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最終章〜唯一の未来〜
二百五十七話【SIDE:陽平】
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「陽平……」
部屋で臥せっていると聞いていた通り、晶はゆるやかな部屋着を纏っていた。明らかに、話し合いに参加しに来たんじゃねえんだとわかる姿だ。
「何やってんだよ、お前」
怪訝に思って問いかけると、晶は「こっちへ来い」と手招いた。
何となく行かないでいると、「早く!」と苛立った小声が囁く。
――相変わらず、自分のペースかよ……
呆れつつも、仕方なく傍へ寄っていくと、腕を強く引っ張られた。
「おい?」
「いいから、こっち来いって」
ぐいぐいと、近くの小部屋に連れ込まれそうになり、ぎょっとした。――この期に及んで、晶と密室で二人きりはありえない! 俺は慌てて、足を踏ん張り抵抗する。
「待て! 話ならここで出来んだろ?」
「は? ここじゃ出来ねえ話があんだよッ」
「……やめろって!」
ぶん、と思いきり腕を振りほどくと、晶はたたらを踏み後退する。
俺はさらに二三歩後退して、乱れたスーツを直す。晶は、皮肉気に唇を歪めた。
「はは。そういう態度……犯罪者になった気分だわ」
「……そんなんじゃねえよ」
「そうだろうが! あーあ、婚約ぶち壊されて、人生最悪の気分でさぁ! ちっとも訪ねて来ない弟に、久々に会えたから……話がしたかっただけなのにさ。つくづく、薄情な奴だよな、陽平ちゃんは」
「……」
涙声で詰られ、唇を噛み締める。
何をおかしなことを――頭ではそう思うのだが、弱った姿を見せられると、先に狼狽してしまう。
――騙されてたってわかった今……こいつの顔を見たら、ぶっ飛ばしてやりたくなると思ってたのに……
幼いころからの刷り込みってのが、少し恐ろしくなった。
黙っていると、部屋着の袖で目を拭った晶が、顔を上げる。真っ赤に潤んだ目が、鋭く睨みつけてくる。
「……お前さ、なんか言うことねえの」
「え?」
晶は焦れたように、言葉を重ねる。
「だから……! この状況だよ。俺に悪かったとか……そう言うの、一切ないのかよ?」
「……はぁ?」
俺は、呆気に取られた。
――俺が、晶に謝る? 普通に逆だろ。
そう思ったのが顔に出たのか、晶は目を見開いた。
「おい、嘘だろ? お前、こんなに酷いことしといてさ……ちっとも罪悪感とかねえの?」
「罪悪感って。それはこっちの台詞だろ。もとはと言えば、お前が騙したせいで、俺は成己と――」
「騙しただって!? どこがだよ、言ってみろよ!」
被せるように怒鳴られ、俺は躊躇しつつも、言葉を継ぐ。
「全部だよ! お前が俺しか頼れねえって言ったことも。成己が、野江と浮気してるみたいに言ったことも! お前が俺を嵌めたんだろうが……!」
晶は、鼻で笑った。
「何それ……そんなんで、俺のせい? 俺は本当に体のことで困ってんのに。お前、何様? 助けるって言ったのは、やっぱ大嘘だったんだ? 第一さあ、俺はちゃんと、成己くんのことも気にかけてやれって言ったよな。お前が成己くんをうざがって、無視してたんじゃん。野江がムカつくって、俺にさんざん甘えてきてたんじゃん。それを、上手く行かなかったからって、俺に当たんの?」
「……それはっ」
「そういうとこが偽善者なんだよ、くそアルファッ!!」
晶は力の限り喚いていた。
言葉に詰まり、俺は暫し押し黙った。――俺が、成己を傷つけてしまったのは、動かしようもない事実だ。晶に絆され、何度も関係を持ってしまった事も……俺の甘さが生んだことなんだ。
――俺は、成己には何百万回でも、何億回でも謝ってもいい。でも……
ぎり、と唇を噛み締める。
「確かに、俺は悪かった」
「……ほらな、だから」
「でも!」
晶は、勝ち誇ったように口角を上げた。
それを遮るよう、俺は声を張り上げる。
「それは、成己に悪いってことだ! お前には、申し訳ないと思わねえ!」
晶と相対して、思った。――殴るほどじゃない。だけど、前みたいに「守りたい」とは思わなかった。
あんな熱量は、もう湧いてこないと――凪いだ心がはっきり告げる。
今、はっきりと気づいた。
成己がいたから、そう思えたんだ。
――『陽平のこと、応援するね』
――『蓑崎さんは、陽平の大切な友達やもん……』
あの頃、成己が大事にしてくれて、俺は幸せだったから。久しぶりに再会した晶が、変わらず不幸せそうで……何とかしてやりたいと思えたんだ。
