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第四章~新たな門出~
二百三十六話【SIDE:陽平母】
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椹木邸を出るころには、精も根も尽き果てていた。
「はぁ……はぁ……」
体を引きずるように、門までの道を歩く。
もう、使用人も誰も追ってはこなかったから、どれだけ遅くとも構わない。門の側に止めていた車に乗り込んで、心配そうな運転手に帰るよう告げる。
――ああ、疲れた……
体もだけれど、心がクタクタだった。
シートにぐったりと身を投げ出し、両手で目を覆う。
「奥様……大丈夫ですか?」
「……ええ。放っておいて……」
絞り出すように返事をし、体を丸める。目を閉じると、昔のことが脳裏を過った。
――『陽平ママ!』
幼い晶ちゃんの、純粋な笑顔。いつから……あんなに変わってしまったの?
私と、陽平ちゃんと――晶ちゃんと。何度も、一緒に遊んだ。ショッピングや、キャンプに行ったりもして……本当の家族になるんだって、信じて疑わなかったのに。
「……ううっ」
鼻の奥が、ツンと痛む。泣きそうな顔は、醜いから誰にも見られたくない。ハンカチを探そうとバッグに手を突っ込んだとき、手にバイブレーションが伝わってくる。
「……?」
着信を知らせるスマホを掴みだすと……発信者は、あの人だった。
ドクン、と心臓が鼓動する。
――どうしよう?!
結局、晶ちゃんはとんだアバズレで、うちになんか入れられはしない。陽平ちゃんは婚約破棄をして、パートナーもいない。
私の独断で、とんだ事態を招いてしまっているのに。
がたがたと、体が震える。
「…………はい」
けれど――私は躊躇した挙句、受話器を上げた。
出たくなかったけれど……あの人の電話を無視するなんて、私にはとてもできなかったんだもの。
『もしもし、弓依』
「あなた……どうしたの?」
返事をしながら、優しい声に胸がきりきりと痛んだ。
『実はいま、空港にいるんだよ』
「えっ!」
予定より早いじゃない!
真っ白になる頭に、夫の照れたような声が聞こえてくる。
『予定がキャンセルになってね。ちょうど、フライトの空きがあったから、帰ってきてしまった』
「……あ」
『社に顔を出すが、夜には帰れると思う』
優しい声に、死刑宣告をされた気になった。
あんなに、帰りを楽しみにしていたのに。
今は、どんな顔をして、この人を迎えればいいのかわからない。
――どうしたらいいの。婚約をぶち壊して、結納金を不意にした挙句……晶ちゃんに騙されてた。きっと、社交界の風聞も……最悪になるでしょう。
あなたの名誉にまで、大きな傷をつけてしまったわ。
……いっそ、このままどこかへ消えてしまいたい。もう全部投げ出して、実家に戻ってしまえば、あなたに疎まれずに済むかしら。
思いつめていると、ふと夫が声を低めた。
『……何かあったのか?』
「えっ! な、何も無いわよ?」
ギクリとして、慌てて返した。声が滲まない様に注意してたはずなのに、どうして。
『いや。何だか元気がない気がしてね』
「……!」
心配そうなあの人に、涙が溢れる。ぼろぼろと、塩辛い雫があとからあとから。
「ううっ……」
『どうした!? 泣いてるのか?』
大慌ての声が、電話の向こうから聞こえる。あんまり優しくて、泣きながら笑ってしまう。
普段、本当に鈍いくせに、どうして気づいてしまうのかしら。
私は、観念した。
「あなた……あのね」
『うん。どうした?』
とても優しい声に、うっとりと目を閉じる。……二度と聞けなくなったとしても、私は受け止めないといけないのね。
すう、と息を吸い込んで、口を開く。
「ごめんなさい。私ね、とんでもないことをしてしまったの――」
「はぁ……はぁ……」
体を引きずるように、門までの道を歩く。
もう、使用人も誰も追ってはこなかったから、どれだけ遅くとも構わない。門の側に止めていた車に乗り込んで、心配そうな運転手に帰るよう告げる。
――ああ、疲れた……
体もだけれど、心がクタクタだった。
シートにぐったりと身を投げ出し、両手で目を覆う。
「奥様……大丈夫ですか?」
「……ええ。放っておいて……」
絞り出すように返事をし、体を丸める。目を閉じると、昔のことが脳裏を過った。
――『陽平ママ!』
幼い晶ちゃんの、純粋な笑顔。いつから……あんなに変わってしまったの?
私と、陽平ちゃんと――晶ちゃんと。何度も、一緒に遊んだ。ショッピングや、キャンプに行ったりもして……本当の家族になるんだって、信じて疑わなかったのに。
「……ううっ」
鼻の奥が、ツンと痛む。泣きそうな顔は、醜いから誰にも見られたくない。ハンカチを探そうとバッグに手を突っ込んだとき、手にバイブレーションが伝わってくる。
「……?」
着信を知らせるスマホを掴みだすと……発信者は、あの人だった。
ドクン、と心臓が鼓動する。
――どうしよう?!
結局、晶ちゃんはとんだアバズレで、うちになんか入れられはしない。陽平ちゃんは婚約破棄をして、パートナーもいない。
私の独断で、とんだ事態を招いてしまっているのに。
がたがたと、体が震える。
「…………はい」
けれど――私は躊躇した挙句、受話器を上げた。
出たくなかったけれど……あの人の電話を無視するなんて、私にはとてもできなかったんだもの。
『もしもし、弓依』
「あなた……どうしたの?」
返事をしながら、優しい声に胸がきりきりと痛んだ。
『実はいま、空港にいるんだよ』
「えっ!」
予定より早いじゃない!
真っ白になる頭に、夫の照れたような声が聞こえてくる。
『予定がキャンセルになってね。ちょうど、フライトの空きがあったから、帰ってきてしまった』
「……あ」
『社に顔を出すが、夜には帰れると思う』
優しい声に、死刑宣告をされた気になった。
あんなに、帰りを楽しみにしていたのに。
今は、どんな顔をして、この人を迎えればいいのかわからない。
――どうしたらいいの。婚約をぶち壊して、結納金を不意にした挙句……晶ちゃんに騙されてた。きっと、社交界の風聞も……最悪になるでしょう。
あなたの名誉にまで、大きな傷をつけてしまったわ。
……いっそ、このままどこかへ消えてしまいたい。もう全部投げ出して、実家に戻ってしまえば、あなたに疎まれずに済むかしら。
思いつめていると、ふと夫が声を低めた。
『……何かあったのか?』
「えっ! な、何も無いわよ?」
ギクリとして、慌てて返した。声が滲まない様に注意してたはずなのに、どうして。
『いや。何だか元気がない気がしてね』
「……!」
心配そうなあの人に、涙が溢れる。ぼろぼろと、塩辛い雫があとからあとから。
「ううっ……」
『どうした!? 泣いてるのか?』
大慌ての声が、電話の向こうから聞こえる。あんまり優しくて、泣きながら笑ってしまう。
普段、本当に鈍いくせに、どうして気づいてしまうのかしら。
私は、観念した。
「あなた……あのね」
『うん。どうした?』
とても優しい声に、うっとりと目を閉じる。……二度と聞けなくなったとしても、私は受け止めないといけないのね。
すう、と息を吸い込んで、口を開く。
「ごめんなさい。私ね、とんでもないことをしてしまったの――」
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