いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
上 下
234 / 410
第四章~新たな門出~

二百三十三話【SIDE:陽平母】

しおりを挟む
 天井がスッ飛びそうな怒声に、晶ちゃんと椹木がぎょっとした顔で振り返った。
 その間抜け面に向かって、私は怒鳴る。
 
「寝たくなかったですって? 私の息子と寝て、死にたいですって……!? よくも、よくもそんな事が! 何度も、自分から家に来ていたじゃないの!」
 
 嫌だったというなら、なんで私の息子と寝たの。
 初めてのときだけじゃない。何度も、何度も抱き合っていたのを、私は知っているのよ。
 
 ――愛していないなら! 抱かれるのを望んでいないなら……まともなオメガは、アルファと二人きりになったりしないわ!
 
 仕事だからと、不特定多数の雄の子を孕むよう教育されている、センターのオメガと私たちは違うわ。オメガである前に、人間としての教育を施されている私たち、良家のオメガは……唯一の人と契る権利を持っているのだから!
 
「そうでしょう? 晶ちゃん。私の息子を愛しているから、何度も寝たんでしょう!?」
 
 晶ちゃんは、私の怒りに多少怯みながらも、反論する。
 
「だっ、て……俺、陽平のことは弟みたいに思ってたから! だから、成己くんのことで悩んでるの、放っておけなくて……あんなことされても、友達までやめたつもり、無かったからっ……」
「晶君……」
 
 涙で声を詰まらせる晶ちゃんが、椹木に身を寄せる。
 
「……椹木さんっ……信じられないでしょ? どうせ、俺なんか、汚いって思ってるよね……」
「いいえ……そんなことは……」
 
 椹木は動揺しながらも、震える肩を抱いて擦ってやっている。
 あくまで、”陽平が”無理やり行為に及んだ体で話を勧められ、私はますます頭に血が上った。
 
「人聞きの悪い言い方はやめて! 晶ちゃん、一度だって嫌がってなんかなかった!」
「ひっ……」
「城山さん、落ち着いてください。まず、話しをゆっくり聞きましょう……」
 
 怯えたように、引き攣った泣き声を上げる晶ちゃんを、椹木が庇う。――すでに絆されかけている様子に、この場の流れの悪さを悟った。
 椹木は、オメガ愛護主義者。アルファとオメガが事件を起こせば、いつだってオメガを庇うタイプの男だ。
 この状況では、泣いて怯える晶ちゃんの方を信じるだろう。私が、どれだけ二人は合意だと言っても……晶ちゃんがそれに頷かない限りは!
 目の前が、真っ暗になる。
 
 ――晶ちゃん。あくまで、私や陽平ちゃんを悪者にするつもりなの?
 
「晶ちゃん、本当のこと言って。今なら、許すからっ……!」
 
 晶ちゃんを、縋るように見つめる。
 けれど、晶ちゃんは傷ついたように目を揺らし、顔を背けた。
 
「ママの事……大好きだった。でも……俺の事、わかってくれてるって思ってたよ……」
「!」
 
 はらはらと、赤い頬に涙が伝う。見たことがないほど、弱弱しくて……男心をくすぐるような媚態だった。
 そう――媚態、なの。私は、優しく美しい「王子様」の像が、がらがらと砕けていく音を聞いた。
 
「そういう、こと……」
  
 はは、と乾いた笑いが漏れた。
 私の小さな王子さまは、どこにもいない。
 ここに居るのは、私の息子を誑かした挙句……他の男に媚態を見せる、淫らなオメガ。
 私の、大っ嫌いなタイプ。
 
「……やめて!」
 
 こんな子は、私の息子には相応しくないって思った。
 なんで、晶ちゃんが。……そんな風に思ったのは、晶ちゃんにじゃなかったのに。
 
 ――どうして、私を裏切るの!?
 
 怒りで、くらりとする脳の裏側で……聞こえてきたのは、やわらかな声音だった。
 
 
 
 
『はじめまして、春日成己と申します』
 
 そうよ。最初から、気に食わなかった。
 儚い顔立ちに、愛らしいほほ笑みを浮かべたオメガ。センターで、「アルファに愛される教育」を受けてきた、家畜のような男の子。
 
『こいつ、成己は俺の同級生で……趣味も合うし。まあ、良い奴だから』
 
 陽平は、照れるとぶっきらぼうになるの。
 成己さんを紹介するときの口調で、気に入っているのはすぐにわかったわ。
 気に食わなかった。
 だって、成己さんは、世間知らずで拙くて……そんな初々しさを売りにするような、センターのオメガらしいオメガに、息子が引っかかったのよ。嘆かわしくて、たまらなかった。
 
『あなたは、私の息子に相応しくないわ』
 
 そう露骨に態度に出しても、あの子ったら、ニコニコと笑みを浮かべてた。私に気に入られたいって、ひしひしと伝わってきて気分が悪かった。息子だけでなく、私達にまで媚びるなんて、淫らな子だって。
 なのに、一瞬で――私の隣の夫が、心を許したのがわかったわ。
 
 ――息子だけじゃなく夫にまで、気に入られようなんて……なんて、浅ましい子なの!?
 
 死ぬほど、気に入らなかった。
 オメガは、たった一人の人に愛されれば、それでいいはずでしょう?
 不特定多数のアルファに気に入られようなんて、ケダモノの本性よ。私のような、良家のオメガには考えられないことだった。
 だから、成己さんは家に入れたくなかった。

『弓依、ふたりは新居を気に入ってくれたかな?』
『……ええ、喜んでたわ』


『母さん、ごめん。その日は、成己と出かけるから』
『……そう』

 なのに、陽平もあの人も、成己さんを気にかける。
 私の気持ちを、置き去りにしていく。
 
『ママ、わかってあげて。陽平はいま、浮かれてるだけだよ。一番好きなのは、ママだよ?』
 
 ……晶ちゃん。
 凛として、王子様のような晶ちゃんなら……私を悲しませないと思ったのよ。
しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

もう遅いなんて言わせない

木葉茶々
BL
受けのことを蔑ろにしすぎて受けに出ていかれてから存在の大きさに気づき攻めが奮闘する話

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

病弱な愛人の世話をしろと夫が言ってきたので逃げます

音爽(ネソウ)
恋愛
子が成せないまま結婚して5年後が過ぎた。 二人だけの人生でも良いと思い始めていた頃、夫が愛人を連れて帰ってきた……

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

処理中です...