――『くそアルファ!』
お前は、ずっと俺の傷だったから。
部屋で臥せっていると聞いていた通り、晶はゆるやかな部屋着を纏っていた。明らかに、話し合いに参加しに来たんじゃねえんだとわかる姿だ。
「何やってんだよ、お前」
怪訝に思って問いかけると、晶は「こっちへ来い」と手招いた。
何となく行かないでいると、「早く!」と苛立った小声が囁く。
――相変わらず、自分のペースかよ……
呆れつつも、仕方なく傍へ寄っていくと、腕を強く引っ張られた。
「おい?」
「いいから、こっち来いって」
ぐいぐいと、近くの小部屋に連れ込まれそうになり、ぎょっとした。――この期に及んで、晶と密室で二人きりはありえない! 俺は慌てて、足を踏ん張り抵抗する。
「待て! 話ならここで出来んだろ?」
「は? ここじゃ出来ねえ話があんだよッ」
「……やめろって!」
ぶん、と思いきり腕を振りほどくと、晶はたたらを踏み後退する。
俺はさらに二三歩後退して、乱れたスーツを直す。晶は、皮肉気に唇を歪めた。
「はは。そういう態度……犯罪者になった気分だわ」
「……そんなんじゃねえよ」
「そうだろうが! あーあ、婚約ぶち壊されて、人生最悪の気分でさぁ! ちっとも訪ねて来ない弟に、久々に会えたから……話がしたかっただけなのにさ。つくづく、薄情な奴だよな、陽平ちゃんは」
「……」
涙声で詰られ、唇を噛み締める。
何をおかしなことを――頭ではそう思うのだが、弱った姿を見せられると、先に狼狽してしまう。
――騙されてたってわかった今……こいつの顔を見たら、ぶっ飛ばしてやりたくなると思ってたのに……
幼いころからの刷り込みってのが、少し恐ろしくなった。
黙っていると、部屋着の袖で目を拭った晶が、顔を上げる。真っ赤に潤んだ目が、鋭く睨みつけてくる。
「……お前さ、なんか言うことねえの」
「え?」
晶は焦れたように、言葉を重ねる。
「だから……! この状況だよ。俺に悪かったとか……そう言うの、一切ないのかよ?」
「……はぁ?」
俺は、呆気に取られた。
――俺が、晶に謝る? 普通に逆だろ。
そう思ったのが顔に出たのか、晶は目を見開いた。
「おい、嘘だろ? お前、こんなに酷いことしといてさ……ちっとも罪悪感とかねえの?」
「罪悪感って。それはこっちの台詞だろ。もとはと言えば、お前が騙したせいで、俺は成己と――」
「騙しただって!? どこがだよ、言ってみろよ!」
被せるように怒鳴られ、俺は躊躇しつつも、言葉を継ぐ。
「全部だよ! お前が俺しか頼れねえって言ったことも。成己が、野江と浮気してるみたいに言ったことも! お前が俺を嵌めたんだろうが……!」
晶は、鼻で笑った。
「何それ……そんなんで、俺のせい? 俺は本当に体のことで困ってんのに。お前、何様? 助けるって言ったのは、やっぱ大嘘だったんだ? 第一さあ、俺はちゃんと、成己くんのことも気にかけてやれって言ったよな。お前が成己くんをうざがって、無視してたんじゃん。野江がムカつくって、俺にさんざん甘えてきてたんじゃん。それを、上手く行かなかったからって、俺に当たんの?」
「……それはっ」
「そういうとこが偽善者なんだよ、くそアルファッ!!」
晶は力の限り喚いていた。
言葉に詰まり、俺は暫し押し黙った。――俺が、成己を傷つけてしまったのは、動かしようもない事実だ。晶に絆され、何度も関係を持ってしまった事も……俺の甘さが生んだことなんだ。
――俺は、成己には何百万回でも、何億回でも謝ってもいい。でも……
ぎり、と唇を噛み締める。
「確かに、俺は悪かった」
「……ほらな、だから」
「でも!」
晶は、勝ち誇ったように口角を上げた。
それを遮るよう、俺は声を張り上げる。
「それは、成己に悪いってことだ! お前には、申し訳ないと思わねえ!」
晶と相対して、思った。――殴るほどじゃない。だけど、前みたいに「守りたい」とは思わなかった。
あんな熱量は、もう湧いてこないと――凪いだ心がはっきり告げる。
今、はっきりと気づいた。
成己がいたから、そう思えたんだ。
――『陽平のこと、応援するね』
――『蓑崎さんは、陽平の大切な友達やもん……』
あの頃、成己が大事にしてくれて、俺は幸せだったから。久しぶりに再会した晶が、変わらず不幸せそうで……何とかしてやりたいと思えたんだ。
――『くそアルファ!』
お前は、ずっと俺の傷だったから。
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