いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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最終章〜唯一の未来〜

二百五十八話【SIDE:陽平】

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 俺は、すうと息を吸い込み、静かに口を開く。
 
「なあ、晶。お前は椹木さんに気にかけられてるぞ」
「は……だから、そんなこと」
「聞けって。――さっき聞いたんだ。椹木さん、お前に護衛をつけるつもりだったって。蓑崎の親父さんが、「護衛は蓑崎で用意する」って言ったんだとさ。だから、お前に護衛がついてないって、あの人知らなかったんだ」
「……えっ?」
 
 晶は、目を見開く。
 
「椹木さんは、たしかに仕事ばっかだったかもしんねえ。でも、行き違いがあったんだ。お前のことを、気にかけてねえなんてことは、ないはずだ」 
 
 仕事が忙しくて、家を空けがちになるアルファは椹木だけじゃない。――うちもそうだ。でも、父さんは母さんのことを愛してる。
 それに、あれだけのことがあっても、椹木が晶のことを話す声に、憎しみや嫌悪は無かった。
 俺は、呆然としてる晶に言う。
 
「なあ。お前、椹木が好きなんだろ? だったら一度、」
 
 話し合ってみろ、そう言いかけた時だった。
 
「……うそ」
 
 ぽつりと呟く声がした。
 晶は、「信じられない」という顔で、俺を凝視している。数瞬……硬直した顔面が、ぴしりとヒビが入ったように崩れ、歪んだ。
 
「はは……あははははははははっ!」
 
 ヒステリックな笑い声が、歪に笑んだ口から飛び出す。
 素っ頓狂な響きは、廊下に反響し――すぐにでも、あちこちの部屋から人が飛んできそうだった。
 
「おい、晶!?」
「あははは……!」
 
 壊れたように笑い続けながら、晶は泣いている。
 
「ひどいよ、なんで……俺ばっかり!!」
 
 涙を流し、身を揉んで――美しい陶器のような肢体は、ばらばらに砕けそうに儚い。
 荒み切っても、美しいオメガ。――アルファなら、まず欲しくなるほどの。
 父さんなら、母さんがこんな風に泣いていたら、抱きしめずにいられないだろう。
 
 ――『なんで、私ばっかり!!』
 
 ……そうだ。
 晶は、母さんと似ているのだと、今さらながらに気が付いた。
 だから、傷つけたら励まさないといけない。我慢しなきゃいけないと、心が犬のように怯えたのか。
 
 ――『陽平』
 
 今は、陽だまりのような笑顔が、俺を引き留めてくれる。
 もう、俺が抱きしめたいのは一人だけだった。
 空しい気持ちで立ち尽くしていると――ふと、晶が止まった。
 
「……許さない」
「……?」
 
 真っ赤な目が、ぐるんと俺を睨み上げた。
 蒼白な顔の中で、目尻の花が毒々しく燃えている。
 
「許さない。許さない……どうして、俺だけ……」
 
 ぶつぶつと、低い声で呟きながら、晶が近づいてくる。両の手が、項をがりがりと搔きむしり、爪の先に赤いものが見えた途端――ぶわりと甘い香りが広がった。
 
 ――……フェロモン!
 
 咄嗟に手で口と鼻を覆う。しかし、晶が突進してくるのが見え、血の気が引いた。
 全力で体当たりされ、体が傾ぐ。背中に思いきり当たった壁が、ぐらんと後ろに開いた。
 
 どしん!
 
 壁ではなくドアだと気付いたときには、俺は小部屋の床に突き倒されていた。
 ゲホゲホと咳き込んで、目を上げると……晶が馬乗りになってくる。
 
「おい!? 何考えて……!」
「……なんで、俺だけっ……お前がぁ!」
 
 晶は問いに答えない。正気を失った様に、なにか喚き続けている。 
 噎せるような甘い匂いが、近づいた。覆いかぶさって来た晶が、俺の両頬をホールドし、唇を奪おうと迫る。
 ゾッと総毛立ち、俺はもがく。
 
「やめろ!!」
 
 最悪の状況に、半ばパニックになりながら、必死に柔らかい体を押しのける。
 
 ――こんなところを見られたら、一巻の終わりだ。だが、暴力を振るうわけにもいかない! 
 
 そんなことをしたら、これ幸いと蓑崎は訴えてくるだろう。
 俺が、圧倒的に不利だ。
 もっと、周囲の状況に注意を払っておくべきだった、と嘆いても後の祭りだった。
 
「やめ……うッ!」
 
 頬を舐られるのが耐えられず、頬を押しのけると、仕返しのように指を噛まれる。振り払おうとすれば――ネクタイを引っ張られ、喉が締まった。

「が……っ」

 ぎちぎちと締め上げられ、視界が狭くなる。
 そこに――晶の顔が、どんどん近づいてくる。かぱりと開いた口の中で――赤い舌が蛭のように蠢いた。
 
 ――成己!
 
 もう終わりだと、思ったとき――ドカッ! と鈍い音がした。
 次いで、体の上に乗っていた重みが消え、苦痛から解放される。ネクタイを手繰り寄せ、縺れる指で解くと、一気に空気がなだれ込んできた。
 
「ゲホッ、ゴホッ!」
 
 体を丸め、ひとしきり咳き込んだ。苦しかった。だが、助かった……その安堵に、胸が熱くなる。
 すると、視界の端にひらりと、暗い色のスカートが翻った。
 
「――大丈夫ですか?」
 
 凛とした響きの声が、俺に訊ねる。 
 ヒリヒリ痛む喉を抑えながら、顔を上げれば――一人の少女が、鬼気迫る顔で覗き込んでいた。
 
 
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