241 / 406
第四章~新たな門出~
二百四十話【SIDE:???】
しおりを挟む
――何だったんだろうか?
私は、帰宅した後も、自室で考え込んでいた。
野江さんに引き留められて、てっきり謝罪の要求かと思ったのに、全然そんなんじゃなかった。
「……むしろ、頂いたというか」
私は、ベッドで寝返りをうつ。――学生鞄には、野江さんから頂いたものが入っていた。「これが役に立つことがあれば、ご遠慮なく使ってやってください」とだけ言われたけど……なんのことだか分からない。
――でも、あれが本物なら、どういう意図なんだろう。
ごくりと唾を飲みこむ。
「私に何をさせたいんだろう……」
そう呟いたとき、にわかに部屋の外が騒がしくなった。
懇願するような声と、ヒステリックな声が響いてくる。
「……もう! 考え事してんのに」
騒ぎの原因に思いを馳せ、反動をつけてベッドから身を起こす。部屋を出ると、声はますます大きく明瞭になった。
「どうか、少しでもお召し上がりください……! お身体を壊されます」
「放っといて……いらないんだってば……!」
年若いメイドが、ある部屋の前で必死に訴えている。その側には、食事の乗ったワゴンがあった。
――また、やってる。帰って来て早々、使用人を煩わせるんじゃないよ、もう!
私は「やれやれ」と思いながら、近づいた。
「奈央さん。お兄様の給仕ですか?」
「あ……若様っ」
奈央さんは泣きそうな顔で、私を振り返った。
彼女はうちに来て日が浅いから、大層困ったんだろう。上には「何が何でも召し上がって貰え」と言われてるだろうしね。
でも、兄は気分の悪いときは、世話を焼くほど食事をとらないから、無茶ぶりもいいとこなんだ。
「ご苦労をおかけしますね。私に任せて、仕事に戻ってください」
「え! いえ、そういうわけには……」
「いいんですよ。ちょうど、お兄様とお話ししたいこともありますから。ね?」
優しく微笑むと、奈央さんは頬をぱっと赤らめた。こくこくと頷いて、ぱたぱたとスカートを翻し、去って行く。
私は、「さて」と開かずの間に向き直り、バン! とドアを開けた。
「――お兄様、入りますよ!」
「……」
外の声が聞こえていたのか、ベッドには大きな布団の塊があった。呼びかけても返事をしない様から、「早く出てけ」という意思がひしひし伝わってくる。
――ガキかよ。もう二十一にもなろうって男がさぁ。
最高に苛ついた私はズカズカと歩みより、布団を剥ぎ取った。
「――ああっ!」
光を嫌がる吸血鬼のように、お兄様は体を丸める。……それだけは完璧に美しい顔立ちを不快そうに歪めているのが、腕の隙間から見えた。
私は、布団を床に投げ捨てると、ベッドの脇に仁王立ちになる。
「いい加減にしてください、晶お兄様! どれだけ使用人を困らせれば気が済むんです!?」
叱りつけてやると、拗ねたように唇を噛み締める。
この顔を、父ならば……いえ、大抵の雄は儚い愛おしいと表現するだろう――私には、苛立ちしか呼ばないけれど。
「お兄様? 聞いていらっしゃいます?」
「……」
兄は返事もしないで、体を丸める。
――子どもじゃないんだから、しゃきっとしてよ。
昨夜も、遅くに大荷物抱えて、帰って来たかと思えば。わざとらしく泣きはらした顔で、明らかに心配させる振る舞いをしておいて、「放っといて」もクソも無いんだよ。
私はかなり冷たい気分で、背中を睨みつける。
「お兄様。いい加減に何があったか話してください。何も言わずに帰ってきて……まさか、椹木さんは承知してらっしゃらない何てこと、ないでしょうね」
「……」
だから、無視すんじゃねえよ。
「お兄様? 蓑崎家に関わるのですよ? 黙ってないで、なんとか……」
「煩いなあッ! 関係ないだろ!」
兄は、枕元の置時計を投げつけてきた。予想はしていたので、身を躱す。――幼いときに同じ目に遭って、額にはそこそこ激しい傷跡が残ってる。
もちろん、父は叱責した。私に、アルファのくせに避けられないのが悪いってさ。
――『晶は我慢強い子だ。物を投げるくらい辛かったのだ!』
自分の父親がおかしいって、早いうちに気づけて良かったって思うべきなのか。
私は、ため息をついた。
「ああもう……言わないなら、せめて食べて下さい。せっかく、食べやすいものを作ってくれたんですから」
「……いらない」
「そんなこと言って……体を壊しますよ?」
父さま絶賛の我慢強い兄は、布団の上でのたくって喚く。
「もう、放っとけよ……! どうなってもいいんだよ、俺なんか!」
「……ああ、そうですか」
どうなってもいい人は、ゆっくりアロマ風呂に入って、やわらかい肌着に着替えてはみるんですね。
鼻白みつつ、努めて穏やかに諭す。
「わかりましたよ。とりあえず、食事を置いておきますので。使用人を困らせるのは、止してくださいね?」
「……」
兄はそっぽを向いて、返事はしない。
昔からそうだ。――兄である晶は、傍若無人で。そのくせ都合が悪くなると、泣いて弱弱しいふりをして。それでもって、私と二人のときは、超ふてぶてしいって言う。
みんなが甘やかすからだよ、もう!
「はあ……」
部屋を出て、大きな息を吐く。
兄が結婚したら、この重荷から解放されると思ってるのに……いきなり実家に帰ってくるって、何があったわけ?
――まさか、バレたか……色々と。
考えただけで、ゾッとする。
せっかくいい気分だったのに最悪。でも、これであいつが帰ってきたらと思うと、最悪じゃすまないから。
「とりあえず、調べなきゃだ。明日の原稿展は、何としても行きたいし」
こんなことで、一々へこたれてられないよね。
私は、気持ちを切り替えて、手首を回した。
私は、帰宅した後も、自室で考え込んでいた。
野江さんに引き留められて、てっきり謝罪の要求かと思ったのに、全然そんなんじゃなかった。
「……むしろ、頂いたというか」
私は、ベッドで寝返りをうつ。――学生鞄には、野江さんから頂いたものが入っていた。「これが役に立つことがあれば、ご遠慮なく使ってやってください」とだけ言われたけど……なんのことだか分からない。
――でも、あれが本物なら、どういう意図なんだろう。
ごくりと唾を飲みこむ。
「私に何をさせたいんだろう……」
そう呟いたとき、にわかに部屋の外が騒がしくなった。
懇願するような声と、ヒステリックな声が響いてくる。
「……もう! 考え事してんのに」
騒ぎの原因に思いを馳せ、反動をつけてベッドから身を起こす。部屋を出ると、声はますます大きく明瞭になった。
「どうか、少しでもお召し上がりください……! お身体を壊されます」
「放っといて……いらないんだってば……!」
年若いメイドが、ある部屋の前で必死に訴えている。その側には、食事の乗ったワゴンがあった。
――また、やってる。帰って来て早々、使用人を煩わせるんじゃないよ、もう!
私は「やれやれ」と思いながら、近づいた。
「奈央さん。お兄様の給仕ですか?」
「あ……若様っ」
奈央さんは泣きそうな顔で、私を振り返った。
彼女はうちに来て日が浅いから、大層困ったんだろう。上には「何が何でも召し上がって貰え」と言われてるだろうしね。
でも、兄は気分の悪いときは、世話を焼くほど食事をとらないから、無茶ぶりもいいとこなんだ。
「ご苦労をおかけしますね。私に任せて、仕事に戻ってください」
「え! いえ、そういうわけには……」
「いいんですよ。ちょうど、お兄様とお話ししたいこともありますから。ね?」
優しく微笑むと、奈央さんは頬をぱっと赤らめた。こくこくと頷いて、ぱたぱたとスカートを翻し、去って行く。
私は、「さて」と開かずの間に向き直り、バン! とドアを開けた。
「――お兄様、入りますよ!」
「……」
外の声が聞こえていたのか、ベッドには大きな布団の塊があった。呼びかけても返事をしない様から、「早く出てけ」という意思がひしひし伝わってくる。
――ガキかよ。もう二十一にもなろうって男がさぁ。
最高に苛ついた私はズカズカと歩みより、布団を剥ぎ取った。
「――ああっ!」
光を嫌がる吸血鬼のように、お兄様は体を丸める。……それだけは完璧に美しい顔立ちを不快そうに歪めているのが、腕の隙間から見えた。
私は、布団を床に投げ捨てると、ベッドの脇に仁王立ちになる。
「いい加減にしてください、晶お兄様! どれだけ使用人を困らせれば気が済むんです!?」
叱りつけてやると、拗ねたように唇を噛み締める。
この顔を、父ならば……いえ、大抵の雄は儚い愛おしいと表現するだろう――私には、苛立ちしか呼ばないけれど。
「お兄様? 聞いていらっしゃいます?」
「……」
兄は返事もしないで、体を丸める。
――子どもじゃないんだから、しゃきっとしてよ。
昨夜も、遅くに大荷物抱えて、帰って来たかと思えば。わざとらしく泣きはらした顔で、明らかに心配させる振る舞いをしておいて、「放っといて」もクソも無いんだよ。
私はかなり冷たい気分で、背中を睨みつける。
「お兄様。いい加減に何があったか話してください。何も言わずに帰ってきて……まさか、椹木さんは承知してらっしゃらない何てこと、ないでしょうね」
「……」
だから、無視すんじゃねえよ。
「お兄様? 蓑崎家に関わるのですよ? 黙ってないで、なんとか……」
「煩いなあッ! 関係ないだろ!」
兄は、枕元の置時計を投げつけてきた。予想はしていたので、身を躱す。――幼いときに同じ目に遭って、額にはそこそこ激しい傷跡が残ってる。
もちろん、父は叱責した。私に、アルファのくせに避けられないのが悪いってさ。
――『晶は我慢強い子だ。物を投げるくらい辛かったのだ!』
自分の父親がおかしいって、早いうちに気づけて良かったって思うべきなのか。
私は、ため息をついた。
「ああもう……言わないなら、せめて食べて下さい。せっかく、食べやすいものを作ってくれたんですから」
「……いらない」
「そんなこと言って……体を壊しますよ?」
父さま絶賛の我慢強い兄は、布団の上でのたくって喚く。
「もう、放っとけよ……! どうなってもいいんだよ、俺なんか!」
「……ああ、そうですか」
どうなってもいい人は、ゆっくりアロマ風呂に入って、やわらかい肌着に着替えてはみるんですね。
鼻白みつつ、努めて穏やかに諭す。
「わかりましたよ。とりあえず、食事を置いておきますので。使用人を困らせるのは、止してくださいね?」
「……」
兄はそっぽを向いて、返事はしない。
昔からそうだ。――兄である晶は、傍若無人で。そのくせ都合が悪くなると、泣いて弱弱しいふりをして。それでもって、私と二人のときは、超ふてぶてしいって言う。
みんなが甘やかすからだよ、もう!
「はあ……」
部屋を出て、大きな息を吐く。
兄が結婚したら、この重荷から解放されると思ってるのに……いきなり実家に帰ってくるって、何があったわけ?
――まさか、バレたか……色々と。
考えただけで、ゾッとする。
せっかくいい気分だったのに最悪。でも、これであいつが帰ってきたらと思うと、最悪じゃすまないから。
「とりあえず、調べなきゃだ。明日の原稿展は、何としても行きたいし」
こんなことで、一々へこたれてられないよね。
私は、気持ちを切り替えて、手首を回した。
551
お気に入りに追加
1,506
あなたにおすすめの小説


【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました
迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」
大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。
毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。
幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。
そして、ある日突然、私は全てを奪われた。
幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?
サクッと終わる短編を目指しました。
内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

運命の番なのに別れちゃったんですか?
雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。
途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。
最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる