258 / 346
最終章〜唯一の未来〜
二百五十七話【SIDE:陽平】
しおりを挟む
「陽平……」
部屋で臥せっていると聞いていた通り、晶はゆるやかな部屋着を纏っていた。明らかに、話し合いに参加しに来たんじゃねえんだとわかる姿だ。
「何やってんだよ、お前」
怪訝に思って問いかけると、晶は「こっちへ来い」と手招いた。
何となく行かないでいると、「早く!」と苛立った小声が囁く。
――相変わらず、自分のペースかよ……
呆れつつも、仕方なく傍へ寄っていくと、腕を強く引っ張られた。
「おい?」
「いいから、こっち来いって」
ぐいぐいと、近くの小部屋に連れ込まれそうになり、ぎょっとした。――この期に及んで、晶と密室で二人きりはありえない! 俺は慌てて、足を踏ん張り抵抗する。
「待て! 話ならここで出来んだろ?」
「は? ここじゃ出来ねえ話があんだよッ」
「……やめろって!」
ぶん、と思いきり腕を振りほどくと、晶はたたらを踏み後退する。
俺はさらに二三歩後退して、乱れたスーツを直す。晶は、皮肉気に唇を歪めた。
「はは。そういう態度……犯罪者になった気分だわ」
「……そんなんじゃねえよ」
「そうだろうが! あーあ、婚約ぶち壊されて、人生最悪の気分でさぁ! ちっとも訪ねて来ない弟に、久々に会えたから……話がしたかっただけなのにさ。つくづく、薄情な奴だよな、陽平ちゃんは」
「……」
涙声で詰られ、唇を噛み締める。
何をおかしなことを――頭ではそう思うのだが、弱った姿を見せられると、先に狼狽してしまう。
――騙されてたってわかった今……こいつの顔を見たら、ぶっ飛ばしてやりたくなると思ってたのに……
幼いころからの刷り込みってのが、少し恐ろしくなった。
黙っていると、部屋着の袖で目を拭った晶が、顔を上げる。真っ赤に潤んだ目が、鋭く睨みつけてくる。
「……お前さ、なんか言うことねえの」
「え?」
晶は焦れたように、言葉を重ねる。
「だから……! この状況だよ。俺に悪かったとか……そう言うの、一切ないのかよ?」
「……はぁ?」
俺は、呆気に取られた。
――俺が、晶に謝る? 普通に逆だろ。
そう思ったのが顔に出たのか、晶は目を見開いた。
「おい、嘘だろ? お前、こんなに酷いことしといてさ……ちっとも罪悪感とかねえの?」
「罪悪感って。それはこっちの台詞だろ。もとはと言えば、お前が騙したせいで、俺は成己と――」
「騙しただって!? どこがだよ、言ってみろよ!」
被せるように怒鳴られ、俺は躊躇しつつも、言葉を継ぐ。
「全部だよ! お前が俺しか頼れねえって言ったことも。成己が、野江と浮気してるみたいに言ったことも! お前が俺を嵌めたんだろうが……!」
晶は、鼻で笑った。
「何それ……そんなんで、俺のせい? 俺は本当に体のことで困ってんのに。お前、何様? 助けるって言ったのは、やっぱ大嘘だったんだ? 第一さあ、俺はちゃんと、成己くんのことも気にかけてやれって言ったよな。お前が成己くんをうざがって、無視してたんじゃん。野江がムカつくって、俺にさんざん甘えてきてたんじゃん。それを、上手く行かなかったからって、俺に当たんの?」
「……それはっ」
「そういうとこが偽善者なんだよ、くそアルファッ!!」
晶は力の限り喚いていた。
言葉に詰まり、俺は暫し押し黙った。――俺が、成己を傷つけてしまったのは、動かしようもない事実だ。晶に絆され、何度も関係を持ってしまった事も……俺の甘さが生んだことなんだ。
――俺は、成己には何百万回でも、何億回でも謝ってもいい。でも……
ぎり、と唇を噛み締める。
「確かに、俺は悪かった」
「……ほらな、だから」
「でも!」
晶は、勝ち誇ったように口角を上げた。
それを遮るよう、俺は声を張り上げる。
「それは、成己に悪いってことだ! お前には、申し訳ないと思わねえ!」
晶と相対して、思った。――殴るほどじゃない。だけど、前みたいに「守りたい」とは思わなかった。
あんな熱量は、もう湧いてこないと――凪いだ心がはっきり告げる。
今、はっきりと気づいた。
成己がいたから、そう思えたんだ。
――『陽平のこと、応援するね』
――『蓑崎さんは、陽平の大切な友達やもん……』
あの頃、成己が大事にしてくれて、俺は幸せだったから。久しぶりに再会した晶が、変わらず不幸せそうで……何とかしてやりたいと思えたんだ。
――『くそアルファ!』
お前は、ずっと俺の傷だったから。
部屋で臥せっていると聞いていた通り、晶はゆるやかな部屋着を纏っていた。明らかに、話し合いに参加しに来たんじゃねえんだとわかる姿だ。
「何やってんだよ、お前」
怪訝に思って問いかけると、晶は「こっちへ来い」と手招いた。
何となく行かないでいると、「早く!」と苛立った小声が囁く。
――相変わらず、自分のペースかよ……
呆れつつも、仕方なく傍へ寄っていくと、腕を強く引っ張られた。
「おい?」
「いいから、こっち来いって」
ぐいぐいと、近くの小部屋に連れ込まれそうになり、ぎょっとした。――この期に及んで、晶と密室で二人きりはありえない! 俺は慌てて、足を踏ん張り抵抗する。
「待て! 話ならここで出来んだろ?」
「は? ここじゃ出来ねえ話があんだよッ」
「……やめろって!」
ぶん、と思いきり腕を振りほどくと、晶はたたらを踏み後退する。
俺はさらに二三歩後退して、乱れたスーツを直す。晶は、皮肉気に唇を歪めた。
「はは。そういう態度……犯罪者になった気分だわ」
