いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
258 / 398
最終章〜唯一の未来〜

二百五十七話【SIDE:陽平】

しおりを挟む
「陽平……」
 
 部屋で臥せっていると聞いていた通り、晶はゆるやかな部屋着を纏っていた。明らかに、話し合いに参加しに来たんじゃねえんだとわかる姿だ。
 
「何やってんだよ、お前」
 
 怪訝に思って問いかけると、晶は「こっちへ来い」と手招いた。
 何となく行かないでいると、「早く!」と苛立った小声が囁く。
 
 ――相変わらず、自分のペースかよ……
 
 呆れつつも、仕方なく傍へ寄っていくと、腕を強く引っ張られた。
 
「おい?」
「いいから、こっち来いって」
 
 ぐいぐいと、近くの小部屋に連れ込まれそうになり、ぎょっとした。――この期に及んで、晶と密室で二人きりはありえない! 俺は慌てて、足を踏ん張り抵抗する。
 
「待て! 話ならここで出来んだろ?」
「は? ここじゃ出来ねえ話があんだよッ」
「……やめろって!」
 
 ぶん、と思いきり腕を振りほどくと、晶はたたらを踏み後退する。
 俺はさらに二三歩後退して、乱れたスーツを直す。晶は、皮肉気に唇を歪めた。
 
「はは。そういう態度……犯罪者になった気分だわ」
「……そんなんじゃねえよ」
「そうだろうが! あーあ、婚約ぶち壊されて、人生最悪の気分でさぁ! ちっとも訪ねて来ない弟に、久々に会えたから……話がしたかっただけなのにさ。つくづく、薄情な奴だよな、陽平ちゃんは」
「……」
 
 涙声で詰られ、唇を噛み締める。
 何をおかしなことを――頭ではそう思うのだが、弱った姿を見せられると、先に狼狽してしまう。
 
 ――騙されてたってわかった今……こいつの顔を見たら、ぶっ飛ばしてやりたくなると思ってたのに……
 
 幼いころからの刷り込みってのが、少し恐ろしくなった。
 黙っていると、部屋着の袖で目を拭った晶が、顔を上げる。真っ赤に潤んだ目が、鋭く睨みつけてくる。
 
「……お前さ、なんか言うことねえの」
「え?」
 
 晶は焦れたように、言葉を重ねる。
 
「だから……! この状況だよ。俺に悪かったとか……そう言うの、一切ないのかよ?」
「……はぁ?」
 
 俺は、呆気に取られた。
 
 ――俺が、晶に謝る? 普通に逆だろ。
 
 そう思ったのが顔に出たのか、晶は目を見開いた。 
 
「おい、嘘だろ? お前、こんなに酷いことしといてさ……ちっとも罪悪感とかねえの?」
「罪悪感って。それはこっちの台詞だろ。もとはと言えば、お前が騙したせいで、俺は成己と――」
「騙しただって!? どこがだよ、言ってみろよ!」
 
 被せるように怒鳴られ、俺は躊躇しつつも、言葉を継ぐ。
 
「全部だよ! お前が俺しか頼れねえって言ったことも。成己が、野江と浮気してるみたいに言ったことも! お前が俺を嵌めたんだろうが……!」
 
 晶は、鼻で笑った。
 
「何それ……そんなんで、俺のせい? 俺は本当に体のことで困ってんのに。お前、何様? 助けるって言ったのは、やっぱ大嘘だったんだ? 第一さあ、俺はちゃんと、成己くんのことも気にかけてやれって言ったよな。お前が成己くんをうざがって、無視してたんじゃん。野江がムカつくって、俺にさんざん甘えてきてたんじゃん。それを、上手く行かなかったからって、俺に当たんの?」
「……それはっ」
「そういうとこが偽善者なんだよ、くそアルファッ!!」
 
 晶は力の限り喚いていた。
 言葉に詰まり、俺は暫し押し黙った。――俺が、成己を傷つけてしまったのは、動かしようもない事実だ。晶に絆され、何度も関係を持ってしまった事も……俺の甘さが生んだことなんだ。
 
 ――俺は、成己には何百万回でも、何億回でも謝ってもいい。でも……
 
 ぎり、と唇を噛み締める。
 
「確かに、俺は悪かった」
「……ほらな、だから」
「でも!」
 
 晶は、勝ち誇ったように口角を上げた。
 それを遮るよう、俺は声を張り上げる。
 
「それは、成己に悪いってことだ! お前には、申し訳ないと思わねえ!」
 
 晶と相対して、思った。――殴るほどじゃない。だけど、前みたいに「守りたい」とは思わなかった。
 あんな熱量は、もう湧いてこないと――凪いだ心がはっきり告げる。
 今、はっきりと気づいた。
 成己がいたから、そう思えたんだ。

――『陽平のこと、応援するね』
――『蓑崎さんは、陽平の大切な友達やもん……』

 あの頃、成己が大事にしてくれて、俺は幸せだったから。久しぶりに再会した晶が、変わらず不幸せそうで……何とかしてやりたいと思えたんだ。
 
 ――『くそアルファ!』
 
 お前は、ずっと俺の傷だったから。
しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...