266 / 391
最終章〜唯一の未来〜
二百六十五話
しおりを挟む
思いがけず、陽平と出会ってしまい、ぼくは気が動転した。
「はなしてっ!」
「成己!」
力いっぱい後ずさると、陽平が慌てたように距離を詰めてくる。
「待ってくれ。成己!」
「痛っ」
強く腕を握りしめられて、痛みに眉を顰めた。陽平は「悪い」って力を緩めたけれど、手を離してはくれない。
ぼくは悔しくて、唇を噛み締める。
――そもそも、何で陽平がセンターにいるん?!
フリーのアルファである陽平は、センターに用事なんかないはずやのに。
じっと睨んでいると、陽平はどこか戸惑ったように、視線をウロウロさせてから――おずおずと口を開いた。
「その……久しぶりだな」
「……手を離して」
のんびり挨拶をしたい気分じゃなくて、そっけなく言う。
それよりも離して欲しくて、そこばかり睨んでいると、陽平は慌てて手を開く。
「わ、悪い」
「……」
ぼくは自由になった手首を擦り、陽平を見やる。
……会ったのは、お義母さんの誕生会ぶりや。――久しぶりに会った陽平は、少し痩せているみたい。不思議と、ぼくを見る目には、以前のような険を感じなかった。
――『欠陥品のくせに』
でも、あの時ぶつけられた言葉と、冷たい眼差しを忘れたわけじゃない。
さりげなく遠ざかろうとするぼくに、陽平が叫んだ。
「待て! ……お前、その――怪我、どうしたんだよ!」
素っ頓狂な声が、廊下に高く響きわたる。
ぼくもぎょっとしたけど、本人はもっと驚いたみたいで、頬をさっと赤らめていた。
「え……?」
「今日、お前の家に行っ……通りがかったんだ。そうしたら、ちょうどお前が野江と出てきて……怪我してんのが見えたから、気になって」
陽平の視線が、ぼくの頬をなぞる。
「だから、追いかけてきたんだ。タクシーつかまえて……けど、途中で渋滞して、見失って。見当付けてきたから――会えるとは、思わなかった」
陽平は、ぼそぼそと言い訳するみたいに話しきって、唇を尖らせた。――きまりの悪い時の、陽平のくせ。でも、懐かしい気持ちがしたのは一瞬で、怪訝さが勝る。
――なにそれ。偶然見かけたぼくが、怪我をしていたから、追っかけてきたってこと……?
ちっとも、意味が解らない。
黙っていると、陽平は身を乗り出してきた。
「なあ、成己。なんで怪我したんだよ?」
「そんなん……陽平には関係ないやんか」
「……んだよ! 気になんだから、仕方ねぇだろ? お前、トロいわりに怪我なんかしねぇんだからさ」
「……」
陽平は苛々と髪を掻きむしり、言った。
「だから……お前が、怪我なんかしてっから――野江の奴は、何やってんだと思って! まさか、あいつのせいじゃ……」
「――!」
宏ちゃんを引き合いに出され、カッとなる。
「やめてや! 陽平に、そんなん言われる筋合いない!」
「……っ!?」
力いっぱい睨みつけると、陽平はぎょっと身を引いた。
胸がむかむかして、止まらない。よりによって、宏ちゃんのことを言うなんて、許せなかった。
「宏ちゃんが、どれだけぼくを大切にしてくれてるか、知りもしないで……! そういうの、ほんまに腹立つから!」
「な、成己――」
ぼくは、頬の湿布に触れる。もう、殆ど痛みを感じないけど――痣を見せたくなくて、貼っていた。
ずっと心を砕いて看病してくれる宏ちゃんを、これ以上苦しめたくなくて。
――『ごめんな、成』
痛みに魘された夜、夢うつつに聞いた優しい声を、思う。
宏ちゃんは……ぼくの痛みまで引き受けようとするように、抱きしめてくれた。
――宏ちゃんが、ぼくを傷つける事なんて無い。いつも、ぼくのほうが……
胸がずきりと痛む。
滲んだ涙を手の甲で拭い、陽平を睨みつける。
「……怪我はぼくの不注意やし、宏ちゃんは凄く、凄く優しいです。心配してもらう必要、ありませんので!」
きっぱり言って、踵を返す。もう、話したくなかった。
「……っ待ってくれ!」
「――あっ!?」
突然、後ろから伸びてきた腕に、抱き寄せられてしまう。
――え……!?
