271 / 406
最終章〜唯一の未来〜
二百七十話【SIDE:綾人】
しおりを挟む
車窓に、とあるお店の姿が流れ込んできた。
「……ふぅ」
オレは、緊張でバクバクする胸に手を当てる。手土産のスイカが、急にずしんと重い。
「綾人様、私は近くの駐車場でお待ちしてます」
「ありがとう、佐藤さん!」
店の手前で降ろしてもらい、頭を下げた。すいすいと遠ざかる車を見送り――オレは、戦場に赴く気持ちで振り返る。
「……ようし、行くか!」
数日ぶりに訪れた、年上の義弟のお店。オレは、その妻である、友達の見舞いに来たのだ。
――成己は「大丈夫」つってたけど、やっぱ心配だし……バイトが始まるまでに、もう一回きちんと謝っておきたいしな!
気合を込め、インターホンを鳴らした。
「やあ、綾人君。驚いたよ」
応対してくれた宏章さんに、店の方に通される。休業日だから、誰もいない。
オレは、直角に頭を下げた。
「突然、押しかけてスミマセン。ええと、これはお見舞いのスイカです」
「これは、お気遣いありがとう。美味しそうだ」
宏章さんが持つと、大玉のスイカが小さく見える。
オレは、ひとまず受け取って貰えたことに、ホッとした。
――宏章さん、今日は機嫌どうかな……いつもと同じに見えっけど……
こないだ謝りに来た時は、めちゃくちゃ怒ってる感じだったからさ。
正直、門前払いも覚悟してたんだ。
オレは、この場にいない友達の顔を浮かべ、ぴしりと背筋を正す。
「宏章さん、この前のこと、本当に申し訳ありませんでした。お世話になったのに、成己を怪我させるなんて……」
カウンターに入って何かしていた宏章さんは、ぴたりと動きを止める。
「それで、あの……成己のお見舞いがしたいんです。大丈夫か、心配で」
「……残念だけれど、成はまだ寝ているから」
静かな声に遮られる。オレはぎょっとして、固まった。
――成己が、昼まで寝てるなんて。よっぽど、具合が悪いのか?!
居候してたとき、成己はいつも早起きだったのに。
オレはさーっと青ざめる。カウンターに手をついて、身を乗り出した。
「な、成己は大丈夫なんすか……?! 頭とか……」
「昨日、センターで診てもらったが、異常はないそうだ。ただ、今日は疲れて起きられなくてね」
「……そうですか」
最悪の事態じゃなかった。
太い、安堵の息を吐くと――宏章さんが、穏やかに言う。
「成を、心配してくれてるんだな」
「当たり前っすよ! オレの大事なダチすから……オレのせいで、傷つけて……」
後半、申し訳なくて尻つぼみになっちまった。すると、宏章さんが徐ろに問うてくる。
「今日は、兄貴に話してきたのか?」
「え。その……ハイ。一応、お見舞いに行くって。朝匡は、宏章さんと成己によろしくだそうで……」
「そうか」
宏章さんは、頷いた。
穏やかな調子だけれど、いまいち何を考えているかわからない顔だ。
もっとも、宏章さんという人は、いつもそんな感じだけど。
「今日、君が来てくれて助かったよ。俺の方も用があったもんでね」
「えっ」
意外な展開に、目を見開く。
宏章さんは、カウンターの上につい、と手を置いた。引いた後には、厚みのある封筒が残っている。
「え、これは……」
「君のバイト代だ。色々あって、渡せていなかったから」
「わ……ありがとうございます!」
反射的に、頭を下げる。
――でも、給料日でもないのに、なんで?
不思議に思って、手に取るのを躊躇っていると、「どうぞ」と促された。オレは一礼し、受け取ってみて――目を見開く。
「えっ……これ、多くないすか?!」
宏章さんの喫茶店は、時給が高い。最初に説明を受けたとき、驚いたぐらいだったしな。
けど、それにしても……多すぎる。オレがここでバイトをさせてもらったのは、数えるほどもないのに。
「こんな沢山、貰えません」
封筒を突っ返すと、宏章さんは目を細める。
「気にせずに、受け取ってくれ。それだけあれば、兄貴へのプレゼントも買えるだろう?」
「いやいや……そういうわけには!」
少し決意が揺らぐものの、断固として首を振る。
「迷惑をかけた上に、これ以上よくしてもらうわけには行かねえっす……!」
「それなら、尚更だ」
「……え?」
どういう意味――戸惑っていると、宏章さんはにこりと笑った。
「綾人君。本日付けで、君には店を辞めてもらう」
「……ふぅ」
オレは、緊張でバクバクする胸に手を当てる。手土産のスイカが、急にずしんと重い。
「綾人様、私は近くの駐車場でお待ちしてます」
「ありがとう、佐藤さん!」
店の手前で降ろしてもらい、頭を下げた。すいすいと遠ざかる車を見送り――オレは、戦場に赴く気持ちで振り返る。
「……ようし、行くか!」
数日ぶりに訪れた、年上の義弟のお店。オレは、その妻である、友達の見舞いに来たのだ。
――成己は「大丈夫」つってたけど、やっぱ心配だし……バイトが始まるまでに、もう一回きちんと謝っておきたいしな!
