いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百四十一話

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『――いま、打合せが終わったよ。すぐに帰るからな』
「宏ちゃん、お疲れさま。安全運転で帰ってきてね」
『ああ。変わりはないか?』
 
 電話口の宏ちゃんは、とても心配そう。
 
「うん。大丈夫!」
『気を付けてな? 鍵は持ってるし、開けなくていいから』
「ふふ。はーい、宏ちゃんも気を付けて」
 
 笑って通話を終えると、スマホを置いた。
 
 ――宏ちゃんってば、心配性なんやから。
 
 くすぐったい気持ちで、頬を押さえる。
 宏ちゃんは、ついに明日から始まる原稿展の為に、午前から出かけてるん。今日も、センターに送ってこうかって言ってくれたんやけどね、忙しいのにお手間やし。
 それに、お兄さんが来るかもしれへんから、残ってたかったん。
 
――『朝匡から連絡きた!』
 
 今朝、綾人が嬉しそうに教えてくれたんよ。
 お兄さんは、「会いに行く」ってメッセージをくれたみたいで、綾人はずっとソワソワしてる。
 それやったら、入れ違いにならへんようにした方がええかなあって宏ちゃんに頼んで、なんとかオーケーしてもらえたん。
 
『じゃあ、戸締まりに気をつけること。ドアを開けないこと、インターホンが鳴っても知らんふりすること……』
『えっ。でも、大切な小包とか……』
『お前以上に大切なもんなんてない』
『ひえ。わ、わかりました……!』
 
 真剣な口調で諭されて、どきどきしちゃった。でもね、宏ちゃんが、凄く案じてくれるのが伝わってきて……嬉しくて。
 やから、きちんとしないとなって気持ちが引き締まる。
 
――もう夕方になるけど、何もなかったし! あとは宏ちゃんをお出迎えして……
 
「なーるみー」
 
 ふと、綾人の声が聞こえてはっとする。
 
「あ……いけないっ」
 
 綾人と勉強の最中なんやった。
 本を取りに来たのに、つい話し込んじゃって。きっと待っているよね。
 
「はーいっ」
 
 ぼくは、取りに来た本を抱えて、書斎を出た。――けれど、戻った居間には綾人の姿がなくて、きょとんとする。
 
「綾人?」
 
 どこに行ったんやろ?
 本をテーブルに置いて、きょろきょろしてると、もう一度名前を呼ばれた。
 階下から聞こえてくるみたい。
 
「おやつ取りに行ったのかな……?」
 
 首をかしげつつ、階下に降りていき――ぼくは、ぎょっと目を見開いた。
 
「えっ!?」
 
 本日は休業の、うさぎやの店内。笑顔の綾人の隣に――居るはずのない人の姿を見つけて。
 
「さ、椹木さん……?」

 
 
 
 
 どうして、ここに椹木さんが。
 
「突然押しかけて、申し訳ありません」
「あ、いいえ……!」
 
 申し訳なさそうな椹木さんに、反射的に首を振ってから……たらーと冷や汗が伝う。
 
  ――まずーいっ! 宏ちゃんに、誰も入れちゃダメって言われてるのに……!
 
 おろおろするぼくに、近寄って来た綾人がこっそり説明してくれる。
 
「ピンポン鳴ってたから、降りて来てみりゃ椹木先生でさー。宏章さんに用事なんだって!」
「あっ……そうなんや」
「まずかった? 外暑いし、知らねえ人じゃないから、入ってもらって大丈夫かなって……」
 
 しゅんとする綾人に、慌てて頭を振る。
 でも……ホント言うとね、誰も入れるべきじゃないと思うんよ。椹木さんを信用しないわけではないけど、アルファとオメガだけが同じ家の中にいるのはちょっと、防犯的に良くないから。
 
  ――でも……宏ちゃんのご友人に、「出てってください」なんて言うわけにはいかないよ~……
 
 これは、のんびりしてたぼくが悪い。お人よしの綾人は見過ごせへんのわかるし、入ってしまったものは仕方ない。
 悩んだのは一瞬で、ぼくは覚悟を決めた。
 
「ありがと、綾人っ。椹木さん、いらっしゃいませっ。宏章さん、もう戻りますので。お待ちくださいね」
「ああ、申し訳ない。どうかお気遣いなく……」
 
 椹木さんに挨拶をして、お茶を出すべくカウンターに回り込む。綾人がテーブル席にご案内してくれているのを見ながら、お茶の準備をする。
 宏ちゃんが帰ってくれるまで、なんにもありませんようにっ……!
 
「どうぞ、お外お暑かったでしょう」
「あ……どうもすみません」
 
 アイスティをお出しすると、椹木さんは恐縮したように肩を竦めはった。ストローをさす手つきは、どことなくぎこちない。というより、心ここにあらずの気がした。
 
 ――どうしはったんやろう。なんだか様子が……それに、宏ちゃんへの用事って、いったい何なんやろう……?
 
 不安に思いつつ、そっとご様子を窺っていると、ばちりと目が合った。――その瞬間、さっと顔が一気に青褪めて、ぼくはぎょっとしてしまう。
 綾人が、眉を顰めて声をかける。
 
「大丈夫ですか!? 顔、真っ青ですけど……」
「……ああ、いえ! 何も無いんです。私は……」
「いやでも。熱射病かもしんないし。――成己、氷あるか?」
「あっ、うん!」
 
 椹木さんは、慌てたように否定してはるけど、何かあったら大変や。
 
「遠慮なさらないで下さいっ。熱射病だと良くないですから……ぼく、氷を持ってきますね!」
「いやっ……どうか、お気遣いなく」
 
 椹木さんは、慌てた様子で立ち上がらはった。……と、運が悪いことに、濡れタオルを渡そうとした綾人とぶつかってしまう。
 
「わっ!」
「――あっ!」
 
 よろけた綾人を、椹木さんが受け止める。
 
「だ、大丈夫ですか。申し訳ありません」
「い、いえいえ……」
 
 正面から、胸に顔を打ったらしく、綾人は涙目になっている。椹木さんが、心配そうに肩に手を置いた。
 そのとき。
 バタン、とお店のドアが勢いよく開いた。
 全員で、そっちを振り返り――ぼくは「あっ」と息を飲む。
 
「朝匡!」
 
 綾人が、驚いたように名前を呼ぶ。その通り――入り口には、ゆらりと長い影のように、お兄さんが立っていた。
 
「――何してやがる」
 
 ものすごい、怒りのオーラを発しながら。

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