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第四章~新たな門出~
二百四十話【SIDE:???】
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――何だったんだろうか?
私は、帰宅した後も、自室で考え込んでいた。
野江さんに引き留められて、てっきり謝罪の要求かと思ったのに、全然そんなんじゃなかった。
「……むしろ、頂いたというか」
私は、ベッドで寝返りをうつ。――学生鞄には、野江さんから頂いたものが入っていた。「これが役に立つことがあれば、ご遠慮なく使ってやってください」とだけ言われたけど……なんのことだか分からない。
――でも、あれが本物なら、どういう意図なんだろう。
ごくりと唾を飲みこむ。
「私に何をさせたいんだろう……」
そう呟いたとき、にわかに部屋の外が騒がしくなった。
懇願するような声と、ヒステリックな声が響いてくる。
「……もう! 考え事してんのに」
騒ぎの原因に思いを馳せ、反動をつけてベッドから身を起こす。部屋を出ると、声はますます大きく明瞭になった。
「どうか、少しでもお召し上がりください……! お身体を壊されます」
「放っといて……いらないんだってば……!」
年若いメイドが、ある部屋の前で必死に訴えている。その側には、食事の乗ったワゴンがあった。
――また、やってる。帰って来て早々、使用人を煩わせるんじゃないよ、もう!
私は「やれやれ」と思いながら、近づいた。
「奈央さん。お兄様の給仕ですか?」
「あ……若様っ」
奈央さんは泣きそうな顔で、私を振り返った。
彼女はうちに来て日が浅いから、大層困ったんだろう。上には「何が何でも召し上がって貰え」と言われてるだろうしね。
でも、兄は気分の悪いときは、世話を焼くほど食事をとらないから、無茶ぶりもいいとこなんだ。
「ご苦労をおかけしますね。私に任せて、仕事に戻ってください」
「え! いえ、そういうわけには……」
「いいんですよ。ちょうど、お兄様とお話ししたいこともありますから。ね?」
優しく微笑むと、奈央さんは頬をぱっと赤らめた。こくこくと頷いて、ぱたぱたとスカートを翻し、去って行く。
私は、「さて」と開かずの間に向き直り、バン! とドアを開けた。
「――お兄様、入りますよ!」
「……」
外の声が聞こえていたのか、ベッドには大きな布団の塊があった。呼びかけても返事をしない様から、「早く出てけ」という意思がひしひし伝わってくる。
――ガキかよ。もう二十一にもなろうって男がさぁ。
最高に苛ついた私はズカズカと歩みより、布団を剥ぎ取った。
「――ああっ!」
光を嫌がる吸血鬼のように、お兄様は体を丸める。……それだけは完璧に美しい顔立ちを不快そうに歪めているのが、腕の隙間から見えた。
私は、布団を床に投げ捨てると、ベッドの脇に仁王立ちになる。
「いい加減にしてください、晶お兄様! どれだけ使用人を困らせれば気が済むんです!?」
叱りつけてやると、拗ねたように唇を噛み締める。
この顔を、父ならば……いえ、大抵の雄は儚い愛おしいと表現するだろう――私には、苛立ちしか呼ばないけれど。
「お兄様? 聞いていらっしゃいます?」
「……」
兄は返事もしないで、体を丸める。
――子どもじゃないんだから、しゃきっとしてよ。
昨夜も、遅くに大荷物抱えて、帰って来たかと思えば。わざとらしく泣きはらした顔で、明らかに心配させる振る舞いをしておいて、「放っといて」もクソも無いんだよ。
私はかなり冷たい気分で、背中を睨みつける。
「お兄様。いい加減に何があったか話してください。何も言わずに帰ってきて……まさか、椹木さんは承知してらっしゃらない何てこと、ないでしょうね」
「……」
だから、無視すんじゃねえよ。
「お兄様? 蓑崎家に関わるのですよ? 黙ってないで、なんとか……」
「煩いなあッ! 関係ないだろ!」
兄は、枕元の置時計を投げつけてきた。予想はしていたので、身を躱す。――幼いときに同じ目に遭って、額にはそこそこ激しい傷跡が残ってる。
もちろん、父は叱責した。私に、アルファのくせに避けられないのが悪いってさ。
――『晶は我慢強い子だ。物を投げるくらい辛かったのだ!』
自分の父親がおかしいって、早いうちに気づけて良かったって思うべきなのか。
私は、ため息をついた。
「ああもう……言わないなら、せめて食べて下さい。せっかく、食べやすいものを作ってくれたんですから」
「……いらない」
「そんなこと言って……体を壊しますよ?」
父さま絶賛の我慢強い兄は、布団の上でのたくって喚く。
「もう、放っとけよ……! どうなってもいいんだよ、俺なんか!」
「……ああ、そうですか」
どうなってもいい人は、ゆっくりアロマ風呂に入って、やわらかい肌着に着替えてはみるんですね。
鼻白みつつ、努めて穏やかに諭す。
「わかりましたよ。とりあえず、食事を置いておきますので。使用人を困らせるのは、止してくださいね?」
「……」
兄はそっぽを向いて、返事はしない。
昔からそうだ。――兄である晶は、傍若無人で。そのくせ都合が悪くなると、泣いて弱弱しいふりをして。それでもって、私と二人のときは、超ふてぶてしいって言う。
みんなが甘やかすからだよ、もう!
「はあ……」
部屋を出て、大きな息を吐く。
兄が結婚したら、この重荷から解放されると思ってるのに……いきなり実家に帰ってくるって、何があったわけ?
――まさか、バレたか……色々と。
考えただけで、ゾッとする。
せっかくいい気分だったのに最悪。でも、これであいつが帰ってきたらと思うと、最悪じゃすまないから。
「とりあえず、調べなきゃだ。明日の原稿展は、何としても行きたいし」
こんなことで、一々へこたれてられないよね。
私は、気持ちを切り替えて、手首を回した。
私は、帰宅した後も、自室で考え込んでいた。
野江さんに引き留められて、てっきり謝罪の要求かと思ったのに、全然そんなんじゃなかった。
「……むしろ、頂いたというか」
私は、ベッドで寝返りをうつ。――学生鞄には、野江さんから頂いたものが入っていた。「これが役に立つことがあれば、ご遠慮なく使ってやってください」とだけ言われたけど……なんのことだか分からない。
――でも、あれが本物なら、どういう意図なんだろう。
ごくりと唾を飲みこむ。
「私に何をさせたいんだろう……」
そう呟いたとき、にわかに部屋の外が騒がしくなった。
懇願するような声と、ヒステリックな声が響いてくる。
「……もう! 考え事してんのに」
騒ぎの原因に思いを馳せ、反動をつけてベッドから身を起こす。部屋を出ると、声はますます大きく明瞭になった。
「どうか、少しでもお召し上がりください……! お身体を壊されます」
「放っといて……いらないんだってば……!」
年若いメイドが、ある部屋の前で必死に訴えている。その側には、食事の乗ったワゴンがあった。
――また、やってる。帰って来て早々、使用人を煩わせるんじゃないよ、もう!
私は「やれやれ」と思いながら、近づいた。
「奈央さん。お兄様の給仕ですか?」
「あ……若様っ」
奈央さんは泣きそうな顔で、私を振り返った。
彼女はうちに来て日が浅いから、大層困ったんだろう。上には「何が何でも召し上がって貰え」と言われてるだろうしね。
でも、兄は気分の悪いときは、世話を焼くほど食事をとらないから、無茶ぶりもいいとこなんだ。
「ご苦労をおかけしますね。私に任せて、仕事に戻ってください」
「え! いえ、そういうわけには……」
「いいんですよ。ちょうど、お兄様とお話ししたいこともありますから。ね?」
優しく微笑むと、奈央さんは頬をぱっと赤らめた。こくこくと頷いて、ぱたぱたとスカートを翻し、去って行く。
私は、「さて」と開かずの間に向き直り、バン! とドアを開けた。
「――お兄様、入りますよ!」
「……」
外の声が聞こえていたのか、ベッドには大きな布団の塊があった。呼びかけても返事をしない様から、「早く出てけ」という意思がひしひし伝わってくる。
――ガキかよ。もう二十一にもなろうって男がさぁ。
最高に苛ついた私はズカズカと歩みより、布団を剥ぎ取った。
「――ああっ!」
光を嫌がる吸血鬼のように、お兄様は体を丸める。……それだけは完璧に美しい顔立ちを不快そうに歪めているのが、腕の隙間から見えた。
私は、布団を床に投げ捨てると、ベッドの脇に仁王立ちになる。
「いい加減にしてください、晶お兄様! どれだけ使用人を困らせれば気が済むんです!?」
叱りつけてやると、拗ねたように唇を噛み締める。
この顔を、父ならば……いえ、大抵の雄は儚い愛おしいと表現するだろう――私には、苛立ちしか呼ばないけれど。
「お兄様? 聞いていらっしゃいます?」
「……」
兄は返事もしないで、体を丸める。
――子どもじゃないんだから、しゃきっとしてよ。
昨夜も、遅くに大荷物抱えて、帰って来たかと思えば。わざとらしく泣きはらした顔で、明らかに心配させる振る舞いをしておいて、「放っといて」もクソも無いんだよ。
私はかなり冷たい気分で、背中を睨みつける。
「お兄様。いい加減に何があったか話してください。何も言わずに帰ってきて……まさか、椹木さんは承知してらっしゃらない何てこと、ないでしょうね」
「……」
だから、無視すんじゃねえよ。
「お兄様? 蓑崎家に関わるのですよ? 黙ってないで、なんとか……」
「煩いなあッ! 関係ないだろ!」
兄は、枕元の置時計を投げつけてきた。予想はしていたので、身を躱す。――幼いときに同じ目に遭って、額にはそこそこ激しい傷跡が残ってる。
もちろん、父は叱責した。私に、アルファのくせに避けられないのが悪いってさ。
――『晶は我慢強い子だ。物を投げるくらい辛かったのだ!』
自分の父親がおかしいって、早いうちに気づけて良かったって思うべきなのか。
私は、ため息をついた。
「ああもう……言わないなら、せめて食べて下さい。せっかく、食べやすいものを作ってくれたんですから」
「……いらない」
「そんなこと言って……体を壊しますよ?」
父さま絶賛の我慢強い兄は、布団の上でのたくって喚く。
「もう、放っとけよ……! どうなってもいいんだよ、俺なんか!」
「……ああ、そうですか」
どうなってもいい人は、ゆっくりアロマ風呂に入って、やわらかい肌着に着替えてはみるんですね。
鼻白みつつ、努めて穏やかに諭す。
「わかりましたよ。とりあえず、食事を置いておきますので。使用人を困らせるのは、止してくださいね?」
「……」
兄はそっぽを向いて、返事はしない。
昔からそうだ。――兄である晶は、傍若無人で。そのくせ都合が悪くなると、泣いて弱弱しいふりをして。それでもって、私と二人のときは、超ふてぶてしいって言う。
みんなが甘やかすからだよ、もう!
「はあ……」
部屋を出て、大きな息を吐く。
兄が結婚したら、この重荷から解放されると思ってるのに……いきなり実家に帰ってくるって、何があったわけ?
――まさか、バレたか……色々と。
考えただけで、ゾッとする。
せっかくいい気分だったのに最悪。でも、これであいつが帰ってきたらと思うと、最悪じゃすまないから。
「とりあえず、調べなきゃだ。明日の原稿展は、何としても行きたいし」
こんなことで、一々へこたれてられないよね。
私は、気持ちを切り替えて、手首を回した。
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