気合を込め、インターホンを鳴らした。
「やあ、綾人君。驚いたよ」
応対してくれた宏章さんに、店の方に通される。休業日だから、誰もいない。
オレは、直角に頭を下げた。
「突然、押しかけてスミマセン。ええと、これはお見舞いのスイカです」
「これは、お気遣いありがとう。美味しそうだ」
宏章さんが持つと、大玉のスイカが小さく見える。
オレは、ひとまず受け取って貰えたことに、ホッとした。
――宏章さん、今日は機嫌どうかな……いつもと同じに見えっけど……
こないだ謝りに来た時は、めちゃくちゃ怒ってる感じだったからさ。
正直、門前払いも覚悟してたんだ。
オレは、この場にいない友達の顔を浮かべ、ぴしりと背筋を正す。
「宏章さん、この前のこと、本当に申し訳ありませんでした。お世話になったのに、成己を怪我させるなんて……」
カウンターに入って何かしていた宏章さんは、ぴたりと動きを止める。
「それで、あの……成己のお見舞いがしたいんです。大丈夫か、心配で」
「……残念だけれど、成はまだ寝ているから」
静かな声に遮られる。オレはぎょっとして、固まった。
――成己が、昼まで寝てるなんて。よっぽど、具合が悪いのか?!
居候してたとき、成己はいつも早起きだったのに。
オレはさーっと青ざめる。カウンターに手をついて、身を乗り出した。
「な、成己は大丈夫なんすか……?! 頭とか……」
「昨日、センターで診てもらったが、異常はないそうだ。ただ、今日は疲れて起きられなくてね」
「……そうですか」
最悪の事態じゃなかった。
太い、安堵の息を吐くと――宏章さんが、穏やかに言う。
「成を、心配してくれてるんだな」
「当たり前っすよ! オレの大事なダチすから……オレのせいで、傷つけて……」
後半、申し訳なくて尻つぼみになっちまった。すると、宏章さんが徐ろに問うてくる。
「今日は、兄貴に話してきたのか?」
「え。その……ハイ。一応、お見舞いに行くって。朝匡は、宏章さんと成己によろしくだそうで……」
「そうか」
宏章さんは、頷いた。
穏やかな調子だけれど、いまいち何を考えているかわからない顔だ。
もっとも、宏章さんという人は、いつもそんな感じだけど。
「今日、君が来てくれて助かったよ。俺の方も用があったもんでね」
「えっ」
意外な展開に、目を見開く。
宏章さんは、カウンターの上につい、と手を置いた。引いた後には、厚みのある封筒が残っている。
「え、これは……」
「君のバイト代だ。色々あって、渡せていなかったから」
「わ……ありがとうございます!」
反射的に、頭を下げる。
――でも、給料日でもないのに、なんで?
不思議に思って、手に取るのを躊躇っていると、「どうぞ」と促された。オレは一礼し、受け取ってみて――目を見開く。
「えっ……これ、多くないすか?!」
宏章さんの喫茶店は、時給が高い。最初に説明を受けたとき、驚いたぐらいだったしな。
けど、それにしても……多すぎる。オレがここでバイトをさせてもらったのは、数えるほどもないのに。
「こんな沢山、貰えません」
封筒を突っ返すと、宏章さんは目を細める。
「気にせずに、受け取ってくれ。それだけあれば、兄貴へのプレゼントも買えるだろう?」
「いやいや……そういうわけには!」
少し決意が揺らぐものの、断固として首を振る。
「迷惑をかけた上に、これ以上よくしてもらうわけには行かねえっす……!」
「それなら、尚更だ」
「……え?」
どういう意味――戸惑っていると、宏章さんはにこりと笑った。
「綾人君。本日付けで、君には店を辞めてもらう」
573
お気に入りに追加
1,506
あなたにおすすめの小説


【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました
迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」
大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。
毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。
幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。
そして、ある日突然、私は全てを奪われた。
幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?
サクッと終わる短編を目指しました。
内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

運命の番なのに別れちゃったんですか?
雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。
途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。
最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる