242 / 346
第四章~新たな門出~
二百四十一話
しおりを挟む
『――いま、打合せが終わったよ。すぐに帰るからな』
「宏ちゃん、お疲れさま。安全運転で帰ってきてね」
『ああ。変わりはないか?』
電話口の宏ちゃんは、とても心配そう。
「うん。大丈夫!」
『気を付けてな? 鍵は持ってるし、開けなくていいから』
「ふふ。はーい、宏ちゃんも気を付けて」
笑って通話を終えると、スマホを置いた。
――宏ちゃんってば、心配性なんやから。
くすぐったい気持ちで、頬を押さえる。
宏ちゃんは、ついに明日から始まる原稿展の為に、午前から出かけてるん。今日も、センターに送ってこうかって言ってくれたんやけどね、忙しいのにお手間やし。
それに、お兄さんが来るかもしれへんから、残ってたかったん。
――『朝匡から連絡きた!』
今朝、綾人が嬉しそうに教えてくれたんよ。
お兄さんは、「会いに行く」ってメッセージをくれたみたいで、綾人はずっとソワソワしてる。
それやったら、入れ違いにならへんようにした方がええかなあって宏ちゃんに頼んで、なんとかオーケーしてもらえたん。
『じゃあ、戸締まりに気をつけること。ドアを開けないこと、インターホンが鳴っても知らんふりすること……』
『えっ。でも、大切な小包とか……』
『お前以上に大切なもんなんてない』
『ひえ。わ、わかりました……!』
真剣な口調で諭されて、どきどきしちゃった。でもね、宏ちゃんが、凄く案じてくれるのが伝わってきて……嬉しくて。
やから、きちんとしないとなって気持ちが引き締まる。
――もう夕方になるけど、何もなかったし! あとは宏ちゃんをお出迎えして……
「なーるみー」
ふと、綾人の声が聞こえてはっとする。
「あ……いけないっ」
綾人と勉強の最中なんやった。
本を取りに来たのに、つい話し込んじゃって。きっと待っているよね。
「はーいっ」
ぼくは、取りに来た本を抱えて、書斎を出た。――けれど、戻った居間には綾人の姿がなくて、きょとんとする。
「綾人?」
どこに行ったんやろ?
本をテーブルに置いて、きょろきょろしてると、もう一度名前を呼ばれた。
階下から聞こえてくるみたい。
「おやつ取りに行ったのかな……?」
首をかしげつつ、階下に降りていき――ぼくは、ぎょっと目を見開いた。
「えっ!?」
本日は休業の、うさぎやの店内。笑顔の綾人の隣に――居るはずのない人の姿を見つけて。
「さ、椹木さん……?」
どうして、ここに椹木さんが。
「突然押しかけて、申し訳ありません」
「あ、いいえ……!」
申し訳なさそうな椹木さんに、反射的に首を振ってから……たらーと冷や汗が伝う。
――まずーいっ! 宏ちゃんに、誰も入れちゃダメって言われてるのに……!
おろおろするぼくに、近寄って来た綾人がこっそり説明してくれる。
「ピンポン鳴ってたから、降りて来てみりゃ椹木先生でさー。宏章さんに用事なんだって!」
「あっ……そうなんや」
「まずかった? 外暑いし、知らねえ人じゃないから、入ってもらって大丈夫かなって……」
しゅんとする綾人に、慌てて頭を振る。
でも……ホント言うとね、誰も入れるべきじゃないと思うんよ。椹木さんを信用しないわけではないけど、アルファとオメガだけが同じ家の中にいるのはちょっと、防犯的に良くないから。
――でも……宏ちゃんのご友人に、「出てってください」なんて言うわけにはいかないよ~……
これは、のんびりしてたぼくが悪い。お人よしの綾人は見過ごせへんのわかるし、入ってしまったものは仕方ない。
悩んだのは一瞬で、ぼくは覚悟を決めた。
「ありがと、綾人っ。椹木さん、いらっしゃいませっ。宏章さん、もう戻りますので。お待ちくださいね」
「ああ、申し訳ない。どうかお気遣いなく……」
椹木さんに挨拶をして、お茶を出すべくカウンターに回り込む。綾人がテーブル席にご案内してくれているのを見ながら、お茶の準備をする。
宏ちゃんが帰ってくれるまで、なんにもありませんようにっ……!
「どうぞ、お外お暑かったでしょう」
「あ……どうもすみません」
アイスティをお出しすると、椹木さんは恐縮したように肩を竦めはった。ストローをさす手つきは、どことなくぎこちない。というより、心ここにあらずの気がした。
――どうしはったんやろう。なんだか様子が……それに、宏ちゃんへの用事って、いったい何なんやろう……?
不安に思いつつ、そっとご様子を窺っていると、ばちりと目が合った。――その瞬間、さっと顔が一気に青褪めて、ぼくはぎょっとしてしまう。
綾人が、眉を顰めて声をかける。
「大丈夫ですか!? 顔、真っ青ですけど……」
「……ああ、いえ! 何も無いんです。私は……」
「いやでも。熱射病かもしんないし。――成己、氷あるか?」
「あっ、うん!」
椹木さんは、慌てたように否定してはるけど、何かあったら大変や。
「遠慮なさらないで下さいっ。熱射病だと良くないですから……ぼく、氷を持ってきますね!」
「いやっ……どうか、お気遣いなく」
椹木さんは、慌てた様子で立ち上がらはった。……と、運が悪いことに、濡れタオルを渡そうとした綾人とぶつかってしまう。
「わっ!」
「――あっ!」
よろけた綾人を、椹木さんが受け止める。
「だ、大丈夫ですか。申し訳ありません」
「い、いえいえ……」
正面から、胸に顔を打ったらしく、綾人は涙目になっている。椹木さんが、心配そうに肩に手を置いた。
そのとき。
バタン、とお店のドアが勢いよく開いた。
全員で、そっちを振り返り――ぼくは「あっ」と息を飲む。
「朝匡!」
綾人が、驚いたように名前を呼ぶ。その通り――入り口には、ゆらりと長い影のように、お兄さんが立っていた。
「――何してやがる」
ものすごい、怒りのオーラを発しながら。
「宏ちゃん、お疲れさま。安全運転で帰ってきてね」
『ああ。変わりはないか?』
電話口の宏ちゃんは、とても心配そう。
「うん。大丈夫!」
『気を付けてな? 鍵は持ってるし、開けなくていいから』
「ふふ。はーい、宏ちゃんも気を付けて」
笑って通話を終えると、スマホを置いた。
――宏ちゃんってば、心配性なんやから。
くすぐったい気持ちで、頬を押さえる。
宏ちゃんは、ついに明日から始まる原稿展の為に、午前から出かけてるん。今日も、センターに送ってこうかって言ってくれたんやけどね、忙しいのにお手間やし。
それに、お兄さんが来るかもしれへんから、残ってたかったん。
――『朝匡から連絡きた!』
今朝、綾人が嬉しそうに教えてくれたんよ。
お兄さんは、「会いに行く」ってメッセージをくれたみたいで、綾人はずっとソワソワしてる。
それやったら、入れ違いにならへんようにした方がええかなあって宏ちゃんに頼んで、なんとかオーケーしてもらえたん。
『じゃあ、戸締まりに気をつけること。ドアを開けないこと、インターホンが鳴っても知らんふりすること……』
『えっ。でも、大切な小包とか……』
『お前以上に大切なもんなんてない』
『ひえ。わ、わかりました……!』
真剣な口調で諭されて、どきどきしちゃった。でもね、宏ちゃんが、凄く案じてくれるのが伝わってきて……嬉しくて。
やから、きちんとしないとなって気持ちが引き締まる。
――もう夕方になるけど、何もなかったし! あとは宏ちゃんをお出迎えして……
「なーるみー」
ふと、綾人の声が聞こえてはっとする。
「あ……いけないっ」
綾人と勉強の最中なんやった。
本を取りに来たのに、つい話し込んじゃって。きっと待っているよね。
「はーいっ」
ぼくは、取りに来た本を抱えて、書斎を出た。――けれど、戻った居間には綾人の姿がなくて、きょとんとする。
「綾人?」
どこに行ったんやろ?
本をテーブルに置いて、きょろきょろしてると、もう一度名前を呼ばれた。
階下から聞こえてくるみたい。
「おやつ取りに行ったのかな……?」
首をかしげつつ、階下に降りていき――ぼくは、ぎょっと目を見開いた。
「えっ!?」
本日は休業の、うさぎやの店内。笑顔の綾人の隣に――居るはずのない人の姿を見つけて。
「さ、椹木さん……?」
どうして、ここに椹木さんが。
「突然押しかけて、申し訳ありません」
「あ、いいえ……!」
申し訳なさそうな椹木さんに、反射的に首を振ってから……たらーと冷や汗が伝う。
――まずーいっ! 宏ちゃんに、誰も入れちゃダメって言われてるのに……!
おろおろするぼくに、近寄って来た綾人がこっそり説明してくれる。
「ピンポン鳴ってたから、降りて来てみりゃ椹木先生でさー。宏章さんに用事なんだって!」
「あっ……そうなんや」
「まずかった? 外暑いし、知らねえ人じゃないから、入ってもらって大丈夫かなって……」
しゅんとする綾人に、慌てて頭を振る。
でも……ホント言うとね、誰も入れるべきじゃないと思うんよ。椹木さんを信用しないわけではないけど、アルファとオメガだけが同じ家の中にいるのはちょっと、防犯的に良くないから。
――でも……宏ちゃんのご友人に、「出てってください」なんて言うわけにはいかないよ~……
これは、のんびりしてたぼくが悪い。お人よしの綾人は見過ごせへんのわかるし、入ってしまったものは仕方ない。
悩んだのは一瞬で、ぼくは覚悟を決めた。
「ありがと、綾人っ。椹木さん、いらっしゃいませっ。宏章さん、もう戻りますので。お待ちくださいね」
「ああ、申し訳ない。どうかお気遣いなく……」
椹木さんに挨拶をして、お茶を出すべくカウンターに回り込む。綾人がテーブル席にご案内してくれているのを見ながら、お茶の準備をする。
宏ちゃんが帰ってくれるまで、なんにもありませんようにっ……!
「どうぞ、お外お暑かったでしょう」
「あ……どうもすみません」
アイスティをお出しすると、椹木さんは恐縮したように肩を竦めはった。ストローをさす手つきは、どことなくぎこちない。というより、心ここにあらずの気がした。
――どうしはったんやろう。なんだか様子が……それに、宏ちゃんへの用事って、いったい何なんやろう……?
不安に思いつつ、そっとご様子を窺っていると、ばちりと目が合った。――その瞬間、さっと顔が一気に青褪めて、ぼくはぎょっとしてしまう。
綾人が、眉を顰めて声をかける。
「大丈夫ですか!? 顔、真っ青ですけど……」
「……ああ、いえ! 何も無いんです。私は……」
「いやでも。熱射病かもしんないし。――成己、氷あるか?」
「あっ、うん!」
椹木さんは、慌てたように否定してはるけど、何かあったら大変や。
「遠慮なさらないで下さいっ。熱射病だと良くないですから……ぼく、氷を持ってきますね!」
「いやっ……どうか、お気遣いなく」
椹木さんは、慌てた様子で立ち上がらはった。……と、運が悪いことに、濡れタオルを渡そうとした綾人とぶつかってしまう。
「わっ!」
「――あっ!」
よろけた綾人を、椹木さんが受け止める。
「だ、大丈夫ですか。申し訳ありません」
「い、いえいえ……」
正面から、胸に顔を打ったらしく、綾人は涙目になっている。椹木さんが、心配そうに肩に手を置いた。
そのとき。
バタン、とお店のドアが勢いよく開いた。
全員で、そっちを振り返り――ぼくは「あっ」と息を飲む。
「朝匡!」
綾人が、驚いたように名前を呼ぶ。その通り――入り口には、ゆらりと長い影のように、お兄さんが立っていた。
「――何してやがる」
ものすごい、怒りのオーラを発しながら。
565
お気に入りに追加
1,401
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
Tally marks
あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。
カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。
「関心が無くなりました。別れます。さよなら」
✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。
✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。
✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。
✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。
✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません)
🔺ATTENTION🔺
このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。
そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。
そこだけ本当、ご留意ください。
また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい)
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。
➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
これを加筆修正しながら更新していきます。
ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる