いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百三十七話

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「~♪」 
 
 自室のいぐさマットの上で、取り込んだ洗濯物を畳んでいく。
 
「わぁ~、乾燥機いらずやねえ」
 
 お天気やったから、目いっぱい干していったんやけど、どれもホッカホカ。
 
「一番大きいシャツは、宏ちゃんの。スポーツウエアは綾人の」
 
 洗濯物を畳むとね、人の存在を感じて、幸せやなあって思う。
 仕上げにバスタオルを広げて、中にパジャマと下着を折り込んで丸めた。ふかふかになったタオルから、柔軟剤と日なたの匂いがする。
 
「なーるみー」
 
 ほくほくしていると、綾人がお部屋にやって来た。手にはスマホを持って、何やら興奮気味のご様子。
 
「綾人、どうしたん?」
「あのさ、オレ電話してみた。佐藤さんに、朝匡と話したいって」
「えっ!」
 
 目を丸くするぼくの前に、綾人は滑り込むように座った。
 
「最初は、朝匡に電話したんだけどさ。仕事中みたいで出なかったから、佐藤さんに伝言お願いしたんだ。佐藤さん、朝匡に伝えてくれるって言ってた……たぶん、近々話し合う」
「そっかぁ。綾人、頑張ったねぇ!」
「うん!」
 
 頭を撫でると、綾人はニカッと笑う。
 急に、お兄さんと話すって言うてたときは、無理してるんちゃうかって思ったけど。晴れやかな笑顔に、ぼくは密かに安堵する。
 ニコニコしていると、綾人は照れたように頭をかきむしった。
 
「でも、久々に話すから、何言えばいいかわかんねえかも……怒鳴り合いになっちゃったりして!?」 
「大丈夫やてぇ。何でもええんよ。お兄さんは、綾人と話せたらなんでもうれしいよ」
「そ、そうかあ……?」
 
 ぼくは不安そうな綾人の手を、ぎゅっと握って励ました。
 昼間、お兄さんに会って来た宏ちゃんが言うには、綾人が恋しくてたまらないって感じやったみたいやし。
 
 ――そんな弱ってるなら、意地はる元気もないはず! きっと、綾人の言葉を聞いてくれるよねっ。
 
 ぼくは、内心でぐっと拳を握る。
 会いに来てくれるんやったら、第三者のぼくがセコンドをしたらいいし。
 
「話し合い、うまくいくといいね」
「ありがとうな」
 
 ぼく達は、笑い合う。綾人の顔は、緊張にぎこちないけれど……ここ数日見た中で、一番甘やかで。
 やっぱり、お兄さんのこと好きなんやなあって、伝わってきたん。 
 
 
 
 
「――というわけでね。良かったなあって思って」
「そっか。上手く行くと良いな」
 
 綾人がお風呂に入っている間に、宏ちゃんと書斎のソファに並んで座って、事の次第を報告した。聞き終わると、宏ちゃんはほっとしたように、和らいだ笑顔で言う。
 ぼくも笑顔で頷いた。
 
「うんっ。綾人ね、元気にしてるけど、やっぱり寂しそうやったから」
「兄貴も、ゾンビみたいだったぞ。綾人君が歩み寄ってくれて、今頃泣いてるんじゃないか」
「宏ちゃんってば」
 
 おどけた言葉に、くすくす笑ってしまう。
 そう言いつつも、話し合いのときは「俺がセコンドになる」って名乗り出てくれて。優しいのに、お兄さんには照れ屋さんなんよね。
 あったかいお茶を飲みながら談笑していると、ふと思い立って話す。
 
「そういえば、涼子先生がね。宏ちゃんによろしくって言うてたよ」
「ああ。立花先生かー。お元気そうだったか?」
「うん! あのねっ。今度、赤ちゃんの受け持ちなんやって。すっごい張り切ってはったよ」
「……!」
 
 活き活きと差配していた先生を思い出し、笑みがこぼれた。
 また、なにか差し入れを持って行きたいな。本当は、お手伝いしたいけど――昔ならともかく、今は中に立ち入らせてもらえへんやろうから。
 宏ちゃんが、大きな手で頭を撫でてくれた。
 
「そっか。成……」 
「えへ。本当に、よかったぁ……」
 
 先生は、ぼくの受け持ちを離れてから、たくさんの子を育てていたけれど……もういちど、赤ちゃんを受け持ちたかったの知ってる。
 
 ――ぼくが、十年前に起こしてしまった事のせいで、その機会が遠のいてしまったことも。
 
 ごめんね、涼子先生。
 でも、良かった――なんて、安心して。罪悪感を晴らしてしまう事は、ずるいよね。
 自嘲していると、ふいに肩を抱き寄せられた。パジャマがわりの白いTシャツから、ほのかに柔軟剤の匂いがする。もちろん、宏ちゃんのいい香りも……
 
 ――……宏ちゃん……
 
 ほう、と息をついて肩に凭れる。
 なんでか、ずっと張り詰めていた糸が、やわやわとたわんでいくような心地がした。久しぶりに遠出して、気を張っていたのかもしれない。
 目を閉じていると、頬を優しく撫でられた。
 
「……眠いか?」
 
 宏ちゃんが、低い穏やかな声で囁く。「ううん」と答えた声は、ふにゃふにゃで説得力がない。
 眠いわけじゃないんやけど、なんだか気持ちがとろけてしまって。
 ……と、そっと抱き上げられる。揺りかごみたいに、ゆらゆら体が揺れて、運ばれていると気付いた。
 
「寝ちまえ、成」
「でも……おふろ」
「風呂は後で。一緒に入ればいいからな」 
「……宏ちゃん」
 
 ぎゅっと抱きかかえられて、森の香りに包まれる。
 泣きたくなるほど、あったかい。
 子どもの頃に、戻ったような錯覚を起こしながら……ぼくは、頷いた。
 

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