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最終章〜唯一の未来〜
二百五十四話【SIDE:陽平】
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数日前、帰国した父さんは怒り心頭だった。
『陽平! なんてことをしたんだ、お前は――!』
どうも、とっくに母さんから事情を聞いていたらしい。実家に呼び出されたと思ったら、玄関を潜った瞬間にぶん殴られた。
今まで叱られても、殴られたことなんかなかったから、すげぇ吃驚して。呆然と見上げた父さんは、見たことないほど怒っていて、握り拳をぶるぶる震わせていた。
『晶君と関係を持った挙句、成己さんを婚約破棄しただと。良い人だったのに。それも、こんな土壇場で……! 婚約者をセンター送りにしかけたなど、男の風上にも置けんぞ!』
父さんの叱責は雷みたいに鋭く、俺の体を貫いた。使用人達が止めなかったら、もうニ、三発は殴られるとこだったと思う。
けど、殴られたこと以上に、ショックだったのは――やっぱり、俺は成己に取り返しのつかねぇ真似をしたんだと、わかったことだ。
――ごめん、成己。
床に項垂れて、そればかり頭に浮かんでいた。
そして――その日からすぐに、関係者への謝罪行脚が始まったんだ。
『誠に申し訳ありませんでした』
センターを始め、俺の婚約に関わった人たちに頭を下げて回った。父さんは、「お前だけに行かせるわけにいかない」と、どこへもついて来た。信頼を失ったんだろう。
それでも息子の不始末で、たくさんの人に頭を下げる父の背を見ると、申し訳ないやらで――居た堪れなかった。
一生分の「申し訳ありませんでした」を言ったんじゃないかって、数日間。だが……
――成己。一番、謝りたいお前に謝れてねぇ。
本当は、最初に謝罪に行かせて欲しいとアポを取ったのが、成己だったんだ。
けど、先方から「謝罪は受けない」と断られちまって、かなわなかった。電話口に出たのは、野江らしい。
ナイト気取りのあの男のことだ。防波堤のつもりに違いない。
『成己に会って、謝らせて欲しい』
『こちらにも事情があるし、来られても困る』
何度頼んでも、けんもほろろに断られてる。今日に至るまで、会うことも叶わない。
それで、仕方なく後回しになってしまって。
明日、蓑崎と椹木との話し合いを先にすることになったのだ。
「はぁ……」
俺は、ため息を吐く。
昼飯の食器をシンクへ持っていき、洗い始める。
――三家での話し合いってのも……どう出てくるだろう。椹木はともかく、蓑崎は……
母さんに聞いたけど、晶は俺とのことを、「合意じゃなかった」と言い張っていたらしい。
流石に無ぇだろって、絶句した。ひどい暴言だ――あれだけ守ろうと、必死になっていた自分が哀れになる。
「晶、あいつ……明日は絶対、問い詰めてやる」
話し合いは蓑崎邸で行われる。必ず、晶も居るはずだ。
成己との仲を壊すに飽きたらず、城山の名誉まで貶めるなど、あり得ない。
……流石に、そこまで卑劣じゃないと、信じたかった。
翌日――予定通り、蓑崎邸で話し合いは始まった。
俺と、父さん。晶の親父と椹木と――四人のアルファが、顔を突き合わせる。通された応接室は広く立派だったが、威圧感で狭く感じる。
「――蓑崎。息子への侮辱を撤回し、謝罪して貰う。こちらは婚約破棄までして、晶くんを助けようとしたんだ。それとも、恩を仇で返すのが蓑崎の流儀か」
父さんが厳しい声音で詰め寄る。
すると、真向かいのソファに腰掛けた、晶の親父――蓑崎さんが、肩を竦めた。
「言いがかりも甚だしいな。婚約破棄と言うなら、うちも同じ目に遭っている。お前の妻が、貴彦くんの家に上がりこみ、しでかした事のせいで。むしろ、足を引っ張られて迷惑しているのだが……?」
蓑崎さんは、晶とよく似た顔立ちを、皮肉な笑みに歪めた。
父さんと蓑崎さんは、学生時代からの友人で……その分、物言いも遠慮がない。
年若の椹木だけが、所在なさげに座っている。
父さんは、僅かに眉を顰めた。
「それは、そちらの自業自得だろう。婚約者がいながら、他のアルファと関係を持った。椹木さんが許せないのは当然だろう」
「……何? 城山、貴様。晶の事情を知っていて、それを言ったのか」
蓑崎さんは急に気色ばんだ。
「晶君は、何度もうちに訪れていた。護衛の一人も連れずにな。とても、息子を怖がっている人間の行動とは思えないが……」
「ふざけるな! お前の息子のせいで、晶がどれほど辛い思いをしたか。お前は、アルファの息子しかいないから、そんな無体を言うのか?」
蓑崎さんは、ソファを蹴倒すように立ち、父さんに掴みかかろうとする。
「!」
咄嗟に、止めに入ろうと立ち上がった。だが、俺より早く、椹木が父さんの前に立ちはだかる。
「落ち着いてください、蓑崎さん」
「貴彦くん」
「お気持ちはわかります。ですが、どうか冷静に」
誠実な声音で寄り添われ、冷静になったのか……蓑崎さんはソファに座り直した。
不満そうに、横目で椹木を見やる。
「偉そうなことを言うね。俺は君にも言いたいことがあるんだが。君が晶の婚約者として、務めを果たさなかったから、こんな事態を招いたんだぞ?」
「……返す言葉もありません。私は、たしかに晶さんにとって、良い伴侶とは言えなかったでしょう」
蓑崎さんになじられ、椹木は目を伏せる。父さんが咳払いし、椹木の方に身を乗り出した。
「いや、椹木さん。私が言うのもなんですが。あなたは被害者ですよ」
父さんとしては、椹木が蓑崎に寄り添うのは良くない気持ちもあるだろう。もちろん、俺にとってもだが。
と、蓑崎さんがせせら笑う。
「ふん。自己弁護か? お前も仕事にかまけ、オメガの扱いは知らんようだからな。それとも、あんなヒステリーを起こすオメガだから、あえて冷たくしてるのか?」
「……妻を侮辱するのは許さん」
「父さん!」
今度は父さんが立ち上がり、俺は慌てて引き止めた。
――父さんは、母さんのことになると冷静さを欠く。相手はわかってて、煽ってきてるんだぞ。
「すみません、よろしいですか」
すると……黙っていた椹木が、声をあげる。蓑崎さんが舌打ちでもしそうな顔で促すと、椹木は「ありがとう」と微笑した。
「先ほど、護衛も連れずと城山さんがおっしゃいましたね。晶さんは、いつも一人きりで城山さんのお宅へ?」
「……ええ。そうですが」
水を向けられたことで、少し冷静さを取り戻した父さんが頷く。
すると、椹木は眉根を寄せた。
「成程。――一体、どういうことでしょうか、蓑崎さん」
『陽平! なんてことをしたんだ、お前は――!』
どうも、とっくに母さんから事情を聞いていたらしい。実家に呼び出されたと思ったら、玄関を潜った瞬間にぶん殴られた。
今まで叱られても、殴られたことなんかなかったから、すげぇ吃驚して。呆然と見上げた父さんは、見たことないほど怒っていて、握り拳をぶるぶる震わせていた。
『晶君と関係を持った挙句、成己さんを婚約破棄しただと。良い人だったのに。それも、こんな土壇場で……! 婚約者をセンター送りにしかけたなど、男の風上にも置けんぞ!』
父さんの叱責は雷みたいに鋭く、俺の体を貫いた。使用人達が止めなかったら、もうニ、三発は殴られるとこだったと思う。
けど、殴られたこと以上に、ショックだったのは――やっぱり、俺は成己に取り返しのつかねぇ真似をしたんだと、わかったことだ。
――ごめん、成己。
床に項垂れて、そればかり頭に浮かんでいた。
そして――その日からすぐに、関係者への謝罪行脚が始まったんだ。
『誠に申し訳ありませんでした』
センターを始め、俺の婚約に関わった人たちに頭を下げて回った。父さんは、「お前だけに行かせるわけにいかない」と、どこへもついて来た。信頼を失ったんだろう。
それでも息子の不始末で、たくさんの人に頭を下げる父の背を見ると、申し訳ないやらで――居た堪れなかった。
一生分の「申し訳ありませんでした」を言ったんじゃないかって、数日間。だが……
――成己。一番、謝りたいお前に謝れてねぇ。
本当は、最初に謝罪に行かせて欲しいとアポを取ったのが、成己だったんだ。
けど、先方から「謝罪は受けない」と断られちまって、かなわなかった。電話口に出たのは、野江らしい。
ナイト気取りのあの男のことだ。防波堤のつもりに違いない。
『成己に会って、謝らせて欲しい』
『こちらにも事情があるし、来られても困る』
何度頼んでも、けんもほろろに断られてる。今日に至るまで、会うことも叶わない。
それで、仕方なく後回しになってしまって。
明日、蓑崎と椹木との話し合いを先にすることになったのだ。
「はぁ……」
俺は、ため息を吐く。
昼飯の食器をシンクへ持っていき、洗い始める。
――三家での話し合いってのも……どう出てくるだろう。椹木はともかく、蓑崎は……
母さんに聞いたけど、晶は俺とのことを、「合意じゃなかった」と言い張っていたらしい。
流石に無ぇだろって、絶句した。ひどい暴言だ――あれだけ守ろうと、必死になっていた自分が哀れになる。
「晶、あいつ……明日は絶対、問い詰めてやる」
話し合いは蓑崎邸で行われる。必ず、晶も居るはずだ。
成己との仲を壊すに飽きたらず、城山の名誉まで貶めるなど、あり得ない。
……流石に、そこまで卑劣じゃないと、信じたかった。
翌日――予定通り、蓑崎邸で話し合いは始まった。
俺と、父さん。晶の親父と椹木と――四人のアルファが、顔を突き合わせる。通された応接室は広く立派だったが、威圧感で狭く感じる。
「――蓑崎。息子への侮辱を撤回し、謝罪して貰う。こちらは婚約破棄までして、晶くんを助けようとしたんだ。それとも、恩を仇で返すのが蓑崎の流儀か」
父さんが厳しい声音で詰め寄る。
すると、真向かいのソファに腰掛けた、晶の親父――蓑崎さんが、肩を竦めた。
「言いがかりも甚だしいな。婚約破棄と言うなら、うちも同じ目に遭っている。お前の妻が、貴彦くんの家に上がりこみ、しでかした事のせいで。むしろ、足を引っ張られて迷惑しているのだが……?」
蓑崎さんは、晶とよく似た顔立ちを、皮肉な笑みに歪めた。
父さんと蓑崎さんは、学生時代からの友人で……その分、物言いも遠慮がない。
年若の椹木だけが、所在なさげに座っている。
父さんは、僅かに眉を顰めた。
「それは、そちらの自業自得だろう。婚約者がいながら、他のアルファと関係を持った。椹木さんが許せないのは当然だろう」
「……何? 城山、貴様。晶の事情を知っていて、それを言ったのか」
蓑崎さんは急に気色ばんだ。
「晶君は、何度もうちに訪れていた。護衛の一人も連れずにな。とても、息子を怖がっている人間の行動とは思えないが……」
「ふざけるな! お前の息子のせいで、晶がどれほど辛い思いをしたか。お前は、アルファの息子しかいないから、そんな無体を言うのか?」
蓑崎さんは、ソファを蹴倒すように立ち、父さんに掴みかかろうとする。
「!」
咄嗟に、止めに入ろうと立ち上がった。だが、俺より早く、椹木が父さんの前に立ちはだかる。
「落ち着いてください、蓑崎さん」
「貴彦くん」
「お気持ちはわかります。ですが、どうか冷静に」
誠実な声音で寄り添われ、冷静になったのか……蓑崎さんはソファに座り直した。
不満そうに、横目で椹木を見やる。
「偉そうなことを言うね。俺は君にも言いたいことがあるんだが。君が晶の婚約者として、務めを果たさなかったから、こんな事態を招いたんだぞ?」
「……返す言葉もありません。私は、たしかに晶さんにとって、良い伴侶とは言えなかったでしょう」
蓑崎さんになじられ、椹木は目を伏せる。父さんが咳払いし、椹木の方に身を乗り出した。
「いや、椹木さん。私が言うのもなんですが。あなたは被害者ですよ」
父さんとしては、椹木が蓑崎に寄り添うのは良くない気持ちもあるだろう。もちろん、俺にとってもだが。
と、蓑崎さんがせせら笑う。
「ふん。自己弁護か? お前も仕事にかまけ、オメガの扱いは知らんようだからな。それとも、あんなヒステリーを起こすオメガだから、あえて冷たくしてるのか?」
「……妻を侮辱するのは許さん」
「父さん!」
今度は父さんが立ち上がり、俺は慌てて引き止めた。
――父さんは、母さんのことになると冷静さを欠く。相手はわかってて、煽ってきてるんだぞ。
「すみません、よろしいですか」
すると……黙っていた椹木が、声をあげる。蓑崎さんが舌打ちでもしそうな顔で促すと、椹木は「ありがとう」と微笑した。
「先ほど、護衛も連れずと城山さんがおっしゃいましたね。晶さんは、いつも一人きりで城山さんのお宅へ?」
「……ええ。そうですが」
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