「……そんなんじゃねえよ」
「そうだろうが! あーあ、婚約ぶち壊されて、人生最悪の気分でさぁ! ちっとも訪ねて来ない弟に、久々に会えたから……話がしたかっただけなのにさ。つくづく、薄情な奴だよな、陽平ちゃんは」
「……」
涙声で詰られ、唇を噛み締める。
何をおかしなことを――頭ではそう思うのだが、弱った姿を見せられると、先に狼狽してしまう。
――騙されてたってわかった今……こいつの顔を見たら、ぶっ飛ばしてやりたくなると思ってたのに……
幼いころからの刷り込みってのが、少し恐ろしくなった。
黙っていると、部屋着の袖で目を拭った晶が、顔を上げる。真っ赤に潤んだ目が、鋭く睨みつけてくる。
「……お前さ、なんか言うことねえの」
「え?」
晶は焦れたように、言葉を重ねる。
「だから……! この状況だよ。俺に悪かったとか……そう言うの、一切ないのかよ?」
「……はぁ?」
俺は、呆気に取られた。
――俺が、晶に謝る? 普通に逆だろ。
そう思ったのが顔に出たのか、晶は目を見開いた。
「おい、嘘だろ? お前、こんなに酷いことしといてさ……ちっとも罪悪感とかねえの?」
「罪悪感って。それはこっちの台詞だろ。もとはと言えば、お前が騙したせいで、俺は成己と――」
「騙しただって!? どこがだよ、言ってみろよ!」
被せるように怒鳴られ、俺は躊躇しつつも、言葉を継ぐ。
「全部だよ! お前が俺しか頼れねえって言ったことも。成己が、野江と浮気してるみたいに言ったことも! お前が俺を嵌めたんだろうが……!」
晶は、鼻で笑った。
「何それ……そんなんで、俺のせい? 俺は本当に体のことで困ってんのに。お前、何様? 助けるって言ったのは、やっぱ大嘘だったんだ? 第一さあ、俺はちゃんと、成己くんのことも気にかけてやれって言ったよな。お前が成己くんをうざがって、無視してたんじゃん。野江がムカつくって、俺にさんざん甘えてきてたんじゃん。それを、上手く行かなかったからって、俺に当たんの?」
「……それはっ」
「そういうとこが偽善者なんだよ、くそアルファッ!!」
晶は力の限り喚いていた。
言葉に詰まり、俺は暫し押し黙った。――俺が、成己を傷つけてしまったのは、動かしようもない事実だ。晶に絆され、何度も関係を持ってしまった事も……俺の甘さが生んだことなんだ。
――俺は、成己には何百万回でも、何億回でも謝ってもいい。でも……
ぎり、と唇を噛み締める。
「確かに、俺は悪かった」
「……ほらな、だから」
「でも!」
晶は、勝ち誇ったように口角を上げた。
それを遮るよう、俺は声を張り上げる。
「それは、成己に悪いってことだ! お前には、申し訳ないと思わねえ!」
晶と相対して、思った。――殴るほどじゃない。だけど、前みたいに「守りたい」とは思わなかった。
あんな熱量は、もう湧いてこないと――凪いだ心がはっきり告げる。
今、はっきりと気づいた。
成己がいたから、そう思えたんだ。
――『陽平のこと、応援するね』
――『蓑崎さんは、陽平の大切な友達やもん……』
あの頃、成己が大事にしてくれて、俺は幸せだったから。久しぶりに再会した晶が、変わらず不幸せそうで……何とかしてやりたいと思えたんだ。
――『くそアルファ!』
お前は、ずっと俺の傷だったから。
592
お気に入りに追加
1,401
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
Tally marks
あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。
カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。
「関心が無くなりました。別れます。さよなら」
✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。
✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。
✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。
✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。
✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません)
🔺ATTENTION🔺
このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。
そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。
そこだけ本当、ご留意ください。
また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい)
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。
➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
これを加筆修正しながら更新していきます。
ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる