いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百三十四話【SIDE:陽平母】

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『久しぶり、ママ!』
『晶ちゃん……!?』
 
 今年の春、陽平が晶ちゃんを家に連れてきた。それは驚いたけど……とても嬉しかった。ずっと、疎遠になっていた間、晶ちゃんが元気にしているか、心配でならなかったから。
 
『大きくなったのね……! 会えて嬉しいわ』
『俺もだよ! ママは相変わらず、可愛いね』
『晶ちゃんったら、もう!』
 
 昔から綺麗な子だったけど、大人になって、目を瞠るほど美しい青年になってたの。
 でもね、明るい笑顔は……私を母のように慕って、懐いていてくれた晶ちゃんそのものだった。晶ちゃんは、会えなかった時間を埋めるよう、家に訪ねて来ては、お茶を飲んで行ってくれてね。
 
『あの人も陽平ちゃんも、成己さんばっかりよ。ずっと頑張ってきたのに、母親って空しいのね』
『えー、そんなことないよー! 成己くんはお嫁さんだから、パパも気を遣ってるだけだって。陽平には、ママにもっと感謝しろって怒っとくから。元気出して?』
『晶ちゃん……』
 
 私の話を聞いて、いつでも味方になってくれた。
 小さなころから、人の気持ちに聡い子だったから。私が辛い思いをしてること、晶ちゃんはいつも気づいてくれたの。
 
『――あれ? 何この包み?』
『成己さんからよ。母の日にって……どうせ、うちの人のお金なのにやめて欲しいわ』
 
 わざとらしいメッセージカードを添えたワインに、白けた思いが募った。
 良い嫁だと思ってほしいのが透けて見えて、そういうところがうんざりする。
 
――『そうか、成己さんは良い子だな』
 
 なのに、あの人ときたら、すっかり騙されて感心してるのよ。陽平は、そもそも無関心で、成己さんを叱ってもくれないし。
 でも、晶ちゃんは違ったわ。
 
『あはは、成己くんらしいなぁ。じゃあ、俺は……このワインで、ママに美味しいブルギニョン作ってあげる。いつものお礼に』
『晶ちゃん……ありがとうねっ』
 
 見たくもないワインを、魔法みたいに美味しい料理に変えてくれたの。
 優しくて、茶目っ気に溢れて……まるで、王子様よね。
 私の気持ちを励ました上、楽しませてくれるなんて、なんて出来た子なんだって思ったわ。
 
 ――晶ちゃんが、陽平ちゃんの恋人だったら……!
 
 そもそも、私の息子の嫁にセンター出身のオメガなんて、似つかわしくないのよ。 
 晶ちゃんこそ、私の息子にふさわしい。
 だって成己さんより、晶ちゃんは、ずうっと優れてるんだから。
 
 ――陽平ちゃんには、晶ちゃんがいいわ。成己さんなんて、全然お似合いじゃないわよ……
 
 その気持ちは、日に日に大きくなっていった。
 晶ちゃんだって、その方が幸せよ。
 私が愚痴を言うとね、晶ちゃんもこっそり教えてくれたんだから。椹木と、どれだけ上手く行っていないかを……
 
『あの人は、俺をオメガとしてしか、見ないから。もう期待するのはやめたんだ……』
 
 悲し気で、可哀そうな晶ちゃん。――私の息子になれば、そんな思いはさせない。それに……晶ちゃんだって、本当はそれを望んでいたはずよ。
 
 ――晶ちゃんも、婚約者より陽平が良いから、頼るんでしょう?
 
 晶ちゃんが、親し気に陽平に触れるたび……部屋に二人きりで籠るたび、思いは確信に近づいた。 
 決定打は、晶ちゃんと陽平が結ばれたときよ。
 二人は、愛し合う気持ちを抑えきれず、抱き合ってしまったのだって。
 
 ――やっぱり、そうだったのよ! 私の思った通りだわ!
 
 家の外に出て、喝采を叫びたいくらいだった。
 でも、ひとつ困ったのは、成己さんにバレてしまったこと。成己さんが野江と浮気していることにして、先に婚約破棄させてしまうつもりだったのに、隙を見せてしまった。
 邪魔者は成己さんなのに、世間はそうは見ない。陽平のキャリアに傷をつけたくなかったし……真面目なあの人が怒るかもしれないって思ったら、少し怖かった。
 
 ――でも……何とかなる。して見せるわ、この城山弓依が。
 
 ここが腕の見せどころだと思ったわ。成己さんを追い出して、二人こそベストカップルだと見せつければ、何の問題もないんだって。 
 幸せな生活を夢想して、頑張ったの。私ひとりで、晶ちゃんと陽平ちゃんを庇ってきたのよ!
  
『ありがとう、ママ!』
『母さん、ありがとう』
 
 私みたいなお母さんがいて幸せだって、笑ってくれるに違いないって思って……!
 
 



 
 
 ――ずっと、そう思ってきたのに。
  
「あははは……!」
 
 私は、哄笑した。
 
「城山さん……?」
 
 椹木が、驚愕の面持ちで問う。いきなり笑って、狂ったとでも思ったのかしら? 私は構わず笑い続けた。
 怯えたように、椹木の胸に顔を伏せる晶ちゃん……いいえ、雌猫を睨みつけて。
 
「はははは……バカみたい。もう最低」
 
 なんて、バカげた結末なのよ?
 大切に想っていた晶ちゃんは、とんだ雌猫で。――私も息子も、その餌食ですって。
 私、頑張って来たのよ。愚痴も聞いてあげたし、社交界の風聞から、庇ってあげたわ。この雌猫は、その恩も忘れて……私を嵌めようと言うのね?
 
「大したタマよ、あんた……私から奪うの?」
「……俺は、何も……」
 
 弱弱しい涙声で、雌猫は首を振る。いつもの、王子様然とした凛とした佇まいは消え去って……男に擦りよる浅ましい雌の顔を、隠さない。
 それがあんたの本性か――すっかり、騙されていたわ。
 おかげで、息子は婚約破棄した挙句、レイプ犯の汚名を着せられる。
 私は、社交界の信用を失い……大切なあの人の足を、引っ張ってしまう。
 
 ――そんなこと、許せる?
 
「許せるわけ、ないでしょうがッ!!!」
 
 私は絶叫し、テーブルに突進した。そして、ボイスレコーダーを引っ掴み、鋭く突きつける。
 
「ママ……?」

 ボケた反応をして、わからないようね。
 これは、あんたを終わらせる爆弾よ。 

「……私を嵌めようたって、そうはいかないわ。――地獄に落ちなさいよ!」

 呆然としている二人に、そう宣言し……「起爆スイッチ」を押した。
 
 
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