。 途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。 最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

処理中です...