いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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最終章〜唯一の未来〜

二百五十六話【SIDE:陽平】

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「……は?」
 
 蓑崎さんの言葉に、俺は一瞬あっけにとられた。
 
――何いってんだ? この人……。この状況で、それはズレ過ぎだろ。
 
 けど、呆然とする俺に向かって、蓑崎さんは冷然とした笑みを浮かべる。
 
「そう、晶のことは俺が守っていた。勘違いしてしゃしゃり出てきた挙句、よくもあの子の幸せを壊してくれたな」
「……!」
「蓑崎、息子への侮辱はよせ。此度は、椹木さんにはまことに申し訳ないことだったが……私はお前には詫びて貰うつもりだ」
 
 父さんの声が、一段と低くなる。蓑崎さんは片耳に指を突っ込んで、目を眇めた。
 
「ふん。大方、晶の弱みに付け込んで、あわよくば結婚したかったというところだろう。晶と君の婚約者では、月とスッポンだからな。だが、晶が君に振り向かなかったからと、あの子を責めるのは男らしくないと思うが?」
「……な!」
 
 とんでもない言い様に、カッと頭に血が上る。
 
「成己を侮辱するな! 成己は良い奴だ……それこそ、晶とは比べもんにならないくらいな!」
 
 自分でも驚くくらい、剣呑な声が出た。
 
「陽平」
 
 父さんが俺を留める様に呼ぶ。「冷静になれ」、そういう事だ。
 けど、許せなかった。――成己のことも知りもしないで、ふざけるなと思った。
 蓑崎は、不快げに鼻を鳴らした。
 
「負け惜しみか……つくづくみっともない」
「そんなんじゃねえ。いいか、成己は――あんたの息子に、ずっと親切だったぞ。晶が泊りに来ても、ニコニコして飯を作って、洗濯して……なのに、晶のせいで辛い目に遭わせたんだ。その父親のあんたに、成己を侮辱する権利は無い!」
 
 力の限り怒鳴って、睨みつけてやる。視界の端で、椹木が目を伏せたのがわかった。
 しかし、肝心の蓑崎はつまらなそうに息を吐く。
 
「全く、言いがかりは止せと言っているのに。”ご自慢”の婚約者を捨てたのは君だったはずだが」
「……っ」
 
 痛いところをつかれ、ぐっと押し黙る。
 
「それに、俺の記憶が確かなら――その婚約者とやらは、とっくに野江の次男に嫁いでいなかったか? 君と別れて間もないのに、もう次の雄に……ククッ。確かに、そんな淫蕩な性質のオメガを良いと思うなら、晶の美質はわからないか」
「……このッ!」
「陽平! 止さないか!」
 
 カッとなって掴みかかろうとしたところを、父さんに羽交い絞めにされてしまった。蓑崎の前には、椹木が立ちはだかり、何やら訴えている。
 
「蓑崎さん、止めてください。野江さんの奥方の侮辱は、私もとても聞いていられません」
「――ふん。君は誰の婚約者なのだか。見込んでいたのに、豚に真珠だった」
「……」
 
 蓑崎の悪態に、椹木は悲し気に眉を顰めた。
 
「父さん、離してくれよ!」
「馬鹿者!」
 
 ドッ! と重い一撃が、鳩尾に沈む。かは、と喉の奥で呼気が弾け、体を丸める。
 
「部屋の外へ出ろ。お前がいては、話しが進まん」
 
 厳しい声が、俺に命令する。
 当主の威圧に逆らえず、俺は唇を噛み締め、頭を下げた。
 
「……申し訳ありません」
 
 悔しさを噛み締めて、部屋の扉に歩んでゆくと、蓑崎が勝ち誇ったように言う。
 
「城山。お前は良い後継者を持ったな?」
 
 皮肉丸出しの言葉に、奥歯を割れそうなほど噛みしめる。
 
 ――クソ野郎……!
 
 親の前で侮辱され、悔しくてならない。
 ここでこれ以上喚いても、形成が不利になるだけ――そう、こっちが我慢するしかないと、わかっていてやっていやがる。
 震える手でドアノブを握りしめ、振り返る。
 
「失礼しました」
 
 父さんと椹木に一礼し、蓑崎を見た。余裕たっぷりの、人を小馬鹿にした笑み。――晶が、自分を詰る奴を見る時の顔に、そっくりだった。
 
「……蓑崎さん。言い忘れてました」
 
 そう思ったら、口が勝手に話し出していた。
 
「晶はね。椹木さんと……あなたにずっと嫌われていて、俺しか頼れないと泣きついて来たんですよ。どうか見捨てないでくれって、自分から服を脱いで、求めてきたことも一度じゃないんです」
「――あ?」
 
 蓑崎の口が、ポカンと開く。予想外のことが起きた時の顔――そういうところも似てやがる、と俺はせせら笑った。
 
「ええ、あなたの言う通り、勘違いしてました。あいつは本当に助けを求めてるって。俺は箱入りの世間知らずで……ただ、婚約者に隠れてセックスの相手を欲しがってただけなんて、思いもしなかったんです。成己にバレたその場で、俺にしゃぶりついてくる淫乱ぶりを見てもね!」
 
 俺の言葉に、蓑崎は青ざめた。――怒りのせいなのは、食いしばった唇から突き出す牙が、物語る。
 
「黙れ! ……貴様に晶の何がわかる? あの子は不幸な子なんだ!!!」
「蓑崎さん! 落ち着いてください」
 
 飛びかかろうとする蓑崎を、椹木が押さえ込んでいる。
 殴りかかって来たなら、好都合だったのに――と思いながら、父さんに何か言われる前に、外に出た。
 確実に人を傷つけたという、薄暗い快感を噛み締めながら。
 
 

 
 
 パタン、と後ろでにドアを閉める。
 廊下の静けさに身を置くと、どっと疲れが出た。がしがしと髪を掻き回し、息を吐く。
 
「……はぁ」
 
 何やってんだか。
 
 ――成己を侮辱するな、か……どの口が言うんだよ。
 
 蓑崎の言葉に、死ぬほど腹が立って言い返した。でも、そこに八つ当たりは入ってはいなかったか?
「晶と大違い」も、「野江と浮気をした」も……全部、俺の言葉じゃねえか。
 大馬鹿の俺は、成己にぶつけちまったんだ。あのおっさんは、ただの他人だが……親友で、恋人だった俺に言われて、成己はどんな気持ちがしただろう。
 
「本当の馬鹿だな、俺は……」
 
 心から、自嘲が漏れる。
 いまこの時、成己に謝りたくて仕方なかった。
 情けない気持ちで壁に凭れたとき、人の視線を感じて、顔を上げる。
 
「……あ」
 
 廊下の影から、おずおずと顔を出しているのは……晶だった。
 
 
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