ばらの香りが鼻を掠め、目を瞠った。
「嫌や!」
身を捩って、陽平の胸を押しのける。――なのに、ますます力が込められて、逃れられない。泣きたくなって、叫んだ。
「やめてよ! なんでこんなことすんの!」
「成己、成己……聞いてくれ。俺は、晶に騙されてたんだ……!」
「……っ?!」
思いがけない発言に、思わず抵抗を止めてしまう。
気を良くしたのか、陽平は早口に捲し立てた。
「晶は、椹木を好きだったんだ。俺しか頼れねえなんて、嘘だった……それに、あいつにお前と野江が怪しいって言われて、お前を疑った。だから、俺は本当は」
バシン!
ぼくは、言葉を遮って――力いっぱい、頬を張り飛ばす。
「……っ!?」
陽平はびっくりしたみたいに、固まった。その隙に、なんとか腕を抜け出して――怒鳴りつけてやる。
「ふざけんといてっ!」
「な、成己……」
陽平は、おろおろしている。「信じられない」とでも言いたげに。
余計にむかついて、髪の毛が逆立つ気がした。
「騙されてた? だから、何なんよ! 陽平が、蓑崎さんを選んだことに変わりはないんやから……!」
あのとき、陽平は――蓑崎さんを守るために、ぼくと婚約破棄した。蓑崎さんを庇うために、ぼくを閉め出したんだ。
ぼくにとっては、それが全てなんやから……!
「……っ」
無遠慮に踏み荒らされた、胸が痛い。こみ上げる涙を堪えていると、陽平は呆然と立ち尽くしている。
ぼくは今度こそ、その場を走り去った。
「はなしてっ!」
「成己!」
力いっぱい後ずさると、陽平が慌てたように距離を詰めてくる。
「待ってくれ。成己!」
「痛っ」
強く腕を握りしめられて、痛みに眉を顰めた。陽平は「悪い」って力を緩めたけれど、手を離してはくれない。
ぼくは悔しくて、唇を噛み締める。
――そもそも、何で陽平がセンターにいるん?!
フリーのアルファである陽平は、センターに用事なんかないはずやのに。
じっと睨んでいると、陽平はどこか戸惑ったように、視線をウロウロさせてから――おずおずと口を開いた。
「その……久しぶりだな」
「……手を離して」
のんびり挨拶をしたい気分じゃなくて、そっけなく言う。
それよりも離して欲しくて、そこばかり睨んでいると、陽平は慌てて手を開く。
「わ、悪い」
「……」
ぼくは自由になった手首を擦り、陽平を見やる。
……会ったのは、お義母さんの誕生会ぶりや。――久しぶりに会った陽平は、少し痩せているみたい。不思議と、ぼくを見る目には、以前のような険を感じなかった。
――『欠陥品のくせに』
でも、あの時ぶつけられた言葉と、冷たい眼差しを忘れたわけじゃない。
さりげなく遠ざかろうとするぼくに、陽平が叫んだ。
「待て! ……お前、その――怪我、どうしたんだよ!」
素っ頓狂な声が、廊下に高く響きわたる。
ぼくもぎょっとしたけど、本人はもっと驚いたみたいで、頬をさっと赤らめていた。
「え……?」
「今日、お前の家に行っ……通りがかったんだ。そうしたら、ちょうどお前が野江と出てきて……怪我してんのが見えたから、気になって」
陽平の視線が、ぼくの頬をなぞる。
「だから、追いかけてきたんだ。タクシーつかまえて……けど、途中で渋滞して、見失って。見当付けてきたから――会えるとは、思わなかった」
陽平は、ぼそぼそと言い訳するみたいに話しきって、唇を尖らせた。――きまりの悪い時の、陽平のくせ。でも、懐かしい気持ちがしたのは一瞬で、怪訝さが勝る。
――なにそれ。偶然見かけたぼくが、怪我をしていたから、追っかけてきたってこと……?
ちっとも、意味が解らない。
黙っていると、陽平は身を乗り出してきた。
「なあ、成己。なんで怪我したんだよ?」
「そんなん……陽平には関係ないやんか」
「……んだよ! 気になんだから、仕方ねぇだろ? お前、トロいわりに怪我なんかしねぇんだからさ」
「……」
陽平は苛々と髪を掻きむしり、言った。
「だから……お前が、怪我なんかしてっから――野江の奴は、何やってんだと思って! まさか、あいつのせいじゃ……」
「――!」
宏ちゃんを引き合いに出され、カッとなる。
「やめてや! 陽平に、そんなん言われる筋合いない!」
「……っ!?」
力いっぱい睨みつけると、陽平はぎょっと身を引いた。
胸がむかむかして、止まらない。よりによって、宏ちゃんのことを言うなんて、許せなかった。
「宏ちゃんが、どれだけぼくを大切にしてくれてるか、知りもしないで……! そういうの、ほんまに腹立つから!」
「な、成己――」
ぼくは、頬の湿布に触れる。もう、殆ど痛みを感じないけど――痣を見せたくなくて、貼っていた。
ずっと心を砕いて看病してくれる宏ちゃんを、これ以上苦しめたくなくて。
――『ごめんな、成』
痛みに魘された夜、夢うつつに聞いた優しい声を、思う。
宏ちゃんは……ぼくの痛みまで引き受けようとするように、抱きしめてくれた。
――宏ちゃんが、ぼくを傷つける事なんて無い。いつも、ぼくのほうが……
胸がずきりと痛む。
滲んだ涙を手の甲で拭い、陽平を睨みつける。
「……怪我はぼくの不注意やし、宏ちゃんは凄く、凄く優しいです。心配してもらう必要、ありませんので!」
きっぱり言って、踵を返す。もう、話したくなかった。
「……っ待ってくれ!」
「――あっ!?」
突然、後ろから伸びてきた腕に、抱き寄せられてしまう。
――え……!?
ばらの香りが鼻を掠め、目を瞠った。
「嫌や!」
身を捩って、陽平の胸を押しのける。――なのに、ますます力が込められて、逃れられない。泣きたくなって、叫んだ。
「やめてよ! なんでこんなことすんの!」
「成己、成己……聞いてくれ。俺は、晶に騙されてたんだ……!」
「……っ?!」
思いがけない発言に、思わず抵抗を止めてしまう。
気を良くしたのか、陽平は早口に捲し立てた。
「晶は、椹木を好きだったんだ。俺しか頼れねえなんて、嘘だった……それに、あいつにお前と野江が怪しいって言われて、お前を疑った。だから、俺は本当は」
バシン!
ぼくは、言葉を遮って――力いっぱい、頬を張り飛ばす。
「……っ!?」
陽平はびっくりしたみたいに、固まった。その隙に、なんとか腕を抜け出して――怒鳴りつけてやる。
「ふざけんといてっ!」
「な、成己……」
陽平は、おろおろしている。「信じられない」とでも言いたげに。
余計にむかついて、髪の毛が逆立つ気がした。
「騙されてた? だから、何なんよ! 陽平が、蓑崎さんを選んだことに変わりはないんやから……!」
あのとき、陽平は――蓑崎さんを守るために、ぼくと婚約破棄した。蓑崎さんを庇うために、ぼくを閉め出したんだ。
ぼくにとっては、それが全てなんやから……!
「……っ」
無遠慮に踏み荒らされた、胸が痛い。こみ上げる涙を堪えていると、陽平は呆然と立ち尽くしている。
ぼくは今度こそ、その場を走り去った。
678
関連作品
「いつでも僕の帰る場所」短編集
「いつでも僕の帰る場所」短編集
お気に入りに追加
1,475
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。


半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。
深嶋
BL
恵まれた家庭環境ではないけれど、容姿には恵まれ、健気に明るく過ごしていた主人公・水元佑月。
中学一年生の佑月はバース判定検査の結果待ちをしていたが、結果を知る前に突然ヒート状態になり、発情事故を起こしてしまう。
隣のクラスの夏原にうなじを噛まれ、大きく変わってしまった人生に佑月は絶望する。
――それから数か月後。
新天地で番解消のための治療をはじめた佑月は、持ち前の明るさで前向きに楽しく生活していた。
新たな恋に夢中になっていたある日、佑月は夏原と再会して……。
色々ありながらも佑月が成長し、運命の恋に落ちて、幸せになるまでの十年間を描いた物語です。

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。
婚約破棄?しませんよ、そんなもの
おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。
アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。
けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり……
「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」
それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。
